6 / 7
第6話 気に食わないこと
しおりを挟む
その後、ベルモンド侯爵は拘束、連行された。
侯爵邸はそのまま封鎖され、侯爵夫人とマリアンヌも、事情聴取のため屋敷内に軟禁された。
王太子に対してアンリエッタの死を偽装しようとした、という軽い罪で拘束したものの、叩いてみると、嫌という程ほこりが出てきた。
もちろん、アンリエッタ以外のことも含めてだ。中には、領地経営に関する、大きな不正も含まれている。爵位と領地の返上は、免れないだろう。
また、裏社会に関する何がしかに、夫人と一部の使用人が関与していたことも判明した。ブティックの前でアンリエッタに声をかけてきた中年男も、夫人の関係者だ。
もはや誰も知る由がないが、一度目のループでアンリエッタを森に捨てた使用人も、二度目のループで彼女を襲ったごろつきも、三度目のループの暴れ馬も――さらにはアンリエッタの実母を毒殺したのも、同じく夫人の関係者だった。
今、夫人は侯爵と二人、仲良く牢の中である。
マリアンヌについては、窃盗罪が適用される。ただしそれは、エドワードに対する恋心と、アンリエッタへの嫉妬心が引き起こしたものであって、侯爵家の不正には関わっていなかった。
被害者であるアンリエッタが強い裁きを望んでいないので、謹慎処分程度に収まるだろう。
だが、贅沢な生活が当たり前だったマリアンヌにとって、質素な暮らしは苦痛を伴うことに違いない。
まもなく五歳になる長男には、一代貴族として、ベルモンド侯爵家の屋敷だけが与えられた。彼はこれから、ベルモンド侯爵の犯した罪を償っていくことになる。
彼自身は何もしていないのに、あまりにも酷な運命だ。だが、姉のマリアンヌと、王宮から派遣されることとなった官吏が彼を支えてくれるはずである。アンリエッタも、彼が本当に困った時は、元家族として手助けをするつもりでいた。
アンリエッタは、ベルモンド侯爵家の籍を抜け、母方の縁戚に養子縁組をしてもらうこととなった。
エドワードとの婚約は、アンリエッタの姓が変わっても、依然として継続中だ。というか、婚約の継続も養子縁組の条件に含めて手続きを取らせるという、徹底した執着具合である。
「――それにしても、君の『筋書き』は見事だったな。まさか侯爵が、本当にアンリエッタを排除し、マリアンヌ嬢と婚約を結ぼうとしていたとは」
「……あの、私のことは罰しないのですか?」
アンリエッタの推論を、エドワードは『嘘』ではなく『筋書き』として受け取った。アンリエッタは、嘘が嫌いと言ったエドワードが、彼女に罰を与えないことが不思議だった。
「ああ。君は悪いことを何一つしていないし、嘘もつかなかっただろう。話したのは、ただの推論――いや、『筋書き』に過ぎない。……ああ、だが、君は『筋書き』の中で一つだけ気に食わないことを言ったな」
「えっと……それは、何のことでしょう……?」
エドワードは、口元を引き結び、眉に力を込めた。だが、その目は変わらず輝いている。
「――口にするのも不快だから、言わない」
「!! そ、それは、大変申し訳ございませんでした!」
エドワードの言う、『気に食わないこと』。それは、アンリエッタの尋ねたこの言葉だ。
――「エドワード殿下は、マリアンヌを愛しているのでしょう?」
*
エドワードは、以前からアンリエッタだけを愛していた。
ただし最初は、婚約者としての責務から一緒にいたに過ぎなかった。
エドワードの心が変わったのは、アンリエッタにドレスを贈った日のことだ。
普段は感情を大きく動かすことのないアンリエッタが、この上なく嬉しそうに笑ったのである。まるで花が開くように、目をまん丸にして、頬をピンク色に染めて。
その時アンリエッタが見せた極上の笑顔を、エドワードは、一生涯忘れないだろう。
アンリエッタとは何度も会っていたから、彼女が好む素材やデザインは把握していた。だから、彼女が喜んでいるのを見た時、エドワードは予想が当たっていたことを嬉しく思った。
目を輝かせる彼女を見ていると、胸に灯がともったように温かな気持ちになる。エドワードは、また彼女の喜ぶ顔が見たくて、アンリエッタの好きそうな演目を調べ、観劇に誘ったのだ。
だが、観劇の日にエドワードがアンリエッタを迎えに行くと、彼女はそのドレスを着ていなかった。エドワードはそれを疑問に思う。だが、今日は気分ではなかったのだろうと、深く考えなかった。
その日の演目は、予想通りアンリエッタの好きな演目だった。アンリエッタは熱心に舞台を眺めていたが、時折、ふっとドレスに目を落として思い悩むようなそぶりを見せている。
何かある、エドワードはそう直感した。
しかし、アンリエッタに尋ねても、はっきりとした答えは返ってこなかった。
――この時アンリエッタは、自分の不注意でドレスを紛失したと思っており、恥ずかしさと申し訳なさからエドワードに打ち明けることができなかったのである。
ベルモンド侯爵家の茶会に呼ばれた時、エドワードはブルーのドレスを纏うマリアンヌを見て、すぐに「これか」と思った。マリアンヌは、アンリエッタと違ってとても非常識な令嬢だった。
――デザインが好みではない? 誰がどう見ても、あの時のアンリエッタは心から喜んでいた。
