士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

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第十五章「王女殿下のクエスト」(2)

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「ユリーシャ王女殿下?!」

 馬車の中にいた予想外の人物に、僕はひざまずくのも忘れてぽかんと口を開けた。

「壮健そうだな、ベルゲングリューン伯」

 そう言うと、ユリーシャ王女殿下は瀟洒な扇子を折りたたんで、とん、とんと隣の座席を叩いた。
 隣に座れという意味らしい。

 それにしても……。
 相変わらずめちゃくちゃお美しい。
 白雪のような肌と、こちらを見る真紅ルビーの瞳、燦然さんぜんと輝く白金プラチナゴールドの髪。
 
「なんだ、『今日はまた一段とお美しい』みたいなことは言わぬのか」
「……思いました」
「思ったなら言うがよい。貴族共の美辞麗句と違って、そなたから言われるのは悪い気がせぬ」
「今日もめちゃくちゃキレイです、ユリーシャ王女殿下」
「ふふ、悪くない」

 ユリーシャ王女殿下はにこにこ笑った。

「ああ、王女殿下がいらっしゃるから、それで護衛がいたんですね」

 森で感じた複数の暗殺者のような気配を思い出して、僕は言った。
 暗殺じゃなくて真逆、護衛だったというわけだ。

「……ほう、『公儀隠密こうぎおんみつ』の存在に気付くとは、なかなかやるではないか」

 関心したようにユリーシャ王女殿下が言った。
 公儀隠密って実在したのか。
 隠居した国王がお忍びで悪徳貴族をばったばったと成敗をしていくという、ヴァイリスで人気のおとぎ話でよく登場する影の集団。
 この国の裏側には僕の知らないことがたくさんあるようだ。

「それにしても、そなたはイグニアではすっかり有名人のようだな」

 ユリーシャ王女殿下が手に持った羊皮紙を座席に広げながら言った。

「げ、イグニア新聞……」
「なになに……、士官学校の爆笑王ことベルゲングリューン伯、最年少帝国猟兵隊長である帝国元帥の娘を一騎打ちでめとる。しかも側室」
「め、娶ってません!」
「側室……。側室とはな……」
「王女殿下?」

 急に不機嫌そうになったユリーシャ王女殿下の顔をおそれながら覗き込むと、逆に王女殿下からにらみ返された。

「なんだその顔は……、そなた……もしかして、わたくしが嫉妬しておるとか思ってはおらんだろうな?」
「い、いえ! まさかそんな」
「ならば、わかるか? 私がこのような顔をしている理由が」
「い、いえ……」
「この一件はすでに王宮に知れ渡っておる。ジェルディクの大使から正式に問い合わせと抗議が来たからな」
「えっ」
「父親である帝国元帥殿が大使に不問とせよと命じたので事なきを得たが……、そなたのせいで我がヴァイリス王国は和平300年間で最大の国難を迎えるところであったわっ……!!」
「いだだだだだだだっ!!」

 ユリーシャ王女殿下にこめかみを両手の親指の第一関節でぐりぐりされて、僕は思わず悲鳴をあげた。
 前にチョップされた時にも思ったけど、この王女殿下は華奢な見た目に反してめちゃくちゃ力が強い。

「おっと、そうであった」
「ぷはっ」

 ユリーシャ王女殿下は急に僕のこめかみから手を離すと、馬車の荷台から細長い布包みを取り出した。

「そなたに渡すものがあった。受け取れ」
「ぼく……私に……?」
「うむ。開けてみよ」

 王女殿下に言われて濃い紫色の瀟洒な袱紗ふくさの包みを解くと、それは、黒光りする漆黒の鞘に納められた一振りの軍刀サーベルだった。

「美しい鞘だろう。これはなんでも、東方の王国セリカの伝統工芸である『うるし』という植物を用いて作られたものだそうだ。差しに入った金と紅の細工がまた美しいではないか」
「うわぁ……」

 僕は思わず嘆息した。
 セリカで植生されている木なのだろうか、繊細で美しい枝についた実をついばむ小鳥たちの様子が、黒塗りの鞘に金と真紅の細工で見事に描かれている。
 
(なんという握り心地の良さだ……それに、軽い)

 黒い柄巻きはしっくりと手に馴染み、つばから護拳ナックルガード柄頭つかがしらにかけて、細やかな金細工が施されている。
 柄頭からは、鞘の細工の色と同じ真紅の紐が伸びている。
 
「抜いてみよ」
「は、はい」

 ユリーシャ王女殿下の前で剣を抜くということの非礼も忘れ、僕は言われるままに鞘からサーベルを抜いた。

 シャァァン……、と、まるで美しい鈴の音のような金属音を立てて、まばゆいばかりの刀身が露わになる。
 その刀身からは、白銀を思わせる金属の輝きとは別に、刀身全体がぼうっとあかい光を放っていた。

「こ、これは魔法金属ミスリル? いや、違う」

 メルの青釭剣せいこうけん金星ゴールドスター冒険者のアルバートさんの鎧で実物を見たからわかるけど、ミスリルは青白い光を放つ。

「よくわかったな。これは同じ魔法金属だがミスリルではない。『ヒヒイロカネ』というミスリルよりも稀少な金属で作られた魔法剣なのだそうだ」

 な、なんじゃそりゃ……!!
 とんでもない業物わざものじゃないか!!

「な、なぜこのような物を私に……」

 僕がそう言うと、ユリーシャ王女は意地悪な顔をして笑った。

「残念なことに、それは私からの贈り物ではないのだ。そうだったらよかったのだが……」
「え……、と、ということは、だ、誰が……」
「ジェルディク帝国元帥、ベルンハルト・フォン・キルヒシュラーガー……」
「げぇっ!!!」

 僕は思わずその軍刀サーベルを取り落しそうになった。

「まつおさんよ、帝国の人間が家宝の剣を贈るのには3つの意味があるのだそうだ」
「ごくっ……」
「1つは、結納品として」
「うっわ」
「2つは、決闘を求める相手に、その剣で自分と戦うことを求めるもの」
「ちょ、ちょっと」
「3つは、いずれ領土ごと取り返しに来るという宣言」
「うわあああああああ!!」

 僕はとうとう軍刀サーベルを取り落して頭を抱えた。

「ずいぶんと気に入られたものだな。せいぜい、大事に取り扱うがよい」
「あ、あの……、ちなみに、これを送り返すと、どういう意味になるのでしょうか……」
「最大限の侮辱であると見なされる。そなたが理由で戦争の1つでも起こりかねんだろうな」

 けらけらと笑うユリーシャ王女殿下の隣で、僕はがっくりとうなだれた。
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