ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない

花里 美佐

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友人として

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 コンサートの日。
 
 黎は大きな花束を近くのフラワーショップで作ってもらった。三月だったので、百合はなかったが、彼女のイメージの白い花をメインに黄色を混ぜてもらった。
 
 ビタミンカラーと言われている黄色を彼女にあげたかった。最初に会った時、元気がないように見えたからだ。
 
 黎は経営者の息子だけあって、人の顔色を見たり、様子を見ただけで大体その人の気持ちの浮き沈みを当てることができた。
 
 受付で受け取った席は、関係者席だけあって良い席だった。周りの客はパンフレットに出ている彼女の写真を見ながら、美人だと言っていた。
 
 そうだよ、実物はもっと可愛いんだとひとりほくそ笑む。知り合いが褒められているような気持ちになった。

 演奏が始まった。

 最初はオーケストラだけでストラヴィンスキーの春の祭典を。その後、ショパンのピアノコンチェルト一番だった。

 彼女はこちらを見たような気がした。

 気のせいだろう。だが、燃えるような深紅のドレスに身を包み、綺麗に髪を結んでいる彼女はこの間よりずいぶんと大人びて見えた。

 演奏は素晴らしかった。

 ホールは総立ちになり、ブラボーという沢山の声が響いた。
 
 彼女は指揮者にエスコートされて演奏後二度ほど出てきた。

 その後、ショパンのエチュードをアンコールで弾いて終わった。黒鍵のエチュード。黎も好きな曲だった。

 受付で預けていた花束を受け取り、楽屋を訪ねようと場所を聞いて廊下を歩いていたら、突き当たりの部屋の前に見た顔がある。

 「やあ、久しぶり。堂本、元気だったか?」

 神楽だった。学生のときよりも大人びていい男になっていた。

 苦学生だった彼は、今は立派なスーツに身を包み、昔の面影がない。目も鋭くなっている。

 「ああ、久しぶりだな。卒業以来会ってなかった。元気そうだし、立派になったな。今日はチケットをありがとう。料金の代わりといってはなんだが、この商品券良かったら使ってくれ」

 胸ポケットから商品券の箱を出して、神楽に渡した。

 相変わらず気が回る男だと神楽は嘆息した。

 「……別に良かったのに。知り合いなんだから、奢られとけよ」

 「いや、いいよ。今後チケットが取れなかったら君に頼りたいからね。ここは恩を売るのが正解だ」

 黎は神楽を見て笑った。

 「栗原さんの楽屋はそこ?」

 「ああ」

 「君がマネージャーとは驚いたよ」

 「それを言うなら僕だって驚いたよ。名刺に君の名前を見て……」

 「偶然ロンドンに来ていたんだ」

 「そうか……いつ帰るんだ?」

 「明日の便だ」

 「そうだったのか。一緒に食事くらいしたかったが、残念だ。明日はこちらもまた演奏会なので準備がある」

 「そうらしいな。明日までなんだろ?」

 「ああ」

 そう言うと、神楽は自分の名刺を一枚黎に渡した。

 「電話番号は後ろにプライベートを書いておいた。ウチのプロダクションのコンサートなら融通できるから事前に聞いてくれ」

 「ありがとう。そうさせてもらうよ。栗原さんは今いいかな?」

 神楽はドアをノックする。

 「はい」

 「百合、堂本君が来たけど、大丈夫?」

 「ええ。入って頂いて大丈夫です」

 神楽は黎に場所を譲った。
 一緒に入りたかったが、そうさせない雰囲気を黎が醸し出している。
 
 「失礼します」

 そう言って、仕立てのいい三つ揃いのスーツに身を包んだ黎が入っていった。

 神楽は久しぶりに会った堂本黎の男っぷりに当てられてどっと疲れた。

 百合が心配でならなかった。

 いくらウブだとはいえ、こんな黎を意識せずに彼女がいられるのか。
 
 百合には今までは男の影がまるでなかった。

 マネージャーとしてはプライベートもある程度は把握管理が必要だ。
 
 ドアをにらむように見つめる神楽だった。

 「栗原さん。今日はチケットありがとう。とても素晴らしい演奏でした」

 振り向くと、仕立てのいいスーツを着こなした黎が立っている。

 大きな花を手渡された。珍しい花束。白の花がほとんどで、黄色の花が間を埋めている。

 百合はじっと花を見つめた。

 見ていると不思議な気持ちになった。ニュートラルに戻れる感じというか、白がそういう気持ちをリセットする作用があるのかもしれないが、黄色がそれを元気づけてくれる。

 「ありがとうございます。素敵な色合い。はじめて頂きましたが、とても気に入りました」

 「そう。それなら良かった。僕の君へのイメージと応援を込めて選んでみた」

 わざわざ自分のために色を選んだ?花を?この人は私の心を知っているのかしら?まじまじと彼を見つめた。

 神楽とは違う、何かオーラのようなものが彼の周りを漂っていることに百合は初めて気付いた。

 「ありがとうございます。褒めて頂けて嬉しいです。今日は堂本さんにお礼のつもりでしっかり演奏させていただきました」

 「え?」

 百合はにっこりと微笑んで黎を見ながら言う。

 「おととい、お目にかかったとき、私は演奏のことで迷いがあり、非常にメンタルがナーバスになっていました。そこへ、堂本さんに名前を知っていて頂いたことがきっかけとなって、私を応援して下さる方のために頑張ろうと気持ちを入れ替えることが出来たんです。今日の演奏はその成果です」

 黎はびっくりした。

 「それは、嬉しいな。つまり、俺のことを考えながら演奏をしてくれたということかな?」

 百合は、まさかそういう風にとられるとは思っていなかったので、また赤くなった。

 「え、えっと。そうですね。弾く前は堂本さんに褒めてもらいたいと思っていたことは事実です。私、弾き出すとあまり音楽以外のことは考えないので。でも気持ちが前向きになるので良い演奏になります」

 黎は彼女の言葉と表情を見て自分の中にあった、言い訳や迷いがすっ飛んだ。あることを心に決めた。そう、友人だけでは足りない。だが、とりあえず友人にならないと何も前に進まない。

 百合は鞄から大小ふたつの袋を取り出した。

 「これ、マフラー。一応、急ぎでホテルのほうへクリーニングを頼んで上がってきたので綺麗にはなっていると思います。大切な品をお貸し頂きありがとうございました。あと、これはホテルの紅茶です。この間アールグレイ同じ銘柄頼まれましたよね?私、このアールグレイが大好きなんです。あの紅茶よりも味わいがあるのでよろしければ飲んでみて下さい」

 彼女は彼にそれを差し出した。

 「ああ、ありがとう。紅茶は楽しみだよ。気を遣わせて悪かったね」

 そう言って、彼女から受け取ったその袋を鞄にしまうと、中から違う箱を取り出した。

 綺麗なピンクのリボンがかかっている。

 「代わりにこれをどうぞ」

 そう言って、彼女に箱を渡す。

 「え?いやだ、お礼をするのはお借りした私の方です。花も頂いているのに、やめて下さい」

 彼はにっこり笑い、差し出し続ける。否やは言えないと諦めて、受け取った。

 「開けてみて」

 「ああ、マフラー。綺麗なピンク……この色」

 「君がテムズ川へ流したスカーフと同じ色だろ?探したんだ。これなら使ってもらえそうだからね」

 百合は微笑む彼を見て、感動した。

 
ここまで、自分の気持ちを読んでプレゼントを自ら選んでくれる男性なんて初めてだった。何か彼女の心の中に動くものがその時あった。

 彼の微笑む顔を見つめていたら、目を奪われる。なんだろうと思う。ドキドキする。

 「栗原さん?気に入らなかった?」

 黙っている彼女を心配そうに見つめている。

 「あ、いいえ、とんでもない。ありがとうございます。嬉しいです。却って申し訳なかったです。でも大好きな色。使わせて頂きます」

 彼女は立ち上がり、綺麗に頭を下げて礼をした。

 「じゃあ、そのお礼をもらいたいんだけどいいかな。君の友人になりたいんだ。連絡先教えてもらえる?」

 黎は、一番の目的を口にした。彼女の反応は悪くないから大丈夫だろうと……。

 「友人ですか?でも、私なんて気が利かないし、音楽以外知らないから、堂本さんのお友達なんて出来ない……」

 思いもかけぬ発言。黎は驚いた。今まで、友人なんて頼んでなってもらったこと一度もない。それなのに、この反応。
 必死になった。

 「友達は何かをしてもらうためになるものじゃないよ。もちろん、住む世界が違うけど、そういう違う所の視点を友達から得ることもできる。それに、君のマネージャーは俺の友人だ。それでもだめ?」

 「……あの。私、演奏会前はそのことで手一杯になったりして、メールのお返事がすごく遅くなったり、電話も返すことが出来ないこともあります。友達はそれに呆れて離れた人もいるくらいです。それでもいいの?」

 こわごわと聞いてくる。可愛い。そんなの俺の方が常習犯だ。

 「全然問題ない。それこそ、俺もしょっちゅう忙しいと放置してる。でも、君からの電話やメールなら俺は必ず返すから君が返事くれなくても切れることはないから安心して」

 「それってどういう?」

 「とにかく、教えてくれる?日本でも君が暇なとき一緒にお茶を飲みたいんだ」

 お茶を飲むの?百合は不思議な友達だと思ったが、とりあえず恩もあるし、神楽の友人だし、大丈夫だろうと携帯の番号やアドレス、アプリを交換した。

 黎は満足した。これでいい。やっとスタートに立てた。想像以上に大変だったが……。

 「ありがとう。また、必ず連絡するよ。このもらった紅茶がなくなる前にね」

 「え?」

 黎が手を差し出した。友人の握手?

 百合は手を差し出すと、彼が近寄って来てその手をつかむようにして握手した。

 大きな手に百合の手が包まれた。暖かい。気持ちが流れ込んでくるようだった。

 百合がぼうっとしていたら、急に手が離れた。
 
 「栗原さん、次会うときまで元気でね」
 
 「はい。堂本さんもお元気で」

 百合がそう言うと、彼は背中を向けて出て行った。

 緊張感がほぐれて、ため息が出た。

 「神楽ありがとう」

 黎が出てきた。壁に背中をつけて漏れ聞こえる声を聞いていた神楽は彼に目をやる。

 嬉しそうな顔だ。こんな顔大学時代も見たことがない。嫌な予感がした。

 「いや。マフラー、すまなかったな。彼女はそれのおかげで風邪を引かずにすんだかもしれない」

 「役に立って良かったよ。それじゃ、また」

 手を上げて去って行く彼を神楽はじっと見つめ、頭を振ると百合のいる控え室へノックをした。

 「はい」

 「俺だ。帰るけど準備はいい?」

 「ええ。入ってちょうだい」

 中に入ると、まだドレス姿の彼女がいた。

 「百合、まだ着替えてなかったのか?」

 「え?ああ、堂本さんが来るってわかってたから、なんとなく着替えないでお会いした方がいいかなと思って……」

 百合が顔を赤らめて言う。神楽はギリギリと手を握った。

 「……じゃあ、着替えて。外に居るよ」

 「はい。ごめんなさい。すぐに着替えます」

 外に神楽は出た。そして扉に背を預け、ため息をついた。

 恐れていたことが起きた。今後彼が近寄ってこないとは今日の様子からとても思えない。
 
 黎は、神楽に遠慮するようなタイプでもない。何を話したのかあとで問い詰めようと決めた。

 着替えて出てきた百合は疲れていた。緊張もあったのだろう。安心したのか、あくびをしている。
 
 そういう素の部分を見せてくれるのが自分だけだと神楽は優越感に浸っていた。

 今日はさっきのことを問い詰めるのは無理そうだと思い、すぐにホテルへ送っていった。

 その頃。

 黎は会場を後にして、タクシーの中で握手をした手をじっと見つめた。

 そして、その手を握るとほくそ笑む。こんなに満足したのは、最初の仕事がうまくいったとき以来かもしれない。だが、胸が高鳴るのは初めての経験だった。

 もしかすると、これはやっぱり俺の初恋かもしれないなと苦笑いする。
 
 いい年して、初恋もあったものではない。

 黎は学生時代に一時期付き合っていた彼女がいたが、相手がやはり音楽好きで話をしていたら向こうが勘違いをして猛アプローチしてきた。

 若さも手伝って関係を持ったが、彼のバックを知るとより執着してきて、黎はすぐに冷めてしまった。
 
 思い返せばまあ、そんな彼女を好きだった時期もあるはずだと思っていた。

 しかし、今日わかった。あれは好きというのとは違っていたと。

 好きとはこういうことなんだと、何をしていても彼女の顔が浮かんでくる。虜になるということなんだと分かった。

 要は片思いが初めてだったのだが、そんなことにも気付かない黎はどうやって彼女を自分のものにしたらいいかでしばらく頭がいっぱいだった。
 

 
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