19 / 19
第一部 無能聖女編
18. 詮索は御法度です
しおりを挟むギルバート様に普段より多めに琥珀珈琲を渡した後、私は相変わらず母屋の清掃作業を進めていた。
母屋は離れに比べて広いというだけでなく、価値のある美術品や工芸品も多い。作業には格段に気を使うし、時間もかかる。
まだまだ手を付けていない場所も多いが、ギルバート様からもジェーンさんからもゆっくりでいいと言われているので、焦る必要はない。
「おはよう、アンディ」
「おう、ティーナ。おはよ」
昼食を摂るために離れに戻ろうとしたところで、庭のオブジェを磨いていたアンディと会った。
初めてここを訪れた時には伸びきった雑草ばかりが目立っていて気がつかなかったのだが、前庭には立派な観賞用の庭園跡があったのだ。現在家庭菜園になっている場所はそのごく一部で、ひとまずその部分だけが最低限整えられていたらしい。
「これからメシ?」
「うん。アンディも一緒にどう?」
「あー、そうするよ。錆び落としって、けっこう疲れるんだよな」
アンディはそう言って、手首をぶんぶん振っている。確かに、目の前のオブジェはずっと雨ざらしになっていたからか、かなり錆び付いていた。
「このオブジェ、王家の紋章に描かれてる……ドラゴン?」
「みたいだな。ここには元々噴水があって、このオブジェの口の中から水が出る機構になってたっぽいんだけど……なんでこんな錆びるまで放置しちゃったんだよ、全く」
「噴水?」
言われてみれば確かに、排水用の細い溝が周りに掘られており、その近くには壊れて風化してしまったらしい石の欠片が、複数転がっていた。
「オレ、前々から気になってたんだけど……この屋敷、ところどころ、自然にじゃなく、何者かが壊したみたいな跡が残ってるんだよな」
「壊した跡……うーん」
「まあ、最近の話じゃなさそうだけど。ほら、この噴水も壊れてから随分経つみたいだし」
「そうだよね」
確かに、アンディの言うとおり、疑問に思う点はいくつもあった。
屋敷の外観だけではなく、母屋の中にも謎の焼け焦げや、固い物がぶつかったような痕跡、さらには刃物で斬りつけられたような傷などが残っていたのだ。
それらはタペストリーや家具、絨毯などで隠されていたが、ギルバート様やジェーンさんに聞くこともできず、いつ付いた傷なのかも不明のままである。
「なあ、ティーナ。オレ、この屋敷のこと、こないだ、街の奴らとちょっと話したんだ。立派な屋敷なのに手入れも行き届いてなくて、雇い主も正体不明って、怪しすぎるだろ?」
「えっ、街の人に話したの? アンディが、自分から?」
「ん? そうだけど」
「それは……」
アンディは、何を思ってそんなことを喋ったのだろうか。
私がギルバート様と面会する前……それこそ初日から、どう考えても今回の依頼は訳ありだろうと私が感づいたように、アンディも不審に思っていなかったか。
「それでさ、聞いた話によると、なんとここ、幽霊屋敷って呼ばれてて、昔から街の人は誰も近づかないって――」
「――ねえ、アンディ。そんなことして、大丈夫なの?」
「へ? 何が?」
「私が、神殿で育ってきたのは知ってるよね?」
「え、ああ、うん」
アンディは、私が何を言わんとしているのかわからないようで、眉をひそめながらも頷いた。
「神殿には、隠し事がたくさんあったの。私ってほら、どこにいても気にも留められないような存在だったから……神官様や聖女様がひそひそ声で何かを話しているのを、何度も何度も見かけたわ」
掃除や洗濯で、神殿の隅々まで歩き回っていることが多かった私は、『秘密』らしきものに何度も遭遇した。
なんなら、掃除しようと思って思い切り扉を開けた部屋で、妻子ある神官様が聖女様と密通をしていたところだって見たことがある。
あのときは肝が冷えたが、それは向こうも同じだったようだ。その後ちらちらと顔色をうかがわれるだけで、何も言われることはなかった。
けれど――もちろん、私に危害を加えようとしたり、実際に加えた者がいなかったわけではない。
ただ、私は成人するまで神殿から自由に出られなかったし、話す人もいなかった。ひとたび冷静になれば、私が影響力を持たないことぐらい、すぐに気がつく事実である。
そうして彼らが振り上げた手は、最終的には全て下ろされたのだ――私に対する嘲りや、憐れみと引き換えに。
だから私は、アンディのことが心配だった。
「私ね、誰かの秘密に出会ったら、触れないように、顔に出さないようにって気をつけてたの。そうしないと、後々睨まれて、嫌な目にあうから」
先ほどのギルバート様のように、何かの目的を持って調べていることに回答するというのなら、構わないだろう。
答えるのも答えないのも自分の意思だし、正しいことを伝えるか否かも勝手だ。
真偽を判断するのは尋ねた側だし、情報を得ようとすることは同時に相手に情報を与えることにもなる。
――ギルバート様は、それも承知で私に神殿の内部事情を尋ねたのだろう。
おそらく彼は、私が神殿の関係者に接触することはないと信じているから。
「だからね、アンディ。何か尋ねられた時に答える分にはいいと思うんだけど……その……隠したいことがあるって明らかなのに、自分から噂を立てるようなことをするのは、あんまり……ね?」
秘密が白日の下にさらされたとき、当事者たちはもちろん、噂を流した人も傷つくことになる。
それも、今回の当事者はギルバート様とジェーンさん。私は、せっかく出会えた、優しく信頼のおける三人が傷ついてしまうのは、嫌だった。
「……そっか、そうだよな。オレ、浅はかだったな」
アンディはそう言ってうつむいた。
「……ううん。私も責めるようなこと言っちゃって、ごめん」
「いや、ティーナは悪くないよ。雇ってもらってる身なのに、オレ、色々考え足らずだった。自分から信頼を裏切るようなことをしてたってことだよな」
彼の気持ちも、わからないでもない。彼は、不安だったのだ。それは、ギルバート様があまりにも情報を開示しないからという理由もあるだろう。
私は顔を上げ、空中の一点をじっと見る。『視線さん』の気配は、先ほどから私たちを見守るように漂っていた。
「――視線さん、アンディを責めないでくださいね。彼、雇い主がどんな方かわからなくて、不安だったんだと思います」
「……え? ティーナ、誰と話してんの……?」
「私からはアンディに話すことができません。だから、あなたの方から、少し歩み寄ってはいただけませんか? ほんの少しだけでいいんです……考えてみてください」
視線さんは、気配だけで肯定を示してみせた。前々から思っていたが、何とも器用な魔法である。
「さて。これで、あと何日かしたら沙汰があるはずだから、街で詮索するのは――、えっと、アンディ?」
「も、も、もしかして、もしかしなくても、ティーナ、幽霊と話してた……? やっぱりここ、幽霊屋敷――」
「え? 幽霊なんかじゃないよ。今、そこにいたでしょ?」
「ひぃーっ」
アンディはガタガタと震え始めてしまい、私はそれをなだめるのに、かなりの時間を要することになったのだった。
17
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ブスすぎて嫁の貰い手がないから閨勤侍女になれと言われたので縁を切ります、完全に!完全縁切りの先にあったのは孤独ではなくて…
ハートリオ
恋愛
ルフスは結婚が決まった従姉の閨勤侍女になるよう父親に命令されたのをきっかけに父に無視され冷遇されて来た日々を終わらせようとブラコン父と完全に縁を切る決意する。
一方、従姉の結婚相手はアルゲンテウス辺境伯とのことだが、実は手違いがあって辺境伯が結婚したいのはルフス。
そんなこんなの異世界ファンタジーラブです。
読んでいただけると嬉しいです。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~
夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。
しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。
しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。
夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。
いきなり事件が発生してしまう。
結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。
しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。
(こうなったら、私がなんとかするしかないわ!)
腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。
それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。
で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★全31話7時19時更新で、全話予約投稿済みです。
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
『恋心を凍らせる薬を飲みました』 - 残りの学園生活、どうぞご自由にお遊びください、婚約者様
恋せよ恋
恋愛
愛されることを諦めた。だから、私は心を凍らせた。
不誠実な婚約者・ユリアンの冷遇に耐えかねたヤスミンは、
伝説の魔女の元を訪れ、恋心を消し去る「氷の薬」を飲む。
感情を捨て、完璧な「人形」となった彼女を前に、
ユリアンは初めて己の罪と執着に狂い始める。
「お願いだ、前のように僕を愛して泣いてくれ!」
足元に跪き、涙を流して乞う男に、ヤスミンは冷酷に微笑む。
「愛?……あいにく、そのような無駄な感情は捨てましたわ」
一度凍りついた心は、二度と溶けない。
後悔にのたうち回る男と、心を凍らせた冷徹な公爵夫人の、
終わりのない贖罪の記録。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!
竜王に嫁いだら、推しの半竜皇子の継母になりました〜冷酷な夫には興味ありませんが、闇落ち予定の皇子は私が全力で幸せにします!〜
せりもも
恋愛
転生したのは、web小説の世界だった。物語が始まる前の時間、隣国の竜王へ嫁ぐ薄幸の王女、デジレに。
結婚相手である竜王ワッツァは、冷酷非道で人間を蔑む恐ろしい竜人だ。彼はデジレを、半竜(半分竜で半分人間)である息子の養育係としかみていない。けれどその息子バートラフこそ、前世の「わたし」の最オシだった。
この世界のバートラフはまだ5歳。懸命に悪ガキぶっているけど、なんてかわいいの!? 小説のバートラフは、闇落ちして仲間の騎士たちに殺されてしまうけど、そんな未来は、絶対に許さないんだから!
幼いバートラフに対する、愛情いっぱいの子育ての日々が始まる。やがて彼の成竜への通過儀礼を経て、父の竜王は、デジレに対して執着を見せ始める。
ところが、竜と人間の戦争が始まってしまう。おとなになったバートラフは人間側につき、聖女の騎士団に入った。彼は、父の竜王に刃を向けられるのか? そして、転生者デジレに与えられたスキル「プロットを破断する者」を、彼女はどう発動させるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる