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1章 山神編
第19話 修行
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朝の光が障子の隙間から射し込み、柔らかく室内を照らした。
山神の戦いが終わってから、一夜。志乃と志麻の家にはまだ焦げたような霊気が漂っていた。
その中心で、静かにまぶたを開けた者がいた。
「……ここは……?」
スザクだった。彼女の赤い髪が光を反射し、ゆらりと揺れる。昨日まで黒炎に呑まれていた身体は、嘘のように軽かった。床に敷かれた布団の端で、志乃が眠そうに目をこすっていた。
「あ、スザクさん……! よかった、目を覚ましたんですね……!」
志乃の声が震える。スザクはぼんやりと天井を見つめ、指先でこめかみを押さえた。
「ワタシ……あのあと……霊力が乱れて。そうか、思い出したわ。我ながら愚かね。まさか、山神の霊力に呑まれるなんて」
記憶の断片が脳裏をよぎる。黒炎、憎悪、そして黎明が放った白光。
その一瞬の中で、自分の中に潜んでいた山神の霊力が、押し潰されて消えていった感覚を確かに覚えている。
「……情けない話ね。一応は火之迦具土神の眷属であり、神でもあるはずなのに」
スザクは唇を噛みしめ、握った拳を小さく震わせた。
神の眷属であるプライドが痛んでいた。それと同時に、山神という存在の底知れぬ恐ろしさを再認識していた。
「でも……黎明さんがまた、救ってくれました」
志乃が小さく呟く。その言葉にスザクはフッと笑いながら全身の力を抜いた。全ての力が規格外だった。
「山神の霊力を、無理やり押し潰した感じでした……あれって、普通なら出来ない芸当ですよね。そ、その素人でもとんでもないのが分かるくらいでした……」
「ええ。普通なら不可能よ。自分以外の霊力ってのは簡単に干渉とか出来ないの。だから、馴染ませたり、混じったのをゆっくり吐き出す、混じった霊力として操る。どちらにしろ、時間をかけたりするのが前提よ。それを無理やり一瞬で侵食するなんて……無茶苦茶な領域の話よ」
「山神は私達を侵食しようとしましたよね? でも、徐々にというか、それに私もスザクさんも抵抗はしてましたし。だけど、それよりさらに次元が上ってことなんですか?」
「山神より、明確に上っていうことね」
スザクは静かに息を吐く。黎明という存在が、自身の知る、常識から外れた存在であると改めて悟った。
──スザクが目覚めた。そして、時間は進み昼下がりになっていた。
志乃はリビングで昼食を食べていた。いつも通りの生活がおくれて、今自分がこうやっていられるのも黎明のおかげだと考えていた。
(私、また助けてもらった……。ずっと、黎明さんに守られてばかり)
自分の中に残る霊力のざわめき。
殆どが黎明の霊力で彼女の中は満たされていた。どことなく安心感と高揚感がある霊力だった。父親に似ているようで、全く違う彼女の知らない感覚。
その感情を彼女はまだ整理できていない。しかし、その中のある想いだけははっきりしていた。
「……私、強くなりたいです」
その声に反応して、スザクが振り返った。テーブルに湯呑を置き、少し笑う。
「強く、ね。簡単に言うじゃないの。あんた、素人同然みたいなもんじゃない。それに強くなったところで、怪異に勝てるかどうかなんてわからないわよ」
「でも、やります。陰陽師とか、霊力とか怪異とか、全部教えてください、スザクさん」
真っすぐな瞳。その光に押されるようにして、スザクは苦笑した。
「まったく……。まぁ、そんな膨れあがっちゃった霊力持ってるわけだし、そのままにしておくわけにもいかないわ。それと志麻も来なさい。どうせ見てるんでしょ」
「あ、バレてましたぁ?」
扉の陰から志麻が顔を出した。ゆるい笑顔を浮かべながら、ゆっくりと近づいて腰を下ろした。
「わたしも聞きたいですぅ。なんか、体の中がモヤモヤしてて、これが霊力ってやつなんですかぁ?」
「そうよ。二人とも、黎明が山神を倒した際に、溢れた霊力が体の中に入って、不調だったのよ。まぁ、ワタシもその山神の霊力に負けて、暴走しちゃったけど。それは置いておくとして。とにかく昨日の戦いで【器】が一気に広がったのだけは確かよ」
スザクの声は穏やかだったが、その瞳は真剣だった。彼女の周囲の空気が、わずかに揺らぐ。
「あ、あの、【器】って?」
「霊力の入る、コップみたいなもんよ。これが大きければ大きいほどに霊力の最大値が上がるの。そのコップに無理やり、大量の霊力が入った拍子に器も、広がったわけね」
「へ、へぇ」
志乃はスザクの質問に頷きながらも、メモを取った。志麻も何やらスマホにメモをしているようだ。
「特に、黎明の側に居た志麻には山神の霊力が多く入っちゃったわけね。だから、霊力総量だったら、ワタシや志乃よりも多いわ。ワタシよりも多いって化け物レベルってことは覚えておきなさい」
「お、お姉ちゃん化け物なんだ……」
「がおー! 怖いぞぉー」
「姉妹でふざけないの」
スザクはそのまま、霊力の説明を続けることにした。そのために、全身から霊力を発し、二人に見せる。
「まずは説明からいくわ。霊力っていうのは、人間も怪異も無意識に纏ってるエネルギー。生命と死、両方をつなぐエネルギーよ」
「……生命と死をつなぐんですね」
「そう。思念や恨みからも生まれる。だから、絶つことはできない。あんたたちの身体も、ずっと、生まれてから今に至るまで薄く霊力に包まれてるの。感じるのが難しいだけでね」
スザクは指を鳴らした。空気が波打ち、彼女の体から白い光のオーラが溢れ出す。
「霊力を自由自在に操りたいなら、まず最初にすることがあるわ。それが感霊。霊を感じる第一段階よ。呼吸と心拍を合わせて、霊の流れを意識する。言葉で言うのは簡単だけど、体で掴むには数年かかる人も多い。取り敢えず、座ってやってみなさい」
──修行の第一段階は感霊
志乃と志麻は顔を見合わせ、ぎこちなく正座した。二人の呼吸が揃い、部屋に静寂が降りる。やがて、志乃のまつげが微かに震えた。
「……なんか、あったかい……流れてる、かも……? お、お姉ちゃんはどう?」
「うーん、黎明さんの感じがするかなぁ?」
「ほぉ、早いわね。と言いたい所だけど。まぁ、二人ともあれだけの量が体に入れば嫌でも感知は出来るでしょうね。ただ、だからと言ってこれでマスターしたと思わないことね。深く感じたり、気配を気取れるくらいにはならないと意味がないわ」
志乃と志麻は、わずかではあるが霊力の存在を感じ取ることができた。
しかしそれは、自分たちの感知能力が高まったからではない。体内に流れ込んだ霊力があまりにも莫大だったため、未熟な二人ですら霊力を感じ取れているだけであった。
「まぁ、今回は説明だけだから。因みにだけど、黎明は見ただけである程度、相手の霊力の総量とか、流れとかも見れるみたいね」
「へぇ、やっぱりすごいですねぇ」
「す、すごい。さすが私の、な、仲間」
「まぁ、あれを到達点にするはおすすめしないけどね。いや、マジでちょっと話が変わってくるから」
そう語った後、スザクは口角を上げた。そして、感知は出来るので、次なる段階へと進める。
「今回は完璧に感霊を出来なくてもいいわ。知識だけを蓄えるイメージよ。さて、それでは次の段階へ行くわ」
──第二段階は巡行
「次に覚えて欲しいのは巡行よ。簡単に言えば霊力を全身に巡らせる。これが巡行。成功すれば、体が軽くなったり、感覚が研ぎ澄まされる。ただし、制御を誤ったりして、やりすぎると死ぬわ。体が急激な変化についていけないの」
「……死ぬんですかぁ?」
「ええ!? 死んじゃうんですか!?」
「そうなる可能性があるって話よ。特にアンタたちみたいに分不相応の霊力が沢山ある連中はね。まぁ、取り敢えずはワタシを見てて」
スザクはさらりと言い放ち、静かに瞳を閉じる。掌から淡い赤い光が生まれ、全身にゆるやかに巡っていく。
まるで、スザクの血液のように。
「霊力の流れを止めないこと。詰まらせると暴発するわよ。滑らかに、なだらかに静かに流すのが静流、素早く集めるのが動流」
スザクの体から溢れる霊力は、絶え間なく、一定の速度でずっと体を巡っていた。
「怪異と戦う場合、素早く霊力を集めないと殺されるわ。かと言って十分に集めないと殺される。まぁ、そもそも人間が怪異に勝てるわけがないんだけど……。アンタ達二人くらいの霊力だと話が変わってくる」
スザクの体の霊力に、二人は見惚れていた。素直にすごいと思えるほどに、スザクも実力を保有している。
「ほら、見てないで実践してみなさい」
「あ、あの、死なないですか?」
「大丈夫よ。下手なことしなければね。ゆっくりで最初はいいから」
志乃は息を整え、目を閉じる。意識を集中させると、胸の奥に火が灯ったような感覚があった。
その熱が、指先へ、足の先へと広がっていく。
(あ……流れてる……! 温かくて、でも重い……!)
「いい調子。……志乃、筋がいいわね。そう言えば、アンタはいきなり火の陰陽術を出せていたわね。才能があるのかしら?」
「へ、へへ」
「笑い方気持ち悪いわね」
「うわあああ!!」
「悪かったわね、冗談よ」
一方の志麻はというと、目を閉じたままふらふらしていた。
「ん~……なにこれぇ~、頭がくらくらするぅ~」
「こっちは霊力が多すぎるせいね。静流を覚えないとダメ。流れを滑らかに、止めずに、均一にね」
「均一に……むずかしいぃ……」
「まぁ、アンタはおいおいね」
その修行をしながら、そう言えばと志乃は黎明を思い出した。
「あ、あの黎明さんはもっと凄いですよね?」
「あれは例に出すのはどうかと思うけど。静流、動流、どちらも極みって感じかしら」
「そ、そうですよね」
「戦う際に攻撃する部位に霊力を多く集め、防御の際も重点的に体を包む。こんなのはすぐには無理よ。数年、数百年とか、やらないと無理ね」
「え、黎明さんって、十六歳なんじゃ」
「だから、例に出すのはどうかって言ったわよね?」
「あ、はい、すいません」
スザクは今回は完璧に全てを行うのではなく、ある程度知識を蓄えるための段階として、次に進めることにした。
──第三段階は制放
「ここからは制放。霊を制し、放つ段階よ。攻撃術も護身術もここから派生する」
スザクが手を前に差し出す。掌に霊力が集まり、淡い火の玉が生まれた。それがふっと宙に浮かび、次の瞬間には静かに消えた。
「霊力を出すのは割と出来るわ。けど、制御しないと不発。無理やり溜めると壊れる。黎明はそれをやって平気だったけど、あれは例外中の例外。人間やめてるわ」
「……やっぱり、黎明さんってすごいんですね」
「すごいを通り越して、狂ってるのよ。ここはすぐには無理だと思うから、技術だけあると覚えておきなさい」
──あっさりと説明を終えて、次なる段階を説明する。
──第四段階は錬構
「ここまで来たら錬構。霊力を構成し、変質させる段階よ。属性を持たせたり、物質化するの。火、水、風……怪異とかなら当然だけど、人間じゃ滅多に到達できない」
スザクは指先を弾き、小さな火輪を生み出す。それが空中でゆらゆらと漂い、次第に鳥の形に変わっていく。
「これがワタシの御技。それを真似したのが陰陽術。前に志乃には教えたわね……やってみなさい」
「え、えっと……」
志乃は掌に意識を集中させる。そして、以前教えて貰った【言霊】を思い出していた。
「天地に宿る火よ、神の裁きとなりて顕現せよ」
すると、淡い光が小さく瞬いた。形にはならないが、確かに燃える気配がそこにあった。
「礼装が無かったけど、術を成功させたわね。まぁ、これって驚くことなんだけど、黎明のせいで普通くらいの感じね。あいつは全部省いてるし。まぁ、でも才能あるから喜んでいいわよ」
「あ、えと、あんまり才能あるって感じがしないと言うか……黎明さんみてると」
「うん。そうね。でも、あれよ。凄いことは変わりないから。ワタシも淡々としてるけど、感覚が麻痺してるだけだから」
その光景を、志麻は炎が出て拍手をしていた。
「志乃すごいねぇー。マジシャンみたいー」
「へ、へへ、ハンドパワー、み、みたいな?」
「おおー、テレビ出れるねぇ」
「陰陽術でふざけるんじゃないわよ。ほら、志麻もさっさとやる。志乃が言ってた文を言ってからね」
そして、今度は志麻が両手を広げる。その後、志乃のように言霊を口にした。
「天地に宿る火よ、神の裁きとなりて顕現せよ」
しかし、志麻の手からは何も出なかった。
「ふむ、霊力がかなり放出されてるけど。錬構、つまりは霊力を属性に変質ができてないわ。まぁ、直ぐに出来る方がおかしいのよ。ここは修行を重ねなさい」
「はーい。志乃すごいねぇ」
「い、いや、へ、へへ」
──最後の修行は同響
「最後の第五段階、同響。他者の霊力を操る技術よ。呪いを解いたり、回復に使ったり。黎明がやってた、あの『霊力を押し潰して正気を戻す』のも、これの応用」
「そんなの……自分の霊力ですら操るの難しいのに、他人の霊力を操るって……人間にできるんですか?」
「出来るわけないでしょ。人間なんだから」
スザクは小さくため息をつき、天井を見上げた。そして、大きく息を吸ってから、ゆっくりと瞳を開ける。
「さて、これにて、一通り説明は終わったわ。これからは、これらを頭に入れて修行することね」
「え? あ、あの……」
「志乃、どうしたの?」
「その、今までみたいに実際にやってくれないんですか?」
志乃の疑問は最もだった。今までなら、やり方とか、実例として彼女が行なっていた。しかし、今回は口頭だけだった。
「いや、ワタシも出来ないから。え? なに? 文句あるの?」
「あ、い、いや、な、ないです。で、でも、黎明さんはや、やってて、私もできるようになりたかったって言うか」
「だから、あいつを基準にすると色々おかしくなるから。そもそもこれ、無理だから、すごい難しいことなの。ワタシ神様なのにできないけど、文句ある?」
「あ、な、なんか地雷を踏んだ……す、すいません」
志乃はスザクの圧力に押されて、これ以上は何も言わないようにした。その後、機嫌を直したスザクは説明を再開する。
「まぁ、五段階目はやらなくてもいいわ。今は四段階目までを鍛える。極める。それに集中しなさい。二人とも才能はあると思うわ。志乃は制御の才能がある。志麻は霊力量が爆発的に多い」
スザクの言葉に、姉妹は顔を見合わせ、笑った。その笑みの奥に、確かな決意が宿っていた。
「まぁ、望んだ才能じゃ無かったかもしれない。急に棚からぼたもちみたいに降ってきた才能かもしれない。でも、ある以上は使って極めなさい。その覚悟があるとワタシは二人を見て感じたわ」
黎明という光に照らされた者達は新たなる決意をし、前へと進む決意をした。
「無論、ワタシも大分霊力が増えたし、これから修行するわ」
「あ、が、頑張ります!」
「わたしも頑張りますぅ」
「よし、そうと決まればもう一度、最初から復習するわよ」
──三人はリビングで決意を固め、修行を再開した。
山神の戦いが終わってから、一夜。志乃と志麻の家にはまだ焦げたような霊気が漂っていた。
その中心で、静かにまぶたを開けた者がいた。
「……ここは……?」
スザクだった。彼女の赤い髪が光を反射し、ゆらりと揺れる。昨日まで黒炎に呑まれていた身体は、嘘のように軽かった。床に敷かれた布団の端で、志乃が眠そうに目をこすっていた。
「あ、スザクさん……! よかった、目を覚ましたんですね……!」
志乃の声が震える。スザクはぼんやりと天井を見つめ、指先でこめかみを押さえた。
「ワタシ……あのあと……霊力が乱れて。そうか、思い出したわ。我ながら愚かね。まさか、山神の霊力に呑まれるなんて」
記憶の断片が脳裏をよぎる。黒炎、憎悪、そして黎明が放った白光。
その一瞬の中で、自分の中に潜んでいた山神の霊力が、押し潰されて消えていった感覚を確かに覚えている。
「……情けない話ね。一応は火之迦具土神の眷属であり、神でもあるはずなのに」
スザクは唇を噛みしめ、握った拳を小さく震わせた。
神の眷属であるプライドが痛んでいた。それと同時に、山神という存在の底知れぬ恐ろしさを再認識していた。
「でも……黎明さんがまた、救ってくれました」
志乃が小さく呟く。その言葉にスザクはフッと笑いながら全身の力を抜いた。全ての力が規格外だった。
「山神の霊力を、無理やり押し潰した感じでした……あれって、普通なら出来ない芸当ですよね。そ、その素人でもとんでもないのが分かるくらいでした……」
「ええ。普通なら不可能よ。自分以外の霊力ってのは簡単に干渉とか出来ないの。だから、馴染ませたり、混じったのをゆっくり吐き出す、混じった霊力として操る。どちらにしろ、時間をかけたりするのが前提よ。それを無理やり一瞬で侵食するなんて……無茶苦茶な領域の話よ」
「山神は私達を侵食しようとしましたよね? でも、徐々にというか、それに私もスザクさんも抵抗はしてましたし。だけど、それよりさらに次元が上ってことなんですか?」
「山神より、明確に上っていうことね」
スザクは静かに息を吐く。黎明という存在が、自身の知る、常識から外れた存在であると改めて悟った。
──スザクが目覚めた。そして、時間は進み昼下がりになっていた。
志乃はリビングで昼食を食べていた。いつも通りの生活がおくれて、今自分がこうやっていられるのも黎明のおかげだと考えていた。
(私、また助けてもらった……。ずっと、黎明さんに守られてばかり)
自分の中に残る霊力のざわめき。
殆どが黎明の霊力で彼女の中は満たされていた。どことなく安心感と高揚感がある霊力だった。父親に似ているようで、全く違う彼女の知らない感覚。
その感情を彼女はまだ整理できていない。しかし、その中のある想いだけははっきりしていた。
「……私、強くなりたいです」
その声に反応して、スザクが振り返った。テーブルに湯呑を置き、少し笑う。
「強く、ね。簡単に言うじゃないの。あんた、素人同然みたいなもんじゃない。それに強くなったところで、怪異に勝てるかどうかなんてわからないわよ」
「でも、やります。陰陽師とか、霊力とか怪異とか、全部教えてください、スザクさん」
真っすぐな瞳。その光に押されるようにして、スザクは苦笑した。
「まったく……。まぁ、そんな膨れあがっちゃった霊力持ってるわけだし、そのままにしておくわけにもいかないわ。それと志麻も来なさい。どうせ見てるんでしょ」
「あ、バレてましたぁ?」
扉の陰から志麻が顔を出した。ゆるい笑顔を浮かべながら、ゆっくりと近づいて腰を下ろした。
「わたしも聞きたいですぅ。なんか、体の中がモヤモヤしてて、これが霊力ってやつなんですかぁ?」
