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再接触
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翌週。彼女にメールしてみた。
すると、割とすぐにその日のうちに返信が来た。
日本にいるのは神楽から聞いているので、お茶でもどうかと誘ってみた。
するといいですよと言う。
返事がすぐに来たので、勇気を出して電話してみた。
「もしもし、堂本です」
「ええ、お久しぶりです。コンサートの時はプレゼントありがとうございました」
彼女の声だ。黎はドキドキした。
「さっきの話ですけど、いつならいいですか?」
「お茶ですか?それって、三時頃ってこと?」
「ふっ、あはは……」
吹き出してしまった。可愛い。相変わらずだ。
「ああ、出来れば夜ゆっくり食事でもしながら、その後お茶してもいい。夜時間ないなら、昼食べてからお茶をして夕方まででもいい。どうかな?」
少し間が開いた。
「日によりますけど、そうですね。お昼が空いているのは……大学がないとき。でも、練習しないといけないときもあるから、うーん」
真剣に悩んでいる。
「なら、夜がいいんじゃないか?夕方から夜が一番いいだろ。ピアノも夜遅く弾かないだろうし……」
「そうですね。そうしましょうか。じゃあ、お茶じゃないですね。堂本さんたら嘘つきです」
口をとがらしている彼女を想像する。可愛い。どうしたらいいんだろう。
「ごめん。いいだろ?」
「はい。よく考えたら私の都合でしたね、ごめんなさい」
「いいよ。全然。友達だろ、俺たち」
「……そうでしたっけ」
「そうだよ」
「まだ、知り合いです。これから友達になるかもしれませんけど……」
相変わらず、壁が厚い。そうか、俺はまだ知り合いなのかと落ち込む。俄然やる気が出てきた。
「そうか。じゃあ、今度会ったら友達になれるように努力するよ。楽しみにして」
「え?何それ……」
「君が友達に俺を昇格してくれないと知り合いのままなんだろ?頑張るしかないよな」
「……堂本さんは意地悪です。そんな言い方しなくても」
「俺は意地悪じゃないぞ。友人にしてくれと言ったのに、まだ知り合いとか言う君が意地悪なんだ」
ため息をつく百合の声がする。
「わかりました。友人候補の堂本さん。それでは約束しましょう。いつがいいですか?」
日にちを約束して、電話を切った。来週の金曜日。黎は楽しみでその日以降ウキウキし出した。
黎が仕事の時に妙に機嫌が良くて周りは驚いていた。新しいプロジェクトが、黎の好きな音楽だということが理由だろうと父や周りも思っていた。
実は百合が原因だったのだが、それは誰も知らなかったのだ。柿崎は黎のいつもと違う様子を見て、絶対に誰か好きな女性が出来たのだろうとピンときた。
女性もののプレゼントを探すためデパートへでかけたり、女性が好きそうなイタリアンの店をリサーチしたいと言ってきたときはやはりと思った。
仕事のためだと言うが、そんな嘘は自分には通用しない。
小さいときから彼を見ているのだから、どんな嘘も顔を見れば大体分かる。そのうえ、女性関係はほとんど避けてきた彼が顔を上気させて話している。間違いないと分かったが、相手が誰だかわからない。
金曜日。
朝、彼はいつになく良いネクタイとスーツを着ていた。大事な商談かと思ったがそんな予定は思い当たらない。
途中、花屋へ寄ってわざわざ自分で花束を頼んでいる。後で夕方取りに行くという。
これは間違いない。今日デートだと確信した。しかし、相手を聞くのも、今日の予定を確認するのも野暮というものだろう。
良い歳の彼にもプライドがあるだろうと柿崎は思い、知らぬ振りをしてやった。どうせいずれ知りたくなくても知る運命にある立場だ。
その日。
黎は機嫌良く仕事をこなし、残業をしないとの宣言通り、十八時には上がった。
そして、柿崎らを振り切って自分でタクシーを呼んで、花屋へ寄ると頼んでいた花を受け取った。
そして、イタリアンへ行ったのである。
十五分以上前について、席で彼女を待った。
すると、時間ピッタリに彼女が現れた。
キョロキョロしていたが、ウエイターに声をかけられたようで、席に案内されて歩いてきた。
薄い黄色のワンピース。とても明るく見える。
髪も今日は結んでいない。自然な感じだ。
メイクも舞台のときのようではない。出会った時と同じ感ナチュラルメイクだ。その方が可愛い。
「あ、遅くなりすみません」
先に来ていた黎を見て、焦ったように話した。
「いや、俺もまだ来たばかりだから気にしないで。君は時間通りだし……」
ウエイターが彼女の椅子を引いた。百合はそこへ座った。
「これ。良かったら……」
黎は花束を彼女に渡す。今日はこの間と違う花だが、色合いは同じ感じだ。
白と黄色。今日のワンピースにピッタリだ。黎は嬉しかった。
「え?そんな、リサイタルでもないのに、花束を頂くなんて……」
「まさか、君のために買ったのに、いらないとか言わないよな?」
上目遣いに黎を見た百合は、花をじっと見て彼を見た。
「……ありがとうございます。この間と同じ色合い。でも花が少し違いますね」
「うん。今日は黄色のワンピースだからぴったりだったね」
「そうですね」
百合はあれ以降黄色が好きになった。黄色の服なんて買ったことなかったのに、何故か買ってしまった。
今日はこれを着ようと決めていた。
「黄色、堂本さんお好きなんですか?」
「そうだね、勇気や元気をもらえる色だと思うんだ」
「私、あなたにこの色の花束を頂いたときから、黄色が好きになりました。この服もそれ以降買ったものです」
まるで、自分に影響されてくれたかのようで、黎は悪い気がしない。にやついてしまった。
「それは、嬉しいね。君も黄色が好きになったんだ?」
「……好きというか。見るとやはり元気が出ますね」
「思惑通りだね。少しづつ俺の好みを知ってもらうから楽しみにしていて」
美味しい料理が運ばれてきた。
あれ以降回った海外のリサイタルのはなしなどをして、和やかに食事をした。
そろそろデザートというときに、切り出した。
「神楽から聞いているかも知れないけど、そちらの事務所に出資する方向でうちの会社が今検討中なんだ」
百合はフォークを持つ手を下ろした。そして、彼を見る。
「……少し聞いています。何のためですか?」
じっとこちらを見て切り込むように聞いてくる。
「神楽からその説明はなかったの?」
「ありましたけど。なんで、急に?」
探るような目でこちらを見てる。
「……君のリサイタルを聴いて、支援したいと思ったから」
「神楽さんから聞いた感じではそちらの会社の宣伝や社交の場として利用したいという話でしたよね?私の支援とか関係ないでしょ?」
ちょっと怒って答えている。黎は驚いた。
「栗原さん。それは違うよ。純粋に出資したいと思ったのは、本当に君のリサイタルを聴いて、多くの人に君のピアノを聴いてもらえたらと考えたからだよ。それを疑われるのは心外だ」
黎も少し語気を荒げて答えた。百合は驚いている。
「……ごめんなさい。そんな、怒らないで。理由のひとつに私が入っているのは正直光栄です。ただ、そちらの会社のために私のリサイタルが役に立つのか、長期の見通しが立つのか、不安だったの。まあ、この事務所には大勢のソリストがいますし、私だけではないでしょ?」
黎は、コーヒーを飲みながらため息をついた。
「もちろん、そちらの会社に出資するんだから、所属のアーティスト全員が対象だけど、当社の希望も聞いてもらう。アーティストは選ばせてもらうつもりだ」
百合はシャーベットをスプーンですくいながら、考えている。
「栗原さん?」
「……いえ、もちろん良いお話しだと思います。お金はあったに越したことはないと思うんです。ホールを借りるのもたいへんですし」
「じゃあ、何が心配なの?」
「別に心配はしてません。私は決められたスケジュールで演奏していくのが仕事です。まだ、駆け出しですし、自分の意思を通せるほどキャリアもありませんので」
紅茶を飲みながら窓の外を眺める横顔が寂しそうだった。
「栗原さん。君のやりたいと思っているリサイタルを今度具体的に俺に聞かせてくれる?」
「え?」
「だから、君の希望を聞いて、出来る限りそれを実現できるようにフォローするのが出資者の出来ることだよ。事務所のいいなりにならず、やりたいことが出来るように、君を支えたい」
百合は黎を大きな瞳を見開いて驚いて見つめている。そして、嬉しそうに微笑んだ。
「……嬉しい。嬉しいです。ありがとうございます」
黎は百合のキラキラ光る瞳を見つめていると彼女に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
「じゃあ、友達になってくれるよね?知り合いから昇格してもいい?」
百合は小さな声でふふふと笑い出した。
「ええ。いいですよ。友達になりましょう。私音楽以外はあまり知らないので、つまらなくても許してくれますか?堂本さん」
