叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する

花里 美佐

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お互いの転機3

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 何かやっぱりあったんだろう。元気がない。わかっていながら、深く聞く権利がないと自分で線を引いてしまった。
 
 彼の私を想う気持ちは痛いほどわかっている。そして私も……もう彼のことが好きだ。彼に抱きしめられても、キスされても嫌だとは思わない。何よりの証拠だ。

 でも清家御曹司の彼と付き合いはじめたとして、結婚はできないかもしれない。あんな辛い思いはもうこりごりだ。
 
 祖母の病気やこれからのこと、彼との身分差を考えるとふたりの気持ちだけでうまくいくとは到底思えない。
 
 元々、大奥様は私を見合いとは名ばかりの、女友達でいいからと彼に紹介したのだ。

 神田健吾のご家族でさえ、私では嫁として役不足と思っていたのだから、清家のご家族がどう思っているかなど考えなくてもわかる。

 おばあちゃんの素直になりなさいという助言は嬉しい。そうなれたらどれだけいいか。
 
 でも、彼から今距離を置かれたら私はどうなるだろう。考えるのも怖いくらい、彼に心から頼りきってる。

 
 玖生さんの様子が変だった理由は、翌々日大奥様が訪ねてこられて初めてわかった。

 「大奥様。わざわざすみません。この間は病院までお見舞いに来て頂いたとのこと、ありがとうございました」

 お茶をおだしして、前に正座する。今日は茶室でおもてなしをした。
 
 「由花さん。家元のご病気ひどくならずに良かったわ。これからは大切に過ごして差し上げて。継ぐ決心をしたそうね」

 「はい」

 「玖生からも聞いているけど、家元からも頼まれたからなんでも言ってちょうだいね。微力ながらお手伝いするわ」

 私は畳に頭をつけて礼を言った。

 「ありがとうございます。私にとっては何よりのお言葉です」

 じっと私を見つめている。

 「あの……何か。私に足りないところがあればご指導下さい」

 頭をつけてお願いした。

 「頭をお上げなさいな。だめよ、私はあなたの弟子です。弟子に頭を下げてはだめ。他の年配のお弟子さんでも。毅然としていないといけませんよ」

 「……はい」

 「由花さん。玖生のことですけど、何か聞いてますか?」

 「いえ、何も。何かあったんですね?」

 「というと、心当たりがあるのかしら?」

 「一昨日の夜少しお目にかかりましたが、様子が少し変でした。心配していたんです」

 「……そう。私はあなたと孫を引き合わせました。知り合って半年以上経つけど、あの子はどうですか?」

 まっすぐこちらを射貫くような目でご覧になる。聞きたいことはすぐにわかった。
 
 「最初の時が嘘のように親しくさせて頂いています。祖母の病気がわかったときもたまたま側にいてくれて、頼ってしまいました。優しくして下さって申し訳ないほどです。また、お仕事のときの指示も的確です。受付やお花のお仕事を一緒にさせてもらってすぐにわかりました」

 「ずいぶんと褒めて下さるのね。最初はあんな失礼な態度だったのに……」

 「確かにあのときの玖生さんは褒められたものではありませんでした。でも……」

 大奥様は私の話をうなずいて聞いてくれた。

 「彼には女性を遠ざけている理由があって、その話をこの間してくれたんです」

 「そう。そんなことをあなたに話したのね」

 「話してくれなくても、彼がまっすぐに私に向き合ってくれているので、彼の印象は良くなっていました」

 「あなたは玖生と友人でいたいの?でも、玖生は違うんでしょ?どんな形であれ、ふたりで決める事よ。でも、あの子はのんびりしていられなくなった」

 「え?」

 「夫が今度の誕生日で八十歳になるのを機に引退を決意したの。つまり、玖生にすべてを託すという事よ」

 そうだったの……ということは、条件があると前言っていたのは……。

 「総帥を継ぐ前に、結婚していて欲しかった。だからあの人は待っていたの。でももうそろそろ限界だわ。玖生もいい年だしね」

 「大奥様」

 「実はね。主人は前々からアメリカで一緒に仕事をした玖生の学生時代の知り合いのお嬢さんとの結婚を勧めようとしていたの。彼女とは知り合いということもあって、玖生は打ち解けていたし、彼女が玖生を好きらしいの。彼女の父親はアメリカの企業の社長を務めていて、清家財閥の重要なパートナーでもあるわ」

 私は前を見られず、下を向いて手を白くなるほど握りしめた。

 「それとね、玖生は総帥の仕事の引継ぎでアメリカへ二週間後には発ちます。おそらく一ヶ月程度行くことになると思うわ」

 「……そうですか」

 私は玖生さんの縁談の話が衝撃となって何も考えられなくなった。

 「……由花さん、聞いてる?由花さん、大丈夫?」

 「……あ、あ、ええ。すみません。考え事をしてしまって」

 「考え事って玖生のことでしょ。その反応なら大丈夫かしらね?」

 「あ、あの……」

 「私はあなたたちの味方ですよ。家元から頼まれたのはあなたの家元襲名のことだけではないのよ。玖生とのことも頼まれているの」

 「大奥様……」

 私は玖生さんを失うかもしれないという恐怖で胸がいっぱいになり、涙が出てきた。

 「ほらほら、泣かないで……」

 大奥様は私の横に回ってきて、背中をトントンと叩いてくれた。

 懐紙で涙を拭っていた私の顔を見ながら言う。

 「玖生を信じる気持ちはある?家元から少し聞いているわ。あなたが前お付き合いしていた人も御曹司だった、そして結婚相手として別な人をご家族が選んできたそうね。あなたが玖生と付き合わないのはそういったことがあるから踏み出せない。違う?」

 私は小さくうなずいた。

 「清家はそのようなことしたくない。でも、あなたがあの子を信じて全てを預けると決めてくれないと主人の計画をあの子も私も無視できない。わかるわよね」

 「……はい」

 「大切な言葉はよく考えてからあの子に伝えてあげてちょうだい。あなたの一生よ。あの子と一緒にならなくてもあなたの仕事はそのままだし、家元のお仕事を私が出来る限りお手伝いすることは変わらないわ。私の言葉に惑わされず、自分の気持ちを見つめなさい」

 「大奥様……ありがとうございます……」

 「あなたがもし清家に来る気があるなら、私は全力であなたを支えましょう。家元の仕事もしながら出来るようにしばらくは私も手伝いますよ。あの子の母はすでにいないのですからね。でも、よく考えて。甘い仕事ではありません。それだけははっきり言っておきますよ」

 厳しい顔でそう言い置いた。だが最後には優しく微笑んで背中をさすってくれた。私にとって大切な助言だった。そして、答えを出すために真剣に考えはじめた。

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