武装法人二階堂商会 ―― 企業買収(M&A)で異世界を支配する!

Innocentblue

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第9章 物流封鎖 ― 保険戦争、開戦

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 公開裁判で二階堂商会が歴史的勝利を収めてから、
 わずか一週間。
 その余波は都市中に広がり、
 まるで新しい風が街路を駆け抜けていくようだった。
 二階堂商会が発行する手形は、噂よりも速く庶民の手に渡り、
 八百屋の店先でも、鍛冶屋の炉の前でも、
 さまざまな光景を生み出していた。

「聞いたか? 二階堂の手形なら、
 今すぐ金貨に換えずとも支払いに使えるらしい」
「ギルドの金貨より軽くて便利だってよ。
 持ち運びも楽だ」
「手数料が安いってのも本当なのか?」

 そんな囁きが市場を渡り歩き、
 朝の喧騒に混じっては新たな波紋を広げていく。
 手形を受け取った店主は目を丸くし、
 読み慣れぬ文字列を指でなぞりながら感嘆の声を漏らす。
 老舗の商人たちでさえ、
 慎重な顔つきで手形を光に透かし、やがて満足げにうなずく。
 若い職人たちは浮き立つように笑い、
 
「時代が変わるぞ」
 
 と未来の商機を夢見る者もいた。
 街は活気づき、人の流れは商会の支店へと吸い寄せられる。
 手形を扱う秘密を知りたい、取引に加わりたい――
 そんな声が絶え間なく押し寄せた。

 だが。
 繁栄の鐘が鳴り響くほどに、
 同時にどこかで不穏な沈黙がふくらんでいくのを、
 敏い者だけが感じ取っていた。
 ギルドの面々が裁判以来、ほとんど表に姿を見せなくなったこと。
 夜になると市場周辺から衛兵の足音が不自然に増えていること。
 誰かが見ているような、視線の気配。

 ――繁栄の鐘は、長くは鳴り続けなかった。

 新しい時代の光が街を照らすほど、
 その影は静々と、しかし確実に伸びていったのだった。



「社長! 街道が封鎖されました!」

 倉庫に飛び込んできた伝令が叫んだ。

「ギルド傘下の武装商会が、
 主要路の通行を妨害していると!」

 漣司は顔色ひとつ変えず、地図を一枚広げる。

「……なるほど。
 都市への流通路を抑えれば、我々の商売は立ち行かなくなる。
 典型的な物流封鎖だ」

 リュシアが冷笑した。

「古典ですが、効果は抜群です。
 物流が止まれば、市場心理は一気に冷えますから」

 ガロウは斧を肩に乗せ、唸った。

「俺たちが突破すればいイ!」

 だが漣司は首を振った。

「戦争をすれば被害が出る。
 力で勝っても信用は守れない。勝つ方法は、別にある」

 そこで彼は一枚の契約書を掲げた。

「……保険だ。俺たちが護衛する物流に保険を掛ける。
 襲撃で荷が失われても、保険金を支払う。
 これで信用を補強する」

 ミナが目を丸くした。

「荷を守るんじゃなく、失ってもいいようにする……って発想?」
「そうだ。信用は安心で支える。
 襲われても痛くない物流を作る」



 数日後――。

 二階堂商会の馬車隊は、朝の薄光を背に、
 市外門を抜けていった。
 荷台には大きく商会の紋章。
 革と鉄の匂いが混じる車列の両脇を、
 武装した兵たちが固める。

 石畳を踏む車輪の音が、乾いた規則で街に残っていく。

「ギルドの連中にやられるぞ……」
「無茶だよ。あんな堂々と――」

 市民たちは不安を隠しきれず、
 手を止め、足を止め、遠ざかる馬車を見送る。

 護衛兵は間隔を詰め、槍先をそろえる。
 リュシアは歩きながら魔力測定器を覗き込み、
 数値の揺れを指先で確かめた。

「……異常なし。今のところは、ね」

 ミナは建物の影から影へ、
 軽やかに跳び移りながら周囲を睨む。

「うまくいくといいけど……」
「大丈夫。社長の読みは外れたことがない」

 そう言って笑った声も、どこか硬い。

 だが――その空気を切り裂くように。

 ひゅっ、と乾いた音が走った。

「――矢だ!」

 次の瞬間、街道脇の茂みから、火矢が一斉に放たれた。
 空気が弾け、火の尾が弧を描く。
 ばちん、と荷台の帆布に火が移り、
 炎が一気に舐め上がった。

「燃えてるぞ! 消火――!」

 叫びが重なり、隊列が一瞬乱れる。
 同時に、茂みがざわりと割れた。
 黒装束の影が、雪崩のように飛び出す。
 剣、槍、短弓――ギルド傘下の武装商人たちだ。

「来やがったナ!」

 ガロウが地面を踏み砕く勢いで前へ躍り出た。

「まとめて相手してやル!」

 獣人の咆哮が街道に轟き、巨大な斧が唸りを上げる。
 一振りで敵が吹き飛び、砂埃と悲鳴が跳ね上がった。

「うわ、数多っ……!」

 ミナが舌打ちしながら短剣を構える。

「これ、全部ギルドの手下じゃん! 
 本気で潰しに来てる!」

 矢が飛び交い、剣戟がぶつかる。
 馬が嘶き、護衛兵が叫び、炎がぱちぱちと音を立てる。
 混乱の渦の中で、荷台の一部が崩れ落ちた。

「被害、出てます!」
「隊列、下がるな! 囲まれるぞ!」

 怒号が交錯する。

 ――だが。

 その中心で、漣司だけは、
 炎に照らされながら静かに立っていた。
 飛び散る火の粉も、駆け抜ける影も、
 すべてを一歩引いた目で見渡す。
 眉一つ動かさず、淡々と状況を測る。

「……ふむ」

 小さく息を吐き、口角をわずかに上げた。

「これでいい。むしろ好都合だ」

 その言葉は、戦場の喧騒とは不釣り合いなほど、
 冷えていた。


 
 翌日。

 商会本部の広場には、焼け焦げた荷車と損失報告書が並べられた。
 市民や商人たちが集まり、不安の声を上げる。

「ほら見ろ、物流は潰された!」
「やっぱり二階堂商会じゃ駄目か……」

 そのざわめきを断ち切るように、漣司が壇上に立った。

「――皆、聞け!」

 声は広場全体に響き渡る。

「確かに馬車隊は襲撃を受け、荷の一部は失われた。
 だが――損失は補償される!」

 リュシアが帳簿を広げる。

「これは保険契約に基づく支払いです。
 失われた貨物の価値、銀貨二十枚を即時に補填します」

 ざわめきが広がる。
 実際に商会の倉庫から銀貨の袋が運び出され、被害商人の手に渡った。

「う、嘘だろ……なんだこれは……!」
「失ったはずの貨物が、銀貨で戻ってきた……!」

 驚嘆の波が、歓喜へと変わる瞬間――漣司は手を広げ、宣言した。

「これが二階堂商会の保険だ! 
 物流を襲おうとも、我々は必ず補填する! 
 信用は揺るがない!」

 群衆は大きな歓声を上げた。


 
 一方、暗い部屋でその報告を聞いたギルド長マルコは、
 机を叩き割らんばかりに怒鳴った。

「馬鹿なぁ!! 荷を燃やされて信用が増す!?
 保険など聞いたこともない!」

 市民が信用するのはもはやギルドの通貨ではなく、
 二階堂商会の制度だった。
 報告官は青ざめたまま震えている。

「市民は……二階堂商会の制度を支持し始めています……」

 マルコの顔が蒼白になる。

「通貨の……主導権が奪われる……!」



 その夜。

 倉庫の屋根に腰を下ろし、ミナは風を受けて笑った。
 街灯の明かりは遠く、頭上には星が滲むように瞬いている。

「社長、正直びっくりしたよ。
 荷を燃やされて――
 それでこれでいいなんて言う経営者、初めて見た」

 軽口のようでいて、どこか本気の混じった声音だった。
 漣司は屋根の縁に片手を置き、夜気を吸い込む。

「企業は、リスクを恐れてちゃいけない」

 漣司は言い切ったあと、いったん言葉を切った。
 屋根の縁をなぞっていた指が止まり、
 夜風がコートの裾を小さく揺らす。
 遠くで、どこかの倉庫の扉がきしむ音がした。

 その静けさを一息分だけ受け止めてから、
 視線を上げる。

「恐れるべきなのは、管理できないまま抱え込むことだ。
 リスクは契約で管理する。感情で動いては負けるだけだ……
 それが経営だ」

 リュシアは少し離れた位置で、星空を見上げている。
 夜風に揺れる髪を指で押さえながら、静かに言った。

「……金融戦争の幕開けですね」

 星のまたたきに視線を重ねたまま、続ける。

「次にギルドが仕掛けてくるのは、
 通貨そのものの信用でしょう。
 数字ではなく、心を削りに来ます」

「だろうな」

 漣司の目に宿る光は、炎でも、恐怖でもない。
 ただ、新たな戦場を見据える戦略家の輝きだった。
 夜空を見上げ、その光を一度、
 静かに胸に収めてから、口を開いた。

「いいだろう」

 短い言葉が、夜気に溶ける。
 ミナとリュシアの気配を背に感じながら、
 漣司はゆっくりと視線を上げた。

「物流を封じられようが、金融を攻められようが
 ――俺は必ず勝つ」

 拳を、わずかに握る。
 力を誇示するためではない。決意を、逃がさないための動きだった。

「二階堂商会は、止まらない」

 その瞬間、遠くの都市の灯が、ひときわ強く瞬いた。
 点在する光は、夜空に散った星のように連なり、
 次なる戦いの始まりを、静かに告げているかのようだった。
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