56 / 199
第二十章「若獅子祭前日」(2)
しおりを挟む
2
「こ、この地形は……っ」
眼下に広がる光景を見て、ヴェンツェルがうめいた。
若獅子祭前日、僕たちは明日の舞台となる戦場の自陣に来ていた。
他クラスとの境界はすでに魔法防壁で封鎖されている。
ここで僕たちは、明日の若獅子戦に備えた準備や布陣の検討などをするのだ。
「し、森林が多すぎるッ!! しかも隣接しているB組、E組は森林を抜けた川向かい。A組はF組を越えたさらに先にあるのだぞ!」
D組以外のすべての相手は川向いだった。
それもとても大きな川で、「川」というより「河」に近い。
「うんうん」
「うんうん、ではないッ!!」
ヴェンツェルが僕の首を締めてがくがくと揺らした。
ユリーシャ王女殿下の裸絞で慣れてしまったせいか、正直、かわいい女の子とじゃれている感じしかしない。
「これでは進軍できんではないか!! 部隊が森を抜けた頃には敵軍は川の向こう側の全砦を制圧しているだろう。我々が渡河しきる前に川の前でA組の精鋭部隊が待ち構えている!!」
「おお、さすが軍師殿じゃのうー。言うちょることが違うわ」
「あのでっかい川を渡るんか。たいぎーのう」
のんびりとした西部辺境警備隊の人たちの言葉に、ついに心が折れたヴェンツェルが僕の首からずるずると手を下ろして、そのままガックリ膝をついた。
「詰んだ……始まる前から詰んだ……。ローゼンミュラー家の歴史はここで潰えるのか……」
「そんな、大げさな……」
「そ、そうだ! こんな配置は不公平だと学校側に抗議を……」
「あ、それは無理」
「な、なぜだ!?」
こちらを半泣きの表情で見上げるヴェンツェルに、僕が答える。
「僕がこの場所で希望出したから」
「べ、べべべ……」
「べ?」
「ベルゲングリューン伯ッッッ!!!!!!」
ヴェンツェルの叫び声が森林に響き渡った。
「……あの二人、仲良すぎじゃない?」
「軍師ってもっと沈着冷静で、先のことはなんでも見通しているイメージだったんだけどな」
「……そのうち血管が切れちゃわないか心配ね」
ユキ、キム、アリサが思い思いの感想を述べる。
その隣を、荷車に載せた大きな瓶や木材などを西部辺境警備隊の皆さんが次々と運んでくる。
「アレは何だ? かなり大量に運び入れているようだが……」
僕が答えるより早く、荷車の一つを止めて、ヴェンツェルが瓶の中身を覗き込んだ。
「な、なんだこの灰色の粉は……、黒色火薬でも入れているのかと思ったが……」
「火薬なんて持ち出したら失格になっちゃうでしょ」
土嚢やトラップなどを作るのに使う資材や、事前申請した本戦で使用する装備品を持ち込むのは許されているけど、携行品や資材運搬・加工用途以外での金属や火薬などの持ち込みは厳格に禁止されている。
違反すれば失格だし、全て講師たちの厳しいチェックが入るから事実上不可能だ。
「これは、この間の宴会の残りカスだよ」
「宴会? そういえば、私と会った時に二日酔いだったな……」
あきれ顔のヴェンツェルに、僕は答える。
「そうそう。あの時に食べた骨やら貝殻やらをぜーんぶ集めて、ミヤザワくんの火球魔法で焼いたものを粉々にしたやつと土やらなにやらを混ぜて、もう1回ミヤザワくんで焼いたのを細かく砕いたやつ」
「アンタ……、ミヤザワくんの魔法を台所用品かなんかだと思ってるでしょ……。領内のゴミを持ち出して不法投棄しようってんじゃないでしょうね?」
「ユキは天才だね。よくそんなこと思いつくなぁ」
「あー! まっちゃんのくせに、今私のことをバカにしたでしょ?!」
「僕のくせにってなんだよ……あ、そうそう、ユキにお願いがあるんだけど、向こうの川辺で西部辺境警備隊のコシナカっていうハゲ散らかしたおじさんたちがいるから、一緒に川沿いの砂利と砂を片っ端から集めてくんない?」
「いいけど……。砂利と砂は分けておいたほうがいいの?」
「さすがユキだな。その通り。その方が助かる」
ユキって勘が働くというか、こういう時に適応が早いんだよね。
「砂利……、何に使うんだ?」
ユキの背中を見送ってから、ヴェンツェルが僕に尋ねる。
「あのね、ヴェンツェル。西部辺境警備隊の人たちって、見ての通り戦闘技術はからっきしなんだけど、
それぞれが手に職を持っているんだ」
「そうだろうな。西部はジェルディクとの和平以前から争いのない地域だ。ほとんどが兼業で暮らしていることだろう」