「そうよ。二人とも、黎明が山神を倒した際に、溢れた霊力が体の中に入って、不調だったのよ。まぁ、ワタシもその山神の霊力に負けて、暴走しちゃったけど。それは置いておくとして。とにかく昨日の戦いで【器】が一気に広がったのだけは確かよ」
スザクの声は穏やかだったが、その瞳は真剣だった。彼女の周囲の空気が、わずかに揺らぐ。
「あ、あの、【器】って?」
「霊力の入る、コップみたいなもんよ。これが大きければ大きいほどに霊力の最大値が上がるの。そのコップに無理やり、大量の霊力が入った拍子に器も、広がったわけね」
「へ、へぇ」
志乃はスザクの質問に頷きながらも、メモを取った。志麻も何やらスマホにメモをしているようだ。
「特に、黎明の側に居た志麻には山神の霊力が多く入っちゃったわけね。だから、霊力総量だったら、ワタシや志乃よりも多いわ。ワタシよりも多いって化け物レベルってことは覚えておきなさい」
「お、お姉ちゃん化け物なんだ……」
「がおー! 怖いぞぉー」
「姉妹でふざけないの」
スザクはそのまま、霊力の説明を続けることにした。そのために、全身から霊力を発し、二人に見せる。
「まずは説明からいくわ。霊力っていうのは、人間も怪異も無意識に纏ってるエネルギー。生命と死、両方をつなぐエネルギーよ」
「……生命と死をつなぐんですね」
「そう。思念や恨みからも生まれる。だから、絶つことはできない。あんたたちの身体も、ずっと、生まれてから今に至るまで薄く霊力に包まれてるの。感じるのが難しいだけでね」
スザクは指を鳴らした。空気が波打ち、彼女の体から白い光のオーラが溢れ出す。
「霊力を自由自在に操りたいなら、まず最初にすることがあるわ。それが感霊。霊を感じる第一段階よ。呼吸と心拍を合わせて、霊の流れを意識する。言葉で言うのは簡単だけど、体で掴むには数年かかる人も多い。取り敢えず、座ってやってみなさい」
──修行の第一段階は感霊
志乃と志麻は顔を見合わせ、ぎこちなく正座した。二人の呼吸が揃い、部屋に静寂が降りる。やがて、志乃のまつげが微かに震えた。
「……なんか、あったかい……流れてる、かも……? お、お姉ちゃんはどう?」
「うーん、黎明さんの感じがするかなぁ?」
「ほぉ、早いわね。と言いたい所だけど。まぁ、二人ともあれだけの量が体に入れば嫌でも感知は出来るでしょうね。ただ、だからと言ってこれでマスターしたと思わないことね。深く感じたり、気配を気取れるくらいにはならないと意味がないわ」
志乃と志麻は、わずかではあるが霊力の存在を感じ取ることができた。
しかしそれは、自分たちの感知能力が高まったからではない。体内に流れ込んだ霊力があまりにも莫大だったため、未熟な二人ですら霊力を感じ取れているだけであった。
「まぁ、今回は説明だけだから。因みにだけど、黎明は見ただけである程度、相手の霊力の総量とか、流れとかも見れるみたいね」
「へぇ、やっぱりすごいですねぇ」
「す、すごい。さすが私の、な、仲間」
「まぁ、あれを到達点にするはおすすめしないけどね。いや、マジでちょっと話が変わってくるから」
そう語った後、スザクは口角を上げた。そして、感知は出来るので、次なる段階へと進める。
「今回は完璧に感霊を出来なくてもいいわ。知識だけを蓄えるイメージよ。さて、それでは次の段階へ行くわ」
──第二段階は巡行
「次に覚えて欲しいのは巡行よ。簡単に言えば霊力を全身に巡らせる。これが巡行。成功すれば、体が軽くなったり、感覚が研ぎ澄まされる。ただし、制御を誤ったりして、やりすぎると死ぬわ。体が急激な変化についていけないの」
「……死ぬんですかぁ?」
「ええ!? 死んじゃうんですか!?」
