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第三章 「称号」(1)
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アヴァロニア大陸で生きる者はすべて、「称号」というものを与えられる資格がある。
一流の冒険者の証である「竜殺し」や「百戦錬磨」などがそれに当たる。
これらはただの呼び名ではない。
自分が属する国家がアヴァロニア大陸全土に対し公的に認定するもので、「識別魔法」と
呼ばれる特別な上位魔法によって、それぞれ個人の「魔法情報票」に書き込まれる。つまり、「勝手に名乗る」ことはできない。
「魔法情報票」は識別魔法の一種で、アヴァロニアで暮らす人々は、ごくごく一般的な人でも「見る」ことができる。
その証拠に。僕のように魔法の素質がゼロでも、最初の魔法講義を受けて以降は、誰かが視野に入れば、ちょっと意識を向けるだけで、その誰かの「魔法情報票」が視覚情報として表示されるようになった。
たとえば、さっきから机の上に広げたサンドイッチを控えめに頬張っているメルを見てみよう。
氏名:メル
職業:士官候補生 1 年 性別:女
称号:子鬼殺し
こんな感じで、少し意識するだけで、通常の視覚の上から魔法文字で表示される。
称号には、国王から直々に叙勲されるようなものから、条件を満たせば、ある日突然その称号が『世界』から与えられたりするものもある。よくわからないけど、そういうものらしい。
メルの「子鬼殺し」の称号なんかも、ゴブリンリーダーを倒したあたりで、気付けば獲得していたらしい。
……うらやましい。
僕にはもちろん、そんな称号はない。
実地訓練で頑張ったつもりだったけど、そんな僕に与えられた称号は何もなかった。
ところが……。
「うわっ!!!」
剣技実習が終わり、昼休みをのんびり過ごしていた僕は、急に目の前に表示された魔法文字に、思わず声を上げてしまった。
「な、なんだよ!? びっくりするだろ!」
近くを通りがかったルッ君が子猫のように飛び上がった。
「おっ、そろそろメシの時間か?」
机に突っ伏して寝ていたキムも、目をごしごしさせて顔を上げる。コイツはさっき食堂でメシを食ったばかりだ。剣技実習で教官にしごかれたせいで、腹が減ってたまらないらしい。
いや、そんなことより。
「『新しい称号を獲得しました』って出てる……」
「えっ、マジで?! すごくね?!」
「なに?! うおおおっ、やったな!!」
ルッ君とキムが歓声を上げる。
「え、ナニナニ、どうかしたの?!」
教室に入ってきたユキが僕らの様子を見て駆け寄ってくる。実習が終わってからずっとどこかに行っていたようだ。そういえば、まだ成績表を返してもらっていない。
「まつおさんが称号を獲得したって!」
ルッ君が興奮した声で言ったせいで、他のクラスメイトたちまで駆け寄ってきた。
「えぇーっ!?」
皆が大げさに驚いた。そんなに驚かなくてもいいだろ。
「あれかな、実地訓練の活躍が今頃評価されたとか……」
「ン、あの時のまつおさんス・テ・キだったわァ。今思い出してもゾクゾクしちゃう」
「おお、あれなぁ、そんなこともあったなぁ」
いつのまにか話題に参加している花京院とジョセフィーヌ。
……クラスメイトたちにとっては、すっかり過去の出来事だった。
「で、どんな称号なんだ?!」
キムが僕に聞いてくる。
「いや、「更新中です」って出てるけど」
「それそれ! 待ってればすぐに『魔法情報票』反映されるわよ。ね、ね、メル?」
「ええ」
ユキの問いかけに、メルがうなずいた。そうか、メルは称号獲得経験者だもんな。
「うーん、しかしなぁ。ウチのクラスでメルに次いで二番目の称号獲得者が、よりによってまつおさんとはなぁ……」
さっきまであれだけ盛り上がっていたくせに、キムが腕を組んで釈然としないような顔をしはじめた。
「MK2、図体の割には狭量だな。級友の栄誉を素直に喜べぬのか」
「次にMK2って呼んだらぶっ飛ばすからな」
キムが偽ジルベールをにらんだ。偽ジルベールは笑っていた。機嫌がいいらしい。
「おっ、出るぞっ」
ルッ君が声を上げた。
クラスメイトの皆が、僕の頭上あたりに一斉に視線を向ける。
新しく更新された、僕の「魔法情報票」に書き込まれた、新しい称号に……。
氏名:まつおさん
職業:士官候補生 1 年 性別:男
称号:爆笑王
「爆…………笑…………王…………」
ルッ君がうめいた。
「……………………」
ユキの肩が震えている。
「ぶ」
キムが……。
「ぶはははははははははははははははは!!! ぶわーっはっはっはっはっはっはっは!!!!! 爆笑王!!! 爆笑王!!!!」
キムが笑い転げた。目から涙を流している。
花京院とジョセフィーヌはこちらに背中を向けて、でかい図体をぷるぷるさせている。笑うならちゃんと笑え。
「ちょ、ちょっと、なに、なにこれ? なんなの?!」
みんなが爆笑する中、僕だけが慌てていた。
やばい、変な汗が出てくる。
ちょっと待ってくれ。
そりゃ、士官学校の講義で何かやらかす度に、クラスメイトに何回も笑われてきたけれど、そんなことで「爆笑王」って称号を与えられるものなのか?「王」がついているんだぞ?
「えっと、なになに……、「爆笑王は、1000人以上の一般市民を爆笑の渦に巻き込んだ者に与えられる称号である」だってさ、うはははは!!」
ルッ君が魔法識別票の解説文を読み上げた。
「1000人ってなんだよ、1000人って! いや、みんな、待ってくれ! 1000人はおかし
いだろ! ちょ、ちょっとみんな、冷静になって。これは何かの間違いだから、王国魔法庁に抗議に行こう!」
「……え、えっとね、まっちゃん」
ユキが、気まずそうな顔を作って、僕に近づいた。気まずそうにするなら、必死に笑いをこらえるのをまずどうにかしろ。
「た、たぶん、これのせいだと、思う」
ユキはそう言うと、二つ折になった大判の羊皮紙の束を僕に手渡した。
「なんだこれ……、『イグニア新聞』?!」
イグニア市はヴァイリス王国の首都アイトスに隣接する街だ。
僕たちの士官学校がある街でもある。つまりは、地元だ。
イグニア新聞というからには、その地元が発行している新聞ということなのだろう。
僕は嫌な予感がして、イグニア新聞を開いた。
イグニア新聞の記事は多岐に渡っていた。
まずヴァイリス王国の概況や社会情勢など、お堅い内容があり、その下には劇場公開の日
程や有名人のゴシップ、おいしい料理屋の紹介などなど、バラエティに富んでいる。
裏面には、冒険者向けの情報が満載で、どこどこでどんな魔物が出没していて、討伐報酬がいくらだとか、あそこの武器屋でこんな新商品が入荷したとか、興味深い情報が満載だ。
こんなものがあったのか……。
読み物として実に面白い。昼休みの読み物としては最高だ。
そう思って読み進めていくと……、下の方にそれがあった。
「士官学校の風景 ~C組の日常 その2~」
入学初日の大活躍で、教官たちの注目を集めた「彼」。
だがどうも、彼はその日以降、「別の意味」で注目を集めているようだ。
「天下無双」の称号を持つ、「戦場で一度も傷を負わなかった」男。
蛮族戦士としてヴァイリス王国でも名高いロドリゲスが、今は当士官学校の斧技指導教官であることは、イグニア市民の皆が知るところであろう。
だが、そんなロドリゲスに生涯初の手傷を負わせた男がいる。
そう、それが「彼」こと、「まつおさん」である……。
「っ……!!」
僕はズッコケそうになるのを必死にこらえて、続きを読んだ。
彼は教官の厳しい指導の下、他の生徒たちと斧の素振りの稽古をしていた。
ロドリゲスは彼らに常に言い聞かせていた。
「大切なのは集中力である」と。
「戦場でも集中力さえ切らさなければ、決して負傷することはない」
なるほど、「天下無双」のロドリゲスにしか言えない至言と言えるだろう。
だが、まつおさんはそんな偉大なる先人に対し、別の見解を持っていたようだ。
彼の同級生であるキムラMK2君は、こう証言している。
「ええ、確かに言ってましたね。『だったら、敵も味方も全員集中したら永久に戦闘が終わらないじゃないか』って」
授業中にそんな不真面目なことを呟く彼に、天罰が下った。
上空を舞っていた鳩が、斧を握る彼の指先にフンをべったりと落としたのだ。
「う、うわっ!!」
彼は思わず叫んだという。
「集中を乱すな!!」
ロドリゲスの怒号が彼に向けられる。
「斧をしっかり握り、ただ振ることだけに集中しろ! それ以外は何も考えるな!!」
「は、はいいぃっ」
まつおさんは半泣きになりながら、斧を振り続けたそうである。
彼の同級生であるキムラMK2君は、こう証言している。
「あの野郎、斧を振る手を微妙にこっちに傾けて、自分の指についた鳩のフンをピッ、ピッ、って俺に飛ばしてきやがったんですよ! きったないのなんのって。でも、教官がおっかないから、俺も文句が言えなくて」
かわいそうなキムラMK2君は、彼にとばされた鳩のフンが頬に飛んでくるのを必死に耐えながら、無心で素振りを続けていたという。
「きょ、教官……っ、も、もうダメですぅ……っ」
それからしばらくもしないうちに、まつおさんが突然、ロドリゲス教官に素振りの中止を訴えた。
おそらく、鳩のフンで滑る手に耐えきれなくなったのだろうが、勇猛で知られるロドリゲスは、これを鍛錬不足故の弱音と受け取り、当然ながら烈火のごとく彼を叱った。
「バカ野郎!! この程度で音を上げるたぁ、貴様それでも士官候補生かっ!!」
「い、いえ、そういうわけではなくってですね、あのっ」
素振りを続けながら必死に抗弁するまつおさん。だが、ロドリゲスは当然ながら一蹴する。
「そうかそうか、貴様、そこまでこの俺に可愛がられたいのか。いいだろう。であれば特別に、この『天下無双』ロドリゲス様が指導してやろう。ホラ、1、2!!」
「い、いち、に……」
「斧の振りが小さぁい!!! ほら、1、2ッッ!!!」
「い、いちっ!! にっ!!! う、うわわっっっっ!!!」
その時である。
鳩のフンでベトベトになったまつおさんの握力に、突然限界が訪れた。
まつおさんの指から勢いよくすっぽ抜けた斧は、すさまじい勢いで回転し……。「戦場で一度も傷を負わなかった男」の足の甲に、深々と突き刺さった。
「むぐおおおッッ!!??」
もし、もしである。
「大丈夫ですか?! ロドリゲス教官!!」
この時彼が、そんな風に言って教官の下に駆け寄って行ったなら・・・。
ロドリゲス教官も、己の不注意であるからと溜飲を下げていたかもしれない。
キムラMK2君はこう証言している。
「アイツはね、教官に駆け寄りながら、こう言ったんですよ。『ね、ほら。だから言ったのに……、大丈夫ですか?』って」
キムラMK2は続けて、こう証言した。
「しかもね、オレ、見ちゃったんですよ。アイツが心配そうに教官に駆け寄ったフリをしつつ、教官のマントで自分の手についたフンをごしごし拭いてたのを……」
鋼鉄製の足甲のおかげで軽傷で済んだのはロドリゲスにとっては幸いだったが、その後に壮絶なお仕置きが待っていたまつおさんにとっては、不幸以外の何物でもなかったろう。
「な、な……なんだこの記事はっ?! キム~~~~っ!!」
「い、いやいやいや待て待て、オレだけじゃねぇから!! ほ、ほら、こっちを見ろって!」
キムがもう一方の新聞を指さした。
どうやら、こちらの方が新しい記事らしい。
「士官学校の風景 ~C組の日常 その3~」
C組生徒Yさんが極秘提供!!
「まつおさん」の驚くべき成績表を大公開!!!
「ユキィィィィィィィィィ!!!!」
僕が顔を上げると、ユキはすでに廊下を駆けだした後だった。
なんということだ。
僕は両手で頭を覆った。
最近、街で日用品を買ったりする時、よく一般市民から名前を呼ばれて声をかけられるのは、そういうことだったのか。今にして思えば、みんな、にやにやしていた気がする。
これから冒険者として勇名を馳せていくつもりだったのに。
その前に、不名誉極まりない形で、名を馳せてしまうことになるとは……。
爆笑王。
よりによって、僕の人生初の称号が、爆笑王。
なんなんだ、爆笑王って。
僕の称号の正当性を証明するかのように、周りの生徒たちが皆、腹を抱えて笑っている。
あ、メル……。
そうだ、メルはこんなことで笑ったりはしない。
僕は唯一の救いを求めるように、メルの席を見た。
「~~~~~~っ」
メルは、苦しそうに、泣いていた。
サンドイッチを食べている途中で笑いがこみあげてきて、喉を詰まらせてしまったらしい……。
アヴァロニア大陸で生きる者はすべて、「称号」というものを与えられる資格がある。
一流の冒険者の証である「竜殺し」や「百戦錬磨」などがそれに当たる。
これらはただの呼び名ではない。
自分が属する国家がアヴァロニア大陸全土に対し公的に認定するもので、「識別魔法」と
呼ばれる特別な上位魔法によって、それぞれ個人の「魔法情報票」に書き込まれる。つまり、「勝手に名乗る」ことはできない。
「魔法情報票」は識別魔法の一種で、アヴァロニアで暮らす人々は、ごくごく一般的な人でも「見る」ことができる。
その証拠に。僕のように魔法の素質がゼロでも、最初の魔法講義を受けて以降は、誰かが視野に入れば、ちょっと意識を向けるだけで、その誰かの「魔法情報票」が視覚情報として表示されるようになった。
たとえば、さっきから机の上に広げたサンドイッチを控えめに頬張っているメルを見てみよう。
氏名:メル
職業:士官候補生 1 年 性別:女
称号:子鬼殺し
こんな感じで、少し意識するだけで、通常の視覚の上から魔法文字で表示される。
称号には、国王から直々に叙勲されるようなものから、条件を満たせば、ある日突然その称号が『世界』から与えられたりするものもある。よくわからないけど、そういうものらしい。
メルの「子鬼殺し」の称号なんかも、ゴブリンリーダーを倒したあたりで、気付けば獲得していたらしい。
……うらやましい。
僕にはもちろん、そんな称号はない。
実地訓練で頑張ったつもりだったけど、そんな僕に与えられた称号は何もなかった。
ところが……。
「うわっ!!!」
剣技実習が終わり、昼休みをのんびり過ごしていた僕は、急に目の前に表示された魔法文字に、思わず声を上げてしまった。
「な、なんだよ!? びっくりするだろ!」
近くを通りがかったルッ君が子猫のように飛び上がった。
「おっ、そろそろメシの時間か?」
机に突っ伏して寝ていたキムも、目をごしごしさせて顔を上げる。コイツはさっき食堂でメシを食ったばかりだ。剣技実習で教官にしごかれたせいで、腹が減ってたまらないらしい。
いや、そんなことより。
「『新しい称号を獲得しました』って出てる……」
「えっ、マジで?! すごくね?!」
「なに?! うおおおっ、やったな!!」
ルッ君とキムが歓声を上げる。
「え、ナニナニ、どうかしたの?!」
教室に入ってきたユキが僕らの様子を見て駆け寄ってくる。実習が終わってからずっとどこかに行っていたようだ。そういえば、まだ成績表を返してもらっていない。
「まつおさんが称号を獲得したって!」
ルッ君が興奮した声で言ったせいで、他のクラスメイトたちまで駆け寄ってきた。
「えぇーっ!?」
皆が大げさに驚いた。そんなに驚かなくてもいいだろ。
「あれかな、実地訓練の活躍が今頃評価されたとか……」
「ン、あの時のまつおさんス・テ・キだったわァ。今思い出してもゾクゾクしちゃう」
「おお、あれなぁ、そんなこともあったなぁ」
いつのまにか話題に参加している花京院とジョセフィーヌ。
……クラスメイトたちにとっては、すっかり過去の出来事だった。
「で、どんな称号なんだ?!」
キムが僕に聞いてくる。
「いや、「更新中です」って出てるけど」
「それそれ! 待ってればすぐに『魔法情報票』反映されるわよ。ね、ね、メル?」
「ええ」
ユキの問いかけに、メルがうなずいた。そうか、メルは称号獲得経験者だもんな。
「うーん、しかしなぁ。ウチのクラスでメルに次いで二番目の称号獲得者が、よりによってまつおさんとはなぁ……」
さっきまであれだけ盛り上がっていたくせに、キムが腕を組んで釈然としないような顔をしはじめた。
「MK2、図体の割には狭量だな。級友の栄誉を素直に喜べぬのか」
「次にMK2って呼んだらぶっ飛ばすからな」
キムが偽ジルベールをにらんだ。偽ジルベールは笑っていた。機嫌がいいらしい。
「おっ、出るぞっ」
ルッ君が声を上げた。
クラスメイトの皆が、僕の頭上あたりに一斉に視線を向ける。
新しく更新された、僕の「魔法情報票」に書き込まれた、新しい称号に……。
氏名:まつおさん
職業:士官候補生 1 年 性別:男
称号:爆笑王
「爆…………笑…………王…………」
ルッ君がうめいた。
「……………………」
ユキの肩が震えている。
「ぶ」
キムが……。
「ぶはははははははははははははははは!!! ぶわーっはっはっはっはっはっはっは!!!!! 爆笑王!!! 爆笑王!!!!」
キムが笑い転げた。目から涙を流している。
花京院とジョセフィーヌはこちらに背中を向けて、でかい図体をぷるぷるさせている。笑うならちゃんと笑え。
「ちょ、ちょっと、なに、なにこれ? なんなの?!」
みんなが爆笑する中、僕だけが慌てていた。
やばい、変な汗が出てくる。
ちょっと待ってくれ。
そりゃ、士官学校の講義で何かやらかす度に、クラスメイトに何回も笑われてきたけれど、そんなことで「爆笑王」って称号を与えられるものなのか?「王」がついているんだぞ?
「えっと、なになに……、「爆笑王は、1000人以上の一般市民を爆笑の渦に巻き込んだ者に与えられる称号である」だってさ、うはははは!!」
ルッ君が魔法識別票の解説文を読み上げた。
「1000人ってなんだよ、1000人って! いや、みんな、待ってくれ! 1000人はおかし
いだろ! ちょ、ちょっとみんな、冷静になって。これは何かの間違いだから、王国魔法庁に抗議に行こう!」
「……え、えっとね、まっちゃん」
ユキが、気まずそうな顔を作って、僕に近づいた。気まずそうにするなら、必死に笑いをこらえるのをまずどうにかしろ。
「た、たぶん、これのせいだと、思う」
ユキはそう言うと、二つ折になった大判の羊皮紙の束を僕に手渡した。
「なんだこれ……、『イグニア新聞』?!」
イグニア市はヴァイリス王国の首都アイトスに隣接する街だ。
僕たちの士官学校がある街でもある。つまりは、地元だ。
イグニア新聞というからには、その地元が発行している新聞ということなのだろう。
僕は嫌な予感がして、イグニア新聞を開いた。
イグニア新聞の記事は多岐に渡っていた。
まずヴァイリス王国の概況や社会情勢など、お堅い内容があり、その下には劇場公開の日
程や有名人のゴシップ、おいしい料理屋の紹介などなど、バラエティに富んでいる。
裏面には、冒険者向けの情報が満載で、どこどこでどんな魔物が出没していて、討伐報酬がいくらだとか、あそこの武器屋でこんな新商品が入荷したとか、興味深い情報が満載だ。
こんなものがあったのか……。
読み物として実に面白い。昼休みの読み物としては最高だ。
そう思って読み進めていくと……、下の方にそれがあった。
「士官学校の風景 ~C組の日常 その2~」
入学初日の大活躍で、教官たちの注目を集めた「彼」。
だがどうも、彼はその日以降、「別の意味」で注目を集めているようだ。
「天下無双」の称号を持つ、「戦場で一度も傷を負わなかった」男。
蛮族戦士としてヴァイリス王国でも名高いロドリゲスが、今は当士官学校の斧技指導教官であることは、イグニア市民の皆が知るところであろう。
だが、そんなロドリゲスに生涯初の手傷を負わせた男がいる。
そう、それが「彼」こと、「まつおさん」である……。
「っ……!!」
僕はズッコケそうになるのを必死にこらえて、続きを読んだ。
彼は教官の厳しい指導の下、他の生徒たちと斧の素振りの稽古をしていた。
ロドリゲスは彼らに常に言い聞かせていた。
「大切なのは集中力である」と。
「戦場でも集中力さえ切らさなければ、決して負傷することはない」
なるほど、「天下無双」のロドリゲスにしか言えない至言と言えるだろう。
だが、まつおさんはそんな偉大なる先人に対し、別の見解を持っていたようだ。
彼の同級生であるキムラMK2君は、こう証言している。
「ええ、確かに言ってましたね。『だったら、敵も味方も全員集中したら永久に戦闘が終わらないじゃないか』って」
授業中にそんな不真面目なことを呟く彼に、天罰が下った。
上空を舞っていた鳩が、斧を握る彼の指先にフンをべったりと落としたのだ。
「う、うわっ!!」
彼は思わず叫んだという。
「集中を乱すな!!」
ロドリゲスの怒号が彼に向けられる。
「斧をしっかり握り、ただ振ることだけに集中しろ! それ以外は何も考えるな!!」
「は、はいいぃっ」
まつおさんは半泣きになりながら、斧を振り続けたそうである。
彼の同級生であるキムラMK2君は、こう証言している。
「あの野郎、斧を振る手を微妙にこっちに傾けて、自分の指についた鳩のフンをピッ、ピッ、って俺に飛ばしてきやがったんですよ! きったないのなんのって。でも、教官がおっかないから、俺も文句が言えなくて」
かわいそうなキムラMK2君は、彼にとばされた鳩のフンが頬に飛んでくるのを必死に耐えながら、無心で素振りを続けていたという。
「きょ、教官……っ、も、もうダメですぅ……っ」
それからしばらくもしないうちに、まつおさんが突然、ロドリゲス教官に素振りの中止を訴えた。
おそらく、鳩のフンで滑る手に耐えきれなくなったのだろうが、勇猛で知られるロドリゲスは、これを鍛錬不足故の弱音と受け取り、当然ながら烈火のごとく彼を叱った。
「バカ野郎!! この程度で音を上げるたぁ、貴様それでも士官候補生かっ!!」
「い、いえ、そういうわけではなくってですね、あのっ」
素振りを続けながら必死に抗弁するまつおさん。だが、ロドリゲスは当然ながら一蹴する。
「そうかそうか、貴様、そこまでこの俺に可愛がられたいのか。いいだろう。であれば特別に、この『天下無双』ロドリゲス様が指導してやろう。ホラ、1、2!!」
「い、いち、に……」
「斧の振りが小さぁい!!! ほら、1、2ッッ!!!」
「い、いちっ!! にっ!!! う、うわわっっっっ!!!」
その時である。
鳩のフンでベトベトになったまつおさんの握力に、突然限界が訪れた。
まつおさんの指から勢いよくすっぽ抜けた斧は、すさまじい勢いで回転し……。「戦場で一度も傷を負わなかった男」の足の甲に、深々と突き刺さった。
「むぐおおおッッ!!??」
もし、もしである。
「大丈夫ですか?! ロドリゲス教官!!」
この時彼が、そんな風に言って教官の下に駆け寄って行ったなら・・・。
ロドリゲス教官も、己の不注意であるからと溜飲を下げていたかもしれない。
キムラMK2君はこう証言している。
「アイツはね、教官に駆け寄りながら、こう言ったんですよ。『ね、ほら。だから言ったのに……、大丈夫ですか?』って」
キムラMK2は続けて、こう証言した。
「しかもね、オレ、見ちゃったんですよ。アイツが心配そうに教官に駆け寄ったフリをしつつ、教官のマントで自分の手についたフンをごしごし拭いてたのを……」
鋼鉄製の足甲のおかげで軽傷で済んだのはロドリゲスにとっては幸いだったが、その後に壮絶なお仕置きが待っていたまつおさんにとっては、不幸以外の何物でもなかったろう。
「な、な……なんだこの記事はっ?! キム~~~~っ!!」
「い、いやいやいや待て待て、オレだけじゃねぇから!! ほ、ほら、こっちを見ろって!」
キムがもう一方の新聞を指さした。
どうやら、こちらの方が新しい記事らしい。
「士官学校の風景 ~C組の日常 その3~」
C組生徒Yさんが極秘提供!!
「まつおさん」の驚くべき成績表を大公開!!!
「ユキィィィィィィィィィ!!!!」
僕が顔を上げると、ユキはすでに廊下を駆けだした後だった。
なんということだ。
僕は両手で頭を覆った。
最近、街で日用品を買ったりする時、よく一般市民から名前を呼ばれて声をかけられるのは、そういうことだったのか。今にして思えば、みんな、にやにやしていた気がする。
これから冒険者として勇名を馳せていくつもりだったのに。
その前に、不名誉極まりない形で、名を馳せてしまうことになるとは……。
爆笑王。
よりによって、僕の人生初の称号が、爆笑王。
なんなんだ、爆笑王って。
僕の称号の正当性を証明するかのように、周りの生徒たちが皆、腹を抱えて笑っている。
あ、メル……。
そうだ、メルはこんなことで笑ったりはしない。
僕は唯一の救いを求めるように、メルの席を見た。
「~~~~~~っ」
メルは、苦しそうに、泣いていた。
サンドイッチを食べている途中で笑いがこみあげてきて、喉を詰まらせてしまったらしい……。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
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以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
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