119 / 199
第二十七章「クラン戦」(10)
しおりを挟む
10
二人の大魔導師による双属性大魔法なんていう大技と召喚魔法をことごとく無効化どころか反射され、その使用者を失った敵陣営は一気に守勢に入った。
クラン戦の制限時間切れを狙う作戦なのだろう。
攻城戦であるクラン戦には制限時間があり、攻城側がどれだけ優勢であっても時間になれば守りきったということで防衛側の勝利となる。
だからクラン戦は基本的に防衛側が有利であり、そんな有利を覆して城持ちとなったクランはその実力と人脈を内外に知らしめることとなる。
(やっぱり……あと一手、あと一手が足りないんだよなぁ)
高台に残っている兵が少し多すぎる。
大手クランの驕りで、もう少しこちらに攻めてきてくれると思っていたんだけど、大手クラン
とそれに協力する連中はそこまで甘くなかったようだ。
『メッコリン先生、ケツはどう?』
『お前に言われた通りの手順で矢を抜き、アンナリーザくんにさんざん笑われながら回復魔法してもらったよ……。なにか大切なものを失った気分だ』
『先生は失ってばかりですね』
『髪を失ったみたいに言うな! 頭皮はまだ生きてる!』
メッコリン先生が敏感に反応した。
『ヴェンツェル、ユリシール殿は?』
『君がむしった兜の羽飾りを付け直すと言って、ジョセフィーヌの所に行った。ジョセフィーヌは替えの羽飾りを持っているらしい』
『そ、そう……。その……、ご機嫌は?』
『……ぶりぶり怒っていらっしゃった。しばらくは口をきいてもらえないんじゃないか』
ヴァイリスの至宝、ユリーシャ王女殿下を避雷針にしておいて、口をきいてもらえるとかそういう話で済ませてしまうあたり、ヴェンツェルもいよいよ僕らの色に染まってきた感があるな。
「大丈夫ですの?」
「うん?」
高台の部隊をじっと見つめながら魔法伝達を送っていた僕に、アーデルハイドが声をかけてきた。
「さっきから、ずいぶん手詰まりしているように見えますけど……」
「ふっふっふ、君にはそう見えるのかね」
「な、なんですの……」
僕が笑うと、アーデルハイドが怪訝そうな顔を見せる。
「殿! できましたぞー!!」
その時、ソリマチ隊長の声が後ろから聞こえてきた。
ソリマチ隊長とその部下が、木製の台座のようなものを担いで持ってきた。
見ようによっては、祭祀台に見えなくもない。
……見ようによっては。
「言われちょったもんを大工衆に作らせてみた。……なかなかのもんじゃろう?」
「おお、すごいねー! 予想以上のデキだ。 大工さんたち、よくこの短時間でこんなのが作れるよね」
「運搬用の荷車を片っ端からぶっ壊して作りよったけん、そこら辺にハトのフンとかがこびり付いちょうけど、その辺は勘弁してごせな?」
「上等上等!! 向こうからは見えないし」
僕はその祭祀台を自陣前方の一番中央に配置してもらって、その上に乗ろうとしたところで、ジョセフィーヌに声を掛けられた。
「まつおちゃん、まつおちゃん! ちょっと」
小声で言うジョセフィーヌの方を振り返って、僕は思わず「おわっ」と声を出してしまった。
「ユ、ユリシール殿……それは……」
「……何も言うでない。 槍を頭に刺して歩くよりはマシであろう?」
ユリシール殿が震える声で言った。
ユリシール殿の兜の天辺には、目にも鮮やかな羽飾りがそそり立っている。
……問題は、鮮やかすぎることだった。
見ているだけで目がチカチカするようなどぎついピンク。
限りなく紫色に近いピンク色の羽根は、戦場に赴く騎士というよりは、まるで何かのカーニバルに参加するかのような……。
「よくわからないんだけど、まつおちゃん、そのお立ち台に立ってハッタリをかますんでしょ? だったらホラ、これを持っていきなさい」
僕がそう言って渡されたのは大きな羽扇子だった。
もこもこした、ユリシール殿と同じ、どぎついピンク色の羽根が付いた羽扇子。
