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由花の過去1
しおりを挟む「おい、ちゃんと働いているか?」
働き出してから、玖生さんはエントランスを通るたびに色々といちゃもんをつけてくる。しかも、彼はここの最高権力者。私は敬うしかない。本当に頭にくる。
「ええ。清家財閥や玖生さんのために、笑顔でお客様に応対しております」
「ふーん。どんな笑顔?」
須藤さんが私達を見てびっくりしてる。そりゃそうだよ。やりたくないけど、ぎこちなく笑う。
また、お腹を押さえて笑ってる。むかつく。
「それ笑顔?目の周りがひくついていたけどね。もっと柔らかい自然な笑顔を頼むよ。何しろ、受付は会社の顔だからな、しっかり頼むよ、織原さん」
「玖生さんこそ、もっと女性には優しく笑顔で接しないといけません。何しろ会社の顔ですからね」
そう言ってにっこり笑い、もう一度彼を見る。びっくりした顔をしてこちらを見てる。ざまあみろ。言われっぱなしなんて、柄じゃない。
二組のお客様が来た。須藤さんと目配せして、それぞれ応対する。
彼は秘書を連れてさっそうとエレベーターホールへ歩いて行った。
お客様がいなくなり、隣に座る須藤さんが小さな声で話しかけてきた。
「すごいじゃない、織原さん。あの御曹司が笑ったの初めて見たよ」
「私をいじって笑ってるだけです。ホント、頭にくる」
「いやそれにしたって、びっくりしたよ。これは、今後が楽しみだね」
「何がです?」
「え?それはもう、御曹司がどう成長するかでしょ。仏頂面は見飽きたよ。イケメンなんだから、嘘でもいいから笑って欲しいよね」
私はにやつく須藤さんの顔を見て、吹き出してしまった。
一ヶ月後、ようやく少し仕事に慣れてきた。社員の人から話しかけられたり、顔見知りのお客様も増えてきた。
「はい。営業三課の林ですね。少々お待ちくださいませ」
そう言って、内線で営業三課へ連絡する。
「お待たせ致しました。林がすぐにお迎えに上がりますので、そちらへおかけになってお待ちください」
すると、しばらくして林さんがエレベーターから降りてきた。こちらを見て、目配せする。立ち上がりお客様を案内した。
「お待たせ致しました」
「いや、林君。新しい受付の人いい感じだね。この会社、受付のグレードが高いよ」
私の方を見ながらお客様が言う。とりあえず、笑顔で頭を下げた。林さんはお客さんに答えた。
「ありがとうございます。受付の雰囲気は会社の顔ですもんね。そちらの会社だっていいじゃないですか」
「そうかな。まあここだけの話、うちの受付三人は皆売約済みなんだよ。林君がもし気に入った子いたとしても、もうだめだよ」
笑いながらふたりで歩いて行く。隣の須藤さんが呆れたように言う。
「よく言うわよね。こっちにだって選ぶ権利があるのにね。私達って、狩りの獲物みたいに言われるのよ。腹立つったらない」
「そうですね。こっちこそ、営業さんたちのランク付けでもしましょうか」
「あはは!織原さん、面白すぎる。それいいね、A、B、C、Dでとりあえず闇ランクをつけておくか」
翌日。
エントランスへ玖生さんがお客様を連れて入ってきた。
「いらっしゃいませ」
ふたりで声を合わせ頭を下げる。お客様がこちらをチラッと見て、あれ?と言う。
ふたりで頭を上げて顔を見ると、以前いたホテルの系列会社の社長さんだった。
「……君。たしか、神田グループのホテルにいなかった?前、神田君と一緒にいたよね」
「あ、はい。ご無沙汰しております。今はこちらで働かせていただいておりました」
「そうだったんだ。見かけなくなったからどうしたのかなと思ってたんだよ。前はあんなに神田君が君のこと大切にしてたのに。どうしてやめたの?」
意味深な顔をして笑いながら言う。
私は顔色が変わったのを自分でも自覚した。この人は神田社長と私のことを何か知っている?
すると、私とお客様の間に玖生さんが入った。
「山川さん、こちらです」
玖生さんがエレベーターホールを指さしてお客様へ話しかけたので、そちらへ身体を向けていなくなった。
私は自分でも顔を上げられず、下を向いていた。須藤さんが、心配そうにこちらを見た。
「大丈夫?あの人と何かあったの?」
「い、いいえ。前の職場を辞めたのが急だったので……」
「でも、さっき玖生さんがすごいタイミングで話しかけてくれたじゃない。良かったわね」
須藤さんって、見てるんだな。さすが、受付。人の顔色読むのがうまいんだ。
変な難癖つけるお客さんや、約束通りじゃないことに当たり散らす人などいろんな人がいることもわかってきたので、それを笑顔でさばいている須藤さん達は本当にすごいなあとこの一週間で思っていたところだった。
「前の仕事辞めるときに何かあったのね?」
「ええ。男性に裏切られて。やめました」
須藤さんが驚いて私の方を見た。
「ほんとに?ごめん、嫌なこと聞いてしまって。さっきの人、そのこと知ってたの?」
「そうかもしれません。私はそこまで周りに知られているつもりなかったので、びっくりしてしまって」
「そっか。今後、さっきみたいな会いたくない人が来るの見えたら隠れていいよ。私が相手するからね」
首をかしげてこっちを見ながら笑う。優しいな。
「ありがとうございます。そうさせて頂きますね。須藤さんはこの人まずいっていう人いるんですか、お客さんで」
「いるいる。たくさんいるよー。さっきのランク付けDランクのやばい人達。全部織原さんに任せたら、織原さんやめてしまうかも。だから、どうしようもないときだけ頼むね。というか、受付みんなそういう人いるから、それぞれ助け合うんだよ」
「なるほど」
「言い寄ってくる人もいる。気をつけてね」
「私は大丈夫ですよ。須藤さん達がランクAだとして、私は良くてCってとこですから」
「……またまた。玖生さんが庇っているの初めて見たから。少し感動したよ、私」
「え?」
「絶対わざと話しかけたよね。そうだと思う。間に入ってきたじゃない」
「……やっぱりそうでした、よね」
「そうだよ。彼もDランクだったけど、今日のことでCランクに格上げしてやってもいいかもね。今度私のこと庇ってくれたらのはなしだけどね」
須藤さん面白すぎ。私はおかしくて笑ってしまった。でも、やっぱり庇ってくれたんだと嬉しかった。
今度会ったらお礼言わないといけないかな。
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