滅びる異世界に転生したけど、幼女は楽しく旅をする!

白夢

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06 常闇の同士

知る王子

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 闇の国に、朝日という存在はない。

 太陽は昇るけど、それは正午近くのほんの数時間の間だけ。


「ようやく目覚めたか、転生者」

 まさかまた死んだのかと思い、思わず飛び起きてしまったわたしの目に飛び込んできたのは、窓を背に座る男の姿だった。

 昨日はすぐ寝たから気が付かなかったけれど、この部屋には窓があったらしい。


「わたし、ですか……?」

「ああ、お前だ」


 男もデオリュプスズさんと同じ、黒い肌に長い耳をしていた。

 しかしその眼は白地に黒目。


「えっと……」

「俺はスバルシェクダム、この国の王になる予定の王子だ」


 彼は気怠そうにそう言って、窓から飛び降りた。

 背が高く、無表情で、酷薄に見える。
 
 なぜかムキムキで、とても大きい。
 
 なんだかつよそうだ。


「王様……ですか?」

「近い将来な」

「……」
「……」

 無表情どころか無言の王様は、わたしと視線を合わせて瞬き一つしない。

 不思議な空気を纏った人だ。不機嫌そうに見える。


「……まあいい、本題に入る。まず確認するが、お前は転生者、そうだな?」

「え、えぇと……てんせー? その、どうして、そう思ったんですか?」


「はぐらかすな面倒臭い。神に聞いた」

「神……神様に?」

「だから知らないフリをするな。お前の転生を命じた神だ」


 心底気怠そうな王様は、壁に背中をもたせかけて床に座った。機嫌じゃなくて、体調が悪いのだろうか?

 王様なのに地べたに座らせるのもどうかと思って、わたしはベッドから降りる。


「あの、体調悪いなら、ベッド、座りますか?」

「あ? 誘ってんのか?」

 王子様は思わずといった風にわたしに凄んだけど、やっぱりその目には力がない。

 わたしがちょっと首を傾げると、王子様は小さくふぅと息を吐く。
 溜め息みたいに見えた。
 

 「…………ただ足が悪いだけだ。そうする」


 確かに、彼は片脚を引きずるように歩いていた。
 
 まだ若く見えるのに、病気なのかな。


 ベッドに座った王様は、やはり生気のない顔をしている。


「どうしたんですか、脚?」

「王座を奪い取ったときに負った傷だ」

「……え?」

「クーデターだ。分かるか? でなきゃ第六王子の俺が王様になんかなれるわけないだろ」


 なんでもないように言うけれど、王様の表情は暗い。

 クーデターということは、王様は、お父さんやお兄さんお姉さんを……?


「……そ、その、どうしてそこまでして王様になりたかったんですか?」

「誰だって王になりたい。誰だってな」

「で、でも……王様や他の王子様が……」

「殺した。全員殺した。皆殺しにした。首を切って城門に掲げ晒し上げた。ああ……そうだよ、でも俺を称賛する者もいる。そういうことだ。そういうものなんだよ……」


 王様は本当に疲れているようだった。

 目は虚ろで、真っ黒な瞳孔が、もっと暗く見える。


「……転生者、お前はどうしてこの国に来た?」

「えっ、どうしてって……」

「俺に用があったのか、他の用か。俺は確かにお前を確保しようとしてたが、お前の方から来るとは思っていなかった。デオリュプスズは上手くやったが……余計なものまで連れてきた」


 そこでわたしは気がついた。

 昨日一緒に寝たはずのエリオットさんとキースがいない。

 部屋にいるのはわたしと王様の二人だけ。


 血の気が引いた。


「お、王様、あの」
「王子様でいい。戴冠式はまだ先だ」

「王子様、エリオットさんとキースは、どこに……?」

「……」


 しばらく沈黙した。
 それが答え方を選んでるみたいで、わたしは怖くなってその場に崩れ落ちた。

「う、あ、エリオットさん、そんな、キース……た、食べられちゃうなんて……」

 涙が出てきて、わたしは泣き出してしまった。


 王子様は、そんなわたしを見下ろしていた。

「……食べるわけないだろ。神だ転生だなんて話を、聞かれたくなかっただけだ。他意はない。別の部屋に監禁している」

「うっ、ひぐ、じゃあ、無事、ですか?」

「無事だ。……それになんの意味があるか、知らないが」


 王子様はベッドから降りて、わたしの隣に座った。

 王族らしからぬその行動の理由は、分からない。
 

「遠からず世界は滅びる。そうだろう、転生者」


 わたしは思わず息を止めて、王子様の、その虚ろな表情を見た。

 彼も知っている、この世界の滅亡を?


「どうしてそれを……」
「言ったはずだ、神に聞いた。お前も知ってるようだな」

「そ、それなら、理由とか分かりますか?」

「大いなる意志の思し召しなど、些末たる我らに理解できるはずもない。命など、小石よりもずっと軽い。世界も同様だ。滅びると決まったなら滅びるんだろう」

 王子様はそう言って、脚を組んだ。


「世界が滅びるのを止めたい……とか、思わないんですか?」
「思わないな」

「せっかく王様になれたのに?」
「逆だ。滅ぶからこそ、最後に欲望を叶えたいと思った」

「欲望、なんですか?」

「ずっとなりたかった。下々を虐げ、恐怖によって跪かせる。そんな暴虐の限りを尽くす王に。お前には考えつかないような、卑劣で残酷な権力者。今や俺が隣に座っても平気でいられる女は、お前くらいだろうな」

「どういう意味ですか?」
「そういう意味だ。知らなくていい」


 そんな風に話す王子様は、やはりどこか空虚だった。

 とても悪い人みたいだけど、なぜかわたしにはそう思えなかった。


「わたしは、この世界が滅びるのを止めたくて、来たんです。世界樹の都市のことを、聞きたくて」

「……」

「王子様は知ってますか? 世界樹の都市のこと」


 王子様はまたしばらく何か考えているようだったが、ゆっくりと話した。
 

「……そうか。どうやら、俺とお前の目的は同じらしいな」
「えっ?」

「お前を世界樹の都市に連れて行く、それが俺の目的だ」


「……どうしてですか? 王子様は別に、世界が滅びても、別にいいって思ってるんですよね?」
「そうだな」

「それならどうして、わたしを……?」

「神が俺にそう言うからだ。お前が世界樹の都市とやらに行けるように、手助けしろと」


 全然分からない。

 神様は、この世界の滅亡を望んでいるのではなかったのだろうか?

 
 わたしを転生させた天使さんは、わたしに「何もするな」と言った。

 わたしと繋がっていたらしい神様は「世界樹の都市」にわたしが関わることを避けたがった。

 しかし王子様がお話しする神様は、わたしを「世界樹の都市に送り届けろ」という。
 
 だんだん頭が混乱してきた。


「えっと……王子様にそうやって言う神様は、世界を救いたいって思ってるんじゃないんですか?」
「知らない、興味がない。俺は命令通りやってる」

「王子様の行動は全部、神様の指示なんですか?」
「そうだ。お前らに神具を授けたのもな」


 神具、というのはダンジョンに設置されているというもののことだろう。

 それを設置することで、ダンジョンの魔獣が一気に減ったとかいう。


「どうして、そんなに神様の命令に従うんですか? なんていうか……断ったりしないんですか」

「やりたくないと思うようなことを、指示されたことがない。その上、俺に色々と助言をくれる」

「助言……って?」

「王を崩御させるときも、色々と手助けしてもらった」


 邪神の名に恥じぬ、ロクでもない助言のようだ。

 王子様の目は死んでいる。まるでかつてのわたしみたいに。
 

「……その、王子様は、もうやりたいこととかないんですか? 世界、滅びる前に」
「何が聞きたいのか分からないな。王様になっただろ」

「わたしは、世界樹の都市とか、そういう色んなところを旅して、見て回りたいと思ったんです。で、旅して。色んな人と出会って、話して、それで、助けてもらって。この世界が滅びてほしくない人がいて、もしこの試練を乗り越えられたら、きっともっと世界は良くなるって」
「……」

「王子様は、世界、滅びてもいいかもしれないけど……わたしもどっちかってとそうですけど、でも、滅びないように頑張ってる人のこと、助けたいんです。わたしもいっぱい助けてもらったから」
「……」


 王子様はわたしのことを見た。

 その眼はあまりにも暗かった。闇の峡谷の夜よりも、ずっとずっと暗かった。
 

「……人はいつか死ぬ。俺は生まれたそのときから、そのことを知っていた。人は、死を乗り越えられない。お前や人類がどう思うかは知らないが、俺は終わりを受け入れる」

「協力は、してくれないんですか?」

「指示されない限りは、積極的に人間に干渉することはしない。今までと変わらない。世界樹の都市へ到達する手伝いはするが、それ以外の点でお前に協力することもしない」

「……そうですか」


 王子様には、確固たる意志があるらしい。
 その暗い目の中にも、その覚悟は確かに宿っていた。

 何かわたしには言っていないことが、あるのだと思った。


「でも、世界樹の都市に行くのは手伝ってくれるんですよね? 場所とか、行き方とか、神様に聞いたんですか?」

「多くを聞いたわけじゃない。神も全てを知るわけじゃないからな。世界樹の都市は、遥か昔、太古の時代に精霊族が創造したものだ。だからその場所や入り方は、精霊族が知っている」

「精霊族?」
「雪山にある、狂気の里に住む種族だ。年中止まない吹雪の中心にある。雪原の人間の中には、信仰する者もいる」


 思い出した、これ図書館で読んだ幻獣の本。

 そういえば精霊族が管理しているとか書いてあった気がする。
 

「人間では狂気の里に辿り着くことは不可能だが、俺が手助けすれば辿り着けるだろう。精霊も、俺の名を聞けば無下にはしないはずだ」

「……えっと、王子様は来てくれないんですか?」

「悪いが、俺は国を離れられない」

「一緒に行きたいです」

「俺はこの国の王なんだが」


 言われてみればそりゃそうだという感じだけど、なんとなくついてきてくれるような気がしてしまった。

 なんでだろう……やっぱりなんか、この人にはすごく親近感を覚える。
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