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03 洞窟と剣と宝石と
声と霧のデジャヴ
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わたしは宿に戻っていた。
いや、正確には、テウォンの家に行ったといった方が正しいかもしれない。
テウォンを見つけた後、わたしはクルルさんがくれた剣の代金を払った。
その後、転がった宝石を、探してくれた鉱夫さんたちと一緒に全部回収した。
で、ギルドのお姉さんに渡して報酬に変えてもらった。
わたしは十分稼いだからもういらないって言ったけど、鉱夫さんたちが、わたしが見つけたものだからってほとんどわたしの取り分にしてくれた。
さらにその後、わたしは何人かのギルドの人たちと一緒に、現場を見に行った。
魔法陣や宝石が浮いていたことを伝えると、ギルドの人たちは急に青ざめて黙りこくり、この魔法陣のことは誰にも言わないように、と言われた。
何を意味しているのかを尋ねたけど、「とにかく誰にも言わないように」と強く言われるばかりで、教えてもらえなかった。
テウォンは、見た目には元気だったけど、衰弱状態と判断された。
念の為ギルドの病院みたいなところに運ばれ、検査されているようだ。
わたしは宿の主人、テウォンのお姉さんに、夕食を振る舞われていた。
「誠に助かりましたわ、スズネさん」
「い、いえ……」
多分半分くらいわたしのせいなのに、感謝されると肩身が狭い。
キースは疲れたらしく、わたしの頭の上でスヤスヤしている。
テウォンのお姉さんはクールな美人さんだった。
そしてテウォンには似ても似つかず、とても礼儀正しくおしとやかな人だ。
「あの子は、私の唯一の肉親ですの。両親を亡くしてから、ずっと姉弟2人、手を取り合って生活してきました」
お姉さんはわたしに紅茶みたいなものと、お茶菓子をくれた。
「テウォンはよく宿を手伝ってくれる、姉思いのいい弟で。……きっとあの子にはずいぶん我慢をさせました。幼い頃はよく笑う明るい子で、友達ともよく遊んでいたんです。
「でも両親が死んでから、あの子はこの宿を手伝わなくてはならなくなった。私一人では、到底やっていけなかったのです。あの子はいい子ですから、文句も言わず……でも、内心寂しかったでしょうね」
わたしは、初めて会ったときのことを思い出す。
宿の受付をしていたテウォンは、すごく無愛想だった。
「近頃、あの子が坑道に出かけていることは知っていました。それも、一人きりで……私は坑道に行かないように強く言いましたが、それでもあの子は……」
「テウォンは、坑道が好きだったんですね」
「……でも、私を支えるためなんです。この宿はギルドから離れていて、ただでさえ客足が……その上、高原のモンスターハウスのせいで、宿を利用する手練れの冒険者の方々は、みなそちらへ行ってしまいました」
鉱山に冒険者がいないことで、この宿は経営の危機に陥ってしまったらしい。
個室の宿は、出稼ぎの鉱夫や新人冒険者は使わない。個室を好むのは商人や、ある程度実力も財産もある冒険者が使う。
行商人は、多少値段が高くてもギルド近くのセキュリティのしっかりしたところを選ぶだろうし。
「大変だったんですね」
「スズネさんには感謝しているんですよ。テウォンがとっても楽しそうにしていました。久々に新しいお友達ができて……」
お姉さんは微笑みながらそう言う。
でも、やっぱりテウォンは私のせいで危険な目に遭ったみたいだし、お姉さんには申し訳なさの方が先にくる。
「でも、わたしのせいで……」
「気にしないで、お願いだから。スズネさんは、テウォンに冒険のお話をしてくれただけ。一人で向かったのはテウォンです。助けてくれたのはスズネさん。そうでしょう?」
お姉さんは微笑んでいて、優しく笑っていた。
わたしもそれ以上しつこく謝るわけにもいかず、紅茶を飲んだ。おいしい。
「わたしは、当然のことをしただけです。友達を、迎えに行っただけ」
「でもありがとう。あの子を迎えに行ってくれて」
もしテウォンに何かあったら、このお姉さんは両親に加えて唯一の弟まで失っていた。
でもテウォンに何もなくても、この世界はもうすぐ滅ぶ。
どちらが先に死ぬのかなんて、本当に些細な問題だ。
「うっ、うぅ……」
目が霞む。視界に霧がかかる。
……以前までのわたしなら、テウォンを助けたりしなかった。
死にゆく人を助けたりなんてしなかった。
人はいつか死ぬ。いつか必ず死ぬ。
早く死ぬか、遅く死ぬかの違いしかない。
なら、どうせ死ぬ命を救う意味は?
どうせ消えるものを、後生大事に抱える意味は?
どうせいつか滅ぶ世界を救う必要はない。
無駄な延命は、不幸を呼ぶだけ。
救わないことこそが救いなんだ。
「キーーー!」
気がつくと、キースがわたしの指に噛み付いていた。
「あ、ああ……」
「どうしたの、大丈夫?」
お姉さんが心配そうにわたしを覗き込んでいる。
「だ、大丈夫です……」
……なんだろう、今の。
わたしの声みたいな、そうじゃないみたいな。
すごく暗い声が、頭の上から響いた。
まるで世界に絶望してるみたいな、この世の全てに絶望してるみたいな、そんな声。
どこかで聞いたことのあるような声。
なんだろう、この感覚。
わたしは前にも、こんな感じで誰かの声を聞いたことがあるような気がする。
「……世界なんてどうでもいいよ。好きに滅びればいい。わたしは自分のやりたいようにやる」
ボソッと独り言を呟いて、わたしはキースを抱きしめる。
「キー」
キースはくちゃくちゃに翼を降り畳まれてギュッとされたせいか、不満そうに小さく鳴いた。
いや、正確には、テウォンの家に行ったといった方が正しいかもしれない。
テウォンを見つけた後、わたしはクルルさんがくれた剣の代金を払った。
その後、転がった宝石を、探してくれた鉱夫さんたちと一緒に全部回収した。
で、ギルドのお姉さんに渡して報酬に変えてもらった。
わたしは十分稼いだからもういらないって言ったけど、鉱夫さんたちが、わたしが見つけたものだからってほとんどわたしの取り分にしてくれた。
さらにその後、わたしは何人かのギルドの人たちと一緒に、現場を見に行った。
魔法陣や宝石が浮いていたことを伝えると、ギルドの人たちは急に青ざめて黙りこくり、この魔法陣のことは誰にも言わないように、と言われた。
何を意味しているのかを尋ねたけど、「とにかく誰にも言わないように」と強く言われるばかりで、教えてもらえなかった。
テウォンは、見た目には元気だったけど、衰弱状態と判断された。
念の為ギルドの病院みたいなところに運ばれ、検査されているようだ。
わたしは宿の主人、テウォンのお姉さんに、夕食を振る舞われていた。
「誠に助かりましたわ、スズネさん」
「い、いえ……」
多分半分くらいわたしのせいなのに、感謝されると肩身が狭い。
キースは疲れたらしく、わたしの頭の上でスヤスヤしている。
テウォンのお姉さんはクールな美人さんだった。
そしてテウォンには似ても似つかず、とても礼儀正しくおしとやかな人だ。
「あの子は、私の唯一の肉親ですの。両親を亡くしてから、ずっと姉弟2人、手を取り合って生活してきました」
お姉さんはわたしに紅茶みたいなものと、お茶菓子をくれた。
「テウォンはよく宿を手伝ってくれる、姉思いのいい弟で。……きっとあの子にはずいぶん我慢をさせました。幼い頃はよく笑う明るい子で、友達ともよく遊んでいたんです。
「でも両親が死んでから、あの子はこの宿を手伝わなくてはならなくなった。私一人では、到底やっていけなかったのです。あの子はいい子ですから、文句も言わず……でも、内心寂しかったでしょうね」
わたしは、初めて会ったときのことを思い出す。
宿の受付をしていたテウォンは、すごく無愛想だった。
「近頃、あの子が坑道に出かけていることは知っていました。それも、一人きりで……私は坑道に行かないように強く言いましたが、それでもあの子は……」
「テウォンは、坑道が好きだったんですね」
「……でも、私を支えるためなんです。この宿はギルドから離れていて、ただでさえ客足が……その上、高原のモンスターハウスのせいで、宿を利用する手練れの冒険者の方々は、みなそちらへ行ってしまいました」
鉱山に冒険者がいないことで、この宿は経営の危機に陥ってしまったらしい。
個室の宿は、出稼ぎの鉱夫や新人冒険者は使わない。個室を好むのは商人や、ある程度実力も財産もある冒険者が使う。
行商人は、多少値段が高くてもギルド近くのセキュリティのしっかりしたところを選ぶだろうし。
「大変だったんですね」
「スズネさんには感謝しているんですよ。テウォンがとっても楽しそうにしていました。久々に新しいお友達ができて……」
お姉さんは微笑みながらそう言う。
でも、やっぱりテウォンは私のせいで危険な目に遭ったみたいだし、お姉さんには申し訳なさの方が先にくる。
「でも、わたしのせいで……」
「気にしないで、お願いだから。スズネさんは、テウォンに冒険のお話をしてくれただけ。一人で向かったのはテウォンです。助けてくれたのはスズネさん。そうでしょう?」
お姉さんは微笑んでいて、優しく笑っていた。
わたしもそれ以上しつこく謝るわけにもいかず、紅茶を飲んだ。おいしい。
「わたしは、当然のことをしただけです。友達を、迎えに行っただけ」
「でもありがとう。あの子を迎えに行ってくれて」
もしテウォンに何かあったら、このお姉さんは両親に加えて唯一の弟まで失っていた。
でもテウォンに何もなくても、この世界はもうすぐ滅ぶ。
どちらが先に死ぬのかなんて、本当に些細な問題だ。
「うっ、うぅ……」
目が霞む。視界に霧がかかる。
……以前までのわたしなら、テウォンを助けたりしなかった。
死にゆく人を助けたりなんてしなかった。
人はいつか死ぬ。いつか必ず死ぬ。
早く死ぬか、遅く死ぬかの違いしかない。
なら、どうせ死ぬ命を救う意味は?
どうせ消えるものを、後生大事に抱える意味は?
どうせいつか滅ぶ世界を救う必要はない。
無駄な延命は、不幸を呼ぶだけ。
救わないことこそが救いなんだ。
「キーーー!」
気がつくと、キースがわたしの指に噛み付いていた。
「あ、ああ……」
「どうしたの、大丈夫?」
お姉さんが心配そうにわたしを覗き込んでいる。
「だ、大丈夫です……」
……なんだろう、今の。
わたしの声みたいな、そうじゃないみたいな。
すごく暗い声が、頭の上から響いた。
まるで世界に絶望してるみたいな、この世の全てに絶望してるみたいな、そんな声。
どこかで聞いたことのあるような声。
なんだろう、この感覚。
わたしは前にも、こんな感じで誰かの声を聞いたことがあるような気がする。
「……世界なんてどうでもいいよ。好きに滅びればいい。わたしは自分のやりたいようにやる」
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