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37.家族
しおりを挟む蒼真兄と一緒に実家に帰った翌日、久しぶりに自分の部屋でゆっくりと過ごしていた。
「凛音、朝ごはんよ」
母の声に呼ばれて、階下に向かう。
「おはよう、お母さん」
「おはよう。よく眠れた?」
「うん、とても」
実家のベッドは、やはり落ち着く。
「蒼真兄はもう起きてる?」
「ええ、お父さんとお庭の手入れをしてるわ」
窓の外を見ると、父と蒼真兄が庭で草取りをしているのが見えた。
「手伝おうかな」
「ふふ、いいのよ。そんなのは男に任せて、凛音はゆっくりしてなさい」
母が優しく微笑む。
「もうお母さん!ぼくも男だよ!」
「まぁまぁ。久しぶりに帰ってきたんだから、のんびりしなさい」
そう言って、母は湯気の立つ味噌汁を僕の前に置いた。湯気に混じって、出汁と野菜の香りがふわりと鼻をくすぐる。
「学園生活はどう?楽しい?」
「うん、とても。友達もできたし、先生も優しいよ」
「それは良かった。お友達はどんな子?」
「真白くんっていう、とても優しい子がいるの。それから、夏目くんはルームメイトで……」
友達のことを話していると、母がとても嬉しそうに聞いてくれた。
「みんな良い子たちみたいね。今度、よかったら家に招待したらどう?」
「本当?」
「もちろんよ。凛音の友達なら、大歓迎だわ」
母の言葉に、嬉しくなった。
朝食後、蒼真兄が汗を拭きながら家に入ってきた。
「お疲れさま」
「凛音、おはよう」
「庭の手入れ、大変だった?」
「そうでもない。父さんと話しながらできたから楽しかったよ」
蒼真兄が嬉しそうに答える。
「久しぶりに父さんとゆっくり話せた」
「よかったね」
午後、蒼真兄と一緒に近所を散歩した。
「変わってないな、この辺り」
「そうだね」
子供の頃によく遊んだ公園、通学路、小さな商店街。全部そのままだった。
「あ、あそこの本屋さん、まだあるんだ」
「行ってみる?」
小さな本屋さんに入ると、店主のおばあさんが覚えていてくれた。
「あら、凛音ちゃんじゃない。大きくなって」
「お久しぶりです」
「蒼嶺学園に通ってるんだって?すごいじゃない」
「ありがとうございます」
「何か面白い本はない?」
蒼真兄が聞くと、おばあさんが奥から本を持ってきてくれた。
「この夏の新刊、面白いよ」
手に取ってみると、確かに興味深そうな小説だった。
「買って帰ろう」
本を購入して店を出ると、蒼真兄が話しかけてきた。
「凛音」
「何?」
「学園生活、本当に楽しそうだな」
「うん、とても」
「友達の話をしてる時の顔、すごく嬉しそうだった」
蒼真兄が優しく微笑む。
「良い友達に恵まれて、良かった」
「蒼真兄のおかげだよ。この学園を勧めてくれて」
「そんなことない。凛音自身が頑張ったからだ」
兄の言葉に、胸が温かくなった。
夕方、家族四人で夕食を囲んだ。
「今日は凛音の好きなハンバーグにしたの」
「わあ、ありがとう」
久しぶりに食べる母の手料理は、とても美味しかった。
「そういえば、夏休みの予定はどうなの?」
父が聞いてくる。
「友達と海に行く予定があるの」
「海?楽しそうね」
母が嬉しそうに言う。
「気をつけて行きなさいよ」
「うん」
「他にも予定があるんだろう?」
蒼真兄が確認するように聞く。
「コンサートと夏祭りに誘われてるの」
「コンサート?」
父が興味深そうに聞く。
「クラシックコンサートだよ」
「それはいいじゃないか。音楽は心を豊かにするからな」
「夏祭りも楽しそうね」
母が笑顔で言う。
「浴衣も着るの?」
「うん。そうみたい」
「それなら、タンスにしまってある浴衣を確認しましょう」
夕食後、母と一緒に浴衣を見た。
「これはどうかしら?」
母が出してくれたのは、薄い青色に白い花柄の浴衣だった。
「綺麗……」
「凛音に似合いそうね」
「うん。東雲先輩が用意してくれるって言ってくれたけど、一応浴衣のこと伝えてみる!」
「そう。なら、念のため準備しておくわね」
母が丁寧に浴衣をたたみ直してくれる。
「久しぶりに凛音と過ごせて嬉しいわ。夏休みの間だけでもいっぱい甘えてちょうだい」
「ありがとう、お母さん」
その夜、自分の部屋で読書をしていると、蒼真兄がノックした。
「入ってもいい?」
「うん」
兄が部屋に入ってきて、ベッドに腰かけた。
「懐かしいな、この部屋」
「蒼真兄もよく来てくれてたもんね」
「ああ。凛音が宿題で分からないことがあると、よく教えに来た」
「覚えてる。いつも優しく教えてくれた」
兄が本棚を見回す。
「本が増えたな」
「学園で色々読むようになって」
「そうか。読書は良いことだけど、夜更かしはするなよ」
しばらく静かに過ごしてから、兄が口を開いた。
「凛音」
「何?」
「夏休みの予定のことだけど……」
「うん」
「気をつけろよ」
「気をつけるって?」
「お前は人を疑うことを知らないからな」
兄の表情が少し心配そうになった。
「誰でも信じてしまう」
「でも、みんないい人だよ」
「それはそうだが……」
兄が少し迷うような表情をした。
「何かあったら、すぐに連絡しろ」
「分かった」
「約束だぞ」
「約束する」
兄が安心したような顔をした。
「それより、楽しい夏休みにしろよ」
「うん」
翌日、近所の図書館に行った。
懐かしい場所で、子供の頃によく来ていた。
「あら、凛音ちゃん」
司書の女性が覚えていてくれた。
「お久しぶりです」
「大きくなって、立派になったわね」
「ありがとうございます」
「今日は何を読むの?」
「夏の課題の読書感想文の本を探しに」
「それなら、こっちがおすすめよ」
いくつかの本を紹介してもらって、その中から気に入った一冊を選んだ。
図書館で静かに読書をしていると、とても平和な気持ちになった。
学園では色々な出来事があって忙しかったけれど、こうして実家でゆっくり過ごす時間も大切だと思った。
午後、家に戻ると、母が電話をしていた。
「はい、凛音は元気にしています……ええ、ありがとうございます」
「誰からの電話?」
母が受話器を置いてから聞くと、
「学校の先生からよ」
「先生?」
「担任の朝比奈先生という方」
朝比奈先生から?少し驚いた。
「夏休み中の様子を確認する電話だって。とても丁寧な先生ね」
「うん。優しい先生だよ」
「『凛音くんはとても優秀な生徒です』って褒められたわよ」
母が嬉しそうに言う。
「良い先生に恵まれて良かったわね」
その夜、家族でテレビを見ながらのんびり過ごした。
「明日は何をしようか?」
父が聞いてくる。
「特に予定はないけど……」
「久しぶりに家族で出かけない?」
母が提案する。
「遊園地とか、どうかしら?」
「いいね」
蒼真兄が賛成する。
「凛音はどう?」
「うん、行きたい!」
久しぶりの家族でのお出かけ。楽しみだった。
実家での時間は、学園とは違ったゆったりとした時間が流れていた。
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