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79話(ヴァルゼーエン視点)
しおりを挟む「ごめんな」
安心しきって寝ている姿を、見下ろしながら謝罪を口にする。寝ているのだから、届くことはない。ただの自己保身だ。
いまからすることは、この子に対する裏切りに等しい。
だがこのままに、しておくつもりはなかった。確実に術が、ほころび始めている。今は僅かなものでも、何をきっかけに広がるかしれない。そうなれば、この子は思い出してしまう。
―― なにが、あったんだ
失敗は、していない。こんなに早く解けるはずがない。なぜ思い出しかけることになった。
心を静めるために、息を吐き柔らかい髪を撫でる。
『ああ友達だ』
そういったレイザードの目が、細まって少しだけ口の端が上がった。
友達だと言っていたジルベールという子も、レイザードの事を大切におもっているのが態度や言葉の端端から感じ取れた。
やっと普通の子の様に、友達が出来て―― いつか笑えるように、なるかもしれない。
「すまない…… ごめんな」
決定を覆すつもりはないのに、踏ん切りがつかない。
きっと俺は弱いのだろう。あの頃の様になってしまのが恐ろしくてたまらない。
―― あの日もう少し、早くたどり着けていたのなら
悔いても時は戻らない。分かっていても、何ども同じ考えが浮かび消えていく。
ここにいるのが俺ではなく、あの人ならどんなこの子でも受け止められたのかもしれない。抱きしめてこの子の傷が癒えるまで、温かく包みこんで共に歩んでいけたのかもしれない。
出会いは灯火が消えるまでの、ほんの僅かな時間だ。人となりを理解したなどと、言うつもりはない。けれどその短い時間だけでも、どれだけ慈しみ愛していたか伝わってきた。
『この子を……お願いします』
うなずき返すと、安心したように微笑んだ姿が脳裏に浮かぶ。俺は決して、安心できる存在ではなかっただろうに。
憎しみを向け合ってきた歴史―― その相手だと、分かった上であの子を託すしかなかった。どれだけ、心残りだったことだろう。
頼まれずとも、見捨てるような真似はするつもりなかった。一人残されたこの子を、放りだすような気などおきはしない。
開かれた眼は、どんな感情も浮かべていない。ただ心臓が動き、呼吸をしてるだけになってしまった子供、救う手だてはこれしかなかった。いや違うな。こうすることで、何もできない俺の心を守ったのだろう。
『そこまで、する義理があるのか』
―― うるさい
一歩下がったところで、冷めた目をした俺がいる。
『助けたところで、何になる。何も変わらない。ほら人形のようじゃないか。放っておけば、自然の摂理に従って朽ちていく』
―― 放っておくことなんて、出来るわけがない
確かに出会ったばかりの子供だ。紡がれた歴史をたどれば、因縁はあるのかもしれない。
けれどそんなことは、俺にはどうでもよかった。
ただ放っておけなかった。だから冷え切った手を、握り教えられた名を呼び歩き出した。
対象への負担が、全くない。そんな力ならば、良かったのだろうか。どちらにしろ、俺の身勝手だ。この子にとっては、俺は厄災に等しい。
漆黒が、広がっていく。この地で生まれた人々が、忌まわしきものとしてあの名で呼んだ気持ちも理解できる。
陽が落ち人々の恐れた漆黒があたりを包む。それと同じものを、操る存在はさぞ禍々しく映っただろう。
僅かに動いた瞼のうえに、手のひらを乗せる。
心の中で何度目か分からない謝罪を、繰り返し力を行使した。
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