「い、嫌だよ!! っていうか、こんなもんどこで買ってくるんだよ!」
「あらやだ、どこにも売ってないわよぉ。アタシのお手製なんだから」
「とにかく、この色は無理! ……せめて白とかないの?」
「ウフフ、さすがまつおちゃん、わかってるわねぇ。本物のいい女は、何者にも染まらない白で勝負するのよね!!」
ジョセフィーヌはそう言うと、奥でごそごそとやり始め、本当に白い羽扇子と、よくわからないキラキラしたものがいっぱい付いた白い毛皮のコートを持ってきた。
僕が唖然としている間に、ジョセフィーヌがウキウキして僕に羽織らせて、右手に白い羽扇子を持たせた。
「君ね……、どうしてこんなものを戦場に持ってきているのかな……」
僕の力ないツッコミなど耳に入らないように、ジョセフィーヌが嬌声を上げた。
「あらぁ! あらあらぁ! さすがまつおちゃんの見立てね! 黒い衣装とのコントラストが映えるわぁ! 東方の大軍師みたいよ!!」
「どこの東方の大軍師がこんなキラキラしたコートを着るんだよ!」
僕とちらっと目が合ったアーデルハイドが慌てて目をそらした。
ユキとメル、アリサ、テレサ、右側用水路側の制圧から戻ってきたミスティ先輩は笑いをこらえ、ジルベールは笑い転げている。
(ちょ、ちょっと、アウローラ! 君のファッションが大変なことになっているぞ! 止めなくていいの?! っていうか止めて!)
『あっはっは!! よく似合っているではないか!!』
アウローラは予想外に上機嫌だった。
(と、とにかく、こんなものを着るわけには……)
慌てて脱ごうとする僕の手を、ユリシール殿がものすごい力でガッシリと掴んだ。
「……」
おのれも道連れじゃ……、着ろ……。
甲冑でお顔は見えないけど、無言の圧力を感じた。
……ま、まぁ、高台の連中からはキラキラしているのは見えないだろうからいいか……。
僕は意を決して、急造の祭祀台へと足を運んだ。
バァァン!!!
(な、なんだぁ?!)
僕が登壇するのに合わせて、屈強な一人のリザーディアンが勝手に空気を読んで、進軍の際は彼が必ず持ち歩くという銅鑼を叩いた音が、戦場全体に響き渡る。
「龍帝陛下の、ご出座ァァァァァァッッッ!!!!」
(わっ、バカ!! ユリーシャ王女殿下の御前で『龍帝陛下』とか言うバカがいるか!!)
勝手に空気を読んだ長老の側近が大声でそう宣言すると……。
バァァン!!!
バン!バン!バン!バン!バン!バン!
ババババババババババババ……!
銅鑼の音に合わせて、いつの間にか、勝手に空気を読んで集結していたリザーディアンの兵士たちが勝手に空気を読んで一斉にひざまずいた。
「な、なんだ……何が始まるんだ……」
「龍帝……、龍帝ってナニ?」
「ベルゲングリューン伯のあの格好……、伯は気でも狂ったのか?」
祭祀台に立つ僕は弓の格好の的なので、メルたちは笑いをこらえながらも警戒してくれているのだけれど、僕の挙動を見て呆気に取られているのか、敵陣営の誰もが固唾を呑んで見守っている。
(やりすぎな気がするけど……こ、こうなったら、腹をくくってやりきっちゃうしかない……)
僕は白い羽扇子を振り上げた。
ふわっとジョセフィーヌの香水のいい匂いがするのが、たまらなく嫌である。
「暁の明星とかいうインチキクランと、そのおこぼれに群がるフンコロガシ諸君!!!」
僕は高らかに叫んだ。
「大手クランの召喚魔法師というから上位竜でも召喚するのかと思えば、安い犬コロ三匹とは、まったくもって興ざめだ!! この神聖なる戦いをなんと心得る!!」
「ア、上位竜だと……? ハッタリすぎるだろ……」
上位竜は金星冒険者が束になって戦っても全滅必至という、ほとんど伝説上の魔物だ。
神龍と呼ばれる水晶の龍の一つ格下が竜族を束ねる竜王、その一つ格下がアークドラゴンだと言えばわかりやすいかもしれない。
「い、いや、でもあいつら、召喚されたヘルハウンド三体を寝返らせて、召喚者を食い殺させてたぞ……」
「召喚獣を寝返らせるって、どんなデタラメだよ……」
それは本当にデタラメだと僕も思う。
鞭を握ったテレサは、たぶん何か別の、獣世界の女王様のような存在になっているに違いない。
「今から私が、真の召喚魔法というものを見せてやろう!! このベルゲングリューンに牙を剥いたこと、末代まで後悔するがいいッ!!」
僕はそう言いながら、白い羽扇子で六芒星を描き始める。
これまでのたくさんの成功とも失敗ともつかない魔法発動で、気がついたことがある。
魔法はイメージ、感情をエネルギーに。
もちろんそうだ。
だが、僕にとって一番重要な要素に気がついた。
それは、重圧だ。
劣等生の僕が、自分の能力以上の力を発揮できた時というのは、身の丈を超えるプレッシャーに晒された時だ。
だから、今回は、それを意図的にやってみることにしたのだ。
ソリマチ隊長たちに急ごしらえで祭祀台を作ってもらい、こうして高らかにハッタリをかますことで、自分に対するハードルを爆上げしてみることにしたのだ。
(下から上に『/』こう書いて、上から下に『\』こうで、右から左に『_』こう書く。次にそこから下に『/』、左から大きく『_』こう書いて、なんだっけ、あ、間違えた)
途中で少し怪しくなったのを適当にごまかしながらも、僕は強引に術式を発動させた。
白い羽扇子が描いた通りに、虚空に六芒星の光が浮かび上がる。
僕はそのまま羽扇子を振りかざして、馬防柵による封鎖線の内側でひしめき合っている敵陣のど真ん中を指した。
「我が召喚に応じ、今こそ現出せよ!! この世で最も恐ろしき者よッッ!!!」
カッ――!!
敵陣営の冒険者たちの足元に、巨大な魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと回転しはじめた。
「お、おいっ、マジで発動してるっぽいぞ……!?」
「あいつ、召喚魔法師どころか冒険者ですらないんだろ!? 何者なんだ……」
「君主が万能職っていう話は聞いたことあるけど、召喚魔法まで使えるなんて……」
「っていうか、召喚陣がめちゃくちゃデカいぞ! ま、まさか、本当に上位竜が……?」
「に、逃げろっ!!」
「だ、だめだ……、もう間に合わん……!」
冒険者たちが大きくどよめく中、バチバチバチと召喚陣に電流のようなものがほとばしり、戦場全体をまばゆい閃光が包み込んだ次の瞬間……。
「おわっ、な、な、なんだ!?」
……イグニア新聞を広げて便器に座ったおっさんが、敵陣のど真ん中に出現した。
「……」
「……」
「……」
「ぷっ」
「「「「「「「「「うわはははははははははははははははははは!!!!!!」」」」」」」」」
緊迫した戦場に、大爆笑が巻き起こった。
「おっさん!! 上位竜どころか、クソ途中のただのおっさん!!」
「うはははは!!! なんで便器ごと召喚してんだよ!! おっさんだけでいいだろ!!!」
「さ、さすが爆笑王……、たしかにこんな魔法使えるのは世界でお前だけだわ……」
敵陣営だけではない。
「殿、殿……、なして殿は毎回、ワシらをこんなに笑わしよるんじゃ……!! し、死ぬ……、笑い死ぬ……っ」
「りゅ、龍帝陛下……、ふ、不敬の極みとは存じますが……、こ、これで笑うなと仰せられるのはあまりにも無体な……ぷ、ぷぷっ……!!」
「し、信じられません! 信じられませんわ!! あ、貴方は魔法というものをどれほどバカにして……ぷっ……あはははははっ!!」
とうとう我慢できずにアーデルハイドが全力で笑った。
素直に笑うところを初めて見たけど、めちゃくちゃ可愛かった。
「殿っ……、ま、真面目にやってくれ……。こ、これでは、まともに弓が撃てんではないか……ぷぷっ……」
……。
だが……。
僕たち士官学校生は、まだよく知らないゾフィアを除いて、誰も笑っていなかった。
ガンツさんたち卒業生もそうだ。