「農家に漁師、大工に左官っていうのかな、壁塗り職人さん。木こりに土木作業に……」
「もういい、わかった。それで……それがどうかしたのか?」
「自分が知らない何かを学びたい時、君ならどうする?」
僕に問われて、ヴェンツェルは軽く小首を傾げてか細い顎に指を添える。
これは認めざるを得ない。かわいい。
「本を読む」
「そうだね。でも時間がかかる。他には?」
「賢者に教えを請う」
「その通り」
僕はヴェンツェルに、にっこり笑った。
「だから僕は賢者を招いたんだ。1000人の賢者をね」
「こ、この地形は……っ」
眼下に広がる光景を見て、ヴェンツェルがうめいた。
若獅子祭前日、僕たちは明日の舞台となる戦場の自陣に来ていた。
他クラスとの境界はすでに魔法防壁で封鎖されている。
ここで僕たちは、明日の若獅子戦に備えた準備や布陣の検討などをするのだ。
「し、森林が多すぎるッ!! しかも隣接しているB組、E組は森林を抜けた川向かい。A組はF組を越えたさらに先にあるのだぞ!」
D組以外のすべての相手は川向いだった。
それもとても大きな川で、「川」というより「河」に近い。
「うんうん」
「うんうん、ではないッ!!」
ヴェンツェルが僕の首を締めてがくがくと揺らした。
ユリーシャ王女殿下の裸絞で慣れてしまったせいか、正直、かわいい女の子とじゃれている感じしかしない。
「これでは進軍できんではないか!! 部隊が森を抜けた頃には敵軍は川の向こう側の全砦を制圧しているだろう。我々が渡河しきる前に川の前でA組の精鋭部隊が待ち構えている!!」
「おお、さすが軍師殿じゃのうー。言うちょることが違うわ」
「あのでっかい川を渡るんか。たいぎーのう」
のんびりとした西部辺境警備隊の人たちの言葉に、ついに心が折れたヴェンツェルが僕の首からずるずると手を下ろして、そのままガックリ膝をついた。
「詰んだ……始まる前から詰んだ……。ローゼンミュラー家の歴史はここで潰えるのか……」
「そんな、大げさな……」
「そ、そうだ! こんな配置は不公平だと学校側に抗議を……」
「あ、それは無理」
「な、なぜだ!?」
こちらを半泣きの表情で見上げるヴェンツェルに、僕が答える。
「僕がこの場所で希望出したから」
「べ、べべべ……」
「べ?」
「ベルゲングリューン伯ッッッ!!!!!!」
ヴェンツェルの叫び声が森林に響き渡った。
「……あの二人、仲良すぎじゃない?」
「軍師ってもっと沈着冷静で、先のことはなんでも見通しているイメージだったんだけどな」
「……そのうち血管が切れちゃわないか心配ね」
ユキ、キム、アリサが思い思いの感想を述べる。
その隣を、荷車に載せた大きな瓶や木材などを西部辺境警備隊の皆さんが次々と運んでくる。
「アレは何だ? かなり大量に運び入れているようだが……」
僕が答えるより早く、荷車の一つを止めて、ヴェンツェルが瓶の中身を覗き込んだ。
「な、なんだこの灰色の粉は……、黒色火薬でも入れているのかと思ったが……」
「火薬なんて持ち出したら失格になっちゃうでしょ」
土嚢やトラップなどを作るのに使う資材や、事前申請した本戦で使用する装備品を持ち込むのは許されているけど、携行品や資材運搬・加工用途以外での金属や火薬などの持ち込みは厳格に禁止されている。
違反すれば失格だし、全て講師たちの厳しいチェックが入るから事実上不可能だ。
「これは、この間の宴会の残りカスだよ」
「宴会? そういえば、私と会った時に二日酔いだったな……」
あきれ顔のヴェンツェルに、僕は答える。
「そうそう。あの時に食べた骨やら貝殻やらをぜーんぶ集めて、ミヤザワくんの火球魔法で焼いたものを粉々にしたやつと土やらなにやらを混ぜて、もう1回ミヤザワくんで焼いたのを細かく砕いたやつ」
「アンタ……、ミヤザワくんの魔法を台所用品かなんかだと思ってるでしょ……。領内のゴミを持ち出して不法投棄しようってんじゃないでしょうね?」
「ユキは天才だね。よくそんなこと思いつくなぁ」
「あー! まっちゃんのくせに、今私のことをバカにしたでしょ?!」
「僕のくせにってなんだよ……あ、そうそう、ユキにお願いがあるんだけど、向こうの川辺で西部辺境警備隊のコシナカっていうハゲ散らかしたおじさんたちがいるから、一緒に川沿いの砂利と砂を片っ端から集めてくんない?」
「いいけど……。砂利と砂は分けておいたほうがいいの?」
「さすがユキだな。その通り。その方が助かる」
ユキって勘が働くというか、こういう時に適応が早いんだよね。
「砂利……、何に使うんだ?」
ユキの背中を見送ってから、ヴェンツェルが僕に尋ねる。
「あのね、ヴェンツェル。西部辺境警備隊の人たちって、見ての通り戦闘技術はからっきしなんだけど、
それぞれが手に職を持っているんだ」
「そうだろうな。西部はジェルディクとの和平以前から争いのない地域だ。ほとんどが兼業で暮らしていることだろう」
「農家に漁師、大工に左官っていうのかな、壁塗り職人さん。木こりに土木作業に……」
「もういい、わかった。それで……それがどうかしたのか?」
「自分が知らない何かを学びたい時、君ならどうする?」
僕に問われて、ヴェンツェルは軽く小首を傾げてか細い顎に指を添える。
これは認めざるを得ない。かわいい。
「本を読む」
「そうだね。でも時間がかかる。他には?」
「賢者に教えを請う」
「その通り」
僕はヴェンツェルに、にっこり笑った。
「だから僕は賢者を招いたんだ。1000人の賢者をね」
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません
きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」
「正直なところ、不安を感じている」
久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー
激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。
アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。
第2幕、連載開始しました!
お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。
以下、1章のあらすじです。
アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。
表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。
常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。
それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。
サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。
しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。
盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。
アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
プロローグでケリをつけた乙女ゲームに、悪役令嬢は必要ない(と思いたい)
犬野きらり
恋愛
私、ミルフィーナ・ダルンは侯爵令嬢で二年前にこの世界が乙女ゲームと気づき本当にヒロインがいるか確認して、私は覚悟を決めた。
『ヒロインをゲーム本編に出さない。プロローグでケリをつける』
ヒロインは、お父様の再婚相手の連れ子な義妹、特に何もされていないが、今後が大変そうだからひとまず、ごめんなさい。プロローグは肩慣らし程度の攻略対象者の義兄。わかっていれば対応はできます。
まず乙女ゲームって一人の女の子が何人も男性を攻略出来ること自体、あり得ないのよ。ヒロインは天然だから気づかない、嘘、嘘。わかってて敢えてやってるからね、男落とし、それで成り上がってますから。
みんなに現実見せて、納得してもらう。揚げ足、ご都合に変換発言なんて上等!ヒロインと一緒の生活は、少しの発言でも悪役令嬢発言多々ありらしく、私も危ない。ごめんね、ヒロインさん、そんな理由で強制退去です。
でもこのゲーム退屈で途中でやめたから、その続き知りません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる