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第二章 「世襲組」(3)
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3
「ジルベール? ああ、ホンモノの方ね」
授業から戻ってきたメルに尋ねると、興味がなさそうに言った。
「ホンモノって……」
僕は必要以上にピン、とさせた足を組んで椅子に座っている「偽ジルベール」を見て心底同情した。
何か真面目に本を読んでいると思ったら、「選ばれし者の恍惚と不安」とかいう題名だった。「真ジルベール」の存在を知ったらもっと不安になることだろう。
「すき?」
試しに聞いてみた。
「よく知らないけど、きらい」メルはあっさり答える。「なんとなく、嫌な感じがする」
「へぇ」
同じ感想を持っていたことに、僕は親近感を感じた。
「こっちのジルベールは?」
「あまり関わりたくはないけれど、きらいではないわね」
「おお」
「あまり関わりたくはないけれど」
二回言わなくていいよ。
「なになに、もしかしてホンモノって、ジル様の話ぃ?」
メルの肩をがしっとつかんで、一人の女の子がひょいっと顔を出してきた。
健康的な小麦色の肌にショートカット、琥珀色の瞳が特徴的な、ボーイッシュな女の子。
そして、決していやらしい意味じゃないんだけど、やたら胸がでかい。
決していやらしい意味じゃないんだけど。
クラスメイトの「ユキ」だ。
「そう。この人にわざわざ会いに教室に来たんだって」
「ええーっ!? ジル様が?! ジルベール三世が?! まっちゃんに? うそーっ!! なんでぇー?!」
そこまで驚かなくてもというほどのリアクションが、ユキが認識している僕と「真ジルベール」との格の差を言下に説明している。
「なんだ小娘、読書中の私に用向きか?」
ユキの声が大きいので、偽ジルベールが反応した。
「あ、なんでもないでぇーす」
ユキが「偽ジルベール」にあっさり答えた。
「もしかしてアレかな、ジル様ったら、こないだの実地訓練の噂を真に受けちゃったのかなぁ?」
「まぁ、そんなところでしょうね」
メルが肩をすくめる。
「う、噂ってなんだよ。事実だろう、事実!」
僕の抗弁に、ユキが冷ややかな目でこちらを見下ろした。
「いや~、そうなんだけど……、こんな成績で毎回笑わされちゃったら……ねぇ」
「あっ、バカお前っ、いつの間に!」
くしゃくしゃに丸めていたはずの成績表を笑いながら眺めるユキから取り返そうとするが、ユキはそれをひょい、ひょい、と軽々かわして掴ませない。……こいつ、素早さだけならルッ君より上なんじゃないか。
初の実地訓練で、Cクラスの新入生がまさかのゴブリン洞窟制圧!
その立役者たる名参謀、その名はまつおさん!!
初日こそ校内はその話題で持ち切りになり、上級生までウチのクラスに見に来たりしたものだったが、実物を実際に見た人たちから次々と、今のユキみたいな顔をして帰って行ったものだった。
「で、そんなにすごいの、真ジルベールは?」
偽ジルベールに聞こえないように小声で聞いてみた。が、ユキは空気が読めなかった。
「あのねぇ、すごいってもんじゃないわよ! ジルベール三世って言ったら……」
「小娘、私は今読書で……」
「アンタじゃないから!」
「閣下、うるさくてゴメンね!」
あまりにもひどい扱いに、僕は偽ジルベールの方を向いて、座ったまま頭を下げた。
「良い、ここは公共の場だ。用向きがあったかと思っただけだ。民の声に広く耳を傾けるのも将たる器の務めであるゆえ……」
「うん、悪い奴じゃないんだよな、彼」
「ええ。あまり関わりたくはないけれど」
メル、わかったから。
「ちょっとー、聞いてるのぉ?!」
「わかったわかった、で、なんだっけ?」
続きを言いたくてウズウズしているユキに、仕方なく続きを促した。
「ジルベール三世は、あの大貴族、フェルディナント公爵家の御曹司よ! 当主であるお父様は、あのジルベール大公閣下! 大公閣下よ大公閣下! 大公ってわかる? 公爵じゃないのよ。グランドデュークよっ!! デュークでもすごいのに、グランドがついてんのよっ!」
「おお、ホテルとグランドホテルみたいなもんか」
僕が言うと、メルがふっと急に顔をそらした。どうやら笑いをこらえているらしい。
メルはクールに見えて、たまに僕のしょうもないギャグで笑ってくれるのが好きだ。
「あ、あのねぇっ!」
ユキの方は、顔を真っ赤にして僕に抗議した。
「全っ然違う! そんなね、その辺のやっすいところでも気軽に名乗れるものと一緒にしないでくれる?! 王爵たる国王陛下の次に位が高い爵位よ!」
「おお、ようするにすげぇ偉い人ってことか。だったらそう言ってくれればいいのに」
「さっきからそう言ってるでしょ!?」
机に座っている僕に身を乗り出して熱弁を振るうものだから、さっきからユキの唾が僕に飛びまくっていて汚い。……と思っていたら、メルがさりげなくハンカチを手渡してくれた。白地に紺色の刺繍がワンポイントで入ったシンプルなハンカチ。メルのイメージにぴったりだ。
「それにねぇ」
「……まだ続くのかよ」
僕の精一杯の抗議など耳にも入らぬ様子で、ユキが続ける。
「お父様はただ偉いだけじゃないのよ! なんと、ヴァイリス大貴族の筆頭にして、あの『君主』の資格まで有していらっしゃるっていうんだからぁ!」
「お父様って……、で、『ロード』ってなに? 君主って王様って意味でしょ? 王様じゃないのに王様なの?」
「『君主』という言葉はアヴァロニアでは別の意味を持つの。上位職業クラスの一つよ」
メルが口を挟んだ。
「戦士、魔法使い、神官、盗賊……、そういった職業の中の一つにして、唯一職業。つまり、『君主(ロード) 』の資格を持つ者は、世界にたった一人しか存在しない……」
興味がある話なのだろう、メルは銀縁の眼鏡を指で押し上げながら説明してくれた。
「そう!! さすがメル! わかってるぅ!!」
ユキが背中をバシバシ叩いたので、せっかく直したメルの眼鏡がまたずり下がった。
「その唯一無二の『ロード』であらせられる大公閣下のご子息が、ジル様なのよっ!」
「おお、なんかそう聞くと、ちょっとすごい感じがするね」
「『ちょっとすごい』じゃなくて、むちゃくちゃすごいのよっ!!」
「わかったわかった、わかったから。ちょっと離れてくれない?」
ユキが身を乗り出しすぎて、机がグラグラ揺れ始めていた。
僕はさっきから、隣にメルがいるのでまっっっったく! 完璧なまでに! 無表情、無関心を装ってはいるが、さっきから、狭い机の半分ぐらいがユキの爆乳で占有されている状態なのだ。
クラスの他の男共が鼻の下を伸ばしてそれをちらちら見ているのがわかる。
まったく無関心なのは読書に熱中している偽ジルベールぐらいだ。
ルッ君なんて、さっきから何の用事もないのに僕の席の近くを行ったり来たりしながらわざとらしく咳ばらいをしている。
「ホントにわかってるぅ?! こ・ん・な! 下の下の下の成績しか出せないアンタが気軽におしゃべりできるようなお方ではないのよっ! 雲上人よ雲上人!」
「声がデカいよ」
「なのに、そんなアンタに、ジルベール様の方から、直々にご挨拶に伺うなんて!! あああ恐れ多い!! 今すぐ! アンタから! 菓子折り持ってご挨拶に行きなさいっ!」
「……だってさ、閣下」
「ふむ、小娘。貴様の心がけはよくわかった」
「えっ」
ユキが振り返ると、読書を終えたジルベールが目頭を指で揉んでいた。ユキのことを振り返りもせず、読後感に浸るように虚空を眺めながら、言葉を続ける。
「だがな、小娘。我が学友たるまつおさんと私の間に、そのような『虚礼』は不要だ。選ばれし者は常に孤独なのだ……。せめて学内にいる時ぐらいは、友らしくありたいものだ。卿もそう思わないか?」
「うん、そうだね」
僕は偽ジルベールに微笑みかけた。なんだろう、いつもは面倒くさくてしょうがないのに、今日は彼に慈愛の気持ちしか湧かない。
「だからアンタのことじゃないってさっきから……って、ちょっと待って。どうしてコイツが『卿』で、アタシは『小娘』なのよ?!」
ユキが本格的に偽ジルベールの方を向いた。
やった。やっと机が取り戻せた。
僕はさりげなくハンカチをメルに返して、ユキが握ったままの僕の成績表を……取ろうとしたら、ひょい、と取り上げられた。くそっ。