「そうなる可能性があるって話よ。特にアンタたちみたいに分不相応の霊力が沢山ある連中はね。まぁ、取り敢えずはワタシを見てて」
スザクはさらりと言い放ち、静かに瞳を閉じる。掌から淡い赤い光が生まれ、全身にゆるやかに巡っていく。
まるで、スザクの血液のように。
「霊力の流れを止めないこと。詰まらせると暴発するわよ。滑らかに、なだらかに静かに流すのが静流、素早く集めるのが動流」
スザクの体から溢れる霊力は、絶え間なく、一定の速度でずっと体を巡っていた。
「怪異と戦う場合、素早く霊力を集めないと殺されるわ。かと言って十分に集めないと殺される。まぁ、そもそも人間が怪異に勝てるわけがないんだけど……。アンタ達二人くらいの霊力だと話が変わってくる」
スザクの体の霊力に、二人は見惚れていた。素直にすごいと思えるほどに、スザクも実力を保有している。
「ほら、見てないで実践してみなさい」
「あ、あの、死なないですか?」
「大丈夫よ。下手なことしなければね。ゆっくりで最初はいいから」
志乃は息を整え、目を閉じる。意識を集中させると、胸の奥に火が灯ったような感覚があった。
その熱が、指先へ、足の先へと広がっていく。
(あ……流れてる……! 温かくて、でも重い……!)
「いい調子。……志乃、筋がいいわね。そう言えば、アンタはいきなり火の陰陽術を出せていたわね。才能があるのかしら?」
「へ、へへ」
「笑い方気持ち悪いわね」
「うわあああ!!」
「悪かったわね、冗談よ」
一方の志麻はというと、目を閉じたままふらふらしていた。
「ん~……なにこれぇ~、頭がくらくらするぅ~」
「こっちは霊力が多すぎるせいね。静流を覚えないとダメ。流れを滑らかに、止めずに、均一にね」
「均一に……むずかしいぃ……」
「まぁ、アンタはおいおいね」
その修行をしながら、そう言えばと志乃は黎明を思い出した。
「あ、あの黎明さんはもっと凄いですよね?」
「あれは例に出すのはどうかと思うけど。静流、動流、どちらも極みって感じかしら」
「そ、そうですよね」
「戦う際に攻撃する部位に霊力を多く集め、防御の際も重点的に体を包む。こんなのはすぐには無理よ。数年、数百年とか、やらないと無理ね」
「え、黎明さんって、十六歳なんじゃ」
「だから、例に出すのはどうかって言ったわよね?」
「あ、はい、すいません」
スザクは今回は完璧に全てを行うのではなく、ある程度知識を蓄えるための段階として、次に進めることにした。
──第三段階は制放
「ここからは制放。霊を制し、放つ段階よ。攻撃術も護身術もここから派生する」
スザクが手を前に差し出す。掌に霊力が集まり、淡い火の玉が生まれた。それがふっと宙に浮かび、次の瞬間には静かに消えた。
「霊力を出すのは割と出来るわ。けど、制御しないと不発。無理やり溜めると壊れる。黎明はそれをやって平気だったけど、あれは例外中の例外。人間やめてるわ」
「……やっぱり、黎明さんってすごいんですね」
「すごいを通り越して、狂ってるのよ。ここはすぐには無理だと思うから、技術だけあると覚えておきなさい」
──あっさりと説明を終えて、次なる段階を説明する。
──第四段階は錬構
「ここまで来たら錬構。霊力を構成し、変質させる段階よ。属性を持たせたり、物質化するの。火、水、風……怪異とかなら当然だけど、人間じゃ滅多に到達できない」
スザクは指先を弾き、小さな火輪を生み出す。それが空中でゆらゆらと漂い、次第に鳥の形に変わっていく。
「これがワタシの御技。それを真似したのが陰陽術。前に志乃には教えたわね……やってみなさい」
「え、えっと……」
志乃は掌に意識を集中させる。そして、以前教えて貰った【言霊】を思い出していた。
