久遠の呪祓師―― 怪異探偵犬神零の大正帝都アヤカシ奇譚

山岸マロニィ

文字の大きさ
64 / 92
第肆話──壺

【弐拾】逢瀬

しおりを挟む
 ――片や、零である。
 時は、ハルアキと鴉揚羽が神田川沿いで奇妙な対談をしていた頃。

 桜子……の形をした何かと連れ立って歩きながら、さてどうしたものかと零は思案していた。
 彼女は浅草へ向かいたいようである。
 しかし、二年もの間、壺に封じられ外部と遮断されていた彼女が、彼女の主――つまりは、彼女を式神として使役する者の居所を知っているとは思えない。
 桜子の予定通りに動いているだけだろうか?
 それとも、彼女の主は元々、浅草に根を置いて活動しているというのだろうか?

 末広町に差し掛かる。
 行き交う市電を眺め、零は提案してみる。
「歩くのも疲れるでしょう。市電で行きましょうか?」
 しかし、彼女はクロッシェ帽を被った頭を横に振った。
「今日は歩きたい気分なの」
 そう言って零の腕にしがみ付くものだから、彼は気取られぬように溜息を吐いた……彼を逃がさないようにする演技だ。零が妙な動きを見せれば、たちまち爪を立てられるだろう。
 しかし、帽子に気付いたのは助かった。山羊の角を隠してくれる。

 ――それに、コート掛けに残してきた小丸の根付。
 ハルアキはそろそろ気付いただろうか。

 中央通りを渡り秋葉原へ向かう。
 貨物駅近くの問屋街に差し掛かるが、昼間からベッタリと女を張り付けて歩いている者など他にいない。否が応にも人目が集まり、零は肩を竦めた。
「あの……逃げも隠れもしませんから、少し離れてくれませんか?」
「えー、せっかくのデートなのに」
「桜子さんはそういう事しませんから」
「……何だ、恋人じゃないの」
 彼女は手を離し、不貞腐れたように口を尖らせた。
「その割に、この女を守りたいのね」
「妬いているのですか?」
「馬鹿じゃない? ワタシが欲しいのはアナタの血だけ」
「まるで吸血鬼ですね」

 問屋街は今日も賑わっている。洋装の紳士やら前掛け姿の人夫が行き交い、呼び子の声が辺りに響く。

「ところで……」
 と、零は腕組みしながら桜子に目を向ける。
「本当の目的地は、浅草ではないのでしょう?」
「あーらご名答。かと言って、教えないわよ」
「いや、教えないのではなく、のでしょう? ――あなたは、連絡を待っている」

 桜子もどきが足を止めた。そして赤い目で零を睨む。
「妙に勘が鋭いところが腹立つわね」
「お褒めに預かり光栄です」
「本当にしゃくさわるわ……そうよ。まぁ、隠す事じゃないし、教えてあげる。ワタシ擬人ホムンクルスは、魂は違えど、同じ賢者の石から出来ているから、互いの状況が分かるの」
「ほう……」
「さすがに封印されている間は無理だったけど。壺から出てからは、感じているわ、同胞の気配を」
「…………」

 零は目を細める。
 予測はしていたが、やはり他にもホムンクルスがいたのだ。
 ――万一それが、彼女の気配を察して集まると厄介だ。一刻も早く、ケリを付けなけらばならない。

 零はおもむろに腕を解き、彼女を見下ろした。
「しかし、お仲間のホムンクルスと落ち合ったところで、私と連れ立って歩くのは目立ちますよ」
 と、いつもの派手な柄物の着物を示す。
「人目に付けば、あなたの主の居場所が、ハルアキにすぐに見付かってしまいます。そこで提案なんですけどね……」
 零は周囲に目を遣り、通りの奥を指した。
「問屋街の裏、神田川沿いに倉庫街があるのはご存知ですか?」
「…………」
「この不景気ですのでね、空き倉庫があちらこちらにあるそうです。そこなら、人目に付かないで済む。私がそこで待っていますから、あなたはそこへ、お仲間を連れて来てください。そこから私を南京袋にでも詰めて運んだ方が、よほど賢いと思いますよ」

 桜子もどきは、零に探るような視線を投げ掛ける。
「そんな見え透いた手にワタシが乗ると思うの?」
「勘違いしないでください。何も、私が助かりたいからこんな事を言っている訳ではありません。考えてみてください、私は桜子さんを人質に取られているのですよ? 妙な真似が出来る訳がないじゃありませんか」

 彼女は赤い目を鋭く光らせ、目の奥を射るように零を見返す。
 だが彼の薄笑いからは何も読み取れなかったのか、やがて彼女は目を逸らし、小さく息を吐いた。
「……アナタの言う通りね」
「ですです。さあ、行きましょう」


 ◇


 問屋街の裏手。
 神田川沿いに立ち並ぶ倉庫のひとつに、零は足を踏み入れた。
 木造二階建て。かなり年季が入っているようで、板壁の隙間から光が差し込み案外明るい。
 広さは十間(約十八メートル)四方ほど。二階建てではあるが、二階の床が張られているのは半分のみ、入口側は吹き抜けとなっている。吹き抜けのはりには荷運び用の滑車が吊るされ、太い鎖が床でとぐろを巻いていた。
 しばらく使われていない様子で、タタキの床に置かれているのは、空の木箱が幾つかと、天秤棒てんびんぼうが何本か。二階にある明かり取りの窓の、硝子が何枚か割れている始末だ。

 通りをひとつ入っただけで、この静寂。
 神田川の穏やかな流れでは水音もしない。時折、船頭が唄う鼻歌が聞こえてくるくらいだ。

「随分とおあつらえ向きの場所じゃないの」
 桜子もどきの革靴の音が、ガランとした空間にこだます。
「これでも探偵ですからね、街の様子は色々と耳に入れています」
 と、零は彼女を振り返る。
「中を調べないんですか? 私を監禁するのに足りるのか」
「いちいちうるさいわね。言われなくてもやるわよ」

 桜子もどきはぐるりと倉庫を一周し、最後に梁の滑車を見上げた。
「タネも仕掛けもない、ってところね」
「まだ私を疑ってるんですか?」
以外の人間は、信用しない事にしているの」

 彼女はそう言うと、零の体に鎖を巻き付ける。
 そして滑車から垂れるもう一端を引いて、彼を宙吊りにした。
「……ちょっと、やり過ぎじゃありません?」
「まるで逃げたいような言い草ね」
「そういう意味ではありませんよ……」
 零ははぁと溜息を吐く。

「じゃあ約束通り、ワタシが戻るまで大人しくしてて頂戴」
「分かりましたよ」

 桜子もどきが引き戸に向かい歩き出す。
 吊られた痛みに悶えたのか、鎖がチャリンと鳴った……次の瞬間。

 振り向きざまに横に飛んで、ようやく彼女は一撃を回避した。
 タタキに身を投げると体が滑り、土埃が舞う。
 そしてくるりと身を翻した刹那。

 真正面に飛んできた鎖の先を、彼女は垂直に飛んで逃れる。人間業ではない。二階まで跳躍し、狭い手摺りにスタッと着地したのだ。

 鎖が、一瞬前まで彼女がいた位置にヒビを穿つ。
 その鎖の先にあるもの――一掴みもある太さの鎖を、鞭のように操ったのは、犬神零である。

 彼は桜子もどきを見上げるとニヤリと笑みを浮かべた。
「確かに、おあつらえ向きな場所です……力を抑えないで済む」
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。