武装法人二階堂商会 ―― 企業買収(M&A)で異世界を支配する!

Innocentblue

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第6章 資源争奪 ― 封鎖を破る雇用と金融

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 資材供給の停止。

 それは、二階堂商会にとって――橋の落札以上に、致命的な一手だった。

 石材を握る大手ギルドは、都市周辺の採掘場をほぼ独占している。
 倉庫に積み上げられた在庫は、保って一週間。
 それを使い切れば、工事は止まり、取引は凍りつき、信用は一気に崩れる。

 数字は冷酷だ。猶予は、七日しかない。

 会議室に集められた幹部たちの表情は硬かった。
 獣人傭兵団《牙の旗》の戦士たちも、作業服姿の職人たちも、
 互いに視線を交わし、言葉を探していた。

 張り詰めた沈黙を破ったのは、傭兵のひとりだった。

「社長……石材が尽きたら、俺たちの飯代も出ねぇよな」

 遠慮がちな声音。しかし、切実だ。

「仕事が止まるなら、他の商会に鞍替えするしかねえ」

 別の男が、視線を逸らしながら付け加えた。
 小声とはいえ、その囁きは、会議室の空気を確実に冷やした。

 不安。疑念。動揺。
 裏切りの芽が、確かに芽吹き始めている。

 漣司は、ゆっくりと立ち上がった。
 卓上に積まれた紙束を、軽く叩く。
 乾いた音が、全員の意識を引き戻した。

「……いい兆候だな」

 静かな声に、何人かがぎょっとして顔を上げる。

「裏切りの芽が出始めた、という意味だ」

 漣司は幹部たちを見渡し、淡々と続けた。

「だが勘違いするな。忠誠心は、根性論じゃ続かない。
 気合や恩義で人は動かない。――仕組みで管理するものだ」

 室内が、しんと静まり返る。
 リュシアが、眼鏡越しに鋭く彼を見る。

「社長。その仕組みとは?」

 漣司は、一枚の書類を抜き取り、机の中央に広げた。

「雇用契約書だ」

 紙の上には、契約条件と報酬体系、
 保障内容がびっしりと並んでいる。

「今日からお前たちは、我が二階堂商会の正式な社員になる」

 ざわり、と空気が揺れた。

「社員……?」
「傭兵が、商会の人間に……?」

 小さなざわめきが広がる。
 漣司は構わず言葉を重ねる。

「給与は固定給と成果報酬の二本立て。
 負傷時の補償、家族への手当も用意する。
 仕事が止まっても、最低限の生活は守る」
「……そこまで、やるんですか」

 誰かが、思わず漏らした。

「当然だ」

 漣司は即答する。

「生活を守られた人間は、簡単には逃げない。
 逃げない人間には、長期の投資ができる。
 これは情けじゃない。経営判断だ」

 リュシアが、わずかに口角を上げた。

「なるほど。人材の囲い込みですね」

「ああ。資材を止められたなら、人材は絶対に手放さない」

 漣司の視線が、傭兵団と職人たちを射抜く。

「お前たちは、もう使い捨ての駒じゃない。
 二階堂商会の戦力であり、資産だ」

 沈黙の中、誰かがごくりと喉を鳴らした。

 不安の色は、少しずつ――別の熱へと変わり始めていた。




 
 契約書には三つの柱があった。

 第一に、固定給の保証。
 戦いや工事が一時中断しても、最低限の賃金は支払われる。
 第二に、出来高制の導入。
 護衛や工事で成果を挙げれば、銀貨が上乗せされる。
 そして第三に、退職金制度。
 十年勤め上げた者には、家族が暮らせるだけの蓄えを与える。

 契約書が広げられた瞬間、テントの布が揺れ、重い足音が響いた。
 獣の影を連れた巨躯――「牙の旗」傭兵団長ガロウが姿を現す。
 その場の空気が一変した。誰もが息を呑む。
 まるで獣が戦場に降り立ったかのような威圧感。
 しかしその瞳には、ただの野蛮さではなく、
 仲間を背負う者だけが持つ責任の色があった。

「タイショクキン……? そんなもの、聞いたこともねェ」

 ガロウが低く唸るように言った。
 獣人たちがざわめき、職人たちでさえ身を固くする。

「当たり前だ。だが考えてみろ。
 戦いに明け暮れるだけの人生で、最後に何が残る? 牙と傷跡だけか?
 俺は違う。命を賭けた働きには、未来を保証する」

 テントの内側に沈黙が落ちる。
 ガロウの太い腕が、卓上の契約書をつかんだ。
 そのまま引き裂くのではないかという緊張が走る。
 だが次の瞬間、彼はじっと文字を読み込み――鼻で笑った。

「戦場の外まで考えてるヤツなんざ、初めて見たワ……
 仲間に、安心して飯を食わせられるのカ」

 その声は獣の咆哮のように力強く、しかしどこか震えていた。
 職人たちからも息を呑むような視線が注がれる。

「そうだ。俺は約束する。裏切らずに働けば、お前たちと家族を守る。
 それが二階堂商会のルールだ」

 静寂が落ちた。風の音さえ止んだかのように、
 テントの中は張り詰める空気で満ちる。
 獣人傭兵たちも、職人たちも、
 ただ漣司の言葉を噛みしめるように息を呑む。

 やがて。

 ガロウがゆっくりと立ち上がった。
 巨体が影を落とし、テントの骨組みが軋むほどの圧が生まれる。
 拳を握りしめたその手は震えていた――
 怒りではない。何かを押し殺すような、熱い震えだった。

「……お前、本気でそんなことを言ってるのカ」

 低く、地鳴りのような声。

「戦場を渡り歩く俺たちニ、未来を作るだト……
 そんな夢みてぇな話、誰も信じなかっタ。誰も言わなかっタ」

 ガロウの目が赤く潤む。
 仲間たちは驚き、息をのむ。
 団長が涙をこらえている姿など、誰も見たことがない。

 次の瞬間。

 ガロウは天を揺るがす咆哮を上げた。

「――聞けェェッ!!」

 テントの空気が弾ける。

「聞いたカ! 俺はニカイドウ社長に命を預ける! 
 牙の旗は今日から正式に商会の警備部門ダ!」

 その瞬間、漣司のスキルが静かに起動した。

――《買収交渉開始》
――対象:傭兵団長ガロウ。
――信用=中、潜在能力=極高。
 必要対価=「固定給+出来高+退職金保証」提示条件を口にする。

「固定給は最低限保証する。戦いの成果は出来高として上乗せ。
 十年勤め上げれば退職金も出す。
 牙の旗は、お前自身と仲間の未来を守る」

 ガロウの眉が吊り上がり、怒りと興奮が混ざった表情を見せる。
 戦いで命を賭けるだけの生活――そのルールを壊す新しい提案。
 獣人たちが大地を揺るがすほどの雄叫びを上げる。
 職人たちも次々と契約書に署名し、広場は熱気に満ちていった。
 その背中を見た者は、皆が直感した。

――この男は、いつか必ず大きな組織を支える柱となる。
 制度が絆を作り、覚悟が忠誠を生む。
 こうして二階堂商会には、
 未来の役員ガロウという最強の忠誠者が加わった。

――二階堂商会は、この日、本当の意味で「軍」を手にした。




 
 会議後、リュシアが漣司に歩み寄った。

「社長。あなたの方法は、まるで……」
「日本のサラリーマン制度さ。忠誠は心じゃなく給与明細で測る。
 俺はそれを異世界で実証するだけだ」
「……合理的ですね。ですが、あまりにも現実的すぎて、
 この世界の人間には奇跡に見えるかもしれません」

 リュシアの瑠璃色の瞳が冷たく光る。

「ですが覚えておいてください。
 制度もまた、一度壊されれば、どんな剣より脆い。
 武装した敵だけでなく、妬み、嫉妬、欲望……
 外部からも内部からも、あらゆる方向から崩しに来ます」

 漣司はしばし考えるふりをして、やがて小さく笑った。
 冷徹で、まるで敵対的買収を仕掛ける投資家のように。

「だからこそ、次は根っこから押さえる。資材供給網を丸ごと買収する。
 鉱山、精錬所、運送路――全部だ。
 俺の制度を壊す気なら、まずこの世界のインフラごと折りに来いってな」

 その言葉に、リュシアの眉がわずかに動いた。
 畏れでも反発でもない。
 猛獣を見たときの、研ぎ澄まされた戦士の反応。
 ふたりの視線が交わった刹那、会議室の空気は戦場以上に張り詰めた――
 二階堂商会の支配戦略が、今まさに始まりを告げたのだった。




 
 その夜。倉庫に一通の封書が届けられた。
 封蠟には商人ギルドの紋章。中には短い文面が記されていた。

 ――二階堂商会による「商会手形」は違法通貨であり、都市の秩序を乱す。
 速やかに使用を中止せよ。さもなくば、法的措置を講ずる。

 漣司は手紙を読み終えると、乾いた笑いを洩らした。

「……来たな。次の戦場は金融だ」

 リュシアが微笑む。

「社長。通貨は血液。心臓を握られれば企業は死ぬ。
 ――金融戦争こそ、本当の戦場です」

 窓の外、都市の灯が瞬いていた。
 二階堂商会は今、資材の供給網と金融の支配権を巡る、
 新たな戦いへ踏み出そうとしていた。
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