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第二十七章「クラン戦」(18)
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18
「到着が遅くなった。申し訳ない」
天馬から優雅に降り立つと、ゴッドフリート団長は僕とがっちり握手を交わした。
「とんでもない。おかげで助かりました。……何かあったのですか?」
「いや、教皇猊下がご不在で、参加の決裁がなかなか下りなかっただけだ。聖女殿の勇姿を見届けることができなかったことは痛恨の極みだが……」
ゴッドフリート団長はそう言うと、僕の顔を見上げて微笑んだ。
「だが、若獅子祭で因縁があった我々を招いてくれたこと、とても光栄に思う。君はとても心が広い男なのだな」
「いえ、それを言うなら、そんな経緯がありながら参戦してくださった皆さんの方でしょう」
「君の仲間たちから聞いたぞ。君は指揮官という立場でありながら、聖女の危機を救うため、燃え盛る炎の中、単騎で敵陣に斬り込んでいき、見事聖女を救ったのだとか」
「い、いや、まぁ……」
ゴッドフリート団長とその仲間のものすごいテンションに圧倒されながら、僕はなんとか微笑んだ。
「私たちはその話を聞いた時、感動と、そんな君に対してどれだけの無礼を働いてきたのかという後悔と自らの恥、そして、そんな愚かな我々を招いてくれた君の心の広さに、溢れ出る涙を止めることができなかった!」
団長が固く握る握手の強さに、彼らの感動の強さがにじみ出ている。
(この流れで、『聖女に愛されし者』の称号を見られたら僕の人生終わるな……)
僕はその後の会話もなんとか無難にやり取りして、早めに話を切り上げようとした。
「それでは、私たちはそろそろ城内に入りますので。本日はお忙しい中、本当にありがとうございました!」
「ああ、また会おう!! 君は我ら聖天馬騎士団の友だ!!」
(うっ……、ざ、罪悪感……)
と、友は重い……。
友は重いよ……、団長……。
「た……」
「た?」
「た、大変申し訳ありませんでしたああああああっ!!!」
僕はその場でジャンプしながら聖天馬騎士団の面々に土下座をした。
「な、なんだ……!? 急にどうしたのだ……?!」
「ぼ、僕の……魔法情報票を見ていただけると……」
僕の行動を不審に思いながら、団長たちが僕の魔法情報票を確認する。
「な、何っ?! 混沌と破壊の魔女に愛されし者……だと?! 災害級危険指定人物として教皇庁で認定されている、あのアウローラか!?」
(げっ……、そんなものに指定されてたの?)
僕はアウローラに尋ねる。
『まぁ、教皇庁とも色々あってな。……その昔、教皇庁に異端審問官という存在がいたのを知っているか?』
(うん。昔、教皇庁の権威が圧倒的だった時代に、教皇庁の意向に逆らう者をことごとく審問にかけて処刑してきたっていう……)
歴史あるアヴァロニア教皇庁の、決して忘れ去られることのない暗い過去。
教皇庁だけではない。ヴァイリス王国も、ジェルディク帝国も、今のような平穏な時代が訪れるまでには、たくさんの血塗られた、恥ずべき歴史があるのだ。
(それで、その異端審問官がどうしたの?)
『あの異端審問という制度を組織ごと葬り、罪なき男も女も魔女だと言って火炙りにしていた異端審問官どもを全員火炙りにしたついで時の教皇も火炙りにしてやったのは、他でもない私なのだ。わっはっは!』
(わっはっは、じゃねぇよ!! おもいっきり教皇庁の敵じゃないか!)
……終わった。
僕はこのままアヴァロニア教皇庁に連行されて、火炙りにされるんだろうか。
「はっはっは、大した男だとは思っていたが、まさか聖アウローラにまで気に入られているとはな」
「せ、聖アウローラ?!」
僕は思わず、素っ頓狂な声をあげた。
「アウローラという人物に対する評価は、歴史家の間でも未だに意見が分かれていてね。現在の教皇庁では、過去の腐敗し、教義を都合よく歪曲していた教皇庁に対し、神に成り代わって鉄槌を下した聖人と見なされているのだよ」
「そ、そう、なんですか……」
「まぁ、聖アウローラが災害級の危険人物であったことに変わりはないのだがね」
僕はほっと胸を撫で下ろしかけて、まだ根本の問題がまったく解決していないことを思い出した。
「……それとも、君が気にしているのは、その下の称号かな?」
ゴッドフリート団長が、穏やかな声で言った。
「は、はい……」
僕はおそるおそる顔を上げた。
「伯殿。我々が聖女殿を慕い、陰ながら見守らせていただいているのは、彼女の負わされた責務の大きさと、魔の勢力に脅かされかねない存在であるのが所以だ」
団長は静かに言葉を続ける。
「己が勝利を犠牲にしてでも、単身で死地に飛び込み、身を挺して聖女をお守りした君がその称号を授かったとして、それを誰が咎めることができようか」
おお……!!
ゴッドフリート団長、思った以上にアツい男だった……。
看板娘に彼氏ができたら憤慨するような安いファンじゃなかった!!
彼氏と幸せそうにしている看板娘を見て幸せな気持ちになれる、仙人みたいなファンだった!!
「でも、お兄様はアンナリーザ様とチューしてましたよ」
「なっ?!」
「わっ、ばかっ!!」
アリサとの一連のやり取りを決して許容していなかったらしいテレサがぼそっと言った一言で、聖天馬騎士団の連中が大きくよろめいた。
「ま、まぁ……、二人共まだ若いから、若気の至りということもあろう……」
「でも、二回ですからね」
テレサの言葉の槍が、聖天馬騎士団にグサグサと突き刺さる。
「二回、チューしてましたから」
「ぐぐぐっ……。わ、若気の至りが二回ということもあろうから……こ、此度は許してつかわす……」
勇猛果敢、威風堂々で知られる、アヴァロニア教皇庁が誇る聖天馬騎士団は完全に覇気を失った様子で僕たちに挨拶をすると、よろよろとした足取りで、天空に向かって去っていった。
「ああ……、せっかくいい感じの話で終わるところだったのに……」
僕はガックリと膝を付いた。
あんなヨボヨボと天を駆ける天馬たち、見たことがない。
「わっ、お姉様?! ミスティ様も?! ユリシール様まで?!」
「殿を悲しませる不届きな妹には説教が必要だと思うてな」
「そうよ、テレーゼちゃん。今のはダメ」
「どうもそなたは心の中で、年長の女を甘く見ているところがあるな。この際、私が直々に教育してくれよう」
ゾフィア、ミスティ先輩、ユリシール殿がテレサをがっちりと担ぎ上げて、どこかに連れ去っていく。
「お、お姉様! ま、待って! お兄様がちゃんと公平に私にも二回チューしてくださっていれば、このような悲劇は……、お姉様! おねえさまあああ!!」
テレサの悲痛な叫び声が、もはや敵のいない戦場に響き渡った。
「あはははははっ!! もうダメ、もうダメですぅ……!! 記事に書くネタが多すぎて、ヨ、ヨダレが止まらない……」
聖天馬騎士団が雲間に消えるまで見送っていた僕は、鉄仮面卿ことメアリーが、高台の隅で足をじたばたさせながら、何かの箱を握っているのを見付けた。
箱の先端には眼鏡のレンズのようなものがついていて、箱全体がぼんやりと光っている。
「鉄仮面卿、なんだいそれは」
「げぇっ!! べ、べ、べ、ベンゲル……ベン、便……」
「ベンで探ってたら僕の名前に一生たどり着かないぞ」
慌てふためく鉄仮面卿に、僕はのんびりと答える。
「で、なに、それ」
「こ、これはですね、ここのレンズから光を集めて、草木を燃やしたりして遊ぶものでして……」
「へぇ……、やってみせて」
「は、はい?」
「草木を燃やして見せてよ」
「は、はい……」
鉄仮面卿は震える手で、レンズのついた箱を傾けて、必死に草木に当て始めた。
「あ、あれ……、おかしいなぁ……。ちっとも燃えないですね……、もしかして壊れてるのかなぁ……」
「壊れてるなら、僕が破壊しちゃうよ? 味方陣営で急に燃えだしても困るし」
「は、破壊?! い、いえいえいえっ!! き、きっともうすぐ燃えますから!! そ、その、きっと……」
鉄仮面卿が草むらにほとんど顔を埋めながら、必死にレンズを傾け始めた。
僕はそんな彼女に背中を向けて、言った。
「映像を記録するのは構わないんだけど、扱いには十分気を使ってね」
「ぎぇっ……、ご、御存知だったので……」
僕はそれを、リヒタルゼンの古物商で見かけたことがあった。
どんな仕組みかは説明されてもわからなかったけど、箱の中に映像魔法が魔法付与されていて、中の結晶石を入れ替えて撮影した映像を保存したり、再生したりできるという、夢のような宝具だった。
ちょっと興味があったけど、お値段も夢のように途方も無い額だったので、諦めたんだけど。
「それと、もう一つ」
僕は抑揚のない声で言った。
「その仮面を付けている時、君は僕の諜報員なんでしょう?」
「は、はいっ……。独占スクープを報酬に、伯のお役に立ちたいと……」
「だったら、なるべく僕に嘘はつかないほうがいいね。……そう思わない?」
「こ、怖っ!! 怖っ!!! い、いえ、ま、まさにおっしゃる通り!! しかと肝に銘じさせていただきまするぅぅっ!!!」
僕が背中を向けたのも、声に抑揚がなかったのも、これ以上笑いをこらえきれなかったからなんだけど、鉄仮面卿は勝手にビビっていた。
……でも、メアリーにはたぶん、このぐらいに思われていたほうが色々とやりやすいんだろうな。
(それにしても……、ぷぷっ……、本当に射影機のレンズで草を燃やそうとするなよ……。笑い死ぬかと思ったじゃないか……)
「あ、そうそう!!」
「ひっ!? な、なんでしょう?! や、やっぱり消すとかですか!? それも映像じゃなくてお前を消すわとかそういう……」
僕が振り返ると、鉄仮面卿がわたわたと慌て始めた。
漆黒のローブに仮面の姿で手をぶんぶんさせるから、本人以上にコミカルに見える。
「そうじゃなくてさ、クラン戦のことなんだけど……」
「ええ」
「戦闘中に召喚体から戻ってもルール上は問題ないの?」
「ハイ、問題ありません」
メアリーがきっぱり答えた。
「クラン戦で明確な禁止事項として存在するのは、戦場外での戦闘行為です。これはただの傷害と見なされるので、各国の法律に照らし合わせて処罰されます」
「なるほど」
「逆に言えば、戦場に立ち入れば関係者ですから、召喚体であろうとなかろうと、ルール上は関係ないのです」
「ということは、生身の身体でクラン戦をやってもいいってこと?」
「はい。そんなバカいるわけないとお思いでしょうが、実際、クラン同士の抗争から、生身の肉体同士でクラン戦を行い、それはそれは血で血を洗う凄惨な戦闘になったケースが……」
「それ、国が止めなくていいの?」
「逆なんです。ベルゲングリューン伯」
ちっちっち、と鉄仮面卿が指を振った。
……メアリーのこのしぐさ、やっぱり仮面を付けててもちょっとイラっとくるよね。
得意げに説明されるのもしんどいので、僕は頭を働かせることにした。
「ああ、なるほど。街中で派手にやられるよりは、クラン戦でやってもらったほうが治安維持としてはありがたい」
「そうですそうです!! ああ、この一を言えば十理解してくれる感覚、すっごく新鮮!! イグニア出版のお偉方ときたら、一を説明するのに十必要なんですよ!! 伯、信じられます!? ちょっと、伯、聞いてますか?!」
『ヴェンツェル、戦場の遺体って、そろそろ全部消えるのかな?』
『ああ、召喚体だからな。装備品も血液も、跡形もなく消えると思うが……』
『よしよし』
僕はそれだけ確認して、全員に改めて広域魔法伝達を飛ばした。
『はーい、みんな、ちょっといい?』
「おわっ、な、なんですか急に!? いつも思うんですけど、伯の魔法伝達って、いつも耳元でささやかれているみたいで、ちょっとクセになるというか、ゾクゾクしちゃうというかですね、その私の性癖が……」
鉄仮面卿が何かしゃべり続けてているのを一旦無視して、僕は「ごく一部」を除く味方陣営全体への通信を続けた。
『今からこれを聞いている全員で、一回クランホールに戻って、召喚体から生身の身体に戻りまーす!! 聞こえたね―? 全員今すぐ帰還するよ!!』
クラン戦の制限時間まであと数時間。
敵陣営唯一の生存者である暁の明星のリーダー、たった一人を残して、クラン戦の戦場と城内を静寂が包み込むのだった。
「到着が遅くなった。申し訳ない」
天馬から優雅に降り立つと、ゴッドフリート団長は僕とがっちり握手を交わした。
「とんでもない。おかげで助かりました。……何かあったのですか?」
「いや、教皇猊下がご不在で、参加の決裁がなかなか下りなかっただけだ。聖女殿の勇姿を見届けることができなかったことは痛恨の極みだが……」
ゴッドフリート団長はそう言うと、僕の顔を見上げて微笑んだ。
「だが、若獅子祭で因縁があった我々を招いてくれたこと、とても光栄に思う。君はとても心が広い男なのだな」
「いえ、それを言うなら、そんな経緯がありながら参戦してくださった皆さんの方でしょう」
「君の仲間たちから聞いたぞ。君は指揮官という立場でありながら、聖女の危機を救うため、燃え盛る炎の中、単騎で敵陣に斬り込んでいき、見事聖女を救ったのだとか」
「い、いや、まぁ……」
ゴッドフリート団長とその仲間のものすごいテンションに圧倒されながら、僕はなんとか微笑んだ。
「私たちはその話を聞いた時、感動と、そんな君に対してどれだけの無礼を働いてきたのかという後悔と自らの恥、そして、そんな愚かな我々を招いてくれた君の心の広さに、溢れ出る涙を止めることができなかった!」
団長が固く握る握手の強さに、彼らの感動の強さがにじみ出ている。
(この流れで、『聖女に愛されし者』の称号を見られたら僕の人生終わるな……)
僕はその後の会話もなんとか無難にやり取りして、早めに話を切り上げようとした。
「それでは、私たちはそろそろ城内に入りますので。本日はお忙しい中、本当にありがとうございました!」
「ああ、また会おう!! 君は我ら聖天馬騎士団の友だ!!」
(うっ……、ざ、罪悪感……)
と、友は重い……。
友は重いよ……、団長……。
「た……」
「た?」
「た、大変申し訳ありませんでしたああああああっ!!!」
僕はその場でジャンプしながら聖天馬騎士団の面々に土下座をした。
「な、なんだ……!? 急にどうしたのだ……?!」
「ぼ、僕の……魔法情報票を見ていただけると……」
僕の行動を不審に思いながら、団長たちが僕の魔法情報票を確認する。
「な、何っ?! 混沌と破壊の魔女に愛されし者……だと?! 災害級危険指定人物として教皇庁で認定されている、あのアウローラか!?」
(げっ……、そんなものに指定されてたの?)
僕はアウローラに尋ねる。
『まぁ、教皇庁とも色々あってな。……その昔、教皇庁に異端審問官という存在がいたのを知っているか?』
(うん。昔、教皇庁の権威が圧倒的だった時代に、教皇庁の意向に逆らう者をことごとく審問にかけて処刑してきたっていう……)
歴史あるアヴァロニア教皇庁の、決して忘れ去られることのない暗い過去。
教皇庁だけではない。ヴァイリス王国も、ジェルディク帝国も、今のような平穏な時代が訪れるまでには、たくさんの血塗られた、恥ずべき歴史があるのだ。
(それで、その異端審問官がどうしたの?)
『あの異端審問という制度を組織ごと葬り、罪なき男も女も魔女だと言って火炙りにしていた異端審問官どもを全員火炙りにしたついで時の教皇も火炙りにしてやったのは、他でもない私なのだ。わっはっは!』
(わっはっは、じゃねぇよ!! おもいっきり教皇庁の敵じゃないか!)
……終わった。
僕はこのままアヴァロニア教皇庁に連行されて、火炙りにされるんだろうか。
「はっはっは、大した男だとは思っていたが、まさか聖アウローラにまで気に入られているとはな」
「せ、聖アウローラ?!」
僕は思わず、素っ頓狂な声をあげた。
「アウローラという人物に対する評価は、歴史家の間でも未だに意見が分かれていてね。現在の教皇庁では、過去の腐敗し、教義を都合よく歪曲していた教皇庁に対し、神に成り代わって鉄槌を下した聖人と見なされているのだよ」
「そ、そう、なんですか……」
「まぁ、聖アウローラが災害級の危険人物であったことに変わりはないのだがね」
僕はほっと胸を撫で下ろしかけて、まだ根本の問題がまったく解決していないことを思い出した。
「……それとも、君が気にしているのは、その下の称号かな?」
ゴッドフリート団長が、穏やかな声で言った。
「は、はい……」
僕はおそるおそる顔を上げた。
「伯殿。我々が聖女殿を慕い、陰ながら見守らせていただいているのは、彼女の負わされた責務の大きさと、魔の勢力に脅かされかねない存在であるのが所以だ」
団長は静かに言葉を続ける。
「己が勝利を犠牲にしてでも、単身で死地に飛び込み、身を挺して聖女をお守りした君がその称号を授かったとして、それを誰が咎めることができようか」
おお……!!
ゴッドフリート団長、思った以上にアツい男だった……。
看板娘に彼氏ができたら憤慨するような安いファンじゃなかった!!
彼氏と幸せそうにしている看板娘を見て幸せな気持ちになれる、仙人みたいなファンだった!!
「でも、お兄様はアンナリーザ様とチューしてましたよ」
「なっ?!」
「わっ、ばかっ!!」
アリサとの一連のやり取りを決して許容していなかったらしいテレサがぼそっと言った一言で、聖天馬騎士団の連中が大きくよろめいた。
「ま、まぁ……、二人共まだ若いから、若気の至りということもあろう……」
「でも、二回ですからね」
テレサの言葉の槍が、聖天馬騎士団にグサグサと突き刺さる。
「二回、チューしてましたから」
「ぐぐぐっ……。わ、若気の至りが二回ということもあろうから……こ、此度は許してつかわす……」
勇猛果敢、威風堂々で知られる、アヴァロニア教皇庁が誇る聖天馬騎士団は完全に覇気を失った様子で僕たちに挨拶をすると、よろよろとした足取りで、天空に向かって去っていった。
「ああ……、せっかくいい感じの話で終わるところだったのに……」
僕はガックリと膝を付いた。
あんなヨボヨボと天を駆ける天馬たち、見たことがない。
「わっ、お姉様?! ミスティ様も?! ユリシール様まで?!」
「殿を悲しませる不届きな妹には説教が必要だと思うてな」
「そうよ、テレーゼちゃん。今のはダメ」
「どうもそなたは心の中で、年長の女を甘く見ているところがあるな。この際、私が直々に教育してくれよう」
ゾフィア、ミスティ先輩、ユリシール殿がテレサをがっちりと担ぎ上げて、どこかに連れ去っていく。
「お、お姉様! ま、待って! お兄様がちゃんと公平に私にも二回チューしてくださっていれば、このような悲劇は……、お姉様! おねえさまあああ!!」
テレサの悲痛な叫び声が、もはや敵のいない戦場に響き渡った。
「あはははははっ!! もうダメ、もうダメですぅ……!! 記事に書くネタが多すぎて、ヨ、ヨダレが止まらない……」
聖天馬騎士団が雲間に消えるまで見送っていた僕は、鉄仮面卿ことメアリーが、高台の隅で足をじたばたさせながら、何かの箱を握っているのを見付けた。
箱の先端には眼鏡のレンズのようなものがついていて、箱全体がぼんやりと光っている。
「鉄仮面卿、なんだいそれは」
「げぇっ!! べ、べ、べ、ベンゲル……ベン、便……」
「ベンで探ってたら僕の名前に一生たどり着かないぞ」
慌てふためく鉄仮面卿に、僕はのんびりと答える。
「で、なに、それ」
「こ、これはですね、ここのレンズから光を集めて、草木を燃やしたりして遊ぶものでして……」
「へぇ……、やってみせて」
「は、はい?」
「草木を燃やして見せてよ」
「は、はい……」
鉄仮面卿は震える手で、レンズのついた箱を傾けて、必死に草木に当て始めた。
「あ、あれ……、おかしいなぁ……。ちっとも燃えないですね……、もしかして壊れてるのかなぁ……」
「壊れてるなら、僕が破壊しちゃうよ? 味方陣営で急に燃えだしても困るし」
「は、破壊?! い、いえいえいえっ!! き、きっともうすぐ燃えますから!! そ、その、きっと……」
鉄仮面卿が草むらにほとんど顔を埋めながら、必死にレンズを傾け始めた。
僕はそんな彼女に背中を向けて、言った。
「映像を記録するのは構わないんだけど、扱いには十分気を使ってね」
「ぎぇっ……、ご、御存知だったので……」
僕はそれを、リヒタルゼンの古物商で見かけたことがあった。
どんな仕組みかは説明されてもわからなかったけど、箱の中に映像魔法が魔法付与されていて、中の結晶石を入れ替えて撮影した映像を保存したり、再生したりできるという、夢のような宝具だった。
ちょっと興味があったけど、お値段も夢のように途方も無い額だったので、諦めたんだけど。
「それと、もう一つ」
僕は抑揚のない声で言った。
「その仮面を付けている時、君は僕の諜報員なんでしょう?」
「は、はいっ……。独占スクープを報酬に、伯のお役に立ちたいと……」
「だったら、なるべく僕に嘘はつかないほうがいいね。……そう思わない?」
「こ、怖っ!! 怖っ!!! い、いえ、ま、まさにおっしゃる通り!! しかと肝に銘じさせていただきまするぅぅっ!!!」
僕が背中を向けたのも、声に抑揚がなかったのも、これ以上笑いをこらえきれなかったからなんだけど、鉄仮面卿は勝手にビビっていた。
……でも、メアリーにはたぶん、このぐらいに思われていたほうが色々とやりやすいんだろうな。
(それにしても……、ぷぷっ……、本当に射影機のレンズで草を燃やそうとするなよ……。笑い死ぬかと思ったじゃないか……)
「あ、そうそう!!」
「ひっ!? な、なんでしょう?! や、やっぱり消すとかですか!? それも映像じゃなくてお前を消すわとかそういう……」
僕が振り返ると、鉄仮面卿がわたわたと慌て始めた。
漆黒のローブに仮面の姿で手をぶんぶんさせるから、本人以上にコミカルに見える。
「そうじゃなくてさ、クラン戦のことなんだけど……」
「ええ」
「戦闘中に召喚体から戻ってもルール上は問題ないの?」
「ハイ、問題ありません」
メアリーがきっぱり答えた。
「クラン戦で明確な禁止事項として存在するのは、戦場外での戦闘行為です。これはただの傷害と見なされるので、各国の法律に照らし合わせて処罰されます」
「なるほど」
「逆に言えば、戦場に立ち入れば関係者ですから、召喚体であろうとなかろうと、ルール上は関係ないのです」
「ということは、生身の身体でクラン戦をやってもいいってこと?」
「はい。そんなバカいるわけないとお思いでしょうが、実際、クラン同士の抗争から、生身の肉体同士でクラン戦を行い、それはそれは血で血を洗う凄惨な戦闘になったケースが……」
「それ、国が止めなくていいの?」
「逆なんです。ベルゲングリューン伯」
ちっちっち、と鉄仮面卿が指を振った。
……メアリーのこのしぐさ、やっぱり仮面を付けててもちょっとイラっとくるよね。
得意げに説明されるのもしんどいので、僕は頭を働かせることにした。
「ああ、なるほど。街中で派手にやられるよりは、クラン戦でやってもらったほうが治安維持としてはありがたい」
「そうですそうです!! ああ、この一を言えば十理解してくれる感覚、すっごく新鮮!! イグニア出版のお偉方ときたら、一を説明するのに十必要なんですよ!! 伯、信じられます!? ちょっと、伯、聞いてますか?!」
『ヴェンツェル、戦場の遺体って、そろそろ全部消えるのかな?』
『ああ、召喚体だからな。装備品も血液も、跡形もなく消えると思うが……』
『よしよし』
僕はそれだけ確認して、全員に改めて広域魔法伝達を飛ばした。
『はーい、みんな、ちょっといい?』
「おわっ、な、なんですか急に!? いつも思うんですけど、伯の魔法伝達って、いつも耳元でささやかれているみたいで、ちょっとクセになるというか、ゾクゾクしちゃうというかですね、その私の性癖が……」
鉄仮面卿が何かしゃべり続けてているのを一旦無視して、僕は「ごく一部」を除く味方陣営全体への通信を続けた。
『今からこれを聞いている全員で、一回クランホールに戻って、召喚体から生身の身体に戻りまーす!! 聞こえたね―? 全員今すぐ帰還するよ!!』
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2024年12月追記
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