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第二十七章「クラン戦」(4)
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「と、まぁ、大まかな作戦はこうだ」
「大まかすぎないか……」
僕の作戦案を聞いて、ヴェンツェルが言った。
「どのぐらい集まるかわかんないし、敵の数も未知数だし、ま、仕方ないよね」
「いや、そうは言ってもだな……」
「軍師殿は他にいい策はある?」
「そ、そう言われると何もないんだが、君ならもっといい策が……」
古今東西の軍師がおそらく一度も言ったことがないようなことを軍師が言った。
「前回と違って地形を選べないし、舗装された市街地だから工夫の仕様もないんだよう。ヴェンツェルの得意な落とし穴も掘れないし、落石もできないし……」
「軍師はとにかく落とし穴掘って石落とすみたいな偏見やめろ……」
「ヴェンツェルもさぁ、もっとこう、軍師っぽいことできないの? 祈祷して東南の風を吹かせるとかさぁ」
「……市街地に風を吹かせてどうするんだ?」
「戦ってる時、涼しい」
「はぁ……、君はいつも困難な課題をクリアしてきたが、側にいる僕はいつも君以上にヒヤヒヤさせられている。たまには余裕でクリアしてくれたって、バチは当たらないんじゃないか……」
「当たるよ」
僕はヴェンツェルに言った。
「ヴェンツェルはヒヤヒヤするのが仕事だよ。僕たちが負ける時があるとすれば、それは君が余裕をかますようになった時だと思うよ」
僕がそう言うと、ヴェンツェルはハッとした顔で僕を見上げた。
「……至言だな。肝に銘じよう」
「さて、と」
僕はヴェンツェルの右手を掴んで、五色のガラス玉をその上にのせた。
「そんな策のない軍師殿に仕事を授けよう」
「む、なんだ?」
「僕はこれから、いろいろ準備があるから、軍師殿はこのガラス玉を持って現地に行って、転がしてきてくれない?」
僕がそう言うと、ヴェンツェルが肩をぷるぷる震わせた。
「僕は退屈した猫か!! いくら策がないからといって、私にも他にやることが……」
「いやいや、これは重要なことなのだよ。ヴェンツェル君」
僕は机上に置いた、花京院が描いた地図を指差した。
「この花京院の地図によると、城に至るための道はすべて、用水路が幾重にも配置されているため、狭い幅の道がまるで迷路のように張り巡らされている」
「ああ、そうだ」
「で、花京院の地図を見る限り、段差のようなものや、橋のようなものはなく、すべて舗装された平坦な道が続いている」
「ああ。……それで?」
「完全に平坦な道というのはめったにない。きっと、少しだけ傾斜があるはずだ」
「……それはそうだろうが……、それがどうかしたのか?」
「そのガラス玉を転がして、それぞれの傾斜がどうなっているかを確認し、花京院の地図に矢印で書き記してきて欲しい」
僕はヴェンツェルに向かって、にっこりと笑った。
「最高に期待通りなら、市街地での戦闘はそれだけで決着が着く」
「殿ーっ!!」
「おー、おっつぁん達、よく来てくれたね」
ヴェンツェルとの会議を解散して、僕はキルヒシュラーガー邸の外でソリマチ隊長たち、ベルゲングリューン騎士団の面々を待っていた。
ちなみに、リザーディアン達にはすでにベルゲングリューン領で戦支度をしてもらっている。
「また戦争おっぱじめるって、ほんとけ?」
「ほんとほんと。ケンカ売っちゃったっていうか、買っちゃったっていうか……」
「ワシらの殿様は戦好きで困っちまーなー!」
「ほんま、ひいひいひいひいじいさんの頃から戦なんてしちょらんかったのに、殿に関わってからこっち、戦ばかりじゃけんのう!」
「「「わはははははは!」」」
ソリマチ隊長たちが陽気に笑った。
「それで、アレは間に合った?」
「おうおう、それよ。バッチリ間に合ったぞい!」
ソリマチ隊長が後ろの荷台を指差した。
鋼鉄製の尖った何かがぎっしり詰まったものと、大量の金網が露出している。
「でも、城攻めなんじゃろ? こんなもんがなんの役にたつんじゃろか」
「殿が言うちょるんじゃから、ワシらが考えつかんようなことを考えちょるんじゃろ」
「今回の戦いはね、防衛戦なんだよ」
僕はにんまりと笑った。
「攻城戦だけど、防衛戦なんだ」
「防衛戦? 何を守るんじゃ?」
「上手くいかなかった時に恥ずかしいから、今はナイショ」
僕は待機場所やその他の細かな打ち合わせをしてから、ソリマチ隊長たちと別れた。
『ベルゲングリューン伯、今、お時間はよろしいですかな』
キルヒシュラーガー邸の中庭に戻る途中、突然魔法伝達の通信が入った。
『お、ギュンターさん。……どうでした?』
『画商や画材商を巡って、なんとか三樽分ほどは確保できましたよ』
『さすがギュンターさん! 急なお願いだったのに……』
『ただ、少々値は張ります』
『ですよねー……』
具体的なコストを聞いて、僕は頭の中で計算した、
ここ最近、冒険やクラン設立で散財しまくっているので、なかなかの痛手だ。
今のところはどうにかやっていけるけど、そろそろなんとかしなければ。
「おかえりー」
「ただいま」
ユキに挨拶を返した。
プレゼントしたカランビットナイフに、椿油を塗り込んでいるようだ。
「忙しそうだな」
「キムはヒマそうだね」
「盾がもうちょいかかるらしくてなー。受け取りはクラン戦の直前になりそうだ」
「そっか」
僕が特注した盾はこだわりの逸品だから、時間がかかっているのだろう。
「なんかやることがあるなら言ってくれ。とりあえず準備は出来てる」
「おっけー。もうすぐ、エタン率いるベアール子爵家直属の重装騎士たちと合流するからさ、その時の打ち合わせに参加してくれればいいよ」
「おー、エタンが来るのか! 了解」
「あとは……、と」
僕がやらなければならないことを頭の中で優先順に並べ替えていると、ゾフィアが邸外からやってきた。
「殿、来客だ。 どうしても殿に目通りしたいとのことだ」
「目通りって……」
僕が苦笑してゾフィアの方を向くと、隣に見たことがない女性が立っていた。
鳥打帽を目深に被った、小さな丸メガネをかけた緑髪の女性。
エルフほどではないけど、耳が少し尖っている。
おそらくハーフエルフだろう。
「お初にお目にかかります、ベルゲングリューン伯。私は……ハッ?!」
ハーフエルフの女性は、挨拶の途中で眼鏡に手をかけて、ものすごい形相で僕の右上の方を凝視した。
「ふおっ!! 魔法情報票の内容がめちゃくちゃ増えているッ?!」
「あ、あの……」
「龍帝?! 龍帝ってナニ!? 学生なのに伯爵どころか帝! 帝を名乗っちゃってるよ!」
「え、えっと……」
「リザーディアンの統治者?! え、リザーディアンを統治しちゃったの!?って、えっ!? 混沌と破壊の魔女に愛されし者って……、いやいやいや!! 何をどうやったらこんな恐ろしすぎる称号がッ……! えええええぇぇぇっ!! 黒薔薇に愛されし者?! 黒薔薇のミスティ?! えっ、ゴシップ!! これ超ゴシップじゃない!? おまけに聖女に愛されし者って……、なにこの愛されし者シリーズ!!」
「おまけにって……」
ハーフエルフの女性が無邪気にアリサのプライドを傷つけた。
「べべべべべべりげんぐりゅー……」
「言えてないから!」
「ベルゲングリューン伯!! これは一体どういうことなんですかッッ!! 若獅子祭からそんなに日が経ってないのに、この短期間の間に何が……ハッ!? まさか、劣等生のフリして魔法学院に行って隕石群召喚魔法をぶっ放してグラウンドを穴だらけにしたっていうことと何か関係が……!!」
「フリじゃないから!!!」
僕は思わずツッコんだ。
すると、ハーフエルフの女性は、エサを投下されたハイエナのように食いついてきた。
「ほう、フリじゃないとおっしゃる?! つまり、ご自身は劣等生だと思っていたら、隕石群召喚魔法をぶっ放してしまったと! これは新解釈だわ……!!!」
「お、おい、誰かこいつをつまみだしてくれ……」
「ぷっ、その辺にしてあげてよ。メアリーさん」
ユキが言った。
「あれ、ユキの知り合い?」
「オレも知ってる」
キムまで?
「ふぅ、申し遅れました。私はこういうものです」
メアリーというハーフエルフの女性は、四角くカットした羊皮紙を貼り合わせたものを僕に手渡した。
そこには氏名と役職、連絡先が書かれていた。
「……イグニア新聞 新聞記者 メアリー・ボードレール。ベルゲングリューン伯専属番記者?! ん、人気漫画『爆笑伯爵ベルゲンくん』担当編集……お、おまえかー!!! 諸悪の根源はおまえかー!!!!」
「ま、待って! 伯爵!伯爵ッ!! わ、私は知る権利と報道の自由を……ぎゃあああああ」
僕は問答無用で、メアリーのこめかみを拳でぐりぐりした。
「アホみたいな顔で鼻水垂らした僕に机の上で脱糞させる漫画を売るのがおのれの報道の自由なのか!!」
「だ、だからって、うら若き乙女のこめかみをぐりぐりするなんて……っ」
「記事にすればいいだろ……、ベルゲングリューン伯は男女隔たりなく接する公明正大なお方でしたってなー!」
「ぎゃああああああ!!」
ユキとキムが彼女のことを知っていたのは、成績表とか、僕の話をリークしたからか。
僕が「爆笑王」なんていう称号を得ることになってしまったのも、このメアリーとかいう新聞記者のせいらしい。
「はぁ、はぁ……。権力者の圧力に屈せず、報道姿勢を貫く私……、グッジョブ」
「何がグッジョブだ」
心底げんなりした僕に、メアリーは右手の人差指を振りながら、チッチッチ、と口を鳴らした。
この表情、なんか腹たつなぁ……。
「伯爵ぅ、私にそんな態度を取っていいんですかぁ?」
「なんだ、逆らったら捏造記事を書くってのか? イグニアの子供たちに机の上で脱糞する奴だと思われた僕が、今さらそんなことを恐れるとでも……?」
僕が握りこぶしを作って、ハァーっと息を吹きかける動作をすると、メアリーが慌てたように手を振った。
「ち、違いますよう!! 私の情報力が、きっと貴方の役に立つということをですね……」
「机の上で脱糞するようなデマを流布する奴の情報力を、僕が信用するとでも……?」
「あれはデマではなく誇張です!! 花瓶を花瓶のまま描く画家がいますか!?」
「いるでしょう……」
「た、たしかにいますけど!!」
つ、疲れる。
この人と話してると、めっちゃ疲れる……。
「綿密な取材による人物像の投影が、リアリティのある誇張を生むんです!」
「ほう、つまり、君はこう言うわけだな? 僕が授業中に机の上で脱糞するのはリアリティがあると。僕ならやりかねないと」
「あ……」
メアリーが語るに落ちた、をまさに絵に描いたような顔をした。
が、すぐに違うことに関心が移ったように、目を輝かせた。
「ベルゲングリューン伯って、本当に頭がいいんですねぇ! そんな反応を返すってことは、私の説明を正しく理解していたってこと。やっぱり逸材だわ……」
現場に視察に向かったヴェンツェルとエレイン以外の、この場にいる周囲のみんなは、必死に笑いをこらえていた。
キムとルッ君と花京院、ジョセフィーヌは笑いすぎて涙を流している。
ユキはお腹をおさえたまま中庭の地面に転がっている。
ミヤザワくんは後ろを向いているけど肩が震えているし、ジルベールは本を読んでいて顔はわからないけど、本が小刻みに震えている。
ミスティ先輩とアリサ、メル、テレサは互いの肩を支え合うようにして笑いをこらえている。
「……ゾフィア、メアリーさんがお帰りみたいだから、入り口まで送ってあげてくれない?」
僕は唯一笑っていないゾフィアに声を掛けた。
やっぱり、ゾフィアは違うな。
僕がそんなことを考えていると、ゾフィアが顔を上げて、キリッとした表情で言った。
「了解した」
めっちゃ涙と鼻水を流していた。
「おまえも笑うんかい!!」
「個人的にはもう少し貴殿の話を聞いていたかったが……、殿は今ご多忙なのだ。さ、こちらへ……」
「ま、待って、まだ話が! ここからが、ここからが本題なのにぃぃ!!」
叫ぶメアリーを、ゾフィアがずるずると引きずって行く。
その時、メアリーが手に持っていた手帳から、はらりと一枚の羊皮紙が落ちた。
(ん?……)
僕はそれを何気なく拾い上げる。
「こ、これは……」
羊皮紙の一番上には、こう書かれていた。
「暁の明星 クラン戦 参加者リスト」と……。
その下に、各クランや参加者の名前がびっしりと書かれていた。
「ゾフィア、ごめん、ちょっと待って」
僕はメアリーを連行するゾフィアを呼び止めた。
「……詳しく話を聞こうか。メアリーさん」
「と、まぁ、大まかな作戦はこうだ」
「大まかすぎないか……」
僕の作戦案を聞いて、ヴェンツェルが言った。
「どのぐらい集まるかわかんないし、敵の数も未知数だし、ま、仕方ないよね」
「いや、そうは言ってもだな……」
「軍師殿は他にいい策はある?」
「そ、そう言われると何もないんだが、君ならもっといい策が……」
古今東西の軍師がおそらく一度も言ったことがないようなことを軍師が言った。
「前回と違って地形を選べないし、舗装された市街地だから工夫の仕様もないんだよう。ヴェンツェルの得意な落とし穴も掘れないし、落石もできないし……」
「軍師はとにかく落とし穴掘って石落とすみたいな偏見やめろ……」
「ヴェンツェルもさぁ、もっとこう、軍師っぽいことできないの? 祈祷して東南の風を吹かせるとかさぁ」
「……市街地に風を吹かせてどうするんだ?」
「戦ってる時、涼しい」
「はぁ……、君はいつも困難な課題をクリアしてきたが、側にいる僕はいつも君以上にヒヤヒヤさせられている。たまには余裕でクリアしてくれたって、バチは当たらないんじゃないか……」
「当たるよ」
僕はヴェンツェルに言った。
「ヴェンツェルはヒヤヒヤするのが仕事だよ。僕たちが負ける時があるとすれば、それは君が余裕をかますようになった時だと思うよ」
僕がそう言うと、ヴェンツェルはハッとした顔で僕を見上げた。
「……至言だな。肝に銘じよう」
「さて、と」
僕はヴェンツェルの右手を掴んで、五色のガラス玉をその上にのせた。
「そんな策のない軍師殿に仕事を授けよう」
「む、なんだ?」
「僕はこれから、いろいろ準備があるから、軍師殿はこのガラス玉を持って現地に行って、転がしてきてくれない?」
僕がそう言うと、ヴェンツェルが肩をぷるぷる震わせた。
「僕は退屈した猫か!! いくら策がないからといって、私にも他にやることが……」
「いやいや、これは重要なことなのだよ。ヴェンツェル君」
僕は机上に置いた、花京院が描いた地図を指差した。
「この花京院の地図によると、城に至るための道はすべて、用水路が幾重にも配置されているため、狭い幅の道がまるで迷路のように張り巡らされている」
「ああ、そうだ」
「で、花京院の地図を見る限り、段差のようなものや、橋のようなものはなく、すべて舗装された平坦な道が続いている」
「ああ。……それで?」
「完全に平坦な道というのはめったにない。きっと、少しだけ傾斜があるはずだ」
「……それはそうだろうが……、それがどうかしたのか?」
「そのガラス玉を転がして、それぞれの傾斜がどうなっているかを確認し、花京院の地図に矢印で書き記してきて欲しい」
僕はヴェンツェルに向かって、にっこりと笑った。
「最高に期待通りなら、市街地での戦闘はそれだけで決着が着く」
「殿ーっ!!」
「おー、おっつぁん達、よく来てくれたね」
ヴェンツェルとの会議を解散して、僕はキルヒシュラーガー邸の外でソリマチ隊長たち、ベルゲングリューン騎士団の面々を待っていた。
ちなみに、リザーディアン達にはすでにベルゲングリューン領で戦支度をしてもらっている。
「また戦争おっぱじめるって、ほんとけ?」
「ほんとほんと。ケンカ売っちゃったっていうか、買っちゃったっていうか……」
「ワシらの殿様は戦好きで困っちまーなー!」
「ほんま、ひいひいひいひいじいさんの頃から戦なんてしちょらんかったのに、殿に関わってからこっち、戦ばかりじゃけんのう!」
「「「わはははははは!」」」
ソリマチ隊長たちが陽気に笑った。
「それで、アレは間に合った?」
「おうおう、それよ。バッチリ間に合ったぞい!」
ソリマチ隊長が後ろの荷台を指差した。
鋼鉄製の尖った何かがぎっしり詰まったものと、大量の金網が露出している。
「でも、城攻めなんじゃろ? こんなもんがなんの役にたつんじゃろか」
「殿が言うちょるんじゃから、ワシらが考えつかんようなことを考えちょるんじゃろ」
「今回の戦いはね、防衛戦なんだよ」
僕はにんまりと笑った。
「攻城戦だけど、防衛戦なんだ」
「防衛戦? 何を守るんじゃ?」
「上手くいかなかった時に恥ずかしいから、今はナイショ」
僕は待機場所やその他の細かな打ち合わせをしてから、ソリマチ隊長たちと別れた。
『ベルゲングリューン伯、今、お時間はよろしいですかな』
キルヒシュラーガー邸の中庭に戻る途中、突然魔法伝達の通信が入った。
『お、ギュンターさん。……どうでした?』
『画商や画材商を巡って、なんとか三樽分ほどは確保できましたよ』
『さすがギュンターさん! 急なお願いだったのに……』
『ただ、少々値は張ります』
『ですよねー……』
具体的なコストを聞いて、僕は頭の中で計算した、
ここ最近、冒険やクラン設立で散財しまくっているので、なかなかの痛手だ。
今のところはどうにかやっていけるけど、そろそろなんとかしなければ。
「おかえりー」
「ただいま」
ユキに挨拶を返した。
プレゼントしたカランビットナイフに、椿油を塗り込んでいるようだ。
「忙しそうだな」
「キムはヒマそうだね」
「盾がもうちょいかかるらしくてなー。受け取りはクラン戦の直前になりそうだ」
「そっか」
僕が特注した盾はこだわりの逸品だから、時間がかかっているのだろう。
「なんかやることがあるなら言ってくれ。とりあえず準備は出来てる」
「おっけー。もうすぐ、エタン率いるベアール子爵家直属の重装騎士たちと合流するからさ、その時の打ち合わせに参加してくれればいいよ」
「おー、エタンが来るのか! 了解」
「あとは……、と」
僕がやらなければならないことを頭の中で優先順に並べ替えていると、ゾフィアが邸外からやってきた。
「殿、来客だ。 どうしても殿に目通りしたいとのことだ」
「目通りって……」
僕が苦笑してゾフィアの方を向くと、隣に見たことがない女性が立っていた。
鳥打帽を目深に被った、小さな丸メガネをかけた緑髪の女性。
エルフほどではないけど、耳が少し尖っている。
おそらくハーフエルフだろう。
「お初にお目にかかります、ベルゲングリューン伯。私は……ハッ?!」
ハーフエルフの女性は、挨拶の途中で眼鏡に手をかけて、ものすごい形相で僕の右上の方を凝視した。
「ふおっ!! 魔法情報票の内容がめちゃくちゃ増えているッ?!」
「あ、あの……」
「龍帝?! 龍帝ってナニ!? 学生なのに伯爵どころか帝! 帝を名乗っちゃってるよ!」
「え、えっと……」
「リザーディアンの統治者?! え、リザーディアンを統治しちゃったの!?って、えっ!? 混沌と破壊の魔女に愛されし者って……、いやいやいや!! 何をどうやったらこんな恐ろしすぎる称号がッ……! えええええぇぇぇっ!! 黒薔薇に愛されし者?! 黒薔薇のミスティ?! えっ、ゴシップ!! これ超ゴシップじゃない!? おまけに聖女に愛されし者って……、なにこの愛されし者シリーズ!!」
「おまけにって……」
ハーフエルフの女性が無邪気にアリサのプライドを傷つけた。
「べべべべべべりげんぐりゅー……」
「言えてないから!」
「ベルゲングリューン伯!! これは一体どういうことなんですかッッ!! 若獅子祭からそんなに日が経ってないのに、この短期間の間に何が……ハッ!? まさか、劣等生のフリして魔法学院に行って隕石群召喚魔法をぶっ放してグラウンドを穴だらけにしたっていうことと何か関係が……!!」
「フリじゃないから!!!」
僕は思わずツッコんだ。
すると、ハーフエルフの女性は、エサを投下されたハイエナのように食いついてきた。
「ほう、フリじゃないとおっしゃる?! つまり、ご自身は劣等生だと思っていたら、隕石群召喚魔法をぶっ放してしまったと! これは新解釈だわ……!!!」
「お、おい、誰かこいつをつまみだしてくれ……」
「ぷっ、その辺にしてあげてよ。メアリーさん」
ユキが言った。
「あれ、ユキの知り合い?」
「オレも知ってる」
キムまで?
「ふぅ、申し遅れました。私はこういうものです」
メアリーというハーフエルフの女性は、四角くカットした羊皮紙を貼り合わせたものを僕に手渡した。
そこには氏名と役職、連絡先が書かれていた。
「……イグニア新聞 新聞記者 メアリー・ボードレール。ベルゲングリューン伯専属番記者?! ん、人気漫画『爆笑伯爵ベルゲンくん』担当編集……お、おまえかー!!! 諸悪の根源はおまえかー!!!!」
「ま、待って! 伯爵!伯爵ッ!! わ、私は知る権利と報道の自由を……ぎゃあああああ」
僕は問答無用で、メアリーのこめかみを拳でぐりぐりした。
「アホみたいな顔で鼻水垂らした僕に机の上で脱糞させる漫画を売るのがおのれの報道の自由なのか!!」
「だ、だからって、うら若き乙女のこめかみをぐりぐりするなんて……っ」
「記事にすればいいだろ……、ベルゲングリューン伯は男女隔たりなく接する公明正大なお方でしたってなー!」
「ぎゃああああああ!!」
ユキとキムが彼女のことを知っていたのは、成績表とか、僕の話をリークしたからか。
僕が「爆笑王」なんていう称号を得ることになってしまったのも、このメアリーとかいう新聞記者のせいらしい。
「はぁ、はぁ……。権力者の圧力に屈せず、報道姿勢を貫く私……、グッジョブ」
「何がグッジョブだ」
心底げんなりした僕に、メアリーは右手の人差指を振りながら、チッチッチ、と口を鳴らした。
この表情、なんか腹たつなぁ……。
「伯爵ぅ、私にそんな態度を取っていいんですかぁ?」
「なんだ、逆らったら捏造記事を書くってのか? イグニアの子供たちに机の上で脱糞する奴だと思われた僕が、今さらそんなことを恐れるとでも……?」
僕が握りこぶしを作って、ハァーっと息を吹きかける動作をすると、メアリーが慌てたように手を振った。
「ち、違いますよう!! 私の情報力が、きっと貴方の役に立つということをですね……」
「机の上で脱糞するようなデマを流布する奴の情報力を、僕が信用するとでも……?」
「あれはデマではなく誇張です!! 花瓶を花瓶のまま描く画家がいますか!?」
「いるでしょう……」
「た、たしかにいますけど!!」
つ、疲れる。
この人と話してると、めっちゃ疲れる……。
「綿密な取材による人物像の投影が、リアリティのある誇張を生むんです!」
「ほう、つまり、君はこう言うわけだな? 僕が授業中に机の上で脱糞するのはリアリティがあると。僕ならやりかねないと」
「あ……」
メアリーが語るに落ちた、をまさに絵に描いたような顔をした。
が、すぐに違うことに関心が移ったように、目を輝かせた。
「ベルゲングリューン伯って、本当に頭がいいんですねぇ! そんな反応を返すってことは、私の説明を正しく理解していたってこと。やっぱり逸材だわ……」
現場に視察に向かったヴェンツェルとエレイン以外の、この場にいる周囲のみんなは、必死に笑いをこらえていた。
キムとルッ君と花京院、ジョセフィーヌは笑いすぎて涙を流している。
ユキはお腹をおさえたまま中庭の地面に転がっている。
ミヤザワくんは後ろを向いているけど肩が震えているし、ジルベールは本を読んでいて顔はわからないけど、本が小刻みに震えている。
ミスティ先輩とアリサ、メル、テレサは互いの肩を支え合うようにして笑いをこらえている。
「……ゾフィア、メアリーさんがお帰りみたいだから、入り口まで送ってあげてくれない?」
僕は唯一笑っていないゾフィアに声を掛けた。
やっぱり、ゾフィアは違うな。
僕がそんなことを考えていると、ゾフィアが顔を上げて、キリッとした表情で言った。
「了解した」
めっちゃ涙と鼻水を流していた。
「おまえも笑うんかい!!」
「個人的にはもう少し貴殿の話を聞いていたかったが……、殿は今ご多忙なのだ。さ、こちらへ……」
「ま、待って、まだ話が! ここからが、ここからが本題なのにぃぃ!!」
叫ぶメアリーを、ゾフィアがずるずると引きずって行く。
その時、メアリーが手に持っていた手帳から、はらりと一枚の羊皮紙が落ちた。
(ん?……)
僕はそれを何気なく拾い上げる。
「こ、これは……」
羊皮紙の一番上には、こう書かれていた。
「暁の明星 クラン戦 参加者リスト」と……。
その下に、各クランや参加者の名前がびっしりと書かれていた。
「ゾフィア、ごめん、ちょっと待って」
僕はメアリーを連行するゾフィアを呼び止めた。
「……詳しく話を聞こうか。メアリーさん」
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※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
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2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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