「天地に宿る火よ、神の裁きとなりて顕現せよ」
すると、淡い光が小さく瞬いた。形にはならないが、確かに燃える気配がそこにあった。
「礼装が無かったけど、術を成功させたわね。まぁ、これって驚くことなんだけど、黎明のせいで普通くらいの感じね。あいつは全部省いてるし。まぁ、でも才能あるから喜んでいいわよ」
「あ、えと、あんまり才能あるって感じがしないと言うか……黎明さんみてると」
「うん。そうね。でも、あれよ。凄いことは変わりないから。ワタシも淡々としてるけど、感覚が麻痺してるだけだから」
その光景を、志麻は炎が出て拍手をしていた。
「志乃すごいねぇー。マジシャンみたいー」
「へ、へへ、ハンドパワー、み、みたいな?」
「おおー、テレビ出れるねぇ」
「陰陽術でふざけるんじゃないわよ。ほら、志麻もさっさとやる。志乃が言ってた文を言ってからね」
そして、今度は志麻が両手を広げる。その後、志乃のように言霊を口にした。
「天地に宿る火よ、神の裁きとなりて顕現せよ」
しかし、志麻の手からは何も出なかった。
「ふむ、霊力がかなり放出されてるけど。錬構、つまりは霊力を属性に変質ができてないわ。まぁ、直ぐに出来る方がおかしいのよ。ここは修行を重ねなさい」
「はーい。志乃すごいねぇ」
「い、いや、へ、へへ」
──最後の修行は同響
「最後の第五段階、同響。他者の霊力を操る技術よ。呪いを解いたり、回復に使ったり。黎明がやってた、あの『霊力を押し潰して正気を戻す』のも、これの応用」
「そんなの……自分の霊力ですら操るの難しいのに、他人の霊力を操るって……人間にできるんですか?」
「出来るわけないでしょ。人間なんだから」
スザクは小さくため息をつき、天井を見上げた。そして、大きく息を吸ってから、ゆっくりと瞳を開ける。
「さて、これにて、一通り説明は終わったわ。これからは、これらを頭に入れて修行することね」
「え? あ、あの……」
「志乃、どうしたの?」
「その、今までみたいに実際にやってくれないんですか?」
志乃の疑問は最もだった。今までなら、やり方とか、実例として彼女が行なっていた。しかし、今回は口頭だけだった。
「いや、ワタシも出来ないから。え? なに? 文句あるの?」
「あ、い、いや、な、ないです。で、でも、黎明さんはや、やってて、私もできるようになりたかったって言うか」
「だから、あいつを基準にすると色々おかしくなるから。そもそもこれ、無理だから、すごい難しいことなの。ワタシ神様なのにできないけど、文句ある?」
「あ、な、なんか地雷を踏んだ……す、すいません」
志乃はスザクの圧力に押されて、これ以上は何も言わないようにした。その後、機嫌を直したスザクは説明を再開する。
「まぁ、五段階目はやらなくてもいいわ。今は四段階目までを鍛える。極める。それに集中しなさい。二人とも才能はあると思うわ。志乃は制御の才能がある。志麻は霊力量が爆発的に多い」
スザクの言葉に、姉妹は顔を見合わせ、笑った。その笑みの奥に、確かな決意が宿っていた。
「まぁ、望んだ才能じゃ無かったかもしれない。急に棚からぼたもちみたいに降ってきた才能かもしれない。でも、ある以上は使って極めなさい。その覚悟があるとワタシは二人を見て感じたわ」
黎明という光に照らされた者達は新たなる決意をし、前へと進む決意をした。
「無論、ワタシも大分霊力が増えたし、これから修行するわ」
「あ、が、頑張ります!」
「わたしも頑張りますぅ」
「よし、そうと決まればもう一度、最初から復習するわよ」
──三人はリビングで決意を固め、修行を再開した。
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