財閥御曹司は左遷された彼女を秘めた愛で取り戻す

花里 美佐

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左遷2

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 週末、伸吾から久しぶりに誘われた。いつもの店で待ち合わせたが、待っていた彼の様子がすでに違っていた。

「菜々遅いぞ。お前、雑用しかやることないくせに何してたんだ?」

「ごめんなさい。あなたは忙しいの?あなたも誰にもつかなかったじゃない」

 総会後、彼も新しい役員を指名されていなかった。彼が前についていた役員は総会後退任したのだ。

「ああ、俺はお前とは違うんだよ。もしかすると総帥の秘書の一人になるかもしれないんだ」

 私は驚いて得意満面の彼の顔を見た。

「総帥秘書の新藤さんが少し大変そうだから手伝おうと思ってね。来期の役員秘書からはずしてもらってそっちをやりたいと立候補したんだ。黒沢にも推薦してもらうから決まるかもな」

 呆れて開いた口が……やっぱりそういう人だったのね。もしかして、私を誘って交際したのも出世欲?いずれ御曹司のブレーンとなるだろうと言われていた役員の筆頭である日傘専務。私はその人の秘書だったから、あの時優しくしてくれたのは間違いない。

 今となってようやく彼の思惑が透けて見えた。私は本当に馬鹿だ。

「菜々。今日呼んだのは他でもない。悪いがお前とはここまでだ。別れてくれ」

 ああ、やっぱり……。

「……わかったわ」

「お前……妙に物わかりがいいな。もしかして他に男がいたとか?いや、そんなわけないよな。その無愛想、崇さん並だもんな。俺に対しても最初は笑ってたけど、最近はベッドも拒むし、可愛げないったらないよな」

「そういうあなたも最近は特に冷たかった。いつかこうなるだろうって思ってた。物わかりもよくなるわよ」

「……お前!」

「安心して……今後は秘書課の先輩としてお付き合いさせて頂きます」

 伸吾は立ち上がると、ニヤリと笑った。

「お前、このまま秘書課にいられると思ってんのか?辰巳さんだって結局、あっち側だろ」

「ええ、そうかもね。でも今となっては、もうどうでもいいことだわ」

 私は彼よりも先にバッグとコートを持つと、席を立った。伸吾はびっくりしている。馬鹿馬鹿しい。もっと早く私から別れたらよかった。

 秘書課の先輩だし、私からふったら何をされるかわからないと思ったから耐えていたけど、今思えばそんな自分に嫌気がさす。

 付き合いはじめの頃の彼はどこへ行ってしまったんだろう。もはや同一人物とは思えない変わり様だ。私が辛いときに慰めるどころか、追い打ちをかけるような人になってしまった。

 一年ほど前、私は本部秘書課へ異動して親しい人もいなかった。真紀もまだいなかったし、緊張感と重責で吐き気がするほど辛かった。辰巳さんもいたが、彼は忙しくてそれどころではなかった。

 そんなある日、秘書課の先輩で優しい言葉をかけてきた人がいた。それが伸吾だった。

 精神的に弱くなっていた私は、今思えば彼の手管にすぐに堕ちてしまった。最初はそれでも大切にしてくれた。二ヶ月もすると、出世欲や支配欲が強い伸吾は、いちいち私に仕事上のことで指図することがあった。

 彼の優しさの理由がわからなくなったころ、ベッドでも優しさを見せなくなった彼に私は距離を置いた。まだ付き合い初めて三ヶ月くらいだった。

 思えばすでにその頃からおかしかったのだ。秘書課の同僚ということもあり、お互い周りの目を気にしてずるずるとここまできた。

 とうとう私は、総会後も別な役員の秘書を頼まれることもなく宙ぶらりんのまま、一気に同じ秘書課所属の彼氏にもフラれ、プライベートも失った。この会社にいる意味を失ったような気がした。そしてもう頑張らなくていいよと自分に囁くもう一人の自分がそこにいた。

 決心した。決めたら早かった。

 三日後の朝、秘書室長に退職願を出した。私の顔を見た新藤秘書室長は驚いていた。

「いいんですか?」

 頷いた私を見て、退職願の封筒を目の前においてしばらく黙っていた。せめて理由を聞かれたり、何か言われるのかなと身構えた。ところが、そんなこともなかった。

「そうですか……とりあえずお預かりします」

 特に引き留めもしない。やっぱりねと思った。

「菜々、やめるって本当なの?」

 昼休み、真紀に問い詰められた。すでに噂になっている。

「……うん。ごめんね」

「菜々、悪いのはこっちだよ。助けられなくて本当にごめん。どうしたらいい?私何したらいい?葛西専務に頼もうか?でも黒沢さん達にどうせ専務は何も言えないよね……」

「真紀は自分のことを大事にして……。私を見ていてわかったでしょ。日傘専務もどうして私を置いていくんだろ。ひどいよ」

 私が顔を覆ったら、真紀は驚いて横に来て背中を撫でた。

「それにしても、菜々の元彼最低なんだけど……どうして菜々を捨てて黒沢さんと相変わらず親しいのよ!武田がぶんなぐってやるって言ってたよ。私も香月を何とかしてやれって怒られた。泣かないでよ、本当にごめん」
 
 伸吾は別れた翌日に、私と別れたことを周囲へ話していた。それで私は、秘書課内でそのことを詮索されてひどい目にあった。

 でも、退職願を出したし、もうどうでもいいとなげやりになっていた。退職日を決めてもらえば、このままあっという間にこの嫌なところとお別れだと我慢していた。
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