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第三十一章「作戦名:ベルゲングリューンの井戸」(2)
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2
ベルゲングリューン市郊外。
……郊外といっても、そもそも市街すらできあがっていないのだから、「郊外予定地」と言ったほうが正しいのだけれど。
「そこの兄ちゃん!! 迷宮に行くならウチの店で道具揃えていったほうがいいぜ!」
「あんたバカかい?! この方は伯だよ! ベルゲングリューン伯!!」
「ひぇっ、し、失礼いたしやしたぁ!!」
露店の前を通りがかった僕に声をかけた店主らしきおじさんの頭を、奥さんらしきおばさんがスパーンとはたいた。
「儲かってます?」
「へへぇ! おかげさんで!!」
揉み手をしてヘコヘコする店主の耳元で、僕はささやいた。
「ガッポリ稼いでくださいね。今がかき入れ時ですよ」
ぽかんとした顔で僕の顔を見る店主に手を振って、僕は店を後にする。
「……ずいぶん話のわかる領主さまだなぁ?」
「バカっ、聞こえるよ!」
「いやだってよ……、普通、貴族様っつったら、ショバ代だとか高い税とか、なんのかんの理由をつけて徴収するだろ?」
(そうそう。そうやって騒いで広めてくれたら、売上からマージンをもらうだけの方がトータルで儲かっちゃうんだよね)
「煮ても焼いても食えない男、ベルゲングリューンのベルゲン焼きはいかがっすかぁ!!」
(……こっちのお店の商品名だけは後でなんとかしてもらおう)
頼むからベルゲン焼きと言ってイカを焼くのはやめてくれ。
それでベルゲン焼きとか言われたら、まるで僕がイカ臭いみたいだろ。
しかも「焼いても食えない」とか言いながら思いっきり焼いとるじゃないか。
腹が立つことに、やたら美味そうで、ソースとマヨネーズのいい匂いが漂ってきて、ちょっとした行列ができている。
「なかなかの盛況ぶりですね、ベルゲングリューン伯」
「ギュンターさんが集めてきた露店の質がいいんですよ」
件の古代迷宮の前に広がる露店群には、ヴァイリス中の冒険者が集まって買い物をしている。
町並みはまったく出来上がっていないけど、古代迷宮周辺の宿泊施設や飲食店、冒険者に必要な武器、防具、道具のお店、浴場やジョセフィーヌ推薦のエステサロン、賭博場などの遊戯施設、それからリザーディアン部隊が常駐する騎士団詰め所はそこそこしっかりしたものを急ピッチで用意した。
「今までも伯には驚かされっぱなしでしたが、今回ばかりは、商人として心から敬服しますよ」
興奮した様子のギュンターさんが、僕に言った。
「冒険者に働いてもらって報酬を支払う。でも、その冒険者が寝泊まりしたり、必要な道具を揃える施設を用意しているので、冒険者はその報酬を使ってお金を落とし、さらなる報酬を得るために冒険をする。……実に理想的な収益モデルです。伯はその若さで地権者の強みというものをよく理解されていらっしゃいますね」
「しかも冒険者に報酬を支払っているのは我がヴァイリス王国だからな。それが形を変えてベルゲングリューン領の財源に流れる形だ。まったく、さっきの露店ではないが、食えない男だな、君は」
アルフォンス宰相閣下が呆れ気味に言った。
「しかも、冒険者だけではない」
隣に立つアルフォンス宰相閣下が、古代迷宮のさらに奥にある平野を指差した。
かつての「アルミノ荒野」という地名を表すかのような荒れ果てた大地が広がる区画に、様々な業種の労働者の人たちが集まっている。
「あの辺りには、古代迷宮から