「な、なぁ……。お前がいつもとんでもないことをする奴だとは思っていたけどさ。コレばっかりは、さすがにヤバいんじゃないか?」
「ああ……、そうだね……」
狙撃に備えてくれていたらしく、いつの間にか近くに来ていたキムに、僕は力なく答えた。
「私は知らないからね……、私、絶対に知らないからね……」
ユキが後ろから念仏のように言った。
「ベル……、新学期どうするの……」
メルが、か細い声で言った。
「おっつぁんが……、ソリマチのおっつぁんが悪いんだ」
僕は震える声でつぶやいた。
「荷台を壊して作ったから、ハトのフンがこびりついているとか言うから……」
おっさんは便器に座ったまま、おそろしく落ち着いた様子でイグニア新聞を四つ折りにたたみ、それで股間を隠すと、鋭い眼光で武装した冒険者集団をゆっくりと見渡して……、白いキラキラした毛皮のコートを身に纏い、白いもこもこした羽扇子を持って祭祀台に立っている僕のアホみたいな姿を確認して、短く刈り上げたこめかみにピキピキと極太の青筋を立てた。
「まつお……、またお前か……」
何がアークドラゴンだ。
そんなものより、このおっさんの方がなんぼか恐ろしい。
「また貴様の仕業なのかァァァ……!!!!!」」
「ひ、ひいいいいいいいっ!!!」
おっさんの一喝に、僕は慌てて祭祀台から飛び降りて、メルの後ろに隠れた。
召喚魔法は、決して失敗などしていない。
むしろ、完璧に発動したのだ。
ハトのフンから連想した、「この世で最も恐ろしき者」。
「天下無双」の称号を持ち、戦場で一度も傷を負わなかった男。
戦場で一度も傷を負わなかったのに、僕にケガをさせられた男。
そう。
僕は、斧技講習のロドリゲス教官を召喚してしまったのだった……。
二人の大魔導師による双属性大魔法なんていう大技と召喚魔法をことごとく無効化どころか反射され、その使用者を失った敵陣営は一気に守勢に入った。
クラン戦の制限時間切れを狙う作戦なのだろう。
攻城戦であるクラン戦には制限時間があり、攻城側がどれだけ優勢であっても時間になれば守りきったということで防衛側の勝利となる。
だからクラン戦は基本的に防衛側が有利であり、そんな有利を覆して城持ちとなったクランはその実力と人脈を内外に知らしめることとなる。
(やっぱり……あと一手、あと一手が足りないんだよなぁ)
高台に残っている兵が少し多すぎる。
大手クランの驕りで、もう少しこちらに攻めてきてくれると思っていたんだけど、大手クラン
とそれに協力する連中はそこまで甘くなかったようだ。
『メッコリン先生、ケツはどう?』
『お前に言われた通りの手順で矢を抜き、アンナリーザくんにさんざん笑われながら回復魔法してもらったよ……。なにか大切なものを失った気分だ』
『先生は失ってばかりですね』
『髪を失ったみたいに言うな! 頭皮はまだ生きてる!』
メッコリン先生が敏感に反応した。
『ヴェンツェル、ユリシール殿は?』
『君がむしった兜の羽飾りを付け直すと言って、ジョセフィーヌの所に行った。ジョセフィーヌは替えの羽飾りを持っているらしい』
『そ、そう……。その……、ご機嫌は?』
『……ぶりぶり怒っていらっしゃった。しばらくは口をきいてもらえないんじゃないか』
ヴァイリスの至宝、ユリーシャ王女殿下を避雷針にしておいて、口をきいてもらえるとかそういう話で済ませてしまうあたり、ヴェンツェルもいよいよ僕らの色に染まってきた感があるな。
「大丈夫ですの?」
「うん?」
高台の部隊をじっと見つめながら魔法伝達を送っていた僕に、アーデルハイドが声をかけてきた。
「さっきから、ずいぶん手詰まりしているように見えますけど……」
「ふっふっふ、君にはそう見えるのかね」
「な、なんですの……」
僕が笑うと、アーデルハイドが怪訝そうな顔を見せる。
「殿! できましたぞー!!」
その時、ソリマチ隊長の声が後ろから聞こえてきた。
ソリマチ隊長とその部下が、木製の台座のようなものを担いで持ってきた。
