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1章 山神編
第17話 修行
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私は夜、一人でリビングのソファに座っていた。お姉ちゃんは寝て、スザクさんも一度、神社に帰ると言って出て行ってしまった。
黎明さんは今日は泊まって行ってほしいとお姉ちゃんが言ったので、泊まって貰っている。なぜだか、お姉ちゃんは黎明さんをずっと見つめていた。
助けて貰った時の感触が、体に残っているとか……
まぁ、お姉ちゃんからしたら、ずっと暗闇に居たんだから無理ないよね。そんなお姉ちゃんは、疲れているのかぐっすりと眠ってしまった。一方で私はずっと眠れなかった。
──頭の中に、ずっと膿のように後悔がこびりついている気がしたから。
「私のせいで、こんな、大変なことになったのかな」
──私のせいで……みんな、迷惑だったのかな?
──私のせい、だよね……
自問自答のように、頭の中に声が反響する。きっと、私の感情の整理が出来てないんだ。はぁ、感情も未熟なんだなぁ……
私は夜、一人で寝室から出て、リビングに向かった。なんだか、ずっと眠れないから。
暗い廊下に沢山のお札が貼られている。
「お父さん、私のためにこれ沢山買ってくれたんだよね」
──でも、お父さん死んじゃったね。私のせいで。
「……」
お父さんの顔が頭の中に浮かんだ。私のせいで、お父さんとはもう会えない。もう、会えない。
私の、せい……?
──そう、お前のせい
暗いことばかりが頭に浮かんで、どこかから【お前のせい】という声がして、
それが私の中で反響する。
──全部、全部、私のせいなのではないか。
父が死んだのも、姉が危険な目にあったのも、母親が怪異になってしまったのも、全部、全部、
私の、私の
──そう、お前のせい
どこからか、声が聞こえた気がした。自分ではない、誰かが責め立てるような声が。
これがずっと、頭の中に鳴り響いて精神が疲弊していく感覚があった。
だから、ずっと眠れなかった。
何か、気分を変えたいと思っては部屋を出た。そして、テレビの音が鳴る場所へと向かった。
画面には、何の変哲もないバラエティ番組。芸人が笑って、観客が拍手をしていた。
しかし、全く楽しい感情にならなかった。頭の中ではずっと、あの声が響き続けていた。
「……あれ、志乃、起きてたんだ」
テレビの明かりの向こうから、黎明さんの声がした。
気づけば、彼は床に座っていた。リモコンを持って、ポテトチップスを食べながら。
まるで、普通の男の子みたいに。炎を操って神を斬った人には見えない。
「このポテチって美味しいね。前の親がジャンクフードは、脳神経に作用する薬が入ってるから食べたらダメって言ってたんだけどさ。いや、美味しいねー。全然脳に作用もしてないし」
「……あ、えと、多分、食べても問題はないと思います」
「あ、そうなんだー。志乃は眠れないの?」
「……はい。眠れなくて」
自分の声がひどく乾いているのが分かる。水を飲もうと立ち上がると、膝が少し震えた。
リビングの照明はついていない。テレビの光だけが、私たちの影を壁に映していた。
この家の光景が一瞬、別のものに見えた。母が怒鳴っていた台所。母が投げた皿が父に当たり、父が血を流して倒れていた玄関。
お姉ちゃんが泣きながら私の手を握っていた夜。それら全部が、頭の中で一瞬に重なった。
「……ん? なんだそのMP?」
「わ、わたしの、私のせい。全部、全部、私のせい、私のせいで、全部、全部壊れちゃった、お父さん死んじゃって……っ。あ、あれ、あれ、わ、わ、私が居なけれ、全部大丈夫だったのかなッ」
「……お? あれ、MPが侵食されてる?」
彼が、こちらを心配そうに見ていた。でも、自分の中の感情が整理できなくて、拍車をかけるように、声がずっと響く。
──お前のせい、オマエ、オマエオマエ、オマエ、オマエノセイ
「あれ、私、私のせい!? 私のせいなんだ、もう、生きてないほうがいいのかな!? なんで、なんで、私のせい、私のワタシ、オマエのせいで、オマエのせいで、セッカクフッカツしたのに……ッ!!!!?!」
「……経験値をもらって、レベルが上がる。そして、上がった時に上昇したMPって、最初に自分ので塗りつぶさないといけないのに。志乃、その辺サボったね」
「オマエ、オマエの、オマエのせいで!!!?」
セッカク、フッカツシタのに、オマエのセイで、マタ、チカラがツカエナくナッタ……。
「──もっと、修行しな」
──無理やり、頭を掴まれて霊力が体中に満たされた。
その瞬間、私の意識は覚醒する。物凄い熱かった。まるで、体中に熱湯の湯気だけがどんどん入ってきて、それが無理やりに動いている感覚だ。
「アッツい!!!? アツ、熱い!?」
──ああアアアアァーーーーー、マタしても、ゲセンなニンゲンゴトキニィィ!!!!!!!!!!
