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第078話 宴会
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その日、町の歴史にインパクトを与えるほどの激震が走った。
領主館には常ならぬ緊張感が漂っている。
王都より使者。
これに関しては、実は慶事だ。
辺境を事無く治めている領主への慰労を兼ねての訪問。
冬場の政務が忙しくない時期に、国王が常の忠心に敬意と謝意を表すという年一のイベント。
特に経済政策による辺境の強固な安定を担っている領主を国王は高く評価している。
そういう思いをきちんと伝えるために今年は王弟、身内を派遣したのだ。
これは、大きな信頼を表している。
王統は現国王の直系に移行しているとはいえ、歴とした継承権を持つ人間。
そのような大事な身を領主とはいえ、人目に晒すのだ。
並大抵の覚悟ではない。
それを間違いなく理解しているが故に、領主館内は針を落としても反応するほどの緊張感に包まれているのだった。
当の領主に取っては、面倒事に痛むばかりの胃を摩りながらのもてなしになるのは言うまでもない。
晴れがましくも温かなムードで始まった出迎えと、それに続く謁見。
恭しくも殿下を迎え、跪く領主に手ずから渡される奉書。
内容に関しては忠義と政策実行能力を買っての辺境切り取り御免状。
今まで、領地以外に関して何らかのアクションを起こす際には王都の認可が必要だったが。
今後は他領以外であれば辺境領域として指定された場所へのアクションは領主の権限で起こせるようになるという事。
実質的な、辺境伯の誕生である。
この慶事を祝い、大きな晩餐会が開かれる事となった。
周辺領主、有力者が一同に会し行われる晩餐の場は今までの常識を覆す場となった。
この世界。
コース料理なんて確立したものは存在しない。
熱いものも冷たいものも一緒くたにテーブルに並べ、酒を酌み交わし、笑い合う。
料理とはあくまで会話の添え物、酒の肴でしかなかったのだ。
その場に颯爽と現れる、民芸コンロver高級。
釉を塗った大皿は温かく熱され、その上にしどけなくも艶やかに盛られた川魚の燻製をちりちりと温める。
これほどの大勢に魚を供するのは至難の業だ。
どれほどの手をかけて上流を漁ってみても、確実に漁果が得られる訳もない。
そんな賭けの結果ともいうべき素材をふんだんに扱う事に、まずは度肝を抜かれる。
その上、何よりも馨しい匂いが歴々の胃を直撃する。
川魚を食べられる人間など数が限られている。
その上、人の生きる場所に生息する川魚に至っては臭いものが多い。
生活排水や泥の臭いの所為である。
目の前にあるのは、そんな生活圏内からかけ離れた大自然の恵み。
それが熱々で供されているのだ。
抗う事などできまい。
思うさまに被りついた瞬間、皆の目が見開かれる。
その繊細な塩味の表面に揺蕩う、何とも言えない艶やかな香り。
熟成し燻されることにより、引き出された川魚の別の一面。
魅了されたように食する面々の前に、現れる次の皿。
この時期では細々としか手に入らない肉の数々。
それがまた一味も、二味も手をかけられている。
燻製肉。
噂では聞いていた者もいるが、実際に食すのは初めての者ばかりだ。
その衝撃は計り知れない。
考えてもみればいい。
冬の宴席など、寒々しいものだ。
冷え切った肴を酒で温めた腹でなんとか消化しながら空元気でこなすのが常なのだ。
それがどうだ。
この、温かな宴は。
寒さと緊張に固まっていた者の身も心も解され、宴は柔らかく、熱を帯びる。
仮面を脱ぎ去った実のある会話は花開き、より良き結果を生む。
より良き結果は全体の雰囲気を輝かせていく。
宴が最高潮に達した時。
そっと出される一品。
見た目はよく食べるナンもどきにも似ている。
終盤に入り、腹を満たさせよう。
そんな目論見かと、何者も警戒せずに口に放り込む。
これこそが領主渾身の埋伏の毒と見抜けずに。
インパクト、激震。
その場を形容する言葉は、荒々しく揺れ動く心模様を表したものでしかない。
この世界にまだ存在しない、純粋な甘味。
それを口にしてしまった者の末路。
明確に知っているのは、同じく魅了された領主以外にはいない。
しかし、そこにいる有象無象と違う一点。
それは、領主が提供者であるという事だった。
和やかなヴェールに包まれる中にも、糖分提供への嫉妬が満ち溢れる宴席。
しかしてその一角は不思議なほど、静かな熱に包まれていた。
王弟殿下。
為政者たる彼が嫉妬などするはずもない。
この王国の財とは即ち、為政者たる者の財なのだから。
故に、過たずこの宴の真価を見抜く。
これはデモンストレーションなのだと。
この国の今後、領主がビジョンとして見せるこの国の経済行為の果ての姿なのだと。
この辺境の地を起点として、今後大きく国は揺れ動く。
良い意味の波濤のような発展の波によってだ。
それをもたらすであろう領主に王弟が心の中で一礼を捧げ、宴席は幕を閉じた。
領主館には常ならぬ緊張感が漂っている。
王都より使者。
これに関しては、実は慶事だ。
辺境を事無く治めている領主への慰労を兼ねての訪問。
冬場の政務が忙しくない時期に、国王が常の忠心に敬意と謝意を表すという年一のイベント。
特に経済政策による辺境の強固な安定を担っている領主を国王は高く評価している。
そういう思いをきちんと伝えるために今年は王弟、身内を派遣したのだ。
これは、大きな信頼を表している。
王統は現国王の直系に移行しているとはいえ、歴とした継承権を持つ人間。
そのような大事な身を領主とはいえ、人目に晒すのだ。
並大抵の覚悟ではない。
それを間違いなく理解しているが故に、領主館内は針を落としても反応するほどの緊張感に包まれているのだった。
当の領主に取っては、面倒事に痛むばかりの胃を摩りながらのもてなしになるのは言うまでもない。
晴れがましくも温かなムードで始まった出迎えと、それに続く謁見。
恭しくも殿下を迎え、跪く領主に手ずから渡される奉書。
内容に関しては忠義と政策実行能力を買っての辺境切り取り御免状。
今まで、領地以外に関して何らかのアクションを起こす際には王都の認可が必要だったが。
今後は他領以外であれば辺境領域として指定された場所へのアクションは領主の権限で起こせるようになるという事。
実質的な、辺境伯の誕生である。
この慶事を祝い、大きな晩餐会が開かれる事となった。
周辺領主、有力者が一同に会し行われる晩餐の場は今までの常識を覆す場となった。
この世界。
コース料理なんて確立したものは存在しない。
熱いものも冷たいものも一緒くたにテーブルに並べ、酒を酌み交わし、笑い合う。
料理とはあくまで会話の添え物、酒の肴でしかなかったのだ。
その場に颯爽と現れる、民芸コンロver高級。
釉を塗った大皿は温かく熱され、その上にしどけなくも艶やかに盛られた川魚の燻製をちりちりと温める。
これほどの大勢に魚を供するのは至難の業だ。
どれほどの手をかけて上流を漁ってみても、確実に漁果が得られる訳もない。
そんな賭けの結果ともいうべき素材をふんだんに扱う事に、まずは度肝を抜かれる。
その上、何よりも馨しい匂いが歴々の胃を直撃する。
川魚を食べられる人間など数が限られている。
その上、人の生きる場所に生息する川魚に至っては臭いものが多い。
生活排水や泥の臭いの所為である。
目の前にあるのは、そんな生活圏内からかけ離れた大自然の恵み。
それが熱々で供されているのだ。
抗う事などできまい。
思うさまに被りついた瞬間、皆の目が見開かれる。
その繊細な塩味の表面に揺蕩う、何とも言えない艶やかな香り。
熟成し燻されることにより、引き出された川魚の別の一面。
魅了されたように食する面々の前に、現れる次の皿。
この時期では細々としか手に入らない肉の数々。
それがまた一味も、二味も手をかけられている。
燻製肉。
噂では聞いていた者もいるが、実際に食すのは初めての者ばかりだ。
その衝撃は計り知れない。
考えてもみればいい。
冬の宴席など、寒々しいものだ。
冷え切った肴を酒で温めた腹でなんとか消化しながら空元気でこなすのが常なのだ。
それがどうだ。
この、温かな宴は。
寒さと緊張に固まっていた者の身も心も解され、宴は柔らかく、熱を帯びる。
仮面を脱ぎ去った実のある会話は花開き、より良き結果を生む。
より良き結果は全体の雰囲気を輝かせていく。
宴が最高潮に達した時。
そっと出される一品。
見た目はよく食べるナンもどきにも似ている。
終盤に入り、腹を満たさせよう。
そんな目論見かと、何者も警戒せずに口に放り込む。
これこそが領主渾身の埋伏の毒と見抜けずに。
インパクト、激震。
その場を形容する言葉は、荒々しく揺れ動く心模様を表したものでしかない。
この世界にまだ存在しない、純粋な甘味。
それを口にしてしまった者の末路。
明確に知っているのは、同じく魅了された領主以外にはいない。
しかし、そこにいる有象無象と違う一点。
それは、領主が提供者であるという事だった。
和やかなヴェールに包まれる中にも、糖分提供への嫉妬が満ち溢れる宴席。
しかしてその一角は不思議なほど、静かな熱に包まれていた。
王弟殿下。
為政者たる彼が嫉妬などするはずもない。
この王国の財とは即ち、為政者たる者の財なのだから。
故に、過たずこの宴の真価を見抜く。
これはデモンストレーションなのだと。
この国の今後、領主がビジョンとして見せるこの国の経済行為の果ての姿なのだと。
この辺境の地を起点として、今後大きく国は揺れ動く。
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