ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない

花里 美佐

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side黎

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 栗原百合は最初全く俺を男として意識していなかったと思う。

 とにかく、友達から昇格しないとどうにもならない。美術館へ誘ったのはデートのつもりだが、本人はいたって勉強のためという風だった。俺に会うからといって、特別おしゃれしてきたというわけでもない。

 ロングスカートに淡いピンクのカーディガン。髪は肩より少し長いくらいだが、今日は珍しく下ろしている。

 「今日は、何かオフって感じだね」

 百合は自分の姿を左右に目をやって見ながら、首をかしげる。

 「そうですか?あれ?堂本さんってどんなときにお会いしてましたっけ?」

 おいおい、まだ今日は三回目だよと言うと、ふーんと言う。

 やっぱり、意識してないなと呆れる。女性にこんな扱いを受けるのは、正直初めてだ。彼女といると自信がなくなる。

 「今日は楽しみにしてました。よろしくお願いします」

 「ああ。こちらこそよろしく。じゃあ、入ろうか」

 そう言って美術館へ入ると絵の前に行き、じーっと見つめては、ぼーっと何かを考えている。

 次の絵を見にふらふらと隣へ移動する。何が困るって、俺の存在を忘れていること。頭にきたから放っておいた。

 部屋を変わるときに俺のことを思い出したのか、キョロキョロしながら探しに戻ってきた。そして、俺を見つけるとこれまた子供のように嬉しそうに走ってくる。

 周りを見ずに走ってくるから誰かにぶつかって謝っている。とにかく目が離せない子供のようだ。

 「ごめんなさい。一人で先に行ってしまって」

 「俺のこと、すっかり忘れてただろ」

 「ごめんなさい。私って、何かに夢中になると他がおろそかになるの。前から母や友人に注意されていたんだけど、相変わらずで……」

 恥ずかしそうに下を向いて謝りながら話す。下を向いていたので、頭を撫でてやる。本当に子供だな。

 「え?」

 「小さな子供みたいだぞ。しょうがないから、手を繋いでやる。ほら」

 手を出すと、俺の手をじっと見つめて、今度は顔を見る。そして、真っ赤になって、そろそろと手を出した。

 捕まえるように手を握る。細い指が折れそうだ。これであんなに難しい曲を弾いているのかと驚いた。

 「あの。堂本さんは絵が好きなの?」

 「そうだな。絵も見るだけなら好きだよ。音楽と一緒でね、自分では出来ないから見るだけだな。君は実は絵もうまいんじゃないか?」

 「うまいかというとそれは違うけど、描くのは好きよ。昔近所に猫がいて、その子をよく描いていたわね」

 「猫なら、俺も描けそうだな」

 「あら。じゃあ、あとで描いてみる?どっちがうまいかしら?ふふふ……」

 そう言って笑う。彼女の鼻の頭を人差し指でつついてやる。

 「あ、馬鹿にしたな?俺の方がうまかったら、ひとつ俺の言うことをきいてもらうからな」

 「いいわよ。後でね」

 そう言って、人差し指を口の前に立てて、しーっと言う。美術館だったことをすっかり忘れて話し込んでしまった。
 昼頃に丁度見終わって、美術館の近くのフレンチレストランへ行った。

 「展覧会にちなんだメニューなどがあるんだよ。面白いよね。このコースにしてみようか」

 「あら、コースにそういうのがあるんですね。すごいわ」
 
 「そういえば、勉強出来た?」

 「ええ、ドビュッシーに近いといわれている画家についても今日は見ることが出来たし、インスピレーションがわいたわ」

 「僕は、絵よりも君の横顔を見てる方が面白かったよ」

 「何それ!どういう意味?」

 「さあねー。とにかく、絵を見ながら何かずーと考え込んでるからさ。面白くって。たまに独り言言ってるし」

 彼女は両手で顔を覆い、首まで赤くしている。

 「ひどいわ。意地悪……」

 「いいじゃないか、ほらほら、美味しい料理が来たよ」

 「わー。美味しそうね。あら、これがあの絵のイメージなのかしら?」

 パンフレットとメニューの説明を見ながら二人で楽しく食事をした。その後は、少しウインドーショッピングをしたり、緑のある公園を歩いたり。ソフトクリームを食べたり。まるで、デートのようだった。

 「よし。猫を描こう」
 
 「いいわよ。負けないから」

 そう言って、ベンチの下に砂利があるので、木の棒を持ってきて、ふたりでそこに猫を描いてみる。

 すると、彼女の猫はどう見てもクマみたいだった。

 「ほら見ろ。俺の方がうまいぞ。君のはクマさんだよ。そんなに丸々としていないだろ、普通……」

 「えー?そうかしら。でも、確かにあなたの猫うまいわね。得意じゃないとか言って、騙したわね。嘘つきは負けです」

 「なんだと?そっちこそ、負けたら言うこときく約束だぞ。約束破ったら嘘つきだ」

 ふたりで木の棒を振り回して、言い合っていたら、周りの人が呆れてみている。

 「……もう。わかったわよ。いいわ、ひとつだけ言うこときいてあげる。せっかく連れてきてくれたしね」

 「そうか。なら、これからは名前をお互い呼ぶこと。いい?」

 「……え?何それ」

 「はい。決定。百合さん、いいね?」

 「……わかったわ。えっと」

 「黎だよ」

 「……黎さん」

 「よろしい。さあ行こう」
 
 そう言って、棒を捨てて彼女の手を取った。

 「え?」

 彼女は手を引かれて、びっくりしていたが離すことはなかった。
 彼女は俺の顔をじっと見つめている。

 「何?」

 「あ、あの。黎さんと歩いているとすれ違う女の人がこっちを見てるの。手とか繋いだら、まずくない?」

 彼女の手を自分のほうへ引き寄せ、もうひとつの手で叩いてやる。彼女の顔を見ながら言う。

 「君は今、俺の連れだからね。いいんだよ。百合、君は今日俺のものだから……」

 「え?ええ?」

 目を白黒させつつ引きずられるように歩く彼女の顔をほくそ笑んで見つめる。

 本当に可愛い。そして、退屈しない。こんな面白くて可愛いものを他のやつにやるもんか。

 彼女を見る男どもの目も多い。それには自分で気付いてないところも困ったものだ。

 「百合さん」

 「はい」

 「来週はオペラへ行こうか。うちのグループで協賛しているんだ。チケット取るよう友人に頼んであるから、取れたら行こうね。来週の土曜日の夜だよ。確か空いてたよね」

 「……空いてるけど。オペラって高いお席?いくらなの?お金出すわ」

 また、手を叩いてやる。

 「そういうのは、奢られておきなさい。今度お返しにたくさん俺だけのためにピアノ弾いてもらうからね」

 「そんなことでいいの?ホントに?」

 「ああ。それと演目はモーツァルトのコジファントゥッテだよ。今度のリサイタル、モーツァルト弾くって言ってただろ。また、お勉強しよう」

 彼女はお勉強と言う言葉に弱いと今回のことでわかっていた。ほら見ろ、すぐにうなずいた。

 「そうね、勉強になりそうだわ。黎さん、先回りしてすごいわ。私、オペラなんて学校で見に行って以来よ」

 そう言って嬉しそうにこちらを見上げた。

 翌週。

 今度のオペラは少し良い席だから、おしゃれしておいでというと、電話から困った声がする。

 「どうした?」

 「私、リサイタル用のドレスくらいしか、おしゃれな服って持ってなくて……」

 「それなら、行く前に服を調達して着替えていこう」

 当日、セレクトショップへ立ち寄り、着替えさせた。

 やはり、薄いピンク色が好きなんだな。自分で選ぶとすぐにそういう色になる。

 「今日は俺に選ばせてくれる?その代わりに、ここで着る服と靴などは俺がプレゼントする」

 彼女は、また俺を睨み付けた。

 「もう、だめよ。いっつもプレゼントしてくれてばかりで。友達はそんなにプレゼントしないのよ。お誕生日だけなの」

 「うるさいな。俺の金なんだから、好きなものを着て欲しいんだよ。今日は俺の連れの日だぞ。言うことをきいて」

 「……もう。すぐそういうこと言うんだから。今日だけよ?いいわね」

 「はいはい」
 
 そう言って、いつものように手を叩いてやると静かになった。

 オレンジ色の服を選んだ。やはり似合う。明るい元気な彼女のイメージだ。鏡の後ろから一緒に覗いてやる。

 「ほら、似合うだろ?」

 「ええ。思ったよりもいいかもしれない。今度はリサイタル用にこういう色のドレス作ろうかしら」

 「そうだな。本当はこっちも似合うと思うけど……」

 「もう。だめよ。おしまい。これにしましょ。黎さんもいつの間に着替えたの。格好いいわね」

 彼女が着替えている間に俺も正装した。彼女に褒められると嬉しい。

 「よし。美男美女に変身したし、さあ、行くぞ」

 ふたりで笑いながら会場へ。手を繋ぐのも普通になり、彼女から手を繋いでくるようになってきた。

 休憩時間になった。彼女に確認したいことがあり、聞いてみた。

 「百合さん。やってみたいレコーディングとかある?」

 「え?どうして?」

 「今度、うちの会社で君のプロダクションと提携するだろ。レコーディングも考えてるんだけどさ、百合さんなら何を弾きたい?」

 「……私ね、実はベートーヴェンのソナタ全曲演奏がやりたくて……でも事務所の先輩が予定してるからしばらく無理だと思うけれど。いつかやりたいなって思っているの」

 「……ふーん。事務所は年功序列?」

 「ということもないんでしょうけど、やはり私は駆け出しだから自分の意見はまだまだ通らないと思うわ」

 「この世界は実力主義だろ。売れたもの勝ちだと思うぞ」

 「……そうね。そうだといいわね」

 百合が横を見て寂しげに笑う。何故だろうと思ったが、事務所で何かあるのかもしれない。彼女の希望を叶えてやりたいと思った。

 「俺が会社で君を推薦してやるよ。楽しみにして」

 彼女は目を大きくして、俺を見つめた。

 「黎さんって、自信満々。何でもできちゃいそうね。今日はありがとう。とても楽しいわ」

 「そう。俺も楽しいよ。美人と一緒だしね」

 「もう。からかってばっかり。ほら、あっちの女性達に見られてるわ……ねえ大丈夫?」

 「ああ。気にするな」

 人目につくかもしれないと自覚している。手を繋いで女性と歩いたりしないので、俺を知っている人間が見ると驚くのだろう。

 彼女と噂になるのは構わない。いずれ特別な関係になると決めている。

 鐘がなって、後半が始まる。オレンジのドレスを着た俺のプリンセスが歩き出した。

 後ろから手を握ってやると彼女がこちらを見てにっこり笑う。ふたりで扉へ向かった。
 
 
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