「いちいち細かいことを気にする小娘だな。小娘は小娘だ。他に呼び方などあろうものか」
「あー、でもそういえば、ジルベールから『卿』って呼ばれてるの、まつおさんだけじゃないか?」
さっきから会話に入りたそうにしていたルッ君がいい感じに割り込んできた。
「ルッ君はなんて呼ばれているの?」
「え、俺? 俺はほら、なんていうか、その、『おい』とか、『お前』とか……」
言ってて悲しくなってきたのが、ルッ君の声がだんだん小さくなっていった。
「じゃ、じゃあ、キムは?」
かわいそうなのでキムに話題を変えてみた。キムは後ろの席で机に突っ伏している。寝ているようだ。
「……ふむ、MK2だな」
キムの席からガタッと音がするのが聞こえた。
「じゃ、じゃぁ、メルは?」
「アタシ知ってる!」
ユキが非難するように偽ジルベールを指さした。
「コイツ、メルのことは「メル女史」って呼んでるんだよ! いやらしいっ!」
「なんで『女史』がいやらしいんだ……」
僕は思わずユキにツッコんだ。言われた当の本人はといえば……、読み終わった本に、何か気になる箇所があったのを思い返したのか、ぱらぱらとページを読み返している。まったく、どいつもこいつも、マイペースにも程がある。
ゴーン、ゴーン…………。
そこで休憩時間の終了の合図である講堂の鐘が鳴った。
魔法講義をまるまるすっぽかした僕が言うことではないけど、結局、ユキのせいで休憩どころではなかった。
それにしても、唯一無二の職業クラス 『君主』資格を持つ大公閣下たる大貴族の、御曹司か。
挨拶はしてもらったけど、この先一生、関わることはないだろうな……。
その時はただ、そんな風に考えていた。
「ジルベール? ああ、ホンモノの方ね」
授業から戻ってきたメルに尋ねると、興味がなさそうに言った。
「ホンモノって……」
僕は必要以上にピン、とさせた足を組んで椅子に座っている「偽ジルベール」を見て心底同情した。
何か真面目に本を読んでいると思ったら、「選ばれし者の恍惚と不安」とかいう題名だった。「真ジルベール」の存在を知ったらもっと不安になることだろう。
「すき?」
試しに聞いてみた。
「よく知らないけど、きらい」メルはあっさり答える。「なんとなく、嫌な感じがする」
「へぇ」
同じ感想を持っていたことに、僕は親近感を感じた。
「こっちのジルベールは?」
「あまり関わりたくはないけれど、きらいではないわね」
「おお」
「あまり関わりたくはないけれど」
二回言わなくていいよ。
「なになに、もしかしてホンモノって、ジル様の話ぃ?」
メルの肩をがしっとつかんで、一人の女の子がひょいっと顔を出してきた。
健康的な小麦色の肌にショートカット、琥珀色の瞳が特徴的な、ボーイッシュな女の子。
そして、決していやらしい意味じゃないんだけど、やたら胸がでかい。
決していやらしい意味じゃないんだけど。
クラスメイトの「ユキ」だ。
「そう。この人にわざわざ会いに教室に来たんだって」
「ええーっ!? ジル様が?! ジルベール三世が?! まっちゃんに? うそーっ!! なんでぇー?!」
そこまで驚かなくてもというほどのリアクションが、ユキが認識している僕と「真ジルベール」との格の差を言下に説明している。
「なんだ小娘、読書中の私に用向きか?」
ユキの声が大きいので、偽ジルベールが反応した。
「あ、なんでもないでぇーす」
ユキが「偽ジルベール」にあっさり答えた。
「もしかしてアレかな、ジル様ったら、こないだの実地訓練の噂を真に受けちゃったのかなぁ?」
「まぁ、そんなところでしょうね」
メルが肩をすくめる。
「う、噂ってなんだよ。事実だろう、事実!」
僕の抗弁に、ユキが冷ややかな目でこちらを見下ろした。
「いや~、そうなんだけど……、こんな成績で毎回笑わされちゃったら……ねぇ」
「あっ、バカお前っ、いつの間に!」
くしゃくしゃに丸めていたはずの成績表を笑いながら眺めるユキから取り返そうとするが、ユキはそれをひょい、ひょい、と軽々かわして掴ませない。……こいつ、素早さだけならルッ君より上なんじゃないか。
初の実地訓練で、Cクラスの新入生がまさかのゴブリン洞窟制圧!
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「で、そんなにすごいの、真ジルベールは?」
偽ジルベールに聞こえないように小声で聞いてみた。が、ユキは空気が読めなかった。
「あのねぇ、すごいってもんじゃないわよ! ジルベール三世って言ったら……」
「小娘、私は今読書で……」
「アンタじゃないから!」
「閣下、うるさくてゴメンね!」
あまりにもひどい扱いに、僕は偽ジルベールの方を向いて、座ったまま頭を下げた。
「良い、ここは公共の場だ。用向きがあったかと思っただけだ。民の声に広く耳を傾けるのも将たる器の務めであるゆえ……」
「うん、悪い奴じゃないんだよな、彼」
「ええ。あまり関わりたくはないけれど」
メル、わかったから。
「ちょっとー、聞いてるのぉ?!」
「わかったわかった、で、なんだっけ?」
続きを言いたくてウズウズしているユキに、仕方なく続きを促した。
「ジルベール三世は、あの大貴族、フェルディナント公爵家の御曹司よ! 当主であるお父様は、あのジルベール大公閣下! 大公閣下よ大公閣下! 大公ってわかる? 公爵じゃないのよ。グランドデュークよっ!! デュークでもすごいのに、グランドがついてんのよっ!」
「おお、ホテルとグランドホテルみたいなもんか」
僕が言うと、メルがふっと急に顔をそらした。どうやら笑いをこらえているらしい。
メルはクールに見えて、たまに僕のしょうもないギャグで笑ってくれるのが好きだ。
「あ、あのねぇっ!」
ユキの方は、顔を真っ赤にして僕に抗議した。
「全っ然違う! そんなね、その辺のやっすいところでも気軽に名乗れるものと一緒にしないでくれる?! 王爵たる国王陛下の次に位が高い爵位よ!」
「おお、ようするにすげぇ偉い人ってことか。だったらそう言ってくれればいいのに」
「さっきからそう言ってるでしょ!?」
机に座っている僕に身を乗り出して熱弁を振るうものだから、さっきからユキの唾が僕に飛びまくっていて汚い。……と思っていたら、メルがさりげなくハンカチを手渡してくれた。白地に紺色の刺繍がワンポイントで入ったシンプルなハンカチ。メルのイメージにぴったりだ。
「それにねぇ」
「……まだ続くのかよ」
僕の精一杯の抗議など耳にも入らぬ様子で、ユキが続ける。
「お父様はただ偉いだけじゃないのよ! なんと、ヴァイリス大貴族の筆頭にして、あの『君主』の資格まで有していらっしゃるっていうんだからぁ!」
「お父様って……、で、『ロード』ってなに? 君主って王様って意味でしょ? 王様じゃないのに王様なの?」
「『君主』という言葉はアヴァロニアでは別の意味を持つの。上位職業クラスの一つよ」
メルが口を挟んだ。
「戦士、魔法使い、神官、盗賊……、そういった職業の中の一つにして、唯一職業。つまり、『君主(ロード) 』の資格を持つ者は、世界にたった一人しか存在しない……」
興味がある話なのだろう、メルは銀縁の眼鏡を指で押し上げながら説明してくれた。
「そう!! さすがメル! わかってるぅ!!」
ユキが背中をバシバシ叩いたので、せっかく直したメルの眼鏡がまたずり下がった。
「その唯一無二の『ロード』であらせられる大公閣下のご子息が、ジル様なのよっ!」
「おお、なんかそう聞くと、ちょっとすごい感じがするね」
「『ちょっとすごい』じゃなくて、むちゃくちゃすごいのよっ!!」
「わかったわかった、わかったから。ちょっと離れてくれない?」
ユキが身を乗り出しすぎて、机がグラグラ揺れ始めていた。