それに、アンリエッタの悲しそうな表情を見たら、どちらが嘘をついているのかなど、火を見るよりも明らかだ。
エドワードは、アンリエッタが今度こそ話してくれるだろうと、真偽を尋ねた。けれど、彼女は悲しげに首を振って、出て行ってしまう。
エドワードは他の貴族にも挨拶をしなくてはならなかったため、アンリエッタをフォローできなかったのが、ずっと気がかりだった。
エドワードは、後日、アンリエッタにドレスの件について改めて尋ねた。しかし彼女は、それでも何も言ってはくれない。
エドワードは、これ以上深入りするのを諦めた。
侯爵邸はそのまま封鎖され、侯爵夫人とマリアンヌも、事情聴取のため屋敷内に軟禁された。
王太子に対してアンリエッタの死を偽装しようとした、という軽い罪で拘束したものの、叩いてみると、嫌という程ほこりが出てきた。
もちろん、アンリエッタ以外のことも含めてだ。中には、領地経営に関する、大きな不正も含まれている。爵位と領地の返上は、免れないだろう。
また、裏社会に関する何がしかに、夫人と一部の使用人が関与していたことも判明した。ブティックの前でアンリエッタに声をかけてきた中年男も、夫人の関係者だ。
もはや誰も知る由がないが、一度目のループでアンリエッタを森に捨てた使用人も、二度目のループで彼女を襲ったごろつきも、三度目のループの暴れ馬も――さらにはアンリエッタの実母を毒殺したのも、同じく夫人の関係者だった。
今、夫人は侯爵と二人、仲良く牢の中である。
マリアンヌについては、窃盗罪が適用される。ただしそれは、エドワードに対する恋心と、アンリエッタへの嫉妬心が引き起こしたものであって、侯爵家の不正には関わっていなかった。
被害者であるアンリエッタが強い裁きを望んでいないので、謹慎処分程度に収まるだろう。
だが、贅沢な生活が当たり前だったマリアンヌにとって、質素な暮らしは苦痛を伴うことに違いない。
まもなく五歳になる長男には、一代貴族として、ベルモンド侯爵家の屋敷だけが与えられた。彼はこれから、ベルモンド侯爵の犯した罪を償っていくことになる。
彼自身は何もしていないのに、あまりにも酷な運命だ。だが、姉のマリアンヌと、王宮から派遣されることとなった官吏が彼を支えてくれるはずである。アンリエッタも、彼が本当に困った時は、元家族として手助けをするつもりでいた。
アンリエッタは、ベルモンド侯爵家の籍を抜け、母方の縁戚に養子縁組をしてもらうこととなった。
エドワードとの婚約は、アンリエッタの姓が変わっても、依然として継続中だ。というか、婚約の継続も養子縁組の条件に含めて手続きを取らせるという、徹底した執着具合である。
「――それにしても、君の『筋書き』は見事だったな。まさか侯爵が、本当にアンリエッタを排除し、マリアンヌ嬢と婚約を結ぼうとしていたとは」
「……あの、私のことは罰しないのですか?」
アンリエッタの推論を、エドワードは『嘘』ではなく『筋書き』として受け取った。アンリエッタは、嘘が嫌いと言ったエドワードが、彼女に罰を与えないことが不思議だった。
「ああ。君は悪いことを何一つしていないし、嘘もつかなかっただろう。話したのは、ただの推論――いや、『筋書き』に過ぎない。……ああ、だが、君は『筋書き』の中で一つだけ気に食わないことを言ったな」
「えっと……それは、何のことでしょう……?」
エドワードは、口元を引き結び、眉に力を込めた。だが、その目は変わらず輝いている。
「――口にするのも不快だから、言わない」
「!! そ、それは、大変申し訳ございませんでした!」
エドワードの言う、『気に食わないこと』。それは、アンリエッタの尋ねたこの言葉だ。
――「エドワード殿下は、マリアンヌを愛しているのでしょう?」
*
エドワードは、以前からアンリエッタだけを愛していた。
ただし最初は、婚約者としての責務から一緒にいたに過ぎなかった。
エドワードの心が変わったのは、アンリエッタにドレスを贈った日のことだ。
普段は感情を大きく動かすことのないアンリエッタが、この上なく嬉しそうに笑ったのである。まるで花が開くように、目をまん丸にして、頬をピンク色に染めて。
その時アンリエッタが見せた極上の笑顔を、エドワードは、一生涯忘れないだろう。
アンリエッタとは何度も会っていたから、彼女が好む素材やデザインは把握していた。だから、彼女が喜んでいるのを見た時、エドワードは予想が当たっていたことを嬉しく思った。
目を輝かせる彼女を見ていると、胸に灯がともったように温かな気持ちになる。エドワードは、また彼女の喜ぶ顔が見たくて、アンリエッタの好きそうな演目を調べ、観劇に誘ったのだ。
だが、観劇の日にエドワードがアンリエッタを迎えに行くと、彼女はそのドレスを着ていなかった。エドワードはそれを疑問に思う。だが、今日は気分ではなかったのだろうと、深く考えなかった。
その日の演目は、予想通りアンリエッタの好きな演目だった。アンリエッタは熱心に舞台を眺めていたが、時折、ふっとドレスに目を落として思い悩むようなそぶりを見せている。
何かある、エドワードはそう直感した。
しかし、アンリエッタに尋ねても、はっきりとした答えは返ってこなかった。
――この時アンリエッタは、自分の不注意でドレスを紛失したと思っており、恥ずかしさと申し訳なさからエドワードに打ち明けることができなかったのである。
ベルモンド侯爵家の茶会に呼ばれた時、エドワードはブルーのドレスを纏うマリアンヌを見て、すぐに「これか」と思った。マリアンヌは、アンリエッタと違ってとても非常識な令嬢だった。
――デザインが好みではない? 誰がどう見ても、あの時のアンリエッタは心から喜んでいた。
それに、アンリエッタの悲しそうな表情を見たら、どちらが嘘をついているのかなど、火を見るよりも明らかだ。
エドワードは、アンリエッタが今度こそ話してくれるだろうと、真偽を尋ねた。けれど、彼女は悲しげに首を振って、出て行ってしまう。
エドワードは他の貴族にも挨拶をしなくてはならなかったため、アンリエッタをフォローできなかったのが、ずっと気がかりだった。
エドワードは、後日、アンリエッタにドレスの件について改めて尋ねた。しかし彼女は、それでも何も言ってはくれない。
エドワードは、これ以上深入りするのを諦めた。
114
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので田舎で猫と暮らします
たくわん
恋愛
社交界の華と謳われた伯爵令嬢セレスティアは、王太子から「完璧すぎて息が詰まる」と婚約破棄を告げられる。傷心のまま逃げるように向かったのは、亡き祖母が遺した田舎の小さな屋敷だった。
荒れ果てた屋敷、慣れない一人暮らし、そして庭に住みついた五匹の野良猫たち。途方に暮れるセレスティアの隣には、無愛想で人嫌いな青年医師・ノアが暮らしていた。
「この猫に構うな。人間嫌いだから」
冷たく突き放すノアだが、捨て猫を保護し、傷ついた動物を治療する彼の本当の姿を知るうちに、セレスティアの心は少しずつ惹かれていく。
猫の世話を通じて近づく二人。やがて明かされるノアの過去と、王都から届く縁談の催促。「完璧な令嬢」を脱ぎ捨てた先に待つ、本当の自分と本当の恋——。
【完結】兄様が果てしなくアレなのですけど、伯爵家の将来は大丈夫でしょうか?
まりぃべる
恋愛
サンクレバドラー伯爵家は、果てしなくアレな兄と、私レフィア、それから大変可愛らしくて聡明な妹がおります。
果てしなくアレな兄は、最近家で見かけないのです。
お母様は心配されてますよ。
遊び歩いている兄様…伯爵家は大丈夫なのでしょうか?
☆この作品での世界観です。現実と違う場合もありますが、それをお考えいただきましてお読み下さると嬉しいです。
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
ポンコツ悪役令嬢と一途な王子様
蔵崎とら
恋愛
ヒロインへの嫌がらせに失敗するわ断罪の日に寝坊するわ、とにかくポンコツタイプの悪役令嬢。
そんな悪役令嬢と婚約者のゆるふわラブコメです。
この作品は他サイトにも掲載しております。
【完結】妹に婚約者まであげちゃったけれど、あげられないものもあるのです
ムキムキゴリラ
恋愛
主人公はアナスタシア。妹のキャシーにほしいとせがまれたら、何でも断らずにあげてきた結果、婚約者まであげちゃった。
「まあ、魔術の研究やりたかったから、別にいいんだけれどね」
それから、早三年。アナスタシアは魔術研究所で持ち前の才能を活かしながら働いていると、なんやかんやである騎士と交流を持つことに……。
誤字脱字等のお知らせをいただけると助かります。
感想もいただけると嬉しいです。
小説家になろうにも掲載しています。
逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます
黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。
ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。
目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが……
つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも?
短いお話を三話に分割してお届けします。
この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。
出来損ないと呼ばれた公爵令嬢の結婚
奏千歌
恋愛
[できそこないと呼ばれても][魔王]
努力をしてきたつもりでした。
でもその結果が、私には学園に入学できるほどの学力がないというものでした。
できそこないと言われ、家から出ることを許されず、公爵家の家族としても認めてもらえず、使用人として働くことでしか、そこに私の居場所はありませんでした。
でも、それも、私が努力をすることができなかった結果で、悪いのは私のはずでした。
私が悪いのだと、何もかもを諦めていました。
諦めた果てに私に告げられたことは、魔法使いとの結婚でした。
田舎町に住む魔法使いさんは、どんな方なのか。
大きな不安を抱え、長い長い道のりを歩いて行きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる