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ep.16
しおりを挟む「グレイス皇女殿下、気にすることはありませんよ! ただの商人たちの噂ですから」
「わかってるわ……」
わかっている。自分が大して力のない皇女であることなど、他人から指摘されずともよくわかっていた。早足で歩くグレイスを追いかけながら、ナズナがずっと慰めの言葉をかけてくれるが、ほとんど耳に入らない。
アーサーが帰ったら、皇帝はやはり褒美にスカーレットを差し出すのだろうか。帝国の精鋭騎士たちが苦戦し死傷者を多数出したドラゴンの討伐を成し遂げたのだから、爵位を授け、皇女を嫁にやってもおかしくない。
結婚適齢期の皇女の中で最も有力なのはスカーレットだ。
(アーサーがほかの女のものになるなんて絶対に嫌よ! 誰かにとられるくらいなら、その前にわたくしのものにしてやるわ!)
一心不乱に歩を進めるグレイスに、ナズナは困ったように眉を下げた。長くはない付き合いだが、グレイスが突っ走る傾向にあるのはなんとなく感じ取っている。
「グレイス皇女殿下ー? 僕の声聞こえてますかー?」
そんなナズナの心配をよそに、グレイスは城の入り口で商人をつかまえるととんでもない注文を口走った。
「睡眠薬と媚薬をいただけるかしら?」
「ちょちょちょ、グレイス皇女殿下!?」
「邪魔をしないでちょうだい、ナズナ。商人さん、睡眠薬と媚薬はあるかしら?」
「ありやすぜ!」
慌てふためくナズナを置いて、商人とグレイスの間で話が進んでいってしまう。
突然のグレイスの奇行に白目を剥いていたナズナだが、やがて諦めたようにため息をついて、商人の持つ台車の中から小瓶を一つつまみ取った。
「アーサーさんに使うなら、ゾウに効くくらいの睡眠薬じゃないと意味ありませんよ」
「ナズナ! ナイスよ! あとありったけの媚薬をもらうわ!」
「まいどあり!」
グレイスがアーサーに想いを寄せているのは、ナズナにもバレバレだった。アーサーがそういったことに興味のない朴念仁だと思っているナズナは、一途に想いを寄せるグレイスを少し気の毒に思っていたのだ。
そこにあの噂話を聞いてしまえば、ナズナとてグレイスの背中を押してやりたくなってしまう。
グレイスが購入した強力な睡眠薬と数十本の媚薬を抱え、ナズナはアーサーに心の中でエールを送った。
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