士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

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第二十一章「若獅子祭」(11)

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11

 馬防柵を吹き飛ばす、鼓膜をつんざくようなすさまじい衝突音が聞こえてくる。
 鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルの圧倒的な突撃は、まるで高熱のナイフでバターでも溶かすかのように槍兵部隊を溶かしていく。

「殿を!! 殿をお守りするんじゃぁ!!!!」
「うおおおおおお!!!!!!」

(みんな……、ごめんっ!!!)

 僕は唇を強く噛み締めながら本陣に向かう。
 あと少し……。
 あと少しで戦況を覆せるから……。
 それまでどうか、みんな耐えてくれ!!!

「っ――!!!」
「まっちゃん、危ないっ!!!」

 突然、左手の森から僕を目掛けて飛んできた手斧をメルが盾で弾きかえし、上空から飛来する投擲とうてき用ナイフをユキの拳甲から突き出たクローが吹き飛ばした。

「ククク……、やるじゃねぇか。絶好の機会を伺ってたってのによ」
「リョーマ!!」

 グリムリーパーの余力が思ったほどじゃなくておかしいと思ってはいた。
 鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルの予想外の突撃でそれどころじゃなかっただけで。

「すんなりここを通してくれるってわけには、いかなそうだね」
「残念ながら、な」
「まっちゃん!! ここは私が食い止めるから、先に……」
「すっこんでろ!!!」
「なっ、……あぐっ!!!」
(ユキが、徒手格闘で負けた……?!)

 一瞬の攻防に打ち負け、脳震盪しんとうを起こしてすぐに起き上がれずにいるユキを、僕は呆然と見た。
 
 リョーマがなんの容赦もためらいもなくユキの顔面に放った右ストレートを、ユキはまばたき一つせず、左手で軌道をそらすように受け流パリィして回避した。
 洗練された格闘家グラップラーの動き。 
 だが、リョーマはユキのパリィに動じることなく、自分の左手を右腕ごとその上に重ね、そのままユキの右手側に押しつけて両手の動きを封じると、自分の右足でユキの左足の膝の裏からふくらはぎを踏みつけて体勢を崩し、防御不可能になった顎に右肘を打ち込んだのだ。

「徒手格闘とは珍しいな、ねーちゃん。だが、悪いな、素手喧嘩ステゴロじゃオレには勝てねぇよ」
「……素手というワリには、厄介なものを握り込んでいるみたいだけど?」

 苦しそうに呼吸を整えながら、ユキがリョーマをにらんだ。
 そんなユキとメルを、森から姿を現したグリムリーパーたちが取り囲む。

「ああ、これか? クク……、いいだろ? はるばる砂漠王国ダミシアンまでコイツらをスカウトに行った帰りに露店で見っけたんだよ。カランビットっていうらしい」

 そう言ってリョーマは逆手に握り込んだナイフをくるくると回して見せる。
 普通のナイフと違って、まるで鎌のように逆向きに湾曲したナイフ。
 柄頭についた輪っかに親指を通し、拳で握り込めるようなグリップの形状をしている。
 完全に徒手格闘戦に特化した武器だ。

「あいつ……強い……」

 メルが僕にささやく。

「刃が付いているってもっと早くに気付けば、やられることなんてなかったのに……っ」

 ユキが悔しそうに唇を噛んだ。
 あの刃に気づかずに受け流しパリィしていたら、今頃ユキの左手の手首はざっくりと切れていただろう。

「ククク、負け惜しみっぽい言い方に聞こえるが、実際そうなんだろうと思うぜ」

 リョーマが勝ち誇るでもなくそう言った。

「相当デキるみてぇだな、ねーちゃん。場数は足んねぇみてぇだがよ」
「っ……」
「だが、悪ぃな。オレはそっちの大将と遊びてぇんだ」
「そんなことは、させない」

 メルが盾を構えて、僕の側に寄った。

「……あのな、ラブコメチックな展開は結構なんだが、状況わかって言ってるか?」
「っ!! いつの間に……」

 回りを取り囲むグリムリーパー達の数がかなり増えている。
 ……30人はいそうだ。

「オレの相手をしている間は、コイツらはお前らの大将には手を出さねぇ。大将を巻き込んで30人相手にチャンバラやるのと、ここでオレとタイマン張るのと、どっちがいいのかって話だ」
「あのねぇ……、私たちがこんな奴らたかだか30人に遅れを取ると……」
「……やるよ」
「えっ?」
「まっちゃん?!」
「タイマンするんだろ? やるよ」

 ユキの言う通り、僕はともかく、この2人ならグリムリーパー30人相手に交戦しても勝ててしまうかもしれない。
 だが、そこで勝っても負けたのと同じ。
 後ろから聞こえる鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュル馬蹄ひづめの音がどんどん近くなってきている。
 リョーマ相手に勝てる可能性はほぼゼロに近いと自分でも思う。
 でも、少しでも可能性があるなら、そこに賭けるしかない。

「リョーマの男気を見込んで一つだけお願いがあるんだけど、いいかな?」
「言ってみな」
「どうやったのかは知らないけど、彼らグリムリーパーは君が指名したんだろ? だったら、君の契約の遂行が彼らの手柄になって、その成果に見合った報酬と減刑を手にするってことだよね?」
「うーん、ちょっと違うんだが……、まぁ、その認識で問題ないと思うぜ」

 リョーマはうなずいた。

「で、君は僕とケンカするのが目的だった。兵を使ってのケンカは堪能してくれたでしょ?」
「ああ。水攻めはバレバレだったが、まさかブチ切れた戦乙女ヴァルキリー騎士団をぶつけてくるとはなぁ……、ククク、痛快だったぜ!」

 リョーマは心底面白そうに笑った。
 そう、コイツは最初から若獅子祭の結果がどうなろうとかまわなかったんだ。

「君はそんなバレバレの水攻めにあえて乗って、手持ちの軍勢を犠牲にしてでも強引に川を渡って、いち早くこの場所で潜伏していた。僕とタイマン勝負するだけのために」
「ああ。だから早くやろうぜ?」
「タイマンが終われば君の目的は達成だ。だから、もしよかったらここでグリムリーパーの連中に宣言してくれないか? 『君が負けたら、彼らは最後の一兵までC組のために戦う』と」
「ククク……、なるほどな。鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルにここまで追い込まれても、まだテメェには勝ち筋が見えてるってわけか」

 リョーマは僕の顔から目をそらさずに、周囲のグリムリーパー達に言った。

「テメェら、聞いたな!! オレが負けたら祭が終わるまでコイツがお前らのボスだ。わかったか!」
「「「へい! カシラ!!」」」
「え、かしら……?」
「あ、バカ……」

 メルの言葉に、リョーマが気まずそうに頭をかいた。

「元カシラ、な」
「そ、それって……」 
「ガキの頃にちょっと派手にやらかしちまって、オッサンになるまで牢屋行きになったんだけどな。傭兵稼業グリムリーパーで仕事をこなしてるうちにシャバで暮らせるようになったっていうクソ話しさ」
「な、なんでそんな奴がウチの学校にいるのよ……」
「一見すげぇ悪い奴に見えて、実はいいとこの坊っちゃんっていうのを期待してたんだけど……ただのすげぇ悪い奴だったんだな」
「ククク……。お前のそういうとこが好きだから、オレに目を付けられるんだよ。ほら、もういいだろ? こっちからいくぜ!!」
「っ――!!!」

 突然リョーマの体が沈んで視界から消えたと思うと、僕のみぞおちに強烈な拳がめり込んだ。

「うぐっ、がはっ!!」
「まっちゃんっ!!」

 強烈な嘔吐感と共に、僕は膝からくずおれる。
 まったく見えなかった。

「おい、どうしたよ? まさかこれで終わりってワケじゃねぇだろうな?!」
「ぅぐはっ!!!」

 リョーマのつま先が、膝をついた僕の顔を蹴り飛ばす。
 鼻と口から鮮血が吹き出て、錆びた鉄のような味が口の中に広がった。

「おいおい、マジかよ。……お前、クソ弱ぇじゃねぇか」

 あきれた声でリョーマが言って、グリムリーパーがゲラゲラと笑う声が聞こえてくる。

「あれか? クソ貴族に毒を飲まされて弱体化したっつー与太話を聞いたが、ありゃ本当だったのか?」
「ぐふっ、うぐっ!!」

 僕の襟首を掴んで無理やり引き起こすと、そんな僕の顔面をリョーマがさらに殴り飛ばす。

「それはとってもカワイソウだと思うけどよ……」
「もうやめて!!」

 メルの悲痛な叫び声が聞こえる。

「そんな奴のためにここまで段取り組んでタイマンやったオレがもっとカワイソウだと思わねぇのかよ!」
「んぐっ!! ぐふっ……ふふっ……ふふふっ」
「あ? なんだお前……、笑ってんのか?」

 常に薄ら笑いを浮かべていたリョーマの声が、無機質なものに変わる。
 ……どうやら、怒ったらしい。

「ふふふっ、あはははははっ!!!!」
「何がおかしいんだ、テメェッ!!!!」

 もう、痛みも感じない。
 だって、面白くてしかたがなかった。
 
 僕は薬で弱体化したんじゃない。
 元から最弱なんだ。

 そんな僕に勝手に期待して、リョーマはわざわざ砂漠王国ダミシアンくんだりまで足を運んで、古巣の傭兵団の連中をスカウトして、激流で押し流される味方の頭を踏んづけて強引に川を渡って、僕がここに来るまでずっと待ち構えていて……。

 そんな僕がクソ弱かった。
 たしかに、こんなかわいそうな話があるだろうか。
 リョーマが一番かわいそうだ。
 かわいそうすぎて笑けてくる!!!

「ぷっ、うはははははっ!! はぁ……はぁ……はぁぁ、面白い……死ぬ……」
「ハァ、ハァ……、テメェ……いい加減にしやがれ……!!」

 激昂したリョーマの飛び蹴りを食らって、僕は後方に大きく吹っ飛んだ。
 メルとユキが泣きそうな顔で駆け寄ろうとするのを、グリムリーパー達が阻止した。
 殴られまくった衝撃で意識は朦朧として、脳震盪があるのか、起き上がろうとすると膝がガクガクする。
 不思議だな。召喚体でも脳は揺れるんだ。

「ハァ……、ハァ……、クソ弱いくせにしぶとい野郎だぜ……」
 
 リョーマは激怒して荒い呼吸を繰り返している。
 意識を失いかけているせいか、メルとユキが必死に何かを叫んでいるけど、僕にはもう聞こえない。

「でも、もういいわ。……お前には興味が失せた。正直、ガッカリしたぜ」

 リョーマの眼光が獲物を捉えたジャッカルのようにギラリと光る。

「そろそろ、殺すわ」

 リョーマがカランビットを握り直し、深く息を吸い込みはじめる。
 スー……。

 ん? 待てよ。
 メルとユキの声は聞こえないのに、なぜリョーマの呼吸だけが聞こえるんだろう。
 呼吸……。

 その瞬間。
 リョーマが息を吸い込んだ刹那せつな、僕はすり足でリョーマの側面に回り、振り向きざまに腰に差した漆黒の軍刀サーベル小鳥遊たかなしを振り抜いた。

「な、何――ッッ!!?」

 リョーマのこめかみからほとばしる鮮血が自分の頬を濡らす温かい感触。

「い、今の技は……、ゾフィアの……!?」

 自分が今何をしたのか、どうしてそれができたのか、認識しようとする思考をすべて追い払う。
 今はそんな状況じゃない。
 今すべきことは……、そう、イメージだ。
 何のイメージがいい?
 僕が知っている強い人のイメージ。
 キム、偽ジルベール、ルッ君、花京院、ジョセフィーヌ、ユキ、ゾフィア、アリサ。
 ……でも、そんな強い人の中でもとびっきりカッコいいのが、メルだ。
 
 戦闘中のカッコいいメルの姿を、その横顔をいつも見てたから、僕は容易に思い出せる。
 彼女の流れるような美しい剣さばき。
 流星のように相手の懐に飛び込み、閃光のような三段突きを繰り出す……。
 そう、僕にとっては彼女こそが本物の戦乙女ヴァルキリーだ。

「それは剣ではなく、道具だ。右腕が少し伸びたのだと思って、新しい右手を動かすのだと思って使ってみるといい」

 偽ジルベールが以前、教室で僕に言ってくれた言葉を思い出す。
 僕の新しい右手。
 この右手を、メルみたいに動かすことができたら。
 
 ……ああ、そんな人生は、きっととても楽しいだろう。

「がふっ!!!!」

 喉元を手で押さえて、リョーマが膝を付いた。
 その指の間から、赤い液体がみるみる溢れ出てくる。

「へへ……へへへ……、なんだよ……めちゃくちゃ強ぇじゃねかよ……」

 今にも倒れ落ちそうになりながら、それでも僕の顔を見ようと必死に顔を上げて、リョーマが笑う。

「よ、弱いフリしてボコされやがって……、悪趣味なのは……テメェの方……」

 そこまで言うと、リョーマはついに地面に突っ伏した。

「は、ははは……、きっと、クラスのみんなは誰も信じてくれないだろうね……」

 メルとユキが近づいてくるのがぼんやりとわかる。
 その後ろからこっちに駆けているのは……アリサ……?
 ああ、鋼鉄の咆哮シュタールゲブリュルの戦列がもうあんなところまで……。

 急がなきゃ。
 急がなきゃいけないのに……。
 みんなのためにも早く……。

 そこまで考えたところで、僕の意識は急速に遠のいていった。
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