頭の中で絶叫が響き渡った。これが聞こえ終わった瞬間、私の頭の中はクリアになって、地面に倒れ込んでしまった。
「あ、あれ……?」
「MPが侵食されてたね。まだまだ、修行が足りないよ」
「あ、えと、あ、ありがとうございます……」
黎明さんは、私の頭から手を離すとソファにまた座り、ポテトチップスを食べ始めた。
「これ美味しいわー」
また、私は迷惑をかけてしまった。黎明さんに……
「……あの、今日はありがとうございました。お姉ちゃんを、助けてくれて。今も、私を助けてくれて」
「あいよー、もういいって」
「あの、本当にご迷惑かけて、すいません、本当にごめんなさい。その、全部、全部、私のせいなんです」
「せい?」
「私……小さい頃から、怪異を呼び寄せてしまう体質なんです。私が居ると、事故が起きたり、変な声が聞こえたり。ずっと、ずっと、化け物が近づいてくるんです」
「怪異って、モンスターってことか」
「はい、モンスターなのか、怪異なのか、私には分かりません。でも、ずっと、ずっと、バケモノが寄ってくるんです……今回の山神も私が、原因でスザクさんもお姉ちゃんも、黎明さんも迷惑を……」
息が詰まる。喉が焼けるように熱い。言葉を出すたびに、胸の奥から、どす黒いものが滲み出る。
「だから、ずっと思ってたんです。生まれてこなければよかったって。私のせいで、家族が壊れた。お姉ちゃんも、私を助けようとして……山神に捕まって……全部、私が居るから、なんです」
自分で話しながら、吐き気がした。指先が冷たくて、体が重くて、心臓の音だけがやけに響く。
でも、黎明さんは眼をキラキラさせて話を聞いていた。
「ほぇ、なにそれ。凄い特技じゃん。仲間になってよー」
──志乃は目を見開いた。
(仲間、仲間……私に仲間って言った……)
頭の中では黎明の言葉が反響していた。今まで、彼女を庇う存在はいても、新たに手を差し伸べる人間はいなかった。
確かに家族はいつも味方であった。志乃は志夜の娘であり、志麻の妹だから。
でも、彼女の中にはいつも恐怖があった。
──もし、この二人が家族じゃなかったら。赤の他人なら、味方でいてくれただろうか。
今までの人生で、家族以外に彼女の味方は現れなかった。家族である母親ですら、自分を見限ったのに。
だから、彼女は姉と父が消えてしまって酷く焦っていた。危険だと思っていた夜に出たのも、二人が消えて仕舞えばどうせ自分は一人だから。それならば死んでしまってもいいとすら心のどこかで感じていたから。
そんな彼女に、初めて、手を差し出したのは……
(私、私、私は、どうすれば、いいんだろう。どうしたいんだろう)
「あ、えと、お、お誘いありがとうございます。で、でも、私なんて、その、仲間になれる、ポテンシャルとか、ないっていうか……黎明さんと私じゃ、強さのレベルが違いすぎるし。私なんて、使えない、です。迷惑ばっかりかけるだろうし……」
「すっごいネガティブだね」
「いや、その、正当な評価っていうか……私がいつも余計なことばかりするから。今回だって迷惑をかけて……」
自分がいらない存在だと、彼女は思っていた。しかし、それを口にするのは命をかけて守ってくれた父親を冒涜する行為でもあると彼女は知っている。
自分を卑下しすぎないようにしているが、彼女には後悔が渦巻いている。
「だ、だから、私を、仲間にしないほうが」
「うーん」
「ど、どうせ、私なんて使えないですし……迷惑にもな、なります」
「……ふむ、使えない、か……」
使えない。
その言葉に黎明は少しだけ、考える。そして、ゆっくりと何かを思い出すように、目を閉じて口を開いた。
「昔、【三浦美乃】と呼ばれる子と旅をしてたんだ」
「……三浦美乃。女の人ですか?」
「あぁ、彼女には困ったもんだった。素早さが遅くて、魔法も弱い。最初はなんでこんな人とパーティーを組まないといけないのかなって思ってたんだ」
「……」
「でも、そんな弱いと思っていた彼女だけど。成長したら変わったんだ。とんでもない強さになった」
黎明は薄く笑い、天を仰いだ。
(三浦美乃さん……誰なのかは知らないけど。黎明さんがとんでもないって言うくらいだから、相当なんだろうなぁ)
志乃は黎明の言葉に三浦美乃、という女の子がどんな人なのか、気になっていた。
──しかし、それは黎明が前世で遊んでいた、ブレイブクエストにできたキャラクターなのだが、それを黎明は言うのを忘れていた。
「驚いたなぁ。大器晩成っていうのかな? 最初は本当にダメな奴だと思ってたんだけど、そんな事なかったんだ」
「大器晩成……」
「弱いと思っていたら、そうじゃない。使えないと思ってた魔法が、実は使いようによってはすごく有用だったりさー」
なんとなくだが、黎明が何を言いたいかを彼女は分かった。
(三浦美乃さん……)
「だから、俺はどんな人間も輝ける場所があると思ってる。志乃の体質は、モンスターが寄ってくるっていうのは最高の体質だなー。志乃からしたら嫌かもしれないけど、俺はレアな能力に見えるんだよ。だから、仲間に誘った」
「……そ、そうなん、ですか」
自分のような体質でも、肯定し、必要であると言ってくれた。その事実が嘘ではないと分かった。
「適材適所、俺も前の親の元では、何も出来ないって言われたよ。でも、じーちゃんとばーちゃんには世界最高って言われたからさ。人には輝ける場所があるって事だね」
「……黎明さんも、何も出来ないとか言われるんですね」
「そうそう。志乃もまだまだこれからなんじゃない? ほら、仲間になりなよ。具体的には夜について来てもらう感じだからね」
「……」
──志乃は、黎明から差し伸ばされた手を見つめる。
頭の中には今までの人生が、全てフラッシュバックする。母親に殴られたことも、両親が離婚し、学校でいじめられて、姉が庇ってくれた。
その後、ずっと引きこもりで暗闇のような場所に彼女はいた。まるで明けない夜のようでもあった。
でも、ようやく夜明けが来たような感覚だった。
「わ、私、本当に役に立つとか分からないですけど。それでも、良ければ」
「うん。仲間になってよ」
「は、はい。私、で良ければ」
「──志乃が仲間になった」
黎明と志乃は握手を交わして、目線を合わせる。志乃の瞳には微かに涙が浮かんでいたが、表情は柔らかく笑っていた。
「それじゃ、お祝いでもするか。ほらね、モンスターじゃないからさ。しもふり肉とかで仲間になる確率アップする訳がないとは思ってたけど。一応、持っておいたんだー」
どこからか取り出した、お肉を黎明はフライパンで焼き始めた。普通にIHコンロを使えば? と志乃は思ったが、なぜか陰陽術で焼いている。
「あの、なんで、コンロ使わないんですか……?」
「MPコントロール強化のため、魔法でやってるんだ」
肉を焼き始めてから、リビングにいい香りが漂っている。
「上手に焼けましたー」
「おお、美味しそう……ですね」
黎明は、それを盛り付けて、丁寧にナイフとフォークを用意する。それを志乃の前に差し出す。
彼女は、せっかく用意してくれたのだからと、肉を口にした。
「……私、初めてです。この体質を羨ましいって言ってくれた人に、会ったのは」
「モンスター引き寄せるのはいいよー。ほれ、肉食べて。お祝いだし」
「あ、えと、お祝いなんて、家族にしかして貰いませんでした。あ、ありがとうございます、な、仲間に誘ってくれて嬉しいです」
──それが彼女の腹の底の本音だった。
本当は彼女はずっと、受け入れてくれる人を探していた。父も姉も絶対に遠ざけはしなかった。
でも、この、呪いのような自分が、欲しいって、言って欲しかった。
「優秀な仲間が手に入ったね」
黎明が呟いた事を、志乃はしっかりと耳で捉えていた。
(私が手に入って嬉しいんだ……へ、へへ。そ、そっか、私って価値があるんだ。あ、でも、調子に乗ると仲間になったのに外されるかもしれない。自重をしないと……)
「それじゃ、明日の夜から一緒に外行こうね」
「あ、はい」
──そこから、志乃と黎明の奇妙な関係が始まった。
■■
そして、次の日の夜である。
「──ククク、愚かな人間どもよ。ワタシが滅ぼしてあげるわ!!! ワタシこそが、【火の鳥様】!! 全ての人間よ、ワタシにひれ伏しなさい!!」
邪悪なオーラに染まったスザクが現れた。黎明はニコニコした表情をしている。
「おお、火の鳥様の正体はスザクだったのか」
「あ、あの」
「そろそろ、狩るか」
「黎明さん! スザクさんは凄く良い人だったので!!」
──邪悪になったスザクが二人の前に現れた!!
黎明さんは今日は泊まって行ってほしいとお姉ちゃんが言ったので、泊まって貰っている。なぜだか、お姉ちゃんは黎明さんをずっと見つめていた。
助けて貰った時の感触が、体に残っているとか……
まぁ、お姉ちゃんからしたら、ずっと暗闇に居たんだから無理ないよね。そんなお姉ちゃんは、疲れているのかぐっすりと眠ってしまった。一方で私はずっと眠れなかった。
──頭の中に、ずっと膿のように後悔がこびりついている気がしたから。
「私のせいで、こんな、大変なことになったのかな」
──私のせいで……みんな、迷惑だったのかな?
──私のせい、だよね……
自問自答のように、頭の中に声が反響する。きっと、私の感情の整理が出来てないんだ。はぁ、感情も未熟なんだなぁ……
私は夜、一人で寝室から出て、リビングに向かった。なんだか、ずっと眠れないから。
暗い廊下に沢山のお札が貼られている。
「お父さん、私のためにこれ沢山買ってくれたんだよね」
──でも、お父さん死んじゃったね。私のせいで。
「……」
お父さんの顔が頭の中に浮かんだ。私のせいで、お父さんとはもう会えない。もう、会えない。
私の、せい……?
──そう、お前のせい
暗いことばかりが頭に浮かんで、どこかから【お前のせい】という声がして、
それが私の中で反響する。
──全部、全部、私のせいなのではないか。
父が死んだのも、姉が危険な目にあったのも、母親が怪異になってしまったのも、全部、全部、
私の、私の
──そう、お前のせい
どこからか、声が聞こえた気がした。自分ではない、誰かが責め立てるような声が。
これがずっと、頭の中に鳴り響いて精神が疲弊していく感覚があった。
だから、ずっと眠れなかった。
何か、気分を変えたいと思っては部屋を出た。そして、テレビの音が鳴る場所へと向かった。
画面には、何の変哲もないバラエティ番組。芸人が笑って、観客が拍手をしていた。
しかし、全く楽しい感情にならなかった。頭の中ではずっと、あの声が響き続けていた。
「……あれ、志乃、起きてたんだ」
テレビの明かりの向こうから、黎明さんの声がした。
気づけば、彼は床に座っていた。リモコンを持って、ポテトチップスを食べながら。
まるで、普通の男の子みたいに。炎を操って神を斬った人には見えない。
「このポテチって美味しいね。前の親がジャンクフードは、脳神経に作用する薬が入ってるから食べたらダメって言ってたんだけどさ。いや、美味しいねー。全然脳に作用もしてないし」
「……あ、えと、多分、食べても問題はないと思います」
「あ、そうなんだー。志乃は眠れないの?」
「……はい。眠れなくて」
自分の声がひどく乾いているのが分かる。水を飲もうと立ち上がると、膝が少し震えた。
リビングの照明はついていない。テレビの光だけが、私たちの影を壁に映していた。
この家の光景が一瞬、別のものに見えた。母が怒鳴っていた台所。母が投げた皿が父に当たり、父が血を流して倒れていた玄関。
お姉ちゃんが泣きながら私の手を握っていた夜。それら全部が、頭の中で一瞬に重なった。
「……ん? なんだそのMP?」
「わ、わたしの、私のせい。全部、全部、私のせい、私のせいで、全部、全部壊れちゃった、お父さん死んじゃって……っ。あ、あれ、あれ、わ、わ、私が居なけれ、全部大丈夫だったのかなッ」
「……お? あれ、MPが侵食されてる?」
彼が、こちらを心配そうに見ていた。でも、自分の中の感情が整理できなくて、拍車をかけるように、声がずっと響く。
──お前のせい、オマエ、オマエオマエ、オマエ、オマエノセイ
「あれ、私、私のせい!? 私のせいなんだ、もう、生きてないほうがいいのかな!? なんで、なんで、私のせい、私のワタシ、オマエのせいで、オマエのせいで、セッカクフッカツしたのに……ッ!!!!?!」
「……経験値をもらって、レベルが上がる。そして、上がった時に上昇したMPって、最初に自分ので塗りつぶさないといけないのに。志乃、その辺サボったね」
「オマエ、オマエの、オマエのせいで!!!?」
セッカク、フッカツシタのに、オマエのセイで、マタ、チカラがツカエナくナッタ……。
「──もっと、修行しな」
──無理やり、頭を掴まれて霊力が体中に満たされた。
その瞬間、私の意識は覚醒する。物凄い熱かった。まるで、体中に熱湯の湯気だけがどんどん入ってきて、それが無理やりに動いている感覚だ。
「アッツい!!!? アツ、熱い!?」
──ああアアアアァーーーーー、マタしても、ゲセンなニンゲンゴトキニィィ!!!!!!!!!!
