ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない

花里 美佐

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お披露目

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 最初のお披露目は堂本コーポレーションの最重要取引先、親族、近しい友人が招かれた。

 来た人を見れば、堂本コーポレーションという会社がいかにすごい会社なのか、わかるほどだった。

 今日は百合の父は来ていない。わざと来られない日にしたのだ。お陰で余計な心配事がかなり減った。

 司会が声を掛けて、皆の視線を壇上の三人に集めた。
 
 百合はコンサートとは雰囲気も違う、有名デザイナーのドレスを纏い、とても美しかった。

 隣の正装姿の黎とお似合いに見えた。
 
 まず、堂本社長が挨拶をして彼女を紹介した。

 次に黎が結婚を表明して、百合にひと言挨拶をさせた。

 百合のピアノを聴いたことはあっても肉声を聞いたことのない人がほとんどだったと思う。

 丁寧に挨拶し、頭を下げた彼女に皆一様に見とれていた。

 その後、歓談前に彼女がリストの『愛の夢』を弾いた。

 美しいピアノの音色と彼女のドレス姿に皆が酔いしれていた。ただ、それは一部の反応だったと後になって分かった。

 彼女を連れて挨拶に回っているときは、やはり皆がピアニストとしての活動をどうするのかと同じことを聞いてくる。
 挨拶の時に軽く説明したのに、誰も本気にしていない。

 黎は財界の人達に囲まれてしまって、抜け出せなくなったので、広也を通じて静香に百合を預けた。
 
 「黎君。何もピアニストを嫁にしなくても……時期社長夫人としては何もできないだろ?うちの娘じゃどうしてだめだったんだい?」
 
 父が以前セッティングした見合いの女性の父親だった。黎が当たり障りなく断ったのだった。
 
 「いや。もちろん、お嬢様には何の不都合もありません。私とは縁がなかったんだと思います。僕は昔からクラッシック音楽が大好きだったんです。クラシックなんてつまらないという女性が多くて、私が呆れられてしまうんです。変人の私は彼女のピアニストというところに惹かれたので、そこは重要なんです。今後彼女のピアノで今まで以上にグループ内で成果があると思いますよ.期待して下さい」
 
 しばらくすると、後ろの方でざわざわし出した。

 静香の天敵が、庇われている百合を見ながらこれみよがしに話し出した。

 「ピアニストっていったって、認知もされていなかった愛人の娘だったのに、急に援助してもらって売れるようになったから彼を誘惑したんでしょ。血は争えないわね」

 「あなた、その言い方失礼でしょ!そういうあなたは生まれつきただ社長令嬢ってだけで、何が出来るの?」

 静香が言い返した。

 「……は?あんたこそ、関係ないのに口挟まないでくれる?昔から黎様のただの腰巾着のくせして……」

 「なんですってえ?」

 「……あ、あの。静香さん喧嘩しないで。私のことなら大丈夫です」

 百合が間に入ろうとした。

 茜たちが、百合の手を引いて、そこから連れ出した。後のことは、静香に任せる方がうまくいく。

 人目がこちらに集まりはじめたので、百合が原因だと知れたら面倒になるからだ。

 黎は後ろを振り向いて、茜たちに手を取られて出てきた百合を見て、そちらへ急いで歩いて行った。

 エスカレートする静香達の諍いに、男性の声が混じった。

 「失礼。ピアニストを軽蔑するのは軽視できませんね。私は音楽プロダクションを経営していますが、栗原さんは今や日本国内より海外でのほうが知名度も高いんですよ。敵に回さない方がいいと思いますね」

 神楽が間に入って、静香を睨み付ける女性に話し出した。彼女は驚いて、きびすを返していなくなった。

 黎は百合たちを連れて静香と神楽の所へ戻った。

 「神楽ありがとう。静香、百合を助けてくれたのはいいがもう少し穏便に頼むよ」

 神楽が苦笑いしながら答えた。

 「彼女は百合を庇ってくれたんだろ?俺も役に立って良かったよ。大丈夫ですか、お嬢さん」

 「……え?ああ、ありがとう」

 静香は真っ赤になって神楽を見つめている。黎はそんな静香を見て驚いた。

 「静香。彼は神楽といって、音楽プロダクションの経営と百合のマネージャーもしてくれている俺の学生時代の同級生だ」

 「は、初めまして……は、蓮見静香です」

 しどろもどろになる静香を見て、百合も驚いた。まさか、これって……。

 「神楽さん。静香さん。助けて頂いてありがとうございました」

 百合は頭を下げた。

 そこへ、入り口付近で大きな声がした。黎の父である社長の声だ。

 黎達は驚いて、そちらを見た。

 するとそこには、和服姿の紗江子とそのかたわらにスーツ姿の奈津が立っていたのだ。

 「何で、先に連絡してこないんだ?身体は大丈夫なのか?」

 黎の父がアワアワして、久しぶりに会う妻の手を取って、抱き寄せた。

 「……母さんだ!」

 「あら、おばさま!久しぶりだわ……帰国されたのね」

 「え?」

 百合は自分の手を握ったまま、そちらへ走って行く黎に引きずられるようにハイヒールで走った。

 静香達も後から付いてくる。紗江子はまっしぐらにこちらへ走ってくる黎に目をやり微笑んだ。

 そして、夫を正面からじっと笑顔で見た。

 「あなた……黎の幸せを喜んであげましょう。祝福するのが親の役目よ。邪魔してはだめ。黎がやっと選んできた素晴らしい女性なんだから」

 「……紗江子」

 「……っ母さん!」

 側に駆け寄ってきた息子を見た彼女は、ひと言言った。

 「黎。ハイヒールにドレスの彼女を引っ張って走るなんて、大事な女性を困らせるようなことしてはダメと教えてきたはずよ」

 そう言うと、傍らに立つ百合をじっと見た。

 「百合さん。初めまして。私が黎の母の紗江子です」

 百合ははじかれたように紗江子を見て、頭を下げた。

 「ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。栗原百合です。黎さんとこのたび結婚させていただきました。どうぞよろしくお願いいたします」

 「母さん。来るなら来るって言ってくれよ。準備もしておいたのに……」

 「もう、父親と同じことを言うのね。そういうところは親子なのかしら?黎、百合さん、結婚おめでとう。百合さん、私あなたの先月のパリ公演見ました」

 「え?!」

 百合は驚いて紗江子を見た。黎に目元がそっくりな美しい透明感のある女性だ。

 「素晴らしかったわ。本当はその時にご挨拶したかったけど、黎から紹介される前だったから我慢したのよ。褒めてちょうだいね」

 ウインクする可愛らしい姿に、百合はこんな素敵な女性がいるのかと驚いた。

 自分の母にはなかった何というかやはりお嬢様育ちの清らかな雰囲気がある。

 「何だと?紗江子お前、パリに行けるくらい元気になったのなら、何故帰国しないんだ。俺がいるのを忘れたんじゃあるまいな?」

 「あら。あなたこそ、私がいるのを忘れていたんじゃないの?最近全く連絡がないし……また、どなたか私の代わりがいるのかと遠慮していたのよ」

 「おい、紗江子、こんなとこで何を……」

 紗江子は奈津にうなずくと、先導させ後ろを歩き出した。

 急にどこへ行くのかと思いきや、女性達が大勢集まっているテーブルだ。

 黎と父は彼女について行く。後ろから百合と静香達も付いてきた。

 紗江子に気がついた女性達がざわざわし出した。長い間いなかった、この堂本コーポレーションの女主人が現れたのだ。

 「皆さん。本日はお忙しい中、我が息子のためにお集まり頂きありがとうございました。また、海外におりましたので、すべきことを皆様方にお任せしており、大変ご迷惑おかけして申し訳ございませんでした」

 そう言うと、頭を下げて会釈をした。顔を上げると周りの女性陣を紗江子はなめるように見た。

 彼女達は一様に静かになって、話す紗江子を見ている。

 「ここにいる百合は、今後私と共に財界のお仕事をさせて頂きます。どうかよろしくお願いします。それと、先ほど少し聞こえましたが、娘となった彼女のことで何か言いたいことがおありでしたら、主人か私に直接言って下さい。至らないところは私達から指導します」

 そして、にっこり笑いながら低い声で続けた。先ほどの陰口を言った女性の顔を見ながら……。
 
 「ただ、くだらない陰口はおやめ下さい。今後そういう言葉が耳に入れば、私たち家族への侮辱と受け取らせて頂きますので、そのおつもりでお願い致しますね」

 そして、後ろを振り向き、夫を見つめるとこういった。

 「ねえ、あなた。それでいいわよね?」

 「……ああ、そうだな。彼女はもう家族だからな」

 彼もひきづられるように答えた。紗江子の言いたいことはわかっている。

 自分も先ほどの騒ぎを少し見ていたからだ。そして予想通りだと思っていたのだ。

 静まりかえったその場に黎が前に出て、笑顔で話し出した。

 「皆さん。私の妻はご存じの通り音楽中心の生活だったので、みなさんの世界のことには不慣れです。ご迷惑おかけすることもあるかと思いますが、多めに見てやってください。そして、知らないことはどうか面倒でも一から教えてやって頂けると助かります。何かあれば私の方にご連絡頂ければ対処しますので、遠慮なくどうぞ……」

 黎がウインクしながら、若い女性達へ冗談交じりに挨拶すると、先ほどの緊張感が消えて場が和んだ。

 黎は母の愛を今ほど感じたことはなかった。百合は横で顔を覆って泣いていた。

 柿崎に目配せするとうなずいた。その場を彼らに任せて、百合の背中を抱き寄せ、控え室へ百合を連れていった。

 「百合。大丈夫か?」

 黎は控え室に入り、百合を座らせると声をかけた。

 「ええ。嬉しくて……お母様が庇って下さって……最後のお父様の言葉も……」

 黎は、母が彼女を父や周りに認めさせるため、今日に合わせてわざわざ帰国したのだとわかった。

 父のあの最後のひと言は母に言わされたように聞こえるが、実は本心だろう。

 契約とはいえ、招待客に息子の嫁をないがしろにされて、いい気分のはずがない。

 「百合。もう大丈夫だ。父は、今日のことでおそらく契約結婚は破棄して本当の夫婦になることを認めてくれるだろう。安心していいよ」

 涙に濡れた目を大きく開いて、百合は黎をじっと見た。

 「……そうかしら。まだ私、何も出来ていない。無理矢理お母様が説得してしまったみたいで、お父様はきっと納得されてないんじゃないかしら」

 「いや。父は母の言葉は素直に聞くと思う。それに、君のことも評価しているようだと柿崎達が言っていた。居丈高なお嬢様気質の女性よりずっと君の方が謙虚で従順だと思っているだろう」

 「……そういうことじゃないんでしょ。嫁がピアニストであること、生い立ちを含めて反対されているんだもの」

 「百合。俺が愛したのはまぎれもなくピアニストである百合だ。そうじゃない君を愛していたかどうかさえわからない。それに生い立ちなんて本人が選んだものではない。俺が御曹司と言われる立場なのも、そこに生まれただけのこと。何も偉くなんかないんだよ」

 ノックの音がして、母が姿を見せた。

 「その通りよ、黎。くだらない理由であなたたちを追い詰める周りこそ、恥じ入るべきよ。ねえ、あなた……」

 そう言って、紗江子が後ろを振り向くと彼女の夫が苦々しげな顔をして立っていた。

 「母さん、父さん……さっきはありがとう」

 百合は立ち上がって紗江子へ頭を下げた。

 「お母様。本当にありがとうございました。嬉しかったです」

 そう言ってまた、声を震わせた。黎は百合の隣へ座った。

 紗江子は入ってきて二人の正面のソファへ腰掛けた。要も入ってきて、紗江子の隣へ座った。

 「さあ、あなた。これを破棄しましょう」

 そう言って、懐から紙を取り出して見せた。結婚契約書だった。

 「お前、これどうしたんだ。どうやって……」
 
 「柿崎にここへ来る前に見せてもらったのよ。私には見る権利があるわよね。大体、私に何も聞かずにあなたがこんなものを契約させたこと自体、私許してないのよ。あなたどういうつもりだったの?」
 
 「……紗江子、卑怯だぞ」
 
 「卑怯はどっち?百合さんに謝ってちょうだい」

 「母さん、もういいよ。俺にも責任がある。父さんに契約でもいいから百合との結婚を認めて欲しかった。そうしないと俺から逃げようとする彼女をつなぎ止めることができなかったんだ。こんな方法しか思い浮かばなかった俺も悪い」

 「……百合さん」

 要が百合をじっと見つめた。

 「はい」

 「君が自分を抑えて堂本のために尽くそうとしてくれる気持ちは嬉しいし、評価していた。ただ、君自身の人生が黎と一緒になることで思うようにいかなくなるだろうから、それを懸念していたんだよ。悪く思わないでくれ」

 「わかっています」

 「父さん!」

 要は手を上げて、黎の言葉を遮った。そして、紗江子を見た。

 「紗江子。お前の代わりに彼女を社交の場へ出そうとしていたんだが、日本へ戻ってこられそうか?具合はどうなんだ」

 心配そうに、妻の手を取って聞いている。紗江子は微笑みを浮かべた。

 「そうね。大分良くはなってきました。迷惑をかけてごめんなさい。あなたを責める前に、私がここを留守にしていることをあなたに謝らなければいけなかったわね」

 「そんなことは、いいんだ。お前のことが心配なんだ。無理するなよ……」

 「ええ。でも百合さんを支えてあげたいの。私も出来ることと出来ないことがあるから、彼女と分担したり、疲れたら休ませてもらったりするつもりよ。百合さん、迷惑かけるけどそれでいいかしら?」

 「……もちろんです。無理に帰国なさらなくても大丈夫です。黎さんもいるし、静香さん達も助けてくれます」

 「いいえ。口さがない人達を最初は抑える必要があります。こんな私でも役に立つと思うの。最初は特にね。黎が蓮見さん達を使ってあなたを守ろうとしたけれど、年配の女性達のお相手は彼女達にはまだ無理よ」

 確かにその通りだと黎は思った。

 「紗江子。それなら、帰国してくれるのか?」

 嬉しそうに聞いている父親を黎は苦笑いして見ている。百合も要のこんな姿を初めて見て驚いていた。

 「ええ。しばらくは身体の様子を見ながらになるけれど、ここに残ります」

 「そうか、そうか。ああ、良かった……」

 紗江子は契約書を出すと、真ん中から破りはじめた。

 「あっ!」

 「こんなものはいりませんよ。百合さん、辛い思いをさせてごめんなさいね。黎のことお願いしてもいいかしら?」

 百合は口元を両手で押さえ、頭を縦に振り、泣きながら返事をした。

 「は、はい。ありがとうございます……うう……」

 黎は百合を抱きしめて背を撫でてやる。

 「百合さん、今まですまなかったな。黎と幸せになりなさい。黎、家庭を持つんだ。自覚しろよ」

 「はい。もちろんです。父さん、ありがとう。母さん、本当にありがとう」

 
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