永劫の誇り – 鹿之助、燃ゆる戦国の灯』

honyarara

文字の大きさ
4 / 42
第三章 – 「滅びの瞬間」

尼子家の内紛と運命の序章

しおりを挟む
夜霧が月山富田城を静かに包み込み、遠くの月が石垣に銀色の光を投げかける。城内では、普段の静謐な佇まいとは裏腹に、重くたまった緊張感と微妙な不協和音が、まるで鐘の音のように響いていた。尼子家は、古来より続く伝統とその誇り高き家門であり、西国に君臨してきた。だが、この夜、主君である尼子義久の目の奥には、長い歴史の重圧と、これから訪れる運命への不安が見え隠れしていた。

義久は、広間に並べられた古文書や戦略図を一心不乱に眺めながら、思索にふけっていた。厚い屏風に囲まれたその部屋には、かつて数多の合戦を勝ち抜いた先人たちの肖像画が静かに飾られており、その重厚な雰囲気は、今宵の不穏な空気と相まって、一層の悲壮感を漂わせていた。彼は低い声で呟く。「家の絆が、今、乱れている……もしこのままでは、敵に隙を与えることになる。」その言葉には、かつての戦で我が身を滅ぼした先人への戒めと、今日という日のために奮闘せねばならぬという覚悟が感じられた。

一方、城内の外廊下では、尼子経久が堂々と兵士たちに向けて声を張り上げていた。「この城は、我らの誇りであり、血統が紡いだ証なのだ。必ず守り抜かねばならん!」と。その声は、規律ある軍隊の威厳を示していたが、どこかに不安の色が混じっているのも否めなかった。兵士たちの目には、緊張と疑念が浮かび、密やかなざわめきが次第に広がっていくのがわかった。

しかし、その廊下の奥、薄暗い部屋の一角では、尼子義直と尼子政信が激しい言葉を交わしていた。義直は、冷静でありながらも鋭い眼光で資料を見つめ、「我々の独自戦略こそが、この乱局を打開する唯一の手段である」と静かに主張する。対する政信は、感情を抑えきれず、声を荒げながら「あまりにも各々の主張がぶつかり合えば、統一した指揮は成立せず、兵士たちは混乱に陥るだろう」と反論する。その激しい論争は、まるで剣戟のように部屋中に激動のエネルギーを放ち、遠くからは兵士たちのささやきと、鎧を纏った戦士たちの緊迫した足音が重なった。

その夜、義久は一人、城内を隅々まで巡回した。薄暗い廊下に沿って歩きながら、彼は一人一人の兵士の顔を見つめ、その視線の先から、各自が抱える不安や恐れ、そして微かに見せる決意を読み取ろうとした。ふと、震える声で「上官、連絡が途絶えております」と報告する兵士を見かけると、義久は低い声で、「乱れゆく絆こそ、敵にとって千載一遇の隙となる。全員が一つにまとまらねば、我らの未来は闇に葬られるだろう」と、厳しくも哀れな調子で告げた。義久のその一言に、兵士たちは重い沈黙に包まれ、眼下に広がる暗い空間に、一抹の希望とともに不吉な予感が漂っていった。

同時刻、城の外では、密偵の噂がささやかれる。遠くの山間から、毛利家の動向が次第に近づいているという情報が、闇夜にかすかに響いた。耳をすませば、風に乗って、我々の家に迫る足音が聞こえるかのようであり、城内の全てが、一夜にして試練の時を迎えようとしていた。

そして、幾年も後に、故郷を離れた宣教師――その冷静な筆致と熱い心を持つ彼――は、異国の地で子供たちにこう語ることになるのであった。「あの夜、家族の絆が乱れると同時に、七難八苦の試練が一斉に襲いかかり、敵はその隙を逃さなかった。尼子家の運命は、まさにその混沌の淵で大きく揺れ動いたのである」と。その言葉は、ただの歴史の記録に留まらず、未来へと続く希望と、過ぎし日の悲哀へ深い教訓を刻んだ。

月明かりの下、石垣に映る影たちは、次第に一つの運命を共に歩むかのように、遠い未来へと語り継がれ、あの夜の混乱は、一族の栄光へと繋がる歴史の一篇として、永遠に記憶されることになるのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

奥遠の龍 ~今川家で生きる~

浜名浅吏
歴史・時代
気が付くと遠江二俣の松井家の明星丸に転生していた。 戦国時代初期、今川家の家臣として、宗太は何とか生き延びる方法を模索していく。 桶狭間のバッドエンドに向かって…… ※この物語はフィクションです。 氏名等も架空のものを多分に含んでいます。 それなりに歴史を参考にはしていますが、一つの物語としてお楽しみいただければと思います。 ※2024年に一年かけてカクヨムにて公開したお話です。

処理中です...