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33.相談
しおりを挟む日曜日の午後、学園祭実行委員会の部屋で水瀬先輩に呼ばれた。
「おう、凛音。来てくれたか」
「水瀬先輩、お疲れさまです。何かお手伝いできることがあるんですか?」
「いや、手伝いじゃないんだ」
水瀬先輩が椅子を勧めてくれる。
「ちょっと話がしたくてな」
「話?」
「ああ。お前のことで、少し気になることがあってさ」
水瀬先輩の表情が、いつもより真剣だった。
「最近、疲れてないか?」
「疲れって……」
「色々な人から想いを寄せられて、大変だろう」
水瀬先輩の鋭い観察に、少し驚いた。
「そんなことないです」
「嘘つけ。私の目は誤魔化せないぞ」
水瀬先輩が苦笑いを浮かべる。
「如月会長と東雲、それとお前の兄貴、クラスメイトにも夏目、篠原、真白、それから朝比奈先生まで……」
「先生まで?」
「ああ。あの読み聞かせの件、私も聞いてる」
水瀬先輩が腕を組む。
「みんな、お前のことを特別に思ってる。それは嬉しいことだが、お前にとっては重荷でもあるだろう」
確かに、最近は色々な人の想いを感じることが多くて、時々どうしていいか分からなくなることがあった。
「少し……かもしれません」
「だろうな」
水瀬先輩が立ち上がって、窓の外を見る。
「私にも、昔そんな時期があった」
「え?」
「お前ほどじゃないが、複数の人から想いを寄せられて、困ったことがあるんだ」
水瀬先輩が昔の話をするのは珍しい。
「どうしたんですか?」
「中学生の頃の話だ」
水瀬先輩が振り返る。
「私は昔から、面倒見が良くてな。困ってる人を放っておけない性格だった」
「今と同じですね」
「ああ。それで、色々な人の相談に乗ったり、助けたりしてた」
水瀬先輩が椅子に座り直す。
「そうしてるうちに、何人かの男子から告白されるようになった」
「それで?」
「最初は嬉しかったよ。でも、だんだん重荷になってきた」
水瀬先輩の表情が、少し遠くを見ているような感じになった。
「みんな、私のことを『理想の女性』みたいに思ってたんだ」
「理想の?」
「しっかりしてて、頼りがいがあって、包容力があって……」
「それは事実じゃないですか」
「でも、それだけじゃないだろう?」
水瀬先輩が苦笑いを浮かべる。
「私にも、弱い部分や、甘えたい気持ちがある」
「そうですね……」
「でも、みんなは私の『完璧な部分』しか見ようとしなかった」
水瀬先輩の言葉に、何かを感じた。
「お前も、似たような状況にあるんじゃないか?」
「どういう意味ですか?」
「みんな、お前の『可愛い部分』や『美しい部分』ばかり見て、お前の本当の気持ちを理解しようとしてるか?」
その指摘に、はっとした。
確かに、みんなぼくの外見や表面的な部分に惹かれているような気がすることがあった。
「でも、ぼくには特別な中身なんて……」
「あるよ」
水瀬先輩がきっぱりと言う。
「お前は、優しくて、思いやりがあって、文学を愛する繊細な心を持ってる」
「水瀬先輩……」
「それに、人の気持ちを大切にしようとする、真面目すぎるところもある」
水瀬先輩が立ち上がって、ぼくの前に座った。
「だから、言いたいんだ」
「何を?」
「無理して、みんなの期待に応えようとするな」
水瀬先輩の目が、真剣だった。
「お前は、お前らしくいればいい」
「でも、みんなを傷つけたくないんです」
「分かる。私もそうだった」
水瀬先輩が優しく微笑む。
「でも、無理をしすぎると、最後には自分を見失ってしまう」
「自分を見失う?」
「ああ。私も昔、みんなの期待に応えようとしすぎて、自分が何を望んでいるのか分からなくなった」
水瀬先輩の表情が、少し悲しそうに見えた。
「それで、どうしたんですか?」
「一度、全部リセットした」
「リセット?」
「高校受験を機に、環境を変えたんだ。そして、新しいスタートを切った」
「この学園に来たんですね」
「ああ。ここで、本当の自分を見つけることができた」
水瀬先輩が窓の外を見る。
「お前は、まだ1年生だ。時間はたっぷりある」
「はい」
「だから、焦るな。ゆっくりと、自分の気持ちと向き合えばいい」
水瀬先輩の言葉に、胸が軽くなった。
「そして、もし辛くなったら、いつでも私に相談しろ」
「ありがとうございます」
「私は、お前の味方だからな」
水瀬先輩がぼくの頭に手を置いた。
「可愛い弟のことは、私が守ってやる」
その温かい手に、安心感を覚えた。
「水瀬先輩」
「何だ?」
「どうして、そんなに優しくしてくれるんですか?」
「どうしてって……」
水瀬先輩が少し考える仕草をした。
「お前を見てると、昔の自分を思い出すからかな」
「昔の?」
「純粋で、優しくて、でも少し不器用で……」
水瀬先輩が苦笑いを浮かべる。
「放っておけないんだよ」
「そうなんですね」
「それに……」
「はい?」
「お前といると、私も癒されるんだ」
「癒される?」
「ああ。お前の素直さや優しさを見てると、私も温かい気持ちになる」
水瀬先輩の言葉に、嬉しくなった。
「だから、これは私にとってもプラスなんだ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
「よし、じゃあこれからも、何かあったら遠慮なく私を頼れ」
「はい」
実行委員会の部屋を出る時、水瀬先輩が見送ってくれた。
「また今度、ゆっくり話そう」
「はい、ぜひ」
「あと、学園祭が終わってもこの部屋は空いてるから、いつでも来ていいぞ」
「ありがとうございます」
廊下を歩きながら、水瀬先輩との会話を思い返した。
彼女も昔、同じような経験をしていたなんて、知らなかった。
でも、だからこそ、ぼくの気持ちを理解してくれるのかもしれない。
『無理して、みんなの期待に応えようとするな』
水瀬先輩の言葉が、胸に響いた。
確かに、最近は周りの人の気持ちを考えすぎて、自分の気持ちが分からなくなることがあった。
もう少し、自分らしくいてもいいのかもしれない。
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