色のない虹は透明な空を彩る〜空から降ってきた少年は、まだ『好き』を知らない〜

矢口愛留

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第七章 紫

第124話 一輪の花 ★セオ視点

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 セオ視点です。

********

「ふむ、これで全部かのう。他に怪しい動きは見られなかったかの?」

 毒入り茶を僕たちに飲ませようとした刺客を全員捕えて城の地下牢に収容し、魔法でボコボコにしてしまった床を元通りに修繕した後。
 お祖父様は、少しだけ疲れの滲む声で、メーア様に問いかけた。

「ええ、大丈夫ですわ。侍女として潜入した際に仲良くなった、王太子付きのメイドたちに話を聞きました。以前から名前が上がっていた不審な使用人たちは皆、先程拘束した中に入っていましたわ」

「あとはミーが見た、パステルを運んでいた使用人だにゃー。ミーは賢いからちゃーんとしるしを付けておいたんにゃ。まだ中庭で後始末を色々してたみたいだったから、腹痛から復活したカイと一緒に捕まえてきたにゃー。今はカイが牢屋に運んでるところにゃー」

「フローラだけは拘束を解かず、別の牢に入れていますわ。落ち着いたら、持っている薬品類を回収しに行きましょう。セオ、その時は風のバリアをお願いするわよ」

 僕は、メーア様の言葉に頷いた。
 パステルが心配だが、まだ城を離れる訳にはいかないようだ。



「ただいま戻りましたっ」

 地下牢に行っていたカイが、走って戻ってきた。毒の影響は、もう全くなさそうだ。
 カイは敬礼を解くと、不安そうに問いかける。

「いやあしかし、見事に術中にハマっちまいましたよ。俺、何も悪さしてないですか?」

「うむ、カイは扉を開けて、紅茶をガブ飲みして、腹を押さえておっただけじゃ。何にも悪いことはしとらんよ。それより、カイ――」

 そう言うとお祖父様は、カイに頭を下げた。

「すまんかった。いくら耐性があるとはいえ、毒入り茶を飲ませるようなことになってしまって。……飲むなと止めることも出来んかった」

「いえ、いいんですよ。腹が痛くなっただけで済みましたし。それに、そもそも俺が囮役を買って出たんですから」

「カイのおかげで、怪しまれることなく全員を一網打尽に出来た。感謝するぞい」

「なら、良かったっす!」

 カイはニカっと豪快に笑って、頭をガシガシと掻いた。



 それから少し後。
 僕はメーア様とお祖父様と、三人で地下牢に向かった。
 フローラの拘束を解いて、隠し持っている薬品類をあらためなくてはならないのだ。

 僕は風のバリアをしっかり張り、お祖父様は石の拘束を手首と足首だけ残して解いた。
 僕たちは一旦退出して、メーア様がフローラの持ち物を探る。
 服の中から出てきたたくさんの薬瓶は、急いで鑑定に回す。
 その時ちょうど、ファブロ王国の王太子、ヒューゴ殿下が城下から帰城したとの知らせが入った。

「フローラから話を聞くのは後ね。殿下に話を通さないと……セオ、申し訳ないのだけど、もうしばらくフローラの周囲に風のバリアを維持しておいてもらえる? 隅々まで調べた訳じゃないから、まだ薬瓶を隠し持っているかもしれない」

「分かりました」

 メーア様はお祖父様と共に、地下牢から出ていった。

 僕は薄暗い地下牢の廊下で、守衛のために用意されている椅子に座り、風のバリアを維持しながら一人物思いに耽る。

 地下牢には時計もないし、窓もない。
 今、何時頃だろうか。

 パステルはどうしているだろう。
 今すぐにでも迎えに行きたい。

 けど、迎えに行ったら……僕はどんな顔をすればいいんだろう。
 どんなことを話せばいいんだろう。

 ――僕はパステルを愛してしまった。
 今更この気持ちに蓋をすることなんて、やっぱり出来ない。


 しばらくぼんやりと過ごしていると、女性の使用人が数人、フローラの身体をあらために来た。
 先程回収しきれなかった薬瓶も全て回収し、僕が部屋に戻った時には、夜ももう更けてしまっていた。

 僕がパステルを心配して外に出てしまうことを警戒しているのか、扉の外にも窓の外にもヒューゴ殿下の騎士が張り付いている。
 今日中にパステルを助けに行くのは、難しそうだ。

 アイリス姉様の拠点には、暗黒龍ダークドラゴンが棲んでいる。
 暗黒龍ダークドラゴンは夜になると活発になるし、光る風のバリアで刺激してしまいかねない。
 風の魔法では足止めすら出来ない――僕一人の力では、どちらにせよパステルを助けに行けそうになかった。



 翌日。
 午前中は、騒動の後始末ですっかり潰れてしまった。
 ようやく外出する許可が降りたのは、午後になってからだ。
 お祖父様は手が離せないので、代わりにある助っ人を連れて行くよう、アドバイスをしてくれたのだった。

 風の神殿に寄り、ラスに許可を得て、僕はその助っ人に声をかける。
 彼は、アイリスの使役する鷲獅子グリフォンをも凌駕する力を持つ、緑龍グリーンドラゴンの妖精――

「セオ様、お久しぶりなのです。このドラコめがお役に立てる時が来ようとは、恐悦至極なのでございますです」

「ドラコ、よろしくね」

「精一杯努めさせていただくです!」

 執事服を身に纏ったドラコは、恭しく頭を下げる。
 どこからか取り出した取っ手を、ベルトで自分の背中に括り付けると、ドラコは巨大な緑龍グリーンドラゴンの姿に変身した。

「セオ様、どうぞ乗って下さいです」

 僕はお礼を言ってドラコの背に乗る。
 自分で飛んでいくよりもずっと速くて安定している。 

「ねえ、ドラコ。君はアイリス姉様の影響は受けないの?」

「ええ、セオ様、ご安心下さい。ドラコめは、厳密に言うと魔物ではなく、妖精なのです。あの方の言霊は、自我の低い魔物にしか届かないのです」

「そっか」

 ドラコは、あっという間にアイリス姉様の拠点、聖王国西方の砂漠近く、見捨てられた荒れ地に到着した。

「ん? あれは……」

 ドラコが突然、空中で止まった。
 身体が炎で包まれている小鳥が、ドラコの周りをぐるぐると回っているのだ。
 かと思うと、炎の鳥は砂漠を目指して飛び始めた。

「炎の妖精、不死鳥フェニックスかと思いましたが、違うみたいですね。あれは、火の魔法で作られた鳥でしょうか」

「火の魔法……もしかして、パステル?」

「後を追うですか? それとも予定通りアイリス様の拠点へと向かうですか?」

「追いかけよう」

 炎の鳥を見ていると、パステルと一緒にいる時のように、ぽかぽかとあたたかい気持ちが溢れ出してくる。
 あの小鳥は、きっと、パステルが生み出した魔法だろう。
 パステルが僕を呼んでいる――そんな予感がした。

 僕たちが炎の鳥を追っていくと、砂漠のオアシスが見えてきた。
 もう、日が暮れかかっている。
 パステルは、オアシスの街にいるのだろう。
 炎の鳥は、オアシスの上空でパッと消え去ってしまったのだった。

「そういえば、鷲獅子グリフォン、襲ってきませんでしたね」

「そうだね。パステルが何かしたのかな……?」

「パステル様はそんなにお強かったのですか?」

「魔法のバリエーションは多いけど、制約もある。それに、戦い慣れてる訳じゃない――誰か、パステルを守ってくれている人が一緒なのかも」

「でしたら安心ですね」

「……少し、悔しいけどね」

 ――本当は僕がその役目になりたかった。
 パステルに守ってもらった僕が言えることではないけれど。


 ドラコはオアシスから少し離れた場所に着陸し、僕を降ろすと、小型化して普段の姿に戻った。

「セオ様、鷲獅子グリフォンは動けないと仮定しても、夜は暗黒龍ダークドラゴンに注意する必要があるです。ドラコはいつでも動けるよう、街の外で待機しているです」

「分かった。僕も、パステルを探したら一度ここに戻って来るよ」

「承知しました。どうぞごゆっくり」

 街には、すっかり夜のとばりが下りている。
 パステルがいるとしたら、恐らく宿屋だろう。
 けれど、どの部屋にいるか分からない。

 ――その時。
 どこかの部屋のバルコニーで、扉の開く音がした。

「……セオ」

 ――全身が、ぞくりと粟だった。
 美しく甘美なその声を、僕が聞きもらすはずがない。
 愛しいひとが、僕の名を呼ぶ声――

「……会いたいよ」

 何を言おうか。
 どう接すればいいのか。

 そんなことを悩んでいた自分が、馬鹿みたいだった。

 考えるよりも早く、僕の体は勝手に動いていた。

 愛しい彼女が、涙をこぼしている――。
 気付いたら僕は、その白い頬に触れていた。

 虹色の髪が、風にそよぐ。
 可憐なそのかんばせに、ほんの少しだけあかが差す。
 
「――パステル」

 ――ああ、満たされていく。
 愛しいひとは、ゆっくりと瞼を開いた。
 目が合えば、それだけで、僕の欠落は埋められていく。

「――お待たせ。迎えに来た」

 僕は穏やかな気持ちで、彼女に手を差し出した。
 枯れた砂漠に咲いた一輪の花は、僕の心を一瞬で潤していく。
 やはり僕は――パステルじゃないと、駄目なんだ。

 小さな棘がちくりと刺さる。
 けれど、僕はもう、この花さえあれば、それでいい――。

********

 ドラコは、第19話に登場しております。
 次回からパステル視点に戻ります。
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