美しき造船王は愛の海に彼女を誘う

花里 美佐

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第三章

提案~side蓮

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「蓮様」

「なんだ」

「そろそろお時間ですよ」

「あと五分」

 一体全体何なのか。あの男は誰だ?おととい通りがかった時もいた。昼休みに必ず来るのか?

「蓮様。彼は隣のビルに入っている保険会社の営業です。おそらくは彼女に何か保険を勧めているんじゃないですかねえ」

「それにしても、何だ、あの距離感は……」

 ふたりは店先で頭を突き合わせてタブレット端末をのぞきこんでいる。危ない距離感だ。髪がくっついている。注意しないといけない。僕が出ていこうとしたら、椎名がばたんとドアをロックして、車を発進させた。

「おい!」

「お時間です」

 ここ最近、僕は車の中からブラッサムフラワーの店先を覗いていた。とにかく最近は忙しくて、外出でこうやって通りを過ぎるときに店先を見るのが精いっぱいだ。

 話しかける時間がない。だから、必要があれば電話を夜かけるようにしている。

 あの、イベントから数日。海外に行っていた父があと一週間で戻ってくると三日前急に連絡があった。そのせいで猛烈に忙しくなった。

 父はここ半年、仕事を僕にほぼ丸投げだ。昔は出張しても最後の決定権は決して譲らなかったが、金額的に僕に任せてもいいと思えるところや、取引先によっては窓口を僕に変えてきている。

 まあ、別に構わない。仕事は楽しいし、忙しいからといって困ることは全くなかった。

 だが、最近になって、忙しいのは困ると初めて思うようになってきた。何しろ彼女の店を見に来る時間がない。

 自分でお金を投資した店だ。最初は苦戦していたが、作戦が功を奏してイベント後の売り上げも軌道にのってきたという。

 あのイベントでアレンジ教室をやったのが良かったのだろう。名取や僕も陰ながら協力し、ノースエリアの昔から住む人たちを名取が、彼女が新しくサウスエリアに越してきた人たちを中心にこの店を売り込んだ。

 今日見たところでは、相当彼女も忙しくなったのだろう、店を叔母さんが手伝いに来ているようだった。

 ビジネス街の以前顧客となった会社は半数以上がリピーターになっていると電話では話していた。いい傾向だ。名取もびっくりだろう。店はいいのだが、問題は彼女だ。全然自分から連絡してこない。何故だ。

 だから俺のほうから夜に電話すると、彼女は嬉しそうにこんなに客が来たと報告する。直接顔が見て話をしたいと何度も思った。なのに時間がない。

 今が大事な勝負時だ。本当は店に行き、今後の作戦も話し合いたかった。

 ふてくされていた僕は椎名に聞いた。

「椎名」

「なんですか?」

「例のクルーザーと花火大会のコラボ企画の件だ。区役所に確認したか?」

「はい、もちろん。二か月前には書面を出しておかないと間に合わず、許可がおりない可能性もあるとのことでした」

「ふーん。おい、花屋の休みはいつだったか知っているか?」

「急にまた……えっと確か火曜日だったかと思います。今日は月曜ですので、明日ですかね」

「そうか。椎名、明日午後から僕は休む」

「はあ?何をおっしゃっているのです」

「明日は晴れだよな」

「まさか、蓮様……」

「とっとと仕事もってこい。絶対明日の午後はスケジュールを開けておけ」

 椎名は僕を見て小さな声でしょうがないですねえとつぶやいた。

 この街では夏の土日に花火を上げる。ホテルの最上階から美しい花火を見るのがトレンドで、ノースエリアの人達は半年以上前から花火が美しく見える部屋を押さえる。

 サウスエリアの海沿いで上げるのだが、うちのクルーザーを何台かチャーターして海から花火を見せたらどうだろうということを昨年のシーズン終わりに思いついた。

 ノースエリアの住人は他の地域の人ができない贅沢をこの街に求めている。それが出来てこそ、憧れの街だ。彼らは特別感を大切にしているので、それに伴う付加価値をお金にしても何も文句は出ない。

 花火を海から見る。うちのクルーザーをレンタルさせたり、パーティーをしながら見られるようにする。そのために、試しに花火が上がる時間に船を出して、角度や場所、何艘ならいいか検討しようと考えていたのだ。

 実際に自分で運転して沖に出て、港を、空をながめながら考えようと思っていた。僕は造船会社の息子として一級船舶免許も保有している。だから、自分で船やヨットを出したり、クルーザーなども運転できる。

 趣味の一環で前は乗っていたが、最近乗るたびに仕事とどうやって結び付けられるかと考えるようになった。

「今調べましたら、明日は初夏の陽気になるそうですし、ぴったりですね。デートには最適です」

 僕はびっくりして、椎名のほうを見た。

「お前、誰がデートと言った?仕事だ仕事。彼女を誘うとは言ってないぞ」

「へえー。定休日を確認させておいて、どの口が……」

「黙れ。彼女も頑張っているし、たまには癒してやらないといけない。これもマネジメントのひとつだ。出資者が気遣う店主へのメンタルマネジメントだ」

「……相変わらず、口だけは達者ですね。言い訳も堂にいっています。でも、明日の彼女の予定を先に抑えるべきかと思います」

「そうだな、僕との約束より優先すべきものはないと思うが、一応なんでも備えは必要だな」

 椎名が口元を押さえてクックと笑っている。なんなんだ。

「うまくいくといいですね。旦那様がお喜びになられることでしょう」

「は?何が?仕事はきちんとやっている」

「はい、はい。そうですね」

 僕はとりあえず、急いで彼女に電話した。誘ったらOKだった。

 しばらくすると、本当に仕事が山のようにやってきた。

 椎名は知らぬふりで稟議書類を目の前に積み重ねていく。

 でも、明日のことを思えば何でもできる。

 それからの僕は、椎名を御者にして、馬車馬のように働いたのだった。

 
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