頭の中で絶叫が響き渡った。これが聞こえ終わった瞬間、私の頭の中はクリアになって、地面に倒れ込んでしまった。
「あ、あれ……?」
「MPが侵食されてたね。まだまだ、修行が足りないよ」
「あ、えと、あ、ありがとうございます……」
黎明さんは、私の頭から手を離すとソファにまた座り、ポテトチップスを食べ始めた。
「これ美味しいわー」
また、私は迷惑をかけてしまった。黎明さんに……
「……あの、今日はありがとうございました。お姉ちゃんを、助けてくれて。今も、私を助けてくれて」
「あいよー、もういいって」
「あの、本当にご迷惑かけて、すいません、本当にごめんなさい。その、全部、全部、私のせいなんです」
「せい?」
「私……小さい頃から、怪異を呼び寄せてしまう体質なんです。私が居ると、事故が起きたり、変な声が聞こえたり。ずっと、ずっと、化け物が近づいてくるんです」
「怪異って、モンスターってことか」
「はい、モンスターなのか、怪異なのか、私には分かりません。でも、ずっと、ずっと、バケモノが寄ってくるんです……今回の山神も私が、原因でスザクさんもお姉ちゃんも、黎明さんも迷惑を……」
息が詰まる。喉が焼けるように熱い。言葉を出すたびに、胸の奥から、どす黒いものが滲み出る。
「だから、ずっと思ってたんです。生まれてこなければよかったって。私のせいで、家族が壊れた。お姉ちゃんも、私を助けようとして……山神に捕まって……全部、私が居るから、なんです」
自分で話しながら、吐き気がした。指先が冷たくて、体が重くて、心臓の音だけがやけに響く。
でも、黎明さんは眼をキラキラさせて話を聞いていた。
「ほぇ、なにそれ。凄い特技じゃん。仲間になってよー」
──志乃は目を見開いた。
(仲間、仲間……私に仲間って言った……)
頭の中では黎明の言葉が反響していた。今まで、彼女を庇う存在はいても、新たに手を差し伸べる人間はいなかった。
確かに家族はいつも味方であった。志乃は志夜の娘であり、志麻の妹だから。
でも、彼女の中にはいつも恐怖があった。
──もし、この二人が家族じゃなかったら。赤の他人なら、味方でいてくれただろうか。
今までの人生で、家族以外に彼女の味方は現れなかった。家族である母親ですら、自分を見限ったのに。
だから、彼女は姉と父が消えてしまって酷く焦っていた。危険だと思っていた夜に出たのも、二人が消えて仕舞えばどうせ自分は一人だから。それならば死んでしまってもいいとすら心のどこかで感じていたから。
そんな彼女に、初めて、手を差し出したのは……
(私、私、私は、どうすれば、いいんだろう。どうしたいんだろう)
「あ、えと、お、お誘いありがとうございます。で、でも、私なんて、その、仲間になれる、ポテンシャルとか、ないっていうか……黎明さんと私じゃ、強さのレベルが違いすぎるし。私なんて、使えない、です。迷惑ばっかりかけるだろうし……」
「すっごいネガティブだね」
「いや、その、正当な評価っていうか……私がいつも余計なことばかりするから。今回だって迷惑をかけて……」
自分がいらない存在だと、彼女は思っていた。しかし、それを口にするのは命をかけて守ってくれた父親を冒涜する行為でもあると彼女は知っている。
自分を卑下しすぎないようにしているが、彼女には後悔が渦巻いている。
「だ、だから、私を、仲間にしないほうが」
「うーん」
「ど、どうせ、私なんて使えないですし……迷惑にもな、なります」
「……ふむ、使えない、か……」
使えない。
その言葉に黎明は少しだけ、考える。そして、ゆっくりと何かを思い出すように、目を閉じて口を開いた。
「昔、【三浦美乃】と呼ばれる子と旅をしてたんだ」
「……三浦美乃。女の人ですか?」
「あぁ、彼女には困ったもんだった。素早さが遅くて、魔法も弱い。最初はなんでこんな人とパーティーを組まないといけないのかなって思ってたんだ」
「……」
「でも、そんな弱いと思っていた彼女だけど。成長したら変わったんだ。とんでもない強さになった」
黎明は薄く笑い、天を仰いだ。
(三浦美乃さん……誰なのかは知らないけど。黎明さんがとんでもないって言うくらいだから、相当なんだろうなぁ)
志乃は黎明の言葉に三浦美乃、という女の子がどんな人なのか、気になっていた。
──しかし、それは黎明が前世で遊んでいた、ブレイブクエストにできたキャラクターなのだが、それを黎明は言うのを忘れていた。
「驚いたなぁ。大器晩成っていうのかな? 最初は本当にダメな奴だと思ってたんだけど、そんな事なかったんだ」
「大器晩成……」
「弱いと思っていたら、そうじゃない。使えないと思ってた魔法が、実は使いようによってはすごく有用だったりさー」
なんとなくだが、黎明が何を言いたいかを彼女は分かった。
(三浦美乃さん……)
「だから、俺はどんな人間も輝ける場所があると思ってる。志乃の体質は、モンスターが寄ってくるっていうのは最高の体質だなー。志乃からしたら嫌かもしれないけど、俺はレアな能力に見えるんだよ。だから、仲間に誘った」
「……そ、そうなん、ですか」
自分のような体質でも、肯定し、必要であると言ってくれた。その事実が嘘ではないと分かった。
「適材適所、俺も前の親の元では、何も出来ないって言われたよ。でも、じーちゃんとばーちゃんには世界最高って言われたからさ。人には輝ける場所があるって事だね」
「……黎明さんも、何も出来ないとか言われるんですね」
「そうそう。志乃もまだまだこれからなんじゃない? ほら、仲間になりなよ。具体的には夜について来てもらう感じだからね」
「……」
──志乃は、黎明から差し伸ばされた手を見つめる。
頭の中には今までの人生が、全てフラッシュバックする。母親に殴られたことも、両親が離婚し、学校でいじめられて、姉が庇ってくれた。
その後、ずっと引きこもりで暗闇のような場所に彼女はいた。まるで明けない夜のようでもあった。
でも、ようやく夜明けが来たような感覚だった。
「わ、私、本当に役に立つとか分からないですけど。それでも、良ければ」
「うん。仲間になってよ」
「は、はい。私、で良ければ」
「──志乃が仲間になった」
黎明と志乃は握手を交わして、目線を合わせる。志乃の瞳には微かに涙が浮かんでいたが、表情は柔らかく笑っていた。
「それじゃ、お祝いでもするか。ほらね、モンスターじゃないからさ。しもふり肉とかで仲間になる確率アップする訳がないとは思ってたけど。一応、持っておいたんだー」
どこからか取り出した、お肉を黎明はフライパンで焼き始めた。普通にIHコンロを使えば? と志乃は思ったが、なぜか陰陽術で焼いている。
「あの、なんで、コンロ使わないんですか……?」
「MPコントロール強化のため、魔法でやってるんだ」
肉を焼き始めてから、リビングにいい香りが漂っている。
「上手に焼けましたー」
「おお、美味しそう……ですね」
黎明は、それを盛り付けて、丁寧にナイフとフォークを用意する。それを志乃の前に差し出す。
彼女は、せっかく用意してくれたのだからと、肉を口にした。
「……私、初めてです。この体質を羨ましいって言ってくれた人に、会ったのは」
「モンスター引き寄せるのはいいよー。ほれ、肉食べて。お祝いだし」
「あ、えと、お祝いなんて、家族にしかして貰いませんでした。あ、ありがとうございます、な、仲間に誘ってくれて嬉しいです」
──それが彼女の腹の底の本音だった。
本当は彼女はずっと、受け入れてくれる人を探していた。父も姉も絶対に遠ざけはしなかった。
でも、この、呪いのような自分が、欲しいって、言って欲しかった。
「優秀な仲間が手に入ったね」
黎明が呟いた事を、志乃はしっかりと耳で捉えていた。
(私が手に入って嬉しいんだ……へ、へへ。そ、そっか、私って価値があるんだ。あ、でも、調子に乗ると仲間になったのに外されるかもしれない。自重をしないと……)
「それじゃ、明日の夜から一緒に外行こうね」
「あ、はい」
──そこから、志乃と黎明の奇妙な関係が始まった。
■■
そして、次の日の夜である。
「──ククク、愚かな人間どもよ。ワタシが滅ぼしてあげるわ!!! ワタシこそが、【火の鳥様】!! 全ての人間よ、ワタシにひれ伏しなさい!!」
邪悪なオーラに染まったスザクが現れた。黎明はニコニコした表情をしている。
「おお、火の鳥様の正体はスザクだったのか」
「あ、あの」
「そろそろ、狩るか」
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