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28.揺れ動く
しおりを挟む週末の朝、東雲先輩との約束の日がやってきた。
「おはよう、凛音」
正門で待っていた東雲先輩が、いつものような軽やかな笑顔で手を振ってくれた。私服姿の東雲先輩は、制服の時とはまた違った雰囲気で、とてもおしゃれに見えた。
「おはようございます、東雲先輩。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。楽しい一日にしよう」
東雲先輩が歩き始める。
「まず、どこに行くんですか?」
「それは秘密。でも、凛音が喜びそうな場所を選んだから、楽しみにしててよ」
東雲先輩の計画に、期待が膨らんだ。
最初に案内されたのは、街の中心部にある大きな本屋だった。
「本屋さんですか?」
「そう。凛音、文学が好きでしょ?ここ、品揃えがすごくいいんだ」
東雲先輩が扉を開けてくれる。
中に入ると、想像以上に広くて、天井まで届く本棚がずらりと並んでいた。
「すごい……」
「でしょ?俺もここで本を買うことが多いんだ」
「東雲先輩も読書家なんですね」
「まあ、そこそこね。特に、面白い小説を見つけるのが好きかな」
一緒に本棚を見て回ると、東雲先輩が一冊の本を取り出した。
「これ、読んだことある?」
「いえ、初めて見ます」
「面白いよ。今度貸してあげる」
東雲先輩の趣味を知ることができて、なんだか嬉しかった。
「凛音はどんな本が読みたい?」
「えっと……詩集を見てみたいです」
「詩集か。いいね」
詩集のコーナーに向かうと、たくさんの詩集が並んでいた。
「どれにしようかな……」
迷っていると、東雲先輩が一冊を手に取った。
「これなんかどう?俺も読んだことがあるけど、とても美しい詩が載ってる」
「ありがとうございます」
本を受け取ると、東雲先輩の指が軽く触れた。その瞬間、なぜか胸がどきんとした。
「あ……」
「どうした?」
「何でもないです」
東雲先輩が不思議そうな顔をしたけれど、それ以上は聞かなかった。
本屋の後は、近くのカフェに入った。
「ここのケーキ、美味しいんだ」
「甘いもの、お好きなんですか?」
「意外?」
東雲先輩が笑う。
「風紀委員長のイメージと違うかもしれないけど、実は甘党なんだよ」
「そうなんですね」
ケーキセットを注文して、向かい合って座る。
「学園祭、お疲れさまでした」
「こちらこそ。凛音のおかげで、とても平和に終わったよ」
「そんなことないです。東雲先輩が気を配ってくださったおかげです」
「いやいや、君がいたからこそだよ」
東雲先輩がフォークでケーキを食べながら話す。
「実は、あの日は本当にヒヤヒヤしてたんだ」
「え?」
「だって、君のメイド姿があまりにも可愛くて、みんながどんな反応をするか心配でさ」
東雲先輩の率直な言葉に、顔が熱くなった。
「でも、みんな紳士的に接してくれて良かった」
「東雲先輩が見てくださってたからですよ」
「そうかな」
東雲先輩が嬉しそうに笑う。
「でも、正直言うと、俺も他の客と同じように、君をじっと見つめていたかった」
「東雲先輩……」
「風紀委員長として、冷静でいなきゃいけなかったけど、内心はドキドキしっぱなしだったよ」
東雲先輩の正直な気持ちに、胸がきゅんとした。
「ありがとうございます」
「何に対して?」
「いつも、ぼくのことを見守ってくださって」
「それは……」
東雲先輩の表情が、少し真剣になった。
「凛音のことが、好きだから」
その言葉に、心臓が跳ね上がった。
「もちろん、急に返事をもらおうとは思ってない。でも、俺の気持ちは知っていてほしくて」
昨日の鳴海先輩、夏目くんに続いて、また告白を受けてしまった。
「東雲先輩……」
「重く考えなくていいよ。今日は、ただ楽しく過ごそう」
東雲先輩がいつもの明るい笑顔に戻る。
「それより、次はどこに行こうか」
午後は、公園を散歩した。
「ここ、よく来るんですか?」
「たまにね。考え事をしたい時とか」
公園のベンチに座って、池を眺める。白鳥が優雅に泳いでいて、とても平和な光景だった。
「東雲先輩は、どんなことを考えるんですか?」
「色々だよ。学校のこととか、将来のこととか」
「将来?」
「うん。卒業したら、どんな道に進もうかなって」
東雲先輩が空を見上げる。
「凛音はどう?将来の夢とか」
「まだよく分からないんです。でも、文学に関わる仕事ができたらいいなって」
「いいね。凛音の感性なら、きっと素敵な文章が書けると思う」
「ありがとうございます」
「俺も、いつか凛音の書いた本を読んでみたいな」
東雲先輩の言葉に、心が温かくなった。
夕方になって、学園に戻る時間になった。
「今日は楽しかったです」
「俺も。凛音と二人で過ごせて、とても幸せだった」
東雲先輩が振り返る。
「また、こうして一緒に出かけない?」
「はい、ぜひ」
「やった」
東雲先輩が子供のように喜ぶ姿を見て、思わず笑ってしまった。
学園の正門に着くと、東雲先輩が立ち止まった。
「凛音」
「はい」
「俺、君といると本当に楽しいんだ」
「ぼくもです」
「だから……」
東雲先輩が少し近づいてくる。
「俺のこと、もう少し特別に思ってもらえたら嬉しいな」
その距離の近さに、胸がどきどきした。
「東雲先輩……」
「答えは急がなくていい。でも、俺の気持ちだけは覚えていてほしい」
東雲先輩の真剣な表情に、頷くことしかできなかった。
寮に戻ると、夏目くんが部屋で待っていた。
「お疲れ」
「ただいま」
夏目くんの表情が、少し複雑に見えた。
「どうだった?」
「楽しかったよ。本屋さんに行って、カフェでお茶して、公園を散歩して……」
「そうか」
夏目くんの返事が、素っ気なかった。
「夏目くん、機嫌悪い?」
「別に」
でも、明らかに何かを気にしている様子だった。
「東雲と、何か話したのか?」
「うん……色々と」
東雲先輩の告白のことは、やっぱり言えなかった。
夏目くんは何も言わずに、机に向かって勉強を始めた。
その夜、ベッドに横になりながら今日のことを思い返した。
東雲先輩との楽しい時間。優しい言葉。そして、告白。
みんな、それぞれ違う魅力があって、それぞれ大切な人たちだった。
でも、まだ自分の気持ちが整理できずにいる。
窓の外を見ると、星がきれいに見えた。
『銀河鉄道の夜』のジョバンニとカムパネルラのように、友情と愛情の間で揺れ動く気持ち。
今のぼくも、同じような心境なのかもしれない。
でも、焦る必要はない。水瀬先輩も言っていたように、ゆっくり考えればいい。
そんなことを思いながら、静かに眠りについた。
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