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10.庭園デート
しおりを挟む週末の朝、ぼくは学園の正門で如月会長を待っていた。
昨夜、蒼真兄には随分と心配された。「本当に大丈夫なのか」「何かあったらすぐに連絡しろ」と何度も念を押されて、結局兄の携帯番号を改めて確認することになった。
夏目くんも、いつもより無口だった。「気をつけろ」とだけ言って、朝早くから部屋を出て行ってしまった。
「お待たせしました」
振り返ると、私服の如月会長が立っていた。制服とは違う、カジュアルな装いでも、その上品な美しさは変わらない。むしろ、親しみやすさが加わって、より魅力的に見えた。
「おはようございます、如月会長」
「今日は学園の外ですから、圭人で構いませんよ」
「で、でも……」
「遠慮しないでください。私も、凛音くんと呼ばせていただきますから」
そう言って微笑む如月会長——圭人先輩の笑顔に、頬が熱くなった。
「では、行きましょうか」
学園の外に出るのは、入学以来初めてだった。圭人先輩が呼んでくれたタクシーに乗って、街を抜けていく。
「緊張していますか?」
「少し……」
「大丈夫ですよ。とても美しい場所です。きっと気に入っていただけると思います」
圭人先輩の声は、いつもより柔らかかった。生徒会室で話した時とは違って、どこかリラックスした雰囲気がある。
「あの……どうしてぼくを誘ってくださったんですか?」
「どうしてだと思いますか?」
逆に質問されて、困ってしまった。
「分かりません……」
「正直に言うと……」
圭人先輩は少し考えるような表情をした。
「あなたと、もっと話してみたかったからです」
「話って?」
「あなたがどんな人なのか、知りたくて」
その言葉に、胸がどきどきした。
「生徒会室では、お兄さんもいましたし、落ち着いて話せませんでしたから」
確かに、あの時は蒼真兄が途中で入ってきて、ゆっくり話す時間はなかった。
「今日は、二人きりでゆっくりと」
圭人さん先輩の瞳が、優しく見つめてくる。その視線に、なぜか心が落ち着いた。
到着した庭園は、想像以上に美しかった。手入れの行き届いた芝生と、色とりどりの花々。池には白い睡蓮が浮かんでいて、まるで絵画のような景色だった。
「わあ……」
思わず声が漏れる。
「気に入っていただけましたか?」
「とても綺麗です」
「あなたがいると、庭園がより美しく見えますね」
突然の言葉に、顔が赤くなった。
「そんな……」
「本当ですよ。美しいものは、美しいものと一緒にあることで、より輝きを増すものです」
圭人先輩の言葉には、詩のような響きがあった。
ベンチに座って、池を眺めながら話をした。学園のこと、好きな本のこと、将来の夢のこと。圭人先輩は、ぼくの話を真剣に聞いてくれた。
「凛音くんは、文学がお好きなんですね」
「はい。特に、美しい表現が好きで……」
「『銀河鉄道の夜』の話は、朝比奈先生から聞いています」
「先生が?」
「とても印象深い感想だったと、褒めていらっしゃいました」
朝比奈先生がそんなことを言ってくれていたなんて、知らなかった。
「凛音くんの感性は、とても豊かなんですね。だからこそ、多くの人が惹かれるのでしょう」
「多くの人って?」
「お兄さんも、夏目くんも、東雲も……みんな、あなたに特別な感情を抱いている」
圭人さんの言葉に、胸がざわついた。
「特別な感情って……」
「分からないのですか?」
圭人先輩が少し身を乗り出してきた。その距離の近さに、心臓が早鐘を打った。
「みんな、あなたを愛している」
「愛……?」
「ええ。それぞれ違う形の愛情ですが」
圭人先輩の瞳が、じっと見つめてくる。
「お兄さんは家族としての愛情。夏目くんは……まだ自分でも気づいていないかもしれませんが、恋愛感情に近いもの」
「夏目くんが?」
「そして東雲は、完全に恋をしています」
東雲先輩のことを思い出すと、確かに彼の言動には普通の友情以上のものがあった気がする。
「でも、ぼくはまだ何も……」
「分からなくて当然です。あなたは純粋すぎる」
圭人先輩は優しく微笑んだ。
「だからこそ、危険でもある」
「危険って?」
「あなたのような美しい人は、多くの人を魅了します。でも、その全ての愛情に応えることはできない」
確かに、そう言われてみると複雑な気持ちになった。
「だから、私が守ってあげたいと思うのです」
「圭人先輩が?」
「ええ。あなたを、誰からも奪われないように」
その言葉に、胸がきゅんとした。
「でも、それは……」
「私の勝手な想いです。でも、隠すつもりはありません」
圭人先輩が立ち上がって、ぼくの前に立った。
「凛音くん」
「はい」
「私も、あなたに恋をしています」
その告白に、頭が真っ白になった。
「え……」
「初めて見た時から、ずっと」
圭人先輩は膝を折って、ぼくの目線まで身を屈めた。
「あなたが図書室にいた時、本当に美しくて……息を忘れそうになりました」
近い距離で見る圭人先輩の瞳は、とても深くて優しかった。
「私は、あなたに幸せになってもらいたい。そして、できることなら……」
圭人先輩の手が、ぼくの頬に触れた。
「私の隣で、その美しい笑顔を見せ続けてもらいたい」
その手の温かさに、胸が苦しくなった。
「圭人先輩……」
「返事は急がなくて構いません。ただ、私の気持ちを知っていてください」
圭人先輩は立ち上がって、再びベンチに座った。
「今日は、楽しい時間をありがとうございました」
「あの……」
「何ですか?」
「ぼく、こういうの初めてで……どうしたらいいのか分からなくて」
「そのままでいいんですよ」
圭人先輩は優しく笑った。
「あなたらしくいてください。それが一番美しいのですから」
帰りの車の中で、圭人先輩はぼくの好きな音楽について聞いてくれた。告白の後だというのに、普通に会話を続けてくれるその配慮に、安心感を覚えた。
学園に戻る頃には、夕日が西の空を染めていた。
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ。また、お時間があるときにでも」
「はい」
寮までの帰り道、圭人先輩の言葉を思い出して、自然と頬が熱くなっていた。
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