色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

文字の大きさ
69 / 154
第五章 橙

第67話 「魔石」

しおりを挟む

 私たちは、カイと別れてロイド子爵家に戻ってきた。
 別荘跡の地下に隠されていた小部屋――私たちが秘密基地と呼んでいた場所で入手したおもちゃ箱を、改めて確認する。
 女児用の可愛らしいおもちゃ箱の中には、幼き日の宝物が詰まっていた。

 その中で、特に気になるものは二つ。
 ひとつは、私の両親と幼い私の絵が描かれている、錆びたロケット。
 もうひとつは、母アリサから託された小さな鍵だ。

 ロケットは、エレナに頼んで磨いてもらうことにした。
 問題は鍵の方だが、おそらく倉庫の隠し部屋にあった小箱の鍵だろう。
 闇の精霊ナナシの力で過去に戻っている私たちは、今回・・はまだその小箱を手にしていない。

 私は、倉庫の鍵を借りるため、執務室を訪れたのだった。


 トマスはロイド子爵家の家令であり、社交のためタウンハウスに滞在している義父の代わりに、領地の管理をしている。
 ここ数年は私も多少手伝っていたが、メインで執務をこなすのはトマスだ。
 私がノックをして執務室に入ると、トマスは丁度書類の束を一つ片付け終わったところだったようだ。

「ああ、お嬢様、ちょうど良いところに」

「え? 何か用事があったの?」

「ええ。お嬢様にお見せしたいものがございまして、少しお時間を頂戴出来ればと」

「大丈夫よ。見せたいものって?」

「倉庫にございますので、先にお嬢様のご用件をお伺いしましょう」

「ううん、私も倉庫に用があったの。トマスの用事を先に聞くわ」

「左様でございますか。では、倉庫の方へ」

 そう言ってトマスは、たくさんの鍵が下がっているキーハンガーから、倉庫の鍵を手に取る。
 執務室を出たところで、私はセオに声をかけそびれたことに気が付いた。
 トマスの用事が済んだら、そのまま倉庫の鍵を借りて、セオを呼びに行けばいいだろう。

 倉庫に到着すると、そこら中に積もった埃が私とトマスを出迎えた。
 そういえば前回・・はセオが室内の埃を払ってくれたんだっけ。

 トマスはすかさず窓を開け、換気をする。

「お嬢様も中へどうぞ。掃除が行き届いておらず、申し訳ございません」

「いえ、人手不足は承知しているし、それは良いのだけど……見せたいものって?」

「こちらです。少し離れたところでお待ちください」

 そう言ってトマスが向かったのは、とある本棚の前だ。
 私は、どきりとした。
 なんせ、この本棚の裏に隠されているはずの小部屋――母アリサが使っていた隠し部屋が、私の目的なのだから。
 トマスは、そんな私を意にも介さず、本棚に収められている一冊の本を手に取った。

「これは、アリサ様の遺された本です。ご出身地で親しまれている幼児向けの絵本だそうで」

「お母様が……」

 トマスの見せてくれた本の表紙には、短いつちを持ち、黄色い雷を全身に纏った男の子の絵が描かれている。
 男の子は横を向いて描かれていて、その視線の先には、男の子と同じくらいの大きさの雪だるまがあった。
 その上には、可愛らしくデフォルメされた文字で『雷精さまと雪だるま』というタイトルが書かれている。

 本を少しだけめくってみると、雷の精霊トールをモチーフとした少年が、雪だるまの姿をした氷の精霊フリームスルスと、交流をしたり時には喧嘩をしたりしながら、人間たちも交えて聖夜の街ノエルタウンで楽しく暮らしていくというお話だった。

「お嬢様、ゆっくり読んでいただきたいところではございますが、この本には仕掛けがございます。背表紙に、宝石がはまっているでしょう?」

 そう言われて本の側面を見ると、確かに黄色く輝く宝石が嵌っていた。
 もともとこの絵本が黄色を多用した装丁であり、さらに宝石自体も小指の爪ほどの大きさなので、あまり目立たない。

「この宝石に何か仕掛けがあるの?」

「ええ。お借りしますよ」

 トマスは絵本を手に取ると、本が入っていた場所とは異なる段に、本の背表紙を奥に向けて差し込んだ。
 そして、絵本を逆向きに差し込んだトマスが一歩下がると、目を疑うようなことが起きた。

 ズズズズズ……

 低く重い音を立てながら、本棚が動き始めたのだ。

「えええ!? どういうこと!?」

 私は、驚きに目を見開いた。
 まさかこの家にこんな仕掛けが隠されていたなんて……!
 本棚は、九十度回転すると、倉庫の出入り口からここまでの通路を塞ぐような形で、ぴたりと止まった。

 そして、予想通り。
 先程まで本棚に隠れていた壁には、秘密の小部屋への入口があった。

「ねえトマス、これって、一体……?」

「どうぞ、入ってみて下さい。この中には、アリサ様の大切な品が遺されているはずです」

 私が聞きたかったのは本棚の仕組みの方なのだが、この部屋を案内された以上、とりあえず部屋に入るのが筋だろう。
 私はトマスを外に残し、扉を開けて室内に入っていった。

 小部屋の中は、当然前に入った時と変わりない。
 私が小部屋の中の物を自室に持ち出しても良いかトマスに尋ねると、トマスは快く許可してくれた。

 本棚に収められている手紙の束を、外で待っているトマスに次々と渡していく。
 最後に自分で小箱を抱えると、小部屋の扉を閉めた。
 日記は持ちきれないので、後回しだ。

 トマスが本棚の裏に開いた小さな穴に指を差し込むと、本棚は再び元の位置へと動き始める。
 本棚が完全に元の位置に戻ると、トマスは絵本を元の位置に、正しい向きで仕舞い直した。

「この本棚、どうなってるの?」

「私にも原理はよく分かりませんが、本の背表紙に付いていた宝石、あれは聖王国で魔石と呼ばれている物なのだそうです。
 不思議な力が込められていて、本棚の仕掛けを動かすスイッチになっていると伺いました」

 要するに、聖夜の街の宿で見た、電気の魔法道具みたいなものだろう。
 母の出身地は聖夜の街。この仕組みを母が知っていて利用していたとしても、おかしくはない。
 父に隠し部屋を用意してもらった母がこしらえた、特別な仕掛けに違いない。

「この仕掛けは、今はお嬢様を除いて私しか知りません。この部屋をお使いになる時は、エレナやイザベラではなく、必ず私にお申し付け下さい」

「分かったわ。……ねえトマス、どうして今になってこの部屋のこと、私に教えようと思ったの?」

「……お嬢様が、ご自身と向き合う準備が出来たと感じたからです」

「自分と向き合う……」

 確かに、以前の私はただ家に引きこもって、世界を広げようとしなかった。
 母が聖王国から来たことを知ったとしても、その頃の私は興味を持たなかっただろう。
 愛されていたと知ったとしても、どうしていなくなってしまったのかと悲嘆に暮れただけだっただろう。

 セオが私を外に連れ出してくれたおかげで、私の世界は広がった。
 見たいものだけではなく、見たくないものも受け入れられるようになった――自分自身の心の容量も広がったような気がする。

「ところで、お嬢様のご用事というのは何でしょうか?」

「え? あ、ええと、やっぱりいいや。また今度にするわ」

 考えに耽っていた私は、トマスの質問に内心ひやりとしながら、平静を装って答えた。
 トマスはいぶかしんでいるようだったが、深くは聞かず、私の部屋まで手紙の束を運んでくれたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

【完結】竜騎士の私は竜の番になりました!

胡蝶花れん
ファンタジー
ここは、アルス・アーツ大陸。  主に5大国家から成り立つ大陸である。  この世界は、人間、亜人(獣に変身することができる。)、エルフ、ドワーフ、魔獣、魔女、魔人、竜などの、いろんな種族がおり、また魔法が当たり前のように使える世界でもあった。  この物語の舞台はその5大国家の内の一つ、竜騎士発祥の地となるフェリス王国から始まる、王国初の女竜騎士の物語となる。 かくして、竜に番(つがい)認定されてしまった『氷の人形』と呼ばれる初の女竜騎士と竜の恋模様はこれいかに?! 竜の番の意味とは?恋愛要素含むファンタジーモノです。 ※毎日更新(平日)しています!(年末年始はお休みです!) ※1話当たり、1200~2000文字前後です。

隣国が戦を仕掛けてきたので返り討ちにし、人質として三国の王女を貰い受けました

しろねこ。
恋愛
三国から攻め入られ、四面楚歌の絶体絶命の危機だったけど、何とか戦を終わらせられました。 つきましては和平の為の政略結婚に移ります。 冷酷と呼ばれる第一王子。 脳筋マッチョの第二王子。 要領良しな腹黒第三王子。 選ぶのは三人の難ありな王子様方。 宝石と貴金属が有名なパルス国。 騎士と聖女がいるシェスタ国。 緑が多く農業盛んなセラフィム国。 それぞれの国から王女を貰い受けたいと思います。 戦を仕掛けた事を後悔してもらいましょう。 ご都合主義、ハピエン、両片想い大好きな作者による作品です。 現在10万字以上となっています、私の作品で一番長いです。 基本甘々です。 同名キャラにて、様々な作品を書いています。 作品によりキャラの性格、立場が違いますので、それぞれの差分をお楽しみ下さい。 全員ではないですが、イメージイラストあります。 皆様の心に残るような、そして自分の好みを詰め込んだ甘々な作品を書いていきますので、よろしくお願い致します(*´ω`*) カクヨムさんでも投稿中で、そちらでコンテスト参加している作品となりますm(_ _)m 小説家になろうさん、ネオページさんでも掲載中。

【完結】海外在住だったので、異世界転移なんてなんともありません

ソニエッタ
ファンタジー
言葉が通じない? それ、日常でした。 文化が違う? 慣れてます。 命の危機? まあ、それはちょっと驚きましたけど。 NGO調整員として、砂漠の難民キャンプから、宗教対立がくすぶる交渉の現場まで――。 いろんな修羅場をくぐってきた私が、今度は魔族の村に“神託の者”として召喚されました。 スーツケース一つで、どこにでも行ける体質なんです。 今回の目的地が、たまたま魔王のいる世界だっただけ。 「聖剣? 魔法? それよりまず、水と食糧と、宗教的禁忌の確認ですね」 ちょっとズレてて、でもやたらと現場慣れしてる。 そんな“救世主”、エミリの異世界ロジカル生活、はじまります。

相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~

ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。 休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。 啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。 異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。 これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

処理中です...