士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

文字の大きさ
43 / 199

第十六章「鷹と小鳥」(3)

しおりを挟む


「あ、ボイド教官」
「おお、まつおさん、今日はどうしたんだね」
「実は、お聞きしたいことがあって……」

 僕は若獅子祭で、34年間で一度だけAクラス以外で勝利したクラスのことをボイド教官に尋ねてみた。

「いつか聞きに来るんじゃないかと思っていたよ」
 
 ボイド教官はにやりと笑って、僕を見た。

「だが、当時のことを客観的に説明するのは難しく、教官の立場で客観的でないことを君に聞かせるべきではないと私は考える。詳しく知りたいなら、自分で調べなさい」
「なるほど、けっこうデリケートな問題なんですね」
「そう、とてもデリケートな問題だ」

 ボイド教官は茶化さず、真剣な表情でそう答えた。

「一つだけ君に教えよう。その時の若獅子グン・シールは第13期卒業生主席の春香はるかという女生徒だ。……君たちと同じ、Cクラスだった」

 昔のことを懐かしむような表情でボイド教官はそう言うと、僕の肩をぽん、と叩いてきびすを返した。
 なんて寂しそうな顔をするんだろう。



「ここがそうか……」
「きれいなところね」

 イグニア南部にある小高い丘。
 下から吹き上げる穏やかな風に銀髪をそよがせて、メルがつぶやいた。

 一面に広がるシロツメグサ。
 その小さな花々に囲まれるように、それはあった。
 第13期士官学校生徒、春香はるかさんの墓だ。
 
 イグニア市内で当時のことを知っていそうな人に片っ端から聞き込んで、僕はこのお墓にたどり着いた。
 彼女は、ずっと昔に亡くなっていたのだ。

「花束が置かれているね」
「うん」
「お墓もきれい」
「そうだね」

 会ったこともない、どんな人かも知らないけど。
 こんな静かな場所で、ずっと昔のお墓なのに、こんな風にきれいにされているのを見るだけで、生前の彼女の人柄が伝わってくるようだった。

「誰だ、アンタたち」

 後ろから声を掛けられて、僕とメルは振り返った。
 40代くらいの農夫が、怪訝そうにこちらに近づいて、メルの腰にささっている物を見て大きく目を見開いた。

「そ、その剣は……!! 春香の……!!」

 どうやら、彼は春香さんの生前の知り合いらしい。

「彼女はメル。僕たちは士官学校の生徒なんです」

 農夫が取り乱す前に、僕は事情を説明した。

「彼女のこの剣は士官学校で授与されたものなんですが、その時に春香さんの名前を聞いたんです」

 メルは腰のベルトから静かに青釭剣せいこうけんを鞘ごと抜き取って、農夫の前に差し出した。

「士官学校34年の歴史の中で、ただ一人、Aクラスじゃない生徒で若獅子グン・シールを勝ち取った人が春香さんその人だと知って、ぜひお話を聞いてみたいと思ったら、ここにたどり着いて……」
「そうだったのか……、つまり、君たちは俺たちの後輩ってわけだな」

 農夫はルシオと名乗った。
 ルシオさんはお墓の花を取り替えてお祈りを済ませると、僕たちを農場に招待してくれた。

「君のことは知ってるよ。士官学校の爆笑王にして、ベルゲングリューン伯」
「はは……」

 きれいな奥さんが淹れてくれたカフェオレをいただきながら、僕は苦笑する。

「でもそれだけじゃないぞ。君の提案で冒険者ギルドが士官学校の子たちのクエストを許可するようになってから、ウチの農場をしょっちゅう荒らしていた野犬がすっかり来なくなったんだよ」
「冒険者はなかなか受けないですからねぇ、そういうの」

 冒険者にとっては割りに合わない仕事でも、貧乏学生にとっては修練を兼ねたアルバイトになるんだから、悪くない。
 我ながら良いアイディアだったと思う。

「それで……、春香の話だったね」

 お子さんたちが外に出て、奥さんが部屋を出てから、ルシオさんは切り出した。

「彼女のことは、みんな好きだった。男も女も、教師も街の人たちも、みんなを惹き付ける力があったんだ」

 ルシオさんは語り始めた。
 どんな不可能と思えることでも、春香さんが『できる』と言えば、なんとなくできそうな気がした。
 そして、春香さんはそれをことごとく実現させたのだそうだ。

「不思議なんだ。春香に指示をされると、身体が勝手に動くというか……、でもそれがちっとも嫌じゃなくてね。コイツの願いをなんとか叶えてやりたいって、そういう気持ちになるんだ」
「まるであなたみたい……」

 メルがぼそっとつぶやいた。   

「彼女は剣士だったのですか?」
「そう。それも凄い手練のね。でも、なぜかいつも片手に小さな杖を持っていた」
「杖?」
「ああ。黄金色の、まるで王様や高位の神官が持つような豪華な杖だよ。このぐらいの」

 ルシオさんが肩幅ぐらいに手を広げてみせる。
 サイズからして、王笏おうしゃくのようなものだろうか。

「魔法使いでもあったのですか? 魔法剣士みたいな」
「いや、全然。彼女は生粋の剣士さ。火球魔法ファイアーボールすら撃っているところを見たことはないよ」

 生粋の剣士なのに、片手に杖……。
 どういうことなんだろう。

「どうして、亡くなったのですか」

 メルが遠慮がちに尋ねると、ルシオは表情を暗くした。

「殺されたのさ」
「っ……」

 メルが大きく息を飲んだ。
 僕は……、予想はしていた。

「当時のイグニア周辺は今よりずっと治安が悪くてね。盗賊団が街を荒らしていたんだ。春香はまだ冒険者ですらなかったのに、街の連中や地元の冒険者たちを率いて盗賊団のアジトに突入して、そいつらを全員捕らえたんだ」
「すごい……」

 冒険者ですらない士官学校の生徒が指揮を取って、盗賊団を壊滅させたって?
 めちゃくちゃかっこいいな、春香さん。

「その中の何人かが脱走していたらしくてね。若獅子祭の翌日。王宮で若獅子グン・シールの授与が行われる当日に遺体で発見されたんだ」
「ひどい……」

 メルが目をつぶった。

「それが脱走した盗賊の仕業だと、なぜわかったのですか?」

 僕はルシオさんに尋ねた。

「そいつらが脱走したのが事件の前日だったということと、そいつらが使っていたナイフが特徴的でね。蛇の頭を模した柄の内反りククリ ナイフだったんだ」

「それで、その盗賊たちは……?」
「発見されたが抵抗して……、そのまま全員死んだよ」
「…………」
「怖い顔をして、どうしたの?」

 メルが僕の顔を見て言ったけど、それに答える代わりにルシオさんに尋ねた。

「その時に盗賊たちを発見したのは、士官学校の生徒ではありませんか?」
「そうだけど……それがどうしたの?」
「生徒は一人ですか?」
「ああ、そうだよ。君も知っているだろ? 大公爵グランドデューク、ジルベール閣下だよ」
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました

鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」 そう言ったのは、王太子アレス。 そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。 外交も財政も軍備も―― すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。 けれど功績はすべて王太子のもの。 感謝も敬意も、ただの一度もない。 そして迎えた舞踏会の夜。 「便利だったが、飾りには向かん」 公開婚約破棄。 それならば、とレイナは微笑む。 「では業務も終了でよろしいですね?」 王太子が望んだ通り、 彼女は“確認”をやめた。 保証を外し、責任を返し、 そして最後に―― 「ご確認を」と差し出した書類に、 彼は何も読まずに署名した。 国は契約で成り立っている。 確認しない者に、王の資格はない。 働きたくない公爵令嬢と、 責任を理解しなかった王太子。 静かな契約ざまぁ劇、開幕。 ---

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

いつまでもドアマットと思うなよ

あんど もあ
ファンタジー
二年前に母を亡くしたミレーネは、後妻と妹が家にやって来てからすっかり使用人以下の扱いをされている。王宮で舞踏会が開催されるが、用意されたのは妹のドレスだけ。そんなミレーネに手を差し伸べる人が……。

明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

四季
恋愛
明日結婚式でした。しかし私は見てしまったのです――非常に残念な光景を。……ではさようなら、婚約は破棄です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...