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54(騎士A視点)
しおりを挟む王子の部屋から、仕事場に戻るとロヴァルタが視線を向けてくる。何か話でも、あるらしい。
だがそのまえに、先に口を開く。
「あそこは気を使わないで、本当のこと言えよ。諦めるかもしれないだろう」
「あんな目で見られて言えるか。お前が言えよ」
贈り主を、告げられぬ贈り物―― そんなものを、あの子が喜んで受け取るとは思えない。いやいや受け取った姿が、目に浮かぶ。
正直に言えば、王子も少しはまともに……ならないか。
「あのガキと、王子ってどんな関係なんだ?」
「お前はそこまで、しらなくていいよ」
王子があそこまで、様子が違えばその疑問ももっともだ。けど王子の初恋の相手だなんて、言えるわけがない。
言ってもいいけど、ものすごく微妙な気持ちになるのは確実だ。俺はとてつもなく、何とも言い難い気持ちになった。
理知的で、自分がどんな立場にいるのかを理解している。冷静な人だ。そんな主が、好きな子のことだからと別人そのものになるんだ。
「ムカつく奴だな」
「いつものことだろう」
初恋の子に、会いたいがために警護をおざなりにして会いに行ったなんて知らないほうが幸せだ。お前は幸せだぞ。俺が黙っていることを選択したから、知らずに済むんだからな。
俺もできる事なら、知りたくなかった。まあ俺の場合は、立場上しらないでは済まないけどな。
「そうだな」
「そこは思ってても、そんなことありませんって否定で返せよ。減給されたいの?」
こんなに部下想いの俺に対して、当のロヴァルタは可愛げの欠片もない。むかついたので、おちょくることにした。
「痺れ薬と腹を下すのと、茶に仕込まれるのどれがいい?」
「逆に聞くけど、お前はどっちがいいんだ? 希望は一応考慮してやるよ。あくまで考慮だから、希望通りにいかないけどな」
減給と口にしたからか、遠回しどころか直球に薬を盛ると宣言された。けどそれくらいで、ひるんだりはしない。逆にお前はどっちがいいと聞き返してやる。
返答は予想の範囲内だったのだろう。ロヴァルタは特に怒りもせずに頬を杖をつき、小首をかしげている。その顔に浮かぶのは、微笑みだ。
これと同じ仕草を、女にやると大体が可愛いと騒がれる。いくら中身が、可愛げのかけらもなくとも女どもには可愛く映るらしい。
だが俺にやっても、可愛くない部下がニヤニヤ笑っているという真実しか見えない。
「お互いに相手が、次の日休みの時にしてくれ。仕事が増える」
「お前には、相手を思いやる気持ちってものはないわけ?」
黙々と書類仕事を、こなしていたサルヴァが口をはさんでくる。こいつも可愛げがない。というか俺の部下で、可愛い奴なんて一人もいない。
「お互いに毒を盛る話をしている奴に、思いやり云々と言われたくはない」
「お前の正論で返しくるところ嫌い」
「俺は仕事が残っているのに、くだらない言葉の応酬をしている上司が嫌いだ」
普通は上司に対して、取り繕ったりするもんだ。堂々と上司に嫌いという部下なんていない。
―― まあいいか
ここで好きだなんて言われても、怖気が走るだけだ。
「ちょっと休憩して、他愛ない話をしているだけだろう? 心に余裕を持てよ」
「余裕なぞ、仕事が終われば自動的に出てくる。つべこべ言ってないで、さっさと手を動かせ。ロヴァルタ、お前もだ。仕事のさぼり癖まで、移ったのか」
仕上げに俺のサインがいる書類を押し付けながら、ロヴァルタにも呆れの視線を向ける。
「俺は、ここまで酷くないぞ」
「お前らそろいも揃って、上司を敬う気持ちってものをもってないわけ?」
「敬われたければ、それ相応の態度を見せろ。敬意とは、地位に付随するものではない。相手の能力、人格そのた多岐にわたる要因が関わってくる。言っておくが、俺は仕事をさぼって下らん話に時間を割く上司に尊敬の念などいだかない」
真顔でロヴァルタが、口を開く。続けてサルヴァが、淡々と言葉を紡いでくる。
ここまで言われるほど、俺は仕事をさぼったりはしていない。むしろ忙しくて、のんびりさぼってなんかいられない。
それに加えてレイザードがらみで、王子が奇行にはしるから余計に精神的な疲労が増している状況だ。そんなこと分かってるだろうに、こいつらはからかうようにサボりサボりと口にする。書類仕事する前のちょっとした時間がくらい休んでもいいだろうが。
「はいはーい、分かりましたよ。仕事しますよ。まったく可愛くない部下ばかりだな」
「かわいくなくて、結構だ」
「あっ俺も、お前に可愛く思われても寒気しかしないしな」
可愛げがないうえに、口が減らない。
対外的には問題があるから、他の目があるときは俺に対して敬語を使う。態度もそれ相応に、取り繕いもする。
だが俺たちしかいないときは、いつもこれだ。敬いなんて、欠片もない。
―― まあ俺らは、特殊だからな
ほかの騎士共とはちがう。
王子の顔に泥を塗ることにならなければ、内輪でどんな状態だろうと問題はない。
脳裏に泥と悪臭に満ちた路地裏が浮かぶ。今じゃあの掃き溜めを、懐かしむ余裕もできた。あのころに比べれば、部下が可愛くないなんて大した問題じゃない。なんせいつものことだからな。
「なに哀愁漂う顔してるんだよ。気持ち悪い」
「休んでも疲れが取れなくなったのか。歳には勝ててないな」
「俺の顔のどこを、どうみて気持ち悪いなんて台詞が出てくるんだよ。あと俺はそんな歳じゃない。お前らと大して変わらないだろうが」
問題はないけど、ムカつきはする。
まあいきなりこいつらが、恭しい態度をとったりしてきたら本気で俺の毒殺をもくろんでるじゃないかと疑いたくなるから今のままでいい。
「やっぱムカつくから減給な」
「ふっざけるなよ! そんなことしたらお前の財布から、その分くすねるからな!」
声の高さを下げて言えば、俺が本気だと感じたのだろう。今度は軽く流さずに声を荒げてくる。
「給料の額と、やる気は直結しない。そんな戯言を言うやつがいるが、俺は直結する。額が減れば、どこかで手を抜くぞ。そうなった場合、周り周って責任がお前に行くことになる」
普通ならただの冗談だろうと、笑う類のものだ。けどこいつは確実にやる。仕事に支障が出ない程度に、けれど確実に手を抜く。
「堂々と上司の金くすねるとか宣言するな。やるならばれないように、うまくやって見せろって」
「言ったな。吠え面かくなよ」
肩を竦めなると、吐き捨てるように返してくる。しばらくは財布を、肌身離さず持っていくことにしよう。
「お前もだ。考えてても上司に、手を抜くっていうな」
「安心しろ。王子に関わる事では手は抜かない」
そうか安心だなんて思うわけがない。ようするに俺にのみ迷惑の掛かることで、手を抜くと言ったにも等しい。
「可愛い部下が欲しい……」
ため息をつき、椅子の背もたれに寄りかかる。
当たり前だけど、慰めの言葉をかけてくるやつはいない。一人は鼻で笑い、もう一人はなんの反応もしないで書類に視線を落とす。
本気でどこかから、可愛げがあって気を使ってくれて上司を敬ってくれる部下を連れてくることを考えながら、書類に目を落とした。
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