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ep.12
しおりを挟む「……わたくし、フレドリック公子と婚約させられるかもしれない……」
「まさか、そのフレドリック公子様が、姫様に無体を――」
「いいえ! いいえ違うの。……フレドリック公子は何も悪くないわ……でも、でも……っ」
グレイスの細い指が、アーサーの服が皺になるほどの力で胸元を掴む。
言葉に詰まったグレイスが顔を上げるとその瞳は濡れていて、縋るようなまなざしでアーサーを射抜いた。
「わたくしは……、ほかの誰でもないアーサーのお嫁さんになりたいの……」
グレイスの言葉に、アーサーは驚いて目を見開いた。
「姫様っ、まだそんなことを……」
「まだ? まだってどういうこと? わたくしは、一度たりとも冗談で言ったことはないわ」
グレイスが本気で怒っているのが伝わってくる。アーサーの服を掴む指先が白くなるほど力を込められていて、ぶるぶると震えていた。
まさかグレイスが今も、平民である自分のことをそんなふうに思っているとは知らなかったのだ。幼い少女が騎士に憧れるという話はよくあり、グレイスの言葉もそれと同じように捉えていた。
分別のつかない頃ならばともかく成長した今なら、グレイスがどれだけ望んでも、平民のアーサーとは結婚できるはずがないとわかっていると、もう騎士に憧れる気持ちはないと思っていたというのに。
彼女がずっと本気だったなら、自分はどれだけグレイスを傷つけるような対応をしてきただろうか。アーサーは今更ながら愕然とした。
「あなたが好きなの……アーサー」
瞳を涙で潤ませて、自分の気持ちを懸命に伝えるグレイスは顔を真っ赤にしていた。その表情を見て、アーサーは息を呑む。
グレイスのことをまだ子どもだと思っていた。
だが本当は、自分自身が彼女をまだ子どもだと思っていたかったのだと気づき、アーサーは唇を噛み締める。グレイスはまだ子どもなんだと自分に言い聞かせていないと、彼女を女性として意識してしまう自分に無意識に気がついていたから、心のどこかでセーブをかけていたのだと――今、はっきり思い知らされた。
「いけません、姫様」
だが、グレイスの想いが本気であろうと、結局アーサーには受け入れることなどできなかった。
グレイスの様子を見た限りでは、皇帝は彼女とフレドリックの婚約に乗り気なのだろう。トレヴィス公爵家ならば、皇女を娶るに相応しい家門だ。アーサーの存在など、その輝かしい公爵家の威光の前では霞んでしまう。
「アーサーはわたくしのことが嫌い?」
「そんなことはございません」
「それなら、好き?」
「……私には、わかりません」
そんなふうに尋ねるグレイスを、いじらしいと思う。愛らしくさえ思えるけれど、アーサーの中でそれが家族愛のようなくくりからはみ出しているものなのか、はっきりとはしなかった。
「アーサーのばか……。アーサーがわかるようになるまで、わたくしは諦めないわ」
「姫様、私は平民です」
「でもソードマスターじゃない! 帝国唯一の偉大なソードマスターなんだから、お父様だって認めてくれるかもしれないわ」
「相変わらず無茶をおっしゃいますね……」
「アーサーがなんと言おうと諦めないから! そんなに拒みたいのなら、せいぜいわたくしの気持ちに負けないようにこれから気をつけることね!」
先ほどまで泣いていたのが嘘のようにアーサーをにらみつけて宣言すると、グレイスはツンと顎を反らして歩いて行ってしまった。
その背中をポカンと口を開けて見ていたアーサーは、護衛のために慌てて追いかけていく。
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