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第二十七章「クラン戦」(14)
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14
(我ながら、ドン引きする威力だな……)
数多くの骸の山を踏み越えながら、僕は心の中で呟いた。
どこかで、これらが召喚体だっていう意識があるから、正直そこまでの心理的な圧迫感はないんだけど、これが実際の戦争であれば、と、つい考えてしまうのも事実だ。
向こうは向こうで、あえて救援成功の見込みが薄い味方部隊を見捨てるという、実際の戦争では採択され難いであろう戦術を採用した。
もしかすると、人と人との争いというのは、非人間性を競い合うようなものなのかもしれない。
(ダメだな、一人でこういうところにいると、さすがに気が滅入ってくる)
『イヴァ、がんばって』
『おおー、エレイン! ありがと、ちょっと元気でた』
『えへへ』
エレインの今の、本当に癒やされた。
(にしても、移動しづらいな……)
迷路のように入り組んだ細い通路にひしめき合う冒険者の焼死体。
まるで沼地に足を取られるように移動するので、なかなか思うように進まない。
(あとどのぐらい時間が残っているんだろう)
『一分三十秒。もう少し移動ペースを上げないと間に合わないぞ、ベル』
『ありがとうヴェンツェル。僕はいい嫁を持った』
『こら、真面目にやらんか! まつおさんよ』
『わっ、ユ、ユリシール殿……』
『もうユリーシャで良いわ!! ったく、気まぐれで参加してやったら、ひどい目に遭ったわ」
『大活躍だったじゃないですか』
相手の矢も魔法も完全無視で固定砲台のように無詠唱の火球魔法を連発し、絶対絶命の状況で双属性大魔法の雷を回避できたのは、まさしくユリーシャ王女殿下のおかげなのだ。
『……甲冑というものがあんなに重いとは思わんかったのだ……そうでなければもっと……」
『いやいや、これ以上、王女殿下にえこひいきされてしまうと、ヴァイリス中の人に恨まれますから……』
『ふふ、そうだな。『ヴァイリスの至宝に愛されし者』なんていう称号を得たら……、もう次期国王になるか国外逃亡するか……』
『……おそろしいことを言わないでもらえますか……ん?』
『ベル、どうした……?』
『ちょっと通信を切るね』
なぜ通信を切ったのか、自分でもよくわかっていない。
眼前に広がる光景には、特に何も変わりはない。
焼け焦げ、鎧が煤で真っ黒になった冒険者に、槍に貫かれた冒険者。
さまざまな亡骸とその装備品が散らばっている、正直、あまりじっと見ていたくない光景。
そこに僕は、なんとなく……、だが、強烈な違和感を感じていた。
冒険者として駆け出しどころか、肩書きとしてはまだ冒険者ですらない僕だけど。
それでも幾度とない危険を乗り越えてきたから、わかる。
全身が僕に警告している。
一刻も早く、この違和感の正体に気付け。
でなければ、お前もこの屍の仲間入りをするぞ。
そう言っている気がする。
(待てよ……、槍に貫かれた冒険者……)
ロドリゲス教官は最期まで両手斧を使っていた。
用水路に潜伏していたリザーディアンが上陸したこともない。
……そもそも、こんな奥地で交戦なんてあったか……?!
「っ――!!!」
そのことに気付くのが、ほんの一瞬だけ早かった。
遺体を貫いていた槍が、その遺体ごと僕の喉元にいきなり突き出されたのだ。
キィィィン――ッ!!!
魔法金属と金属がぶつかる高い音が戦場に響き渡った。
左手に現出した水晶龍の盾。
それで喉元を防いでいなければ、僕は今の刺突で喉を貫かれていただろう。
「ふっ……、これを防ぐとは……。貴様やはり、ただの学生ではないな。ベルゲングリューン伯よ……」
「あんた、味方を串刺しにして、ずっとこのタイミングを待っていたの?」
「そうだ。まさか、大将首がのこのこやってくるとは思わなかったがな」
そう言って、死体の間から姿を現したのは、精悍な顔立ちと浅黒い肌が特徴的な男だった。
「我が名はアルサード。誇り高き炎の民の末席を汚している」
アルサードという男はそう言った。
その潜伏方法は苛烈極まるが、男の佇まいにはどこかジルベールにも似た武人としての気品がある。
「末席を汚している」というのはおそらく、彼なりの謙遜だろう。
『ヴェンツェル、炎の民について15秒で教えて』
『……砂漠王国ダミシアンに属する西方の部族だ。奴らは火の神の末裔を称していて、炎に対する耐性が異常に高い『炎の戦士』と呼ばれる戦闘集団がいるのが特徴だ。少数部族だが活火山の周囲を根城にするため、今日まで他部族からの侵略を許さずにいた。……まさか……」
『ありがとう。 ……そのまさかさ』
「……うーん、どうやったらあなたとの戦いを回避できるかなぁ」
「この絶好の機会を私が逃すとでも?」
「そうですよね……」
男が槍の刺さった味方の遺体を捨て、右手に構えたのは独特の形に湾曲した曲刀。
相当の手練れなのは間違いない。
……そして、僕の時間はそろそろ残りわずかだ。
『それにしても、そなたは私に助けを求めようとは思わないのだな』
アウローラが突然話しかけてきた。
(だって、どうせ助けてくれないんでしょ? 前に言ってたじゃない。観客が脚本を勝手に変えるような劇は興ざめだとかなんとか……)
『ふっ、そうだな。だが、手はあるのか?』
(あるわけないじゃん。もうこうなったら、色々試すしかない)
プレッシャーこそが、僕に未知の力をもたらしてくれる。
でも、この男の剣技はおそらく並大抵ではない。
何が発動するかわからない火球魔法に賭けても、結果が不確定な上に詠唱時間が長すぎて、生き残れる自信はない。
もし仮に、また隕石群召喚魔法なんて発動して気絶しちゃえば、どのみち僕の焼死は免れないだろうし、アリサも救えない。
(考えろ……、考えるんだ……)
「さぁ、剣を抜け! ベルゲングリューン伯! ここで雌雄を決しようではないか」
「増長したか蛮族――ッ!!」
「な、何っ!?」
僕の一喝に、アルサードという男はわずかに身じろいだ。
(やっぱりダメか……)
ここで平伏させてしまえばラクだったんだけど、相手は格上の金星冒険者な上に、僕の心の奥底にはさっさとこの場を切り抜けたいという焦りがある。
仕方がないので挑発だけでもしておこう。
相手の判断力を少しでも鈍らせておかなければ。
「貴様、私の一騎打ちの申し込みを愚弄するのか?」
「安い奇襲を仕掛けておいて、今さら一端の武人を気取って一騎打ちの真似事とは恐れ入る。……人のフリをしても尻尾が見えているぞ? 野良犬」
「貴様……、言わせておけば……」
アルサードの目の色が変わり、全身から危険な雰囲気が充満している。
『ずいぶん挑発が上手くなったな。彼奴など、本来であれば挑発などに乗るような相手ではないと思ったが』
(誰かさんの薫陶を日頃から受けているからじゃないかな)
『ふふ、それは違うぞ。そなたと私は似た者同士なのだよ』
「そちらが抜かぬなら、こちらから仕掛けるまで!! 覚悟ッ!!!」
アルサードは一度後ろに飛び下がり、死体の兜を蹴り上げた。
兜を振り払おうとした瞬間を狙って斬りつけるつもりなのだろう。
僕はそれを後方に下がって距離を取ろうとして、やはり敢えて相手の作戦に乗ることにした。
今は時間が惜しい。
「フッ、大言壮語の割に実に粗末な立ち回りよ。恥とともに死ね!!」
「粗末はお前だっ!!!」
僕は兜を盾で横薙ぎにして振り払ったように見せながら、水晶龍の盾の角度をさりげなく内向きにしていたのだ。
そのまま、斬撃が来る瞬間に意識を集中する。
パシャ――ッッ!!!
「ぐぅっ――!!!!」
水晶龍の盾の水晶が光の屈曲率を変え、日光と燃え上がる炎の光を凝縮した強烈な光線がアルサードの目を灼いた。
(よし、今だ!!)
僕が完璧に成功させることができて、しかも詠唱にさほど時間がかからない術式。
ウン・コーはその1つだが、相手は炎の民。
となると、もう限られるのは1つしかない。
問題は何をイメージするかだ。
現在の状況を解決することができる、何を。
僕は素早く虚空に六芒星を三度描き、そのことをイメージした。
そして、今の状況を打破し得る存在の中で、最も名前と姿が一致する、『彼』を強くイメージして、その名を叫んだ。
「おいで!! イスカンダルッッ!!!」
ガルルルルルルッ!!!
その瞬間、視界を失ったアルサードの後方から巨大な狼が飛び込んできて、アルサードの右腕を一撃で食いちぎった。
「グアアアアアッッ!!! う、腕がっ……!! き、貴様、天狼を従えているのか……っ」
「天狼ってナニ……、ダイアウルフじゃないの?」
僕が思わずアルサードにそう尋ねて、イスカンダルの方を見上げる。
「あ、あれ……、なんかちょっと雰囲気違くない? デカいし……」
体毛の純白さは同じなんだけど、凄みが増したというか、光を反射して全身がキラキラと輝いている。
体格はキルヒシュラーガー邸にいた時点で並外れて大きかったが、その二周りは大きく感じる。
「あれ、イスカンダルだよね?」
「がる」
「あ、やっぱりそうだ。よかった」
イスカンダルは口に付いた血を前脚で拭うと、僕の前に腰を落とした。
よく見ると、イスカンダルの背中には黄金の鞍と手綱が乗せられている。
「……これ、乗っていいってこと?」
「がる」
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
僕はイスカンダルにまたがった。
ふかふかの体毛がとても気持ちいい。
「お前、この炎なんともないんだね」
「がる」
「あちち……、僕の方はもうそろそろ保たないみたいだから、向こう岸までひとっ飛びしてくれるかい?」
「がる!」
火蜥蜴の鱗の効果がそろそろ切れてきたのか、顔が灼け付くように熱い。
「待てぇぇぇぇぇいっ!!!!」
アルサードがその前方に立ち塞がり、残された左手で、右腰の鞘からもう一本の曲刀を抜いた。
どうやら本来は曲刀の二刀流らしい。
おそらく、一騎打ちの途中で使うつもりだったのだろう。
「手前で翔べ! イスカンダル!」
「がるっ」
正中で構え、騎乗の僕に向かって必殺の飛び込み斬りを放とうとするアルサード。
その刃が通過したギリギリのタイミングで僕はイスカンダルごと距離を詰め、アルサードの右側面に密着する。
「先程の無礼に謝罪を。あなたは一流の武人だったよ。誇り高き炎の民、アルサードさん」
僕は騎乗のまま小鳥遊の刀身を鞘から振り抜きざま、居合の一撃を放つ。
「見事……」
シュパアアァァァ――ッッッ!!!
小鳥遊の刀身から放たれる、古代魔法金属の紅い剣閃――。
その斬撃を右脇から左肩に受けて、アルサードの身体がぐらりと崩れた。
(ふぅ、危なかった)
彼の持ち味を何も出せないまま倒しちゃったのは本当に申し訳ないけれど。
こっちにはもう時間がない。
疾風のように走るイスカンダルのおかげで、頬に当たる風圧はとても涼しいけれど、どうやらけっこう深刻な火傷を負っているらしく、顔がものすごくヒリヒリする。
(アリサ、もうすぐだから。なんとか持ちこたえてね)
アリサの潜伏先に向かって肉薄している冒険者部隊の後ろ姿を睨み付けながら、僕は心の中でつぶやいた。
(我ながら、ドン引きする威力だな……)
数多くの骸の山を踏み越えながら、僕は心の中で呟いた。
どこかで、これらが召喚体だっていう意識があるから、正直そこまでの心理的な圧迫感はないんだけど、これが実際の戦争であれば、と、つい考えてしまうのも事実だ。
向こうは向こうで、あえて救援成功の見込みが薄い味方部隊を見捨てるという、実際の戦争では採択され難いであろう戦術を採用した。
もしかすると、人と人との争いというのは、非人間性を競い合うようなものなのかもしれない。
(ダメだな、一人でこういうところにいると、さすがに気が滅入ってくる)
『イヴァ、がんばって』
『おおー、エレイン! ありがと、ちょっと元気でた』
『えへへ』
エレインの今の、本当に癒やされた。
(にしても、移動しづらいな……)
迷路のように入り組んだ細い通路にひしめき合う冒険者の焼死体。
まるで沼地に足を取られるように移動するので、なかなか思うように進まない。
(あとどのぐらい時間が残っているんだろう)
『一分三十秒。もう少し移動ペースを上げないと間に合わないぞ、ベル』
『ありがとうヴェンツェル。僕はいい嫁を持った』
『こら、真面目にやらんか! まつおさんよ』
『わっ、ユ、ユリシール殿……』
『もうユリーシャで良いわ!! ったく、気まぐれで参加してやったら、ひどい目に遭ったわ」
『大活躍だったじゃないですか』
相手の矢も魔法も完全無視で固定砲台のように無詠唱の火球魔法を連発し、絶対絶命の状況で双属性大魔法の雷を回避できたのは、まさしくユリーシャ王女殿下のおかげなのだ。
『……甲冑というものがあんなに重いとは思わんかったのだ……そうでなければもっと……」
『いやいや、これ以上、王女殿下にえこひいきされてしまうと、ヴァイリス中の人に恨まれますから……』
『ふふ、そうだな。『ヴァイリスの至宝に愛されし者』なんていう称号を得たら……、もう次期国王になるか国外逃亡するか……』
『……おそろしいことを言わないでもらえますか……ん?』
『ベル、どうした……?』
『ちょっと通信を切るね』
なぜ通信を切ったのか、自分でもよくわかっていない。
眼前に広がる光景には、特に何も変わりはない。
焼け焦げ、鎧が煤で真っ黒になった冒険者に、槍に貫かれた冒険者。
さまざまな亡骸とその装備品が散らばっている、正直、あまりじっと見ていたくない光景。
そこに僕は、なんとなく……、だが、強烈な違和感を感じていた。
冒険者として駆け出しどころか、肩書きとしてはまだ冒険者ですらない僕だけど。
それでも幾度とない危険を乗り越えてきたから、わかる。
全身が僕に警告している。
一刻も早く、この違和感の正体に気付け。
でなければ、お前もこの屍の仲間入りをするぞ。
そう言っている気がする。
(待てよ……、槍に貫かれた冒険者……)
ロドリゲス教官は最期まで両手斧を使っていた。
用水路に潜伏していたリザーディアンが上陸したこともない。
……そもそも、こんな奥地で交戦なんてあったか……?!
「っ――!!!」
そのことに気付くのが、ほんの一瞬だけ早かった。
遺体を貫いていた槍が、その遺体ごと僕の喉元にいきなり突き出されたのだ。
キィィィン――ッ!!!
魔法金属と金属がぶつかる高い音が戦場に響き渡った。
左手に現出した水晶龍の盾。
それで喉元を防いでいなければ、僕は今の刺突で喉を貫かれていただろう。
「ふっ……、これを防ぐとは……。貴様やはり、ただの学生ではないな。ベルゲングリューン伯よ……」
「あんた、味方を串刺しにして、ずっとこのタイミングを待っていたの?」
「そうだ。まさか、大将首がのこのこやってくるとは思わなかったがな」
そう言って、死体の間から姿を現したのは、精悍な顔立ちと浅黒い肌が特徴的な男だった。
「我が名はアルサード。誇り高き炎の民の末席を汚している」
アルサードという男はそう言った。
その潜伏方法は苛烈極まるが、男の佇まいにはどこかジルベールにも似た武人としての気品がある。
「末席を汚している」というのはおそらく、彼なりの謙遜だろう。
『ヴェンツェル、炎の民について15秒で教えて』
『……砂漠王国ダミシアンに属する西方の部族だ。奴らは火の神の末裔を称していて、炎に対する耐性が異常に高い『炎の戦士』と呼ばれる戦闘集団がいるのが特徴だ。少数部族だが活火山の周囲を根城にするため、今日まで他部族からの侵略を許さずにいた。……まさか……」
『ありがとう。 ……そのまさかさ』
「……うーん、どうやったらあなたとの戦いを回避できるかなぁ」
「この絶好の機会を私が逃すとでも?」
「そうですよね……」
男が槍の刺さった味方の遺体を捨て、右手に構えたのは独特の形に湾曲した曲刀。
相当の手練れなのは間違いない。
……そして、僕の時間はそろそろ残りわずかだ。
『それにしても、そなたは私に助けを求めようとは思わないのだな』
アウローラが突然話しかけてきた。
(だって、どうせ助けてくれないんでしょ? 前に言ってたじゃない。観客が脚本を勝手に変えるような劇は興ざめだとかなんとか……)
『ふっ、そうだな。だが、手はあるのか?』
(あるわけないじゃん。もうこうなったら、色々試すしかない)
プレッシャーこそが、僕に未知の力をもたらしてくれる。
でも、この男の剣技はおそらく並大抵ではない。
何が発動するかわからない火球魔法に賭けても、結果が不確定な上に詠唱時間が長すぎて、生き残れる自信はない。
もし仮に、また隕石群召喚魔法なんて発動して気絶しちゃえば、どのみち僕の焼死は免れないだろうし、アリサも救えない。
(考えろ……、考えるんだ……)
「さぁ、剣を抜け! ベルゲングリューン伯! ここで雌雄を決しようではないか」
「増長したか蛮族――ッ!!」
「な、何っ!?」
僕の一喝に、アルサードという男はわずかに身じろいだ。
(やっぱりダメか……)
ここで平伏させてしまえばラクだったんだけど、相手は格上の金星冒険者な上に、僕の心の奥底にはさっさとこの場を切り抜けたいという焦りがある。
仕方がないので挑発だけでもしておこう。
相手の判断力を少しでも鈍らせておかなければ。
「貴様、私の一騎打ちの申し込みを愚弄するのか?」
「安い奇襲を仕掛けておいて、今さら一端の武人を気取って一騎打ちの真似事とは恐れ入る。……人のフリをしても尻尾が見えているぞ? 野良犬」
「貴様……、言わせておけば……」
アルサードの目の色が変わり、全身から危険な雰囲気が充満している。
『ずいぶん挑発が上手くなったな。彼奴など、本来であれば挑発などに乗るような相手ではないと思ったが』
(誰かさんの薫陶を日頃から受けているからじゃないかな)
『ふふ、それは違うぞ。そなたと私は似た者同士なのだよ』
「そちらが抜かぬなら、こちらから仕掛けるまで!! 覚悟ッ!!!」
アルサードは一度後ろに飛び下がり、死体の兜を蹴り上げた。
兜を振り払おうとした瞬間を狙って斬りつけるつもりなのだろう。
僕はそれを後方に下がって距離を取ろうとして、やはり敢えて相手の作戦に乗ることにした。
今は時間が惜しい。
「フッ、大言壮語の割に実に粗末な立ち回りよ。恥とともに死ね!!」
「粗末はお前だっ!!!」
僕は兜を盾で横薙ぎにして振り払ったように見せながら、水晶龍の盾の角度をさりげなく内向きにしていたのだ。
そのまま、斬撃が来る瞬間に意識を集中する。
パシャ――ッッ!!!
「ぐぅっ――!!!!」
水晶龍の盾の水晶が光の屈曲率を変え、日光と燃え上がる炎の光を凝縮した強烈な光線がアルサードの目を灼いた。
(よし、今だ!!)
僕が完璧に成功させることができて、しかも詠唱にさほど時間がかからない術式。
ウン・コーはその1つだが、相手は炎の民。
となると、もう限られるのは1つしかない。
問題は何をイメージするかだ。
現在の状況を解決することができる、何を。
僕は素早く虚空に六芒星を三度描き、そのことをイメージした。
そして、今の状況を打破し得る存在の中で、最も名前と姿が一致する、『彼』を強くイメージして、その名を叫んだ。
「おいで!! イスカンダルッッ!!!」
ガルルルルルルッ!!!
その瞬間、視界を失ったアルサードの後方から巨大な狼が飛び込んできて、アルサードの右腕を一撃で食いちぎった。
「グアアアアアッッ!!! う、腕がっ……!! き、貴様、天狼を従えているのか……っ」
「天狼ってナニ……、ダイアウルフじゃないの?」
僕が思わずアルサードにそう尋ねて、イスカンダルの方を見上げる。
「あ、あれ……、なんかちょっと雰囲気違くない? デカいし……」
体毛の純白さは同じなんだけど、凄みが増したというか、光を反射して全身がキラキラと輝いている。
体格はキルヒシュラーガー邸にいた時点で並外れて大きかったが、その二周りは大きく感じる。
「あれ、イスカンダルだよね?」
「がる」
「あ、やっぱりそうだ。よかった」
イスカンダルは口に付いた血を前脚で拭うと、僕の前に腰を落とした。
よく見ると、イスカンダルの背中には黄金の鞍と手綱が乗せられている。
「……これ、乗っていいってこと?」
「がる」
「それじゃ、お言葉に甘えて……」
僕はイスカンダルにまたがった。
ふかふかの体毛がとても気持ちいい。
「お前、この炎なんともないんだね」
「がる」
「あちち……、僕の方はもうそろそろ保たないみたいだから、向こう岸までひとっ飛びしてくれるかい?」
「がる!」
火蜥蜴の鱗の効果がそろそろ切れてきたのか、顔が灼け付くように熱い。
「待てぇぇぇぇぇいっ!!!!」
アルサードがその前方に立ち塞がり、残された左手で、右腰の鞘からもう一本の曲刀を抜いた。
どうやら本来は曲刀の二刀流らしい。
おそらく、一騎打ちの途中で使うつもりだったのだろう。
「手前で翔べ! イスカンダル!」
「がるっ」
正中で構え、騎乗の僕に向かって必殺の飛び込み斬りを放とうとするアルサード。
その刃が通過したギリギリのタイミングで僕はイスカンダルごと距離を詰め、アルサードの右側面に密着する。
「先程の無礼に謝罪を。あなたは一流の武人だったよ。誇り高き炎の民、アルサードさん」
僕は騎乗のまま小鳥遊の刀身を鞘から振り抜きざま、居合の一撃を放つ。
「見事……」
シュパアアァァァ――ッッッ!!!
小鳥遊の刀身から放たれる、古代魔法金属の紅い剣閃――。
その斬撃を右脇から左肩に受けて、アルサードの身体がぐらりと崩れた。
(ふぅ、危なかった)
彼の持ち味を何も出せないまま倒しちゃったのは本当に申し訳ないけれど。
こっちにはもう時間がない。
疾風のように走るイスカンダルのおかげで、頬に当たる風圧はとても涼しいけれど、どうやらけっこう深刻な火傷を負っているらしく、顔がものすごくヒリヒリする。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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