僕はさっきから、隣にメルがいるのでまっっっったく! 完璧なまでに! 無表情、無関心を装ってはいるが、さっきから、狭い机の半分ぐらいがユキの爆乳で占有されている状態なのだ。
クラスの他の男共が鼻の下を伸ばしてそれをちらちら見ているのがわかる。
まったく無関心なのは読書に熱中している偽ジルベールぐらいだ。
ルッ君なんて、さっきから何の用事もないのに僕の席の近くを行ったり来たりしながらわざとらしく咳ばらいをしている。
「ホントにわかってるぅ?! こ・ん・な! 下の下の下の成績しか出せないアンタが気軽におしゃべりできるようなお方ではないのよっ! 雲上人よ雲上人!」
「声がデカいよ」
「なのに、そんなアンタに、ジルベール様の方から、直々にご挨拶に伺うなんて!! あああ恐れ多い!! 今すぐ! アンタから! 菓子折り持ってご挨拶に行きなさいっ!」
「……だってさ、閣下」
「ふむ、小娘。貴様の心がけはよくわかった」
「えっ」
ユキが振り返ると、読書を終えたジルベールが目頭を指で揉んでいた。ユキのことを振り返りもせず、読後感に浸るように虚空を眺めながら、言葉を続ける。
「だがな、小娘。我が学友たるまつおさんと私の間に、そのような『虚礼』は不要だ。選ばれし者は常に孤独なのだ……。せめて学内にいる時ぐらいは、友らしくありたいものだ。卿もそう思わないか?」
「うん、そうだね」
僕は偽ジルベールに微笑みかけた。なんだろう、いつもは面倒くさくてしょうがないのに、今日は彼に慈愛の気持ちしか湧かない。
「だからアンタのことじゃないってさっきから……って、ちょっと待って。どうしてコイツが『卿』で、アタシは『小娘』なのよ?!」
ユキが本格的に偽ジルベールの方を向いた。
やった。やっと机が取り戻せた。
僕はさりげなくハンカチをメルに返して、ユキが握ったままの僕の成績表を……取ろうとしたら、ひょい、と取り上げられた。くそっ。
「いちいち細かいことを気にする小娘だな。小娘は小娘だ。他に呼び方などあろうものか」
「あー、でもそういえば、ジルベールから『卿』って呼ばれてるの、まつおさんだけじゃないか?」
さっきから会話に入りたそうにしていたルッ君がいい感じに割り込んできた。
「ルッ君はなんて呼ばれているの?」
「え、俺? 俺はほら、なんていうか、その、『おい』とか、『お前』とか……」
言ってて悲しくなってきたのが、ルッ君の声がだんだん小さくなっていった。
「じゃ、じゃあ、キムは?」
かわいそうなのでキムに話題を変えてみた。キムは後ろの席で机に突っ伏している。寝ているようだ。
「……ふむ、MK2だな」
キムの席からガタッと音がするのが聞こえた。
「じゃ、じゃぁ、メルは?」
「アタシ知ってる!」
ユキが非難するように偽ジルベールを指さした。
「コイツ、メルのことは「メル女史」って呼んでるんだよ! いやらしいっ!」
「なんで『女史』がいやらしいんだ……」
僕は思わずユキにツッコんだ。言われた当の本人はといえば……、読み終わった本に、何か気になる箇所があったのを思い返したのか、ぱらぱらとページを読み返している。まったく、どいつもこいつも、マイペースにも程がある。
ゴーン、ゴーン…………。
そこで休憩時間の終了の合図である講堂の鐘が鳴った。
魔法講義をまるまるすっぽかした僕が言うことではないけど、結局、ユキのせいで休憩どころではなかった。
それにしても、唯一無二の職業クラス 『君主』資格を持つ大公閣下たる大貴族の、御曹司か。
挨拶はしてもらったけど、この先一生、関わることはないだろうな……。
その時はただ、そんな風に考えていた。
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