ピアニストは御曹司の盲愛から逃れられない

花里 美佐

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ハネムーン

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 「おい、百合。どこへ行った?」

 黎は起き上がると声を上げた。

 彼女を抱き寄せようと腕を伸ばしたが冷たいシーツが手に当たっただけ。

 びっくりして、隣を見ると彼女の姿がない。

 生温かい空気が寝室を駆け抜ける。ここは沖縄だ。

 お披露目を終え、母のはからいで父も百合との結婚を認め、契約書は破棄し、契約結婚ではなくなった。

 母がいるうちに結婚式を挙げておこうという話になり、急遽結婚式を親族のみで行った。
 
 結婚式の誓いのキスで、普段冷静沈着な黎が我を忘れるという人生二度目の経験をした。

 一度目は彼女から別れを告げるメールをもらったとき。

 二度目はお互いに誓いの言葉を述べて、キスをしようとヴェールをあげたその時だった。

 つむっていた彼女の目が開かれて涙目で上目遣いに見つめられた。黎のなかでその瞬間何かがキレた。

 誓いのキスで我を忘れてしまい、本気のキスをしてしまった。

 あまりに長い間彼女の唇を堪能しすぎて神父の咳払いで我に返った。

 父と母も、百合の父も呆れていた。

 黎は、やっと正式に百合を自分の妻とできて嬉しくてならなかった。

 結婚式のあとハネムーンへ行きたかったが、式も来年と最初言っていたので休みの予定がなかった。

 仕事も立て込んでいたので難しかったが、母がせめて一週間くらい、沖縄なら仕事で何かあっても日帰りで戻れるから行かせてあげたらと、父に話して急遽来ることになったのだ。

 ハネムーン用のヴィラで、それぞれが独立して敷地内に建物がある。もちろん、プライベートプール付きだ。

 おとといここに来てから、黎は彼女をベッドの中から出そうとしなかった。やっと彼女を本当に自分のものにできた喜びで毎晩百合を抱き潰した。

 すぐに外へ一緒に出かけたがる彼女を寝室へ引っ張って、面倒だから動けないようにしてしまった。

 それから丸三日経った。さすがに彼女も機嫌が悪くなってきた。

 そろそろ観光へ行くかと考えていたところだった。

 夕べは彼女に酒を飲まされて、気付いたら寝てしまっていた。

 今思えば、彼女の作戦だったのだろう。

 「……しょうがないな。どこへ行ったんだ?方向音痴の癖して」

 百合は出かけると、気ままにどんどん行ってしまう。

 前よりはひどくなくなったが、新しいものを見ると子供のようになる。

 手を繋いでいるのも、一人で行ってしまうことがいまだにあるからだ。そして、方向音痴。よって迷子になる。

 黎は急いで身支度をして、周りを見ると、靴とバッグ、携帯電話も置きっぱなしだ。

 外へ出ていないのかと思って、バスルームなどを見に行ったがいない。

 デッキから外へ出てみると、プールで泳ぐ百合の姿が見えてきた。

 黎はため息をついて、自分も水着に着替えるとバスタオルを持ってプールへ行った。

 百合は泳ぎがうまい。得意だと言っていたのは本当だったようだ。

 黎はプールへ入り、彼女を迎えるために立っていた。

 「あ、黎。もう、起きたの?」
 
 水から出た彼女は水滴がキラキラしてまぶしいほどだ。

 セクシーなビキニ姿にも煽られてしまう。

 抱き寄せて耳元で囁く。

 「ダメじゃないか。勝手に俺から離れたら……すぐ迷子になるくせに」
 
 「プールで迷子になりません。真っ直ぐ泳ぐだけだもん」
 
 黎は真面目に言い返している百合に吹き出してしまった。
 
 「百合。ずいぶん泳げるんだな」
 
 百合はエッヘンと自慢げに顔を上げた。
 
 「そうでしょ。小さいときに水泳だけ習ってたの。実はぜんそく気味で治すためだったんだけど、楽しくて。お金がかかるからすぐにやめてしまったけど、ぜんそくはそのお陰で治ったし、泳ぐことが好きになって、それからも気分転換にホテルで泳いだりしているのよ」

 「そういうことじゃない。足腰立たなかったくせに、ずいぶん元気になったじゃないか。手加減の必要はなかったな」

 抱き寄せ腰を撫でる黎に、百合は真っ赤になって、黎の胸を押し返した。

 「……もう、知りません。そういうことばっかり言って。こんなにしつこい人だとは思わなかったわ。もう、嫌いよ」

 「そう?なら、契約に戻る?」

 百合は黎をじっと見てつぶやいた。

 「意地悪。本当に、意地悪よね。黎っていじめっ子だったでしょ。前から私のこといじめるもの」

 「当たり前だ。百合をいじめていいのは俺だけだ。いじめるだけじゃなくて、可愛がってやってるだろ?まだ、足りないのか?」

 そう言って、抱き寄せるとキスをした。

 黎の手がビキニの胸元で不埒なまねをし出して、百合は彼の手をつねった。

 「こらっ!もうおしまいよ。黎ったら、お昼間からダメ」

 「うるさいな。こんなビキニ着て煽ってるのは誰だ?」

 「ねえ、お願い。ご飯食べてお出かけしましょう。お土産も買いたいし、ね、おねがい、黎……」

 色気のある目でおねだりされて、黎は天を仰いだ。

 「しょうがないな。わかったよ……」

 そう言って彼女とプールを出ると、シャワーを浴びて準備をした。
 
 有名な水族館へ行きたいとずっと来てから言っていたので、まずはそこへ連れて行ってやる。

 大はしゃぎして、たくさんのショーをはしごして見る。

 お土産売り場へ行った。
 
 「黎はね、このエンペラーペンギンみたい。王様って感じ」

 大きなペンギンのぬいぐるみを抱き上げて、こちらに向けて見せている。

 「何言ってんだよ、全く……訳わかんないこと言うなよ」

 「ふふふ。だって、遠くを見てる感じとか似てる。いつも数歩先を見てるでしょ。私、目の前のことで精一杯になっちゃうから、黎がいると助かるわ」

 「そうだな。すぐ迷子になる妻がいるからな。俺が地図を見て、進んでいかないとだめだろうな」

 「それに、あなたは会社をいずれ経営していくんでしょ?それなら、間違わない道を行かないとね。みーんなついて行くから、もし黎が道を間違えたら全員一緒に迷子になっちゃうわよ」

 あっけにとられて百合を見る。にこにこしている。

 「なに、得意げにしてるんだよ。君はいずれ俺の子供の母親になるんだぞ。いい加減ふらふらしないで、目的地まで進めるようになってくれ。頼むよ」

 百合は何も言い返さず、真っ赤になって下を向いてしまった。

 「おい、どうした?」

 「……なんでもない。私……母親とかまだ無理かもしれない。もう少し待ってね、成長するから」

 小さい声で言っている。ぬいぐるみごと抱き寄せた。

 「あ、やめてよ、恥ずかしい」

 「百合。待つのはなし。もう、十分待った。成長しろよ」

 百合はぬいぐるみで黎をたたき出した。

 「こら、商品をそんな風にしたらだめだろ」

 「いいもん。これは、買うから。黎の代わりに連れて歩く。地方や海外リサイタルの時、一緒に連れて行くわ。そしたら寂しくないもん」

 黎は大きな左手で自分の顔を覆い、下を向いてしまった。

 「どうしたの?」

 「……だから。どうしてそうやって、煽るようなことを言うんだよ。ほら、とっとと買ったら帰るぞ」

 「えー?まだ、静香さん達にお土産決めてない。奈津さんにも……」

 「父さんと母さんはどうするんだよ?」

 「お二人にはもう少し素敵なものを差し上げるの。びいどろ細工とかステキよね」

 「確かに、静香にはぬいぐるみがいいだろうな。あ、そういえば静香のやつ、神楽に懸想してるんだよ。どうしたら付き合えるか教えろとか言ってきたぞ」

 百合はにっこり笑った。

 「やっぱりね。そうじゃないかと思ってた。神楽さんもまんざらじゃないと思うけどな。会う機会を私を使って増やしてあげましょう」

 「そうだな。神楽も蓮見商事の社長令嬢とくっついたら、独立するはずが、もしかすると蓮見商事に入れられたりするかもしれないな。蓮見のおじさんは広也だけじゃなくて、若い有能な人材を求めてるから」

 「それは、ないんじゃない。神楽さんは音楽が好きなんだと思うわ。私も彼がいないと困るし……」

 「何だと?!」

 「……もう。だから、ピアノのお仕事の時は神楽さんに色々マネージングしてもらった方がやりやすいでしょ。それ以外は黎だけよ」

 百合が手を繋いで俺の顔をのぞき込んで言う。

 「神楽なしでも出来るぞ。うちのほうでそういうことをする部門を作るつもりなんだ。俺はいずれ堂本のコンサートホールを作るのが夢だからな。音楽プロダクションは社内に作りたいんだよ」

 「……本気なの?」

 「当たり前だろ。俺を誰だと思ってる?やると言ったらやるんだよ」

 ニヒルに口角を上げて笑う黎を見て百合は呟いた。

 「私の旦那様はスーパーマンなのね」

 「そうだ。百合はスーパーウーマンになるんだぞ。社長夫人とピアニスト。家では俺の妻で子供の母だ。忙しいぞ」

 百合はぬいぐるみを顔の前に置いて、立ち止まってしまった。

 「……無理。絶対そんなにできない。どうしよう」

 「百合。契約のときはやるって言ってただろ。今更何言ってんだよ」

 「え?そうね、あのときはだってやるって言わないと黎といられなかったから、あんまり深く考えてなかったの」

 「……は?」

 「ねえ、黎。きちんとできなくても、許してね。怒らないでね」

 「百合、お前……」

 「絶対出来ないかもしれない。子供が可哀想かも……私、片親で育っているし、貧乏だったから普通の家庭知らないし」

 「何言ってんだよ。普通じゃないのはうちも同じだよ。お前のお父さんほどじゃないにしても、うちの父も結構問題ありなんだ。そのうち分かる。母から話があるだろう」

 「やっぱりそうだったのね。お母様がたまに言う言葉を聞いていたらそうかなと思ってた……お願い、黎は浮気しないでね」

 タクシーで真面目に言われて、黎は息をのんだ。

 「……どの口がそんなこと言うんだ?結婚式で誓っただろ?聞いてなかったのか?」

 「……結婚式ではみんな誓うんでしょ。でも、浮気するんでしょ?」

 黎は顔を覆って後ろへ倒れた。

 「どうして浮気すること前提なんだよ」

 「黎、モテるから心配なの。私、こんなだし……」

 「また、始まった。ネガティブ百合。こんなに毎日可愛がってやってるのにまだ不安なのか?」

 耳元で言うと、また恥ずかしそうにしている。可愛くて食べたいくらいなのに、浮気なんかするわけない。
 
 ピアノを弾いている彼女の姿にも惹かれている。全く分かってないのは、どっちなんだ。

 ホテルについて、部屋へ戻ると百合がお願いを聞いて欲しいと言う。

 「今度はなんだ?」

 「今度って。そんなにお願いしてないわよ。あのね、そろそろ一度ピアノに触りたいの。ホテルのカフェにあるピアノを弾かせてもらったらだめかしら?」

 「百合。君はプロなんだぞ。無料であんまり弾いたらだめだ。沖縄にあるピアノのある貸しスタジオでも探すか……」

 「え?そんなつもりじゃないわよ。少しでいいの……二曲か三曲弾かせてもらえたら十分よ」

 「わかった。ホテル側と交渉してみるよ。君さえよければティータイムコンサートにでもするか?少しだけお金を取ってね」

 「そんなことしていいの?」

 「だから、俺が聞いてみるんだよ。客が来ないならやる意味ないしな。ホテル側の意見を聞いてみよう。そうと決まったら、百合はすぐに奈津へ連絡してリサイタル用のドレスとか靴やアクセサリーを送ってもらえ。早ければ明日着くようにしてもらえよ」

 「ええ?!黎、本気なの?」

 「百合は、俺を誰だと思ってる。さっきも言ったが、俺はやると言ったらやるんだよ」

 「……わかりました。言い出したのは私だもの。奈津さんに連絡します」

 黎はそのままホテルのフロントへ行ってしまった。

 百合は部屋へ戻って、奈津に電話したのだった。

 さすがに翌日までにドレスは届かなかった。

 黎が支配人と話したところ、どうせなら一番大きな広間を使ってコンサートをしたいと提案された。

 できれば宣伝をして、集客することを考えると、黎達が帰京する予定の三日後の最終日にと言われた。

 そして、あまりピアニストが来ることもないのでおそらく話題になるだろうと言われた。

 支配人の言うとおり、地元のラジオやテレビ、口コミで話が広がり、チケットはあっという間に売り切れた。

 入りきらないので、昼と夜の二公演させてくれないかと頼まれて、結局東京へ戻るのはその翌日の朝の便になってしまった。

 百合のドレスも一公演を見込んで、奈津から一セットしか入れていなかったので、もう一セット急遽送ってもらった。

 結局二公演になったことを父に話したら、何しに行ったんだと呆れて言っていた。でも、早速嫁として活躍してくれて、いいことだと喜んでいた。

 せっかく百合を独り占めするはずのハネムーンが、後半三日間ピアノに取り上げられた。

 結局、練習だのリハーサルだの言って、照明や音声の打ち合わせにも一緒に入って、父の言うとおり、何しに来たんだと自分でも嫌になった。

 「百合。今回だけだからな。今後は絶対に旅行先で、人前でピアノを弾かせないことにする」

 「もう。何なの、黎。私はだからピアノを少し借りるだけでいいって言ったのに。コンサートとかもちかけたのは黎じゃない」

 「うー。こんなことになるとは思っていなかった。俺も馬鹿だった。何のためのハネムーンだよ」

 「でも、お礼にって今日のディナーはホテルが特別なのにして下さるって言ってたでしょ。楽しみよ」

 「そうじゃないよ、夜の公演はディナーショー形式にするらしい。フレンチのフルコースとコンサートを一緒にするんだよ。だから、そのフレンチを先に俺たちだけに食べさせてくれるんだ」

 百合はあっけにとられて口を開けていた。

 「そ、そうだったの。知らなかった。ディナーショー?そんなこと出来るの?」

 「ホテルの宣伝にするらしい。結婚式をこのメニューでとかそういうことだよ」

 「私達、利用されてるんじゃないの?」

 「まあ、収益は六割ウチに入る。堂本との今後の取引も希望するならそれは譲れないな」

 「……黎ったら。結局あなただって利用してるじゃない。はあ。私なんのために弾くんだっけ?」

 「自分で弾きたいって言ったんだぞ。というか、ハネムーンは今度の長い休みに海外でも行ってやり直しするからな」

 「もう、好きにして。私はとにかくきちんと弾くことに集中したいわ」

 大きなため息をつく百合を見て、黎もため息をついてしまう。

 とんだハネムーンになってしまった。
 
 しかし、公演は大成功。沖縄で別日程での公演をオファーされて、結局受けてしまった。
 
 しかも、ディナーショーに他県から来ていた複数の財界人や議員などが自分の地元でもコンサートをやって欲しいと言う。
 
 結局他県からのオファーもあり、のちほど連絡することになってしまった。
 
 百合をどんどんピアノの公演で取られていく。黎は父の言っていた意味がやっとわかりかけてきた。
 
 ピアノを弾く時間がないと百合が悩むのではなく、自分が百合をピアノに取られてイライラするのだった。
 
 ピアニストだった百合を好きなはずが、ピアノと百合を取り合う羽目に陥ってしまっていた。

 
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