「もちろん。色々教えてあげよう。じゃあ、早速。お友達になった記念として今度は一緒に何か見に行かないか?」
「え?お茶じゃなくて?」
こてんと頭を傾け、聞いてくる。可愛い。また、見とれてしまう。こちらも笑顔で答えた。
「そう、お茶もするけどね。丁度、東京の美術館で印象派の絵画展を来月までやっている。君はドビュッシーとかも得意らしいから影響を受けられていいんじゃないかな?」
百合は驚いた。よく、そんなことまで知っているものだと……絵画は非常に勉強になる。曲の作られた時代や、作曲家と交流のあった画家もいるし、インスピレーションを得ることもあるのだ。
「堂本さんって、おいくつなんですか?」
「二十七歳だ」
「お若いのに、よく色々音楽のことも美術のこともご存じですね。お好きだから?」
「そう。音楽も君のことも好きだからね」
黎はつい、口を滑らせた。はっとして、彼女を見ると笑っている。
「もう、冗談がお上手ですね。音楽と私が同列なのは光栄です」
そう言って、すぐさま冗談にされてしまった。黎は、異性として全く意識されていないと思い、がっかりした。
いつ頃、美術館に行くかふたりでスケジュールを相談した。
「出資もゴールデンウィークまでには決まる予定だ。もし、決まればそれ以降のスケジュールはこちらも参入するかもしれない。よろしくね」
「はい。お役に立てるなら協力します。だって堂本さんはお友達だから……」
彼女が可愛く笑ってこちらを見ている。
お会計をして外へ出ようとしたら雨が降っていた。
困った様子の彼女を見て、彼は鞄から折りたたみ傘を出し、彼女の肩を抱き寄せた。
びくっとした彼女は彼を下から見つめている。 上目遣いにまた黎はやられた。キスしたくなったが、こらえた。肩を抱き寄せひとつの傘に入ると、タクシーが拾えるところまで出た。
一緒にタクシーへ乗って、彼女のマンションまで送り届けた。帰り道だといって安心させたが、彼女の家を把握したかったからだ。いったん、マンション前で自分も降りた。
「今日はごちそうさまでした」
「これ。今日の記念に……」
小さなリボンの付いた桐の箱を出す。
「え?お花もあるのに、だめですよ」
「知り合いから友達にしてもらうために準備していた賄賂だよ。無事友達になったけどあげる」
百合は笑い出した。
「……もう。賄賂は入りません。堂本さん、私の友達試験に合格しましたから」
彼女の手を引っ張って、手のひらに乗せた。
「たいしたものじゃないよ。リサイタルのときに使えるようにレースのハンカチだ。刺繍が入っている。色は白だから、きっと使える」
小さな箱を手渡すときに、彼女の手に乗せて、上から握らせる。
彼女はじっと彼が自分の手をつかんでいるのを見ている。でもよけない。
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
傘をさして背中を押してあげると、エントランスへ歩き出した。入り口まで傘をさして肩を抱いていく。
彼女は黎へ頭を下げて、エントランスを入っていった。
彼女がエレベーターへ行くのを見てから、戻ってタクシーに乗った。
黎は嬉しかった。
彼女は自分の手を拒まなかった。それに、一緒にいるときも楽しそうだった。それだけで満足だった。
やっと友達か……考えると笑ってしまった。友達になるのに、こんなに苦労するなんて、恋人になるには逆立ちしてもダメかもなとひとり想像して苦笑いしてしまった。
男性に対して、構えているようにも見える。音楽一筋で生きてきたのだろうし、男性経験がなさそうなのは最初からわかっていた。だから、強引にいっても引かれるだけだと思い、彼女のペースを守るつもりだ。
そういう黎自身、男女交際のテクニックなど皆無だ。何しろ、何もしなくても寄ってくる女性達を掃除するのに忙しく、自分から行くことなど一度もなかった。実は百合とそう変わらないのだ。
彼女と知り合ってから黎は毎日が楽しくて仕方がなかった。自然と笑顔が毎日出ているので、仕事も想像以上にうまくいく。
周りの女性達がまたうるさくなっていたのには、気付いていない。仕事で近くにいる者達は、御曹司に何かあったに違いないと最近気付いている。
とうとう、出資のプレゼンの日が来た。彼のキラキラな笑顔もプラスされて、役員を落とすことに成功した。
プロジェクトは二年でと決まった。成果を見て更新するか決めると当初の予定通りに決まった。
早速、事務所へ行って、あっという間に無事契約をしたのである。黎の当初の目的通り、まずは仕事を足がかりに彼女を囲っていくのだ。黎は上機嫌だった。
すると、割とすぐにその日のうちに返信が来た。
日本にいるのは神楽から聞いているので、お茶でもどうかと誘ってみた。
するといいですよと言う。
返事がすぐに来たので、勇気を出して電話してみた。
「もしもし、堂本です」
「ええ、お久しぶりです。コンサートの時はプレゼントありがとうございました」
彼女の声だ。黎はドキドキした。
「さっきの話ですけど、いつならいいですか?」
「お茶ですか?それって、三時頃ってこと?」
「ふっ、あはは……」
吹き出してしまった。可愛い。相変わらずだ。
「ああ、出来れば夜ゆっくり食事でもしながら、その後お茶してもいい。夜時間ないなら、昼食べてからお茶をして夕方まででもいい。どうかな?」
少し間が開いた。
「日によりますけど、そうですね。お昼が空いているのは……大学がないとき。でも、練習しないといけないときもあるから、うーん」
真剣に悩んでいる。
「なら、夜がいいんじゃないか?夕方から夜が一番いいだろ。ピアノも夜遅く弾かないだろうし……」
「そうですね。そうしましょうか。じゃあ、お茶じゃないですね。堂本さんたら嘘つきです」
口をとがらしている彼女を想像する。可愛い。どうしたらいいんだろう。
「ごめん。いいだろ?」
「はい。よく考えたら私の都合でしたね、ごめんなさい」
「いいよ。全然。友達だろ、俺たち」
「……そうでしたっけ」
「そうだよ」
「まだ、知り合いです。これから友達になるかもしれませんけど……」
相変わらず、壁が厚い。そうか、俺はまだ知り合いなのかと落ち込む。俄然やる気が出てきた。
「そうか。じゃあ、今度会ったら友達になれるように努力するよ。楽しみにして」
「え?何それ……」
「君が友達に俺を昇格してくれないと知り合いのままなんだろ?頑張るしかないよな」
「……堂本さんは意地悪です。そんな言い方しなくても」
「俺は意地悪じゃないぞ。友人にしてくれと言ったのに、まだ知り合いとか言う君が意地悪なんだ」
ため息をつく百合の声がする。
「わかりました。友人候補の堂本さん。それでは約束しましょう。いつがいいですか?」
日にちを約束して、電話を切った。来週の金曜日。黎は楽しみでその日以降ウキウキし出した。
黎が仕事の時に妙に機嫌が良くて周りは驚いていた。新しいプロジェクトが、黎の好きな音楽だということが理由だろうと父や周りも思っていた。
実は百合が原因だったのだが、それは誰も知らなかったのだ。柿崎は黎のいつもと違う様子を見て、絶対に誰か好きな女性が出来たのだろうとピンときた。
女性もののプレゼントを探すためデパートへでかけたり、女性が好きそうなイタリアンの店をリサーチしたいと言ってきたときはやはりと思った。
仕事のためだと言うが、そんな嘘は自分には通用しない。
小さいときから彼を見ているのだから、どんな嘘も顔を見れば大体分かる。そのうえ、女性関係はほとんど避けてきた彼が顔を上気させて話している。間違いないと分かったが、相手が誰だかわからない。
金曜日。
朝、彼はいつになく良いネクタイとスーツを着ていた。大事な商談かと思ったがそんな予定は思い当たらない。
途中、花屋へ寄ってわざわざ自分で花束を頼んでいる。後で夕方取りに行くという。
これは間違いない。今日デートだと確信した。しかし、相手を聞くのも、今日の予定を確認するのも野暮というものだろう。
良い歳の彼にもプライドがあるだろうと柿崎は思い、知らぬ振りをしてやった。どうせいずれ知りたくなくても知る運命にある立場だ。
その日。
黎は機嫌良く仕事をこなし、残業をしないとの宣言通り、十八時には上がった。
そして、柿崎らを振り切って自分でタクシーを呼んで、花屋へ寄ると頼んでいた花を受け取った。
そして、イタリアンへ行ったのである。
十五分以上前について、席で彼女を待った。
すると、時間ピッタリに彼女が現れた。
キョロキョロしていたが、ウエイターに声をかけられたようで、席に案内されて歩いてきた。
薄い黄色のワンピース。とても明るく見える。
髪も今日は結んでいない。自然な感じだ。
メイクも舞台のときのようではない。出会った時と同じ感ナチュラルメイクだ。その方が可愛い。
「あ、遅くなりすみません」
先に来ていた黎を見て、焦ったように話した。
「いや、俺もまだ来たばかりだから気にしないで。君は時間通りだし……」
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「これ。良かったら……」
黎は花束を彼女に渡す。今日はこの間と違う花だが、色合いは同じ感じだ。
白と黄色。今日のワンピースにピッタリだ。黎は嬉しかった。
「え?そんな、リサイタルでもないのに、花束を頂くなんて……」
「まさか、君のために買ったのに、いらないとか言わないよな?」
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「……ありがとうございます。この間と同じ色合い。でも花が少し違いますね」
「うん。今日は黄色のワンピースだからぴったりだったね」
「そうですね」
百合はあれ以降黄色が好きになった。黄色の服なんて買ったことなかったのに、何故か買ってしまった。
今日はこれを着ようと決めていた。
「黄色、堂本さんお好きなんですか?」
「そうだね、勇気や元気をもらえる色だと思うんだ」
「私、あなたにこの色の花束を頂いたときから、黄色が好きになりました。この服もそれ以降買ったものです」
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「それは、嬉しいね。君も黄色が好きになったんだ?」
「……好きというか。見るとやはり元気が出ますね」
「思惑通りだね。少しづつ俺の好みを知ってもらうから楽しみにしていて」
美味しい料理が運ばれてきた。
あれ以降回った海外のリサイタルのはなしなどをして、和やかに食事をした。
そろそろデザートというときに、切り出した。
「神楽から聞いているかも知れないけど、そちらの事務所に出資する方向でうちの会社が今検討中なんだ」
百合はフォークを持つ手を下ろした。そして、彼を見る。
「……少し聞いています。何のためですか?」
じっとこちらを見て切り込むように聞いてくる。
「神楽からその説明はなかったの?」
「ありましたけど。なんで、急に?」
探るような目でこちらを見てる。
「……君のリサイタルを聴いて、支援したいと思ったから」
「神楽さんから聞いた感じではそちらの会社の宣伝や社交の場として利用したいという話でしたよね?私の支援とか関係ないでしょ?」
ちょっと怒って答えている。黎は驚いた。
「栗原さん。それは違うよ。純粋に出資したいと思ったのは、本当に君のリサイタルを聴いて、多くの人に君のピアノを聴いてもらえたらと考えたからだよ。それを疑われるのは心外だ」
黎も少し語気を荒げて答えた。百合は驚いている。
「……ごめんなさい。そんな、怒らないで。理由のひとつに私が入っているのは正直光栄です。ただ、そちらの会社のために私のリサイタルが役に立つのか、長期の見通しが立つのか、不安だったの。まあ、この事務所には大勢のソリストがいますし、私だけではないでしょ?」
黎は、コーヒーを飲みながらため息をついた。
「もちろん、そちらの会社に出資するんだから、所属のアーティスト全員が対象だけど、当社の希望も聞いてもらう。アーティストは選ばせてもらうつもりだ」
百合はシャーベットをスプーンですくいながら、考えている。
「栗原さん?」
「……いえ、もちろん良いお話しだと思います。お金はあったに越したことはないと思うんです。ホールを借りるのもたいへんですし」
「じゃあ、何が心配なの?」
「別に心配はしてません。私は決められたスケジュールで演奏していくのが仕事です。まだ、駆け出しですし、自分の意思を通せるほどキャリアもありませんので」
紅茶を飲みながら窓の外を眺める横顔が寂しそうだった。
「栗原さん。君のやりたいと思っているリサイタルを今度具体的に俺に聞かせてくれる?」
「え?」
「だから、君の希望を聞いて、出来る限りそれを実現できるようにフォローするのが出資者の出来ることだよ。事務所のいいなりにならず、やりたいことが出来るように、君を支えたい」
百合は黎を大きな瞳を見開いて驚いて見つめている。そして、嬉しそうに微笑んだ。
「……嬉しい。嬉しいです。ありがとうございます」
黎は百合のキラキラ光る瞳を見つめていると彼女に吸い込まれそうな錯覚を覚えた。
「じゃあ、友達になってくれるよね?知り合いから昇格してもいい?」
百合は小さな声でふふふと笑い出した。
「ええ。いいですよ。友達になりましょう。私音楽以外はあまり知らないので、つまらなくても許してくれますか?堂本さん」
「もちろん。色々教えてあげよう。じゃあ、早速。お友達になった記念として今度は一緒に何か見に行かないか?」
「え?お茶じゃなくて?」
こてんと頭を傾け、聞いてくる。可愛い。また、見とれてしまう。こちらも笑顔で答えた。
「そう、お茶もするけどね。丁度、東京の美術館で印象派の絵画展を来月までやっている。君はドビュッシーとかも得意らしいから影響を受けられていいんじゃないかな?」
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「堂本さんって、おいくつなんですか?」
「二十七歳だ」
「お若いのに、よく色々音楽のことも美術のこともご存じですね。お好きだから?」
「そう。音楽も君のことも好きだからね」
黎はつい、口を滑らせた。はっとして、彼女を見ると笑っている。
「もう、冗談がお上手ですね。音楽と私が同列なのは光栄です」
そう言って、すぐさま冗談にされてしまった。黎は、異性として全く意識されていないと思い、がっかりした。
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「出資もゴールデンウィークまでには決まる予定だ。もし、決まればそれ以降のスケジュールはこちらも参入するかもしれない。よろしくね」
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彼女が可愛く笑ってこちらを見ている。
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困った様子の彼女を見て、彼は鞄から折りたたみ傘を出し、彼女の肩を抱き寄せた。
びくっとした彼女は彼を下から見つめている。 上目遣いにまた黎はやられた。キスしたくなったが、こらえた。肩を抱き寄せひとつの傘に入ると、タクシーが拾えるところまで出た。
一緒にタクシーへ乗って、彼女のマンションまで送り届けた。帰り道だといって安心させたが、彼女の家を把握したかったからだ。いったん、マンション前で自分も降りた。
「今日はごちそうさまでした」
「これ。今日の記念に……」
小さなリボンの付いた桐の箱を出す。
「え?お花もあるのに、だめですよ」
「知り合いから友達にしてもらうために準備していた賄賂だよ。無事友達になったけどあげる」
百合は笑い出した。
「……もう。賄賂は入りません。堂本さん、私の友達試験に合格しましたから」
彼女の手を引っ張って、手のひらに乗せた。
「たいしたものじゃないよ。リサイタルのときに使えるようにレースのハンカチだ。刺繍が入っている。色は白だから、きっと使える」
小さな箱を手渡すときに、彼女の手に乗せて、上から握らせる。
彼女はじっと彼が自分の手をつかんでいるのを見ている。でもよけない。
「ありがとうございます。大切に使わせてもらいます」
傘をさして背中を押してあげると、エントランスへ歩き出した。入り口まで傘をさして肩を抱いていく。
彼女は黎へ頭を下げて、エントランスを入っていった。
彼女がエレベーターへ行くのを見てから、戻ってタクシーに乗った。
黎は嬉しかった。
彼女は自分の手を拒まなかった。それに、一緒にいるときも楽しそうだった。それだけで満足だった。
やっと友達か……考えると笑ってしまった。友達になるのに、こんなに苦労するなんて、恋人になるには逆立ちしてもダメかもなとひとり想像して苦笑いしてしまった。
男性に対して、構えているようにも見える。音楽一筋で生きてきたのだろうし、男性経験がなさそうなのは最初からわかっていた。だから、強引にいっても引かれるだけだと思い、彼女のペースを守るつもりだ。
そういう黎自身、男女交際のテクニックなど皆無だ。何しろ、何もしなくても寄ってくる女性達を掃除するのに忙しく、自分から行くことなど一度もなかった。実は百合とそう変わらないのだ。
彼女と知り合ってから黎は毎日が楽しくて仕方がなかった。自然と笑顔が毎日出ているので、仕事も想像以上にうまくいく。
周りの女性達がまたうるさくなっていたのには、気付いていない。仕事で近くにいる者達は、御曹司に何かあったに違いないと最近気付いている。
とうとう、出資のプレゼンの日が来た。彼のキラキラな笑顔もプラスされて、役員を落とすことに成功した。
プロジェクトは二年でと決まった。成果を見て更新するか決めると当初の予定通りに決まった。
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