見ようによっては、祭祀台に見えなくもない。
……見ようによっては。
「言われちょったもんを大工衆に作らせてみた。……なかなかのもんじゃろう?」
「おお、すごいねー! 予想以上のデキだ。 大工さんたち、よくこの短時間でこんなのが作れるよね」
「運搬用の荷車を片っ端からぶっ壊して作りよったけん、そこら辺にハトのフンとかがこびり付いちょうけど、その辺は勘弁してごせな?」
「上等上等!! 向こうからは見えないし」
僕はその祭祀台を自陣前方の一番中央に配置してもらって、その上に乗ろうとしたところで、ジョセフィーヌに声を掛けられた。
「まつおちゃん、まつおちゃん! ちょっと」
小声で言うジョセフィーヌの方を振り返って、僕は思わず「おわっ」と声を出してしまった。
「ユ、ユリシール殿……それは……」
「……何も言うでない。 槍を頭に刺して歩くよりはマシであろう?」
ユリシール殿が震える声で言った。
ユリシール殿の兜の天辺には、目にも鮮やかな羽飾りがそそり立っている。
……問題は、鮮やかすぎることだった。
見ているだけで目がチカチカするようなどぎついピンク。
限りなく紫色に近いピンク色の羽根は、戦場に赴く騎士というよりは、まるで何かのカーニバルに参加するかのような……。
「よくわからないんだけど、まつおちゃん、そのお立ち台に立ってハッタリをかますんでしょ? だったらホラ、これを持っていきなさい」
僕がそう言って渡されたのは大きな羽扇子だった。
もこもこした、ユリシール殿と同じ、どぎついピンク色の羽根が付いた羽扇子。
「い、嫌だよ!! っていうか、こんなもんどこで買ってくるんだよ!」
「あらやだ、どこにも売ってないわよぉ。アタシのお手製なんだから」
「とにかく、この色は無理! ……せめて白とかないの?」
「ウフフ、さすがまつおちゃん、わかってるわねぇ。本物のいい女は、何者にも染まらない白で勝負するのよね!!」
ジョセフィーヌはそう言うと、奥でごそごそとやり始め、本当に白い羽扇子と、よくわからないキラキラしたものがいっぱい付いた白い毛皮のコートを持ってきた。
僕が唖然としている間に、ジョセフィーヌがウキウキして僕に羽織らせて、右手に白い羽扇子を持たせた。
「君ね……、どうしてこんなものを戦場に持ってきているのかな……」
僕の力ないツッコミなど耳に入らないように、ジョセフィーヌが嬌声を上げた。
「あらぁ! あらあらぁ! さすがまつおちゃんの見立てね! 黒い衣装とのコントラストが映えるわぁ! 東方の大軍師みたいよ!!」
「どこの東方の大軍師がこんなキラキラしたコートを着るんだよ!」
僕とちらっと目が合ったアーデルハイドが慌てて目をそらした。
ユキとメル、アリサ、テレサ、右側用水路側の制圧から戻ってきたミスティ先輩は笑いをこらえ、ジルベールは笑い転げている。
(ちょ、ちょっと、アウローラ! 君のファッションが大変なことになっているぞ! 止めなくていいの?! っていうか止めて!)
『あっはっは!! よく似合っているではないか!!』
アウローラは予想外に上機嫌だった。
(と、とにかく、こんなものを着るわけには……)
慌てて脱ごうとする僕の手を、ユリシール殿がものすごい力でガッシリと掴んだ。
「……」
おのれも道連れじゃ……、着ろ……。
甲冑でお顔は見えないけど、無言の圧力を感じた。
……ま、まぁ、高台の連中からはキラキラしているのは見えないだろうからいいか……。
僕は意を決して、急造の祭祀台へと足を運んだ。
バァァン!!!
(な、なんだぁ?!)
僕が登壇するのに合わせて、屈強な一人のリザーディアンが勝手に空気を読んで、進軍の際は彼が必ず持ち歩くという銅鑼を叩いた音が、戦場全体に響き渡る。
「龍帝陛下の、ご出座ァァァァァァッッッ!!!!」
(わっ、バカ!! ユリーシャ王女殿下の御前で『龍帝陛下』とか言うバカがいるか!!)
勝手に空気を読んだ長老の側近が大声でそう宣言すると……。
バァァン!!!
バン!バン!バン!バン!バン!バン!
ババババババババババババ……!
銅鑼の音に合わせて、いつの間にか、勝手に空気を読んで集結していたリザーディアンの兵士たちが勝手に空気を読んで一斉にひざまずいた。
「な、なんだ……何が始まるんだ……」
「龍帝……、龍帝ってナニ?」
「ベルゲングリューン伯のあの格好……、伯は気でも狂ったのか?」
祭祀台に立つ僕は弓の格好の的なので、メルたちは笑いをこらえながらも警戒してくれているのだけれど、僕の挙動を見て呆気に取られているのか、敵陣営の誰もが固唾を呑んで見守っている。
(やりすぎな気がするけど……こ、こうなったら、腹をくくってやりきっちゃうしかない……)
僕は白い羽扇子を振り上げた。
ふわっとジョセフィーヌの香水のいい匂いがするのが、たまらなく嫌である。
「暁の明星とかいうインチキクランと、そのおこぼれに群がるフンコロガシ諸君!!!」
僕は高らかに叫んだ。
「大手クランの召喚魔法師というから上位竜でも召喚するのかと思えば、安い犬コロ三匹とは、まったくもって興ざめだ!! この神聖なる戦いをなんと心得る!!」
「ア、上位竜だと……? ハッタリすぎるだろ……」
上位竜は金星冒険者が束になって戦っても全滅必至という、ほとんど伝説上の魔物だ。
神龍と呼ばれる水晶の龍の一つ格下が竜族を束ねる竜王、その一つ格下がアークドラゴンだと言えばわかりやすいかもしれない。
「い、いや、でもあいつら、召喚されたヘルハウンド三体を寝返らせて、召喚者を食い殺させてたぞ……」
「召喚獣を寝返らせるって、どんなデタラメだよ……」
それは本当にデタラメだと僕も思う。
鞭を握ったテレサは、たぶん何か別の、獣世界の女王様のような存在になっているに違いない。
「今から私が、真の召喚魔法というものを見せてやろう!! このベルゲングリューンに牙を剥いたこと、末代まで後悔するがいいッ!!」
僕はそう言いながら、白い羽扇子で六芒星を描き始める。
これまでのたくさんの成功とも失敗ともつかない魔法発動で、気がついたことがある。
魔法はイメージ、感情をエネルギーに。
もちろんそうだ。
だが、僕にとって一番重要な要素に気がついた。
それは、重圧だ。
劣等生の僕が、自分の能力以上の力を発揮できた時というのは、身の丈を超えるプレッシャーに晒された時だ。
だから、今回は、それを意図的にやってみることにしたのだ。
ソリマチ隊長たちに急ごしらえで祭祀台を作ってもらい、こうして高らかにハッタリをかますことで、自分に対するハードルを爆上げしてみることにしたのだ。
(下から上に『/』こう書いて、上から下に『\』こうで、右から左に『_』こう書く。次にそこから下に『/』、左から大きく『_』こう書いて、なんだっけ、あ、間違えた)
途中で少し怪しくなったのを適当にごまかしながらも、僕は強引に術式を発動させた。
白い羽扇子が描いた通りに、虚空に六芒星の光が浮かび上がる。
僕はそのまま羽扇子を振りかざして、馬防柵による封鎖線の内側でひしめき合っている敵陣のど真ん中を指した。
「我が召喚に応じ、今こそ現出せよ!! この世で最も恐ろしき者よッッ!!!」
カッ――!!
敵陣営の冒険者たちの足元に、巨大な魔法陣が浮かび上がり、ゆっくりと回転しはじめた。
「お、おいっ、マジで発動してるっぽいぞ……!?」
「あいつ、召喚魔法師どころか冒険者ですらないんだろ!? 何者なんだ……」
「君主が万能職っていう話は聞いたことあるけど、召喚魔法まで使えるなんて……」
「っていうか、召喚陣がめちゃくちゃデカいぞ! ま、まさか、本当に上位竜が……?」
「に、逃げろっ!!」
「だ、だめだ……、もう間に合わん……!」
冒険者たちが大きくどよめく中、バチバチバチと召喚陣に電流のようなものがほとばしり、戦場全体をまばゆい閃光が包み込んだ次の瞬間……。
「おわっ、な、な、なんだ!?」
……イグニア新聞を広げて便器に座ったおっさんが、敵陣のど真ん中に出現した。
「……」
「……」
「……」
「ぷっ」
「「「「「「「「「うわはははははははははははははははははは!!!!!!」」」」」」」」」
緊迫した戦場に、大爆笑が巻き起こった。
「おっさん!! 上位竜どころか、クソ途中のただのおっさん!!」
「うはははは!!! なんで便器ごと召喚してんだよ!! おっさんだけでいいだろ!!!」
「さ、さすが爆笑王……、たしかにこんな魔法使えるのは世界でお前だけだわ……」
敵陣営だけではない。
「殿、殿……、なして殿は毎回、ワシらをこんなに笑わしよるんじゃ……!! し、死ぬ……、笑い死ぬ……っ」
「りゅ、龍帝陛下……、ふ、不敬の極みとは存じますが……、こ、これで笑うなと仰せられるのはあまりにも無体な……ぷ、ぷぷっ……!!」
「し、信じられません! 信じられませんわ!! あ、貴方は魔法というものをどれほどバカにして……ぷっ……あはははははっ!!」
とうとう我慢できずにアーデルハイドが全力で笑った。
素直に笑うところを初めて見たけど、めちゃくちゃ可愛かった。
「殿っ……、ま、真面目にやってくれ……。こ、これでは、まともに弓が撃てんではないか……ぷぷっ……」
……。
だが……。
僕たち士官学校生は、まだよく知らないゾフィアを除いて、誰も笑っていなかった。
ガンツさんたち卒業生もそうだ。
「な、なぁ……。お前がいつもとんでもないことをする奴だとは思っていたけどさ。コレばっかりは、さすがにヤバいんじゃないか?」
「ああ……、そうだね……」
狙撃に備えてくれていたらしく、いつの間にか近くに来ていたキムに、僕は力なく答えた。
「私は知らないからね……、私、絶対に知らないからね……」
ユキが後ろから念仏のように言った。
「ベル……、新学期どうするの……」
メルが、か細い声で言った。
「おっつぁんが……、ソリマチのおっつぁんが悪いんだ」
僕は震える声でつぶやいた。
「荷台を壊して作ったから、ハトのフンがこびりついているとか言うから……」
おっさんは便器に座ったまま、おそろしく落ち着いた様子でイグニア新聞を四つ折りにたたみ、それで股間を隠すと、鋭い眼光で武装した冒険者集団をゆっくりと見渡して……、白いキラキラした毛皮のコートを身に纏い、白いもこもこした羽扇子を持って祭祀台に立っている僕のアホみたいな姿を確認して、短く刈り上げたこめかみにピキピキと極太の青筋を立てた。
「まつお……、またお前か……」
何がアークドラゴンだ。
そんなものより、このおっさんの方がなんぼか恐ろしい。
「また貴様の仕業なのかァァァ……!!!!!」」
「ひ、ひいいいいいいいっ!!!」
おっさんの一喝に、僕は慌てて祭祀台から飛び降りて、メルの後ろに隠れた。
召喚魔法は、決して失敗などしていない。
むしろ、完璧に発動したのだ。
ハトのフンから連想した、「この世で最も恐ろしき者」。
「天下無双」の称号を持ち、戦場で一度も傷を負わなかった男。
戦場で一度も傷を負わなかったのに、僕にケガをさせられた男。
そう。
僕は、斧技講習のロドリゲス教官を召喚してしまったのだった……。
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
いつまでもドアマットと思うなよ
あんど もあ
ファンタジー
二年前に母を亡くしたミレーネは、後妻と妹が家にやって来てからすっかり使用人以下の扱いをされている。王宮で舞踏会が開催されるが、用意されたのは妹のドレスだけ。そんなミレーネに手を差し伸べる人が……。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
愛される日は来ないので
豆狸
恋愛
だけど体調を崩して寝込んだ途端、女主人の部屋から物置部屋へ移され、満足に食事ももらえずに死んでいったとき、私は悟ったのです。
──なにをどんなに頑張ろうと、私がラミレス様に愛される日は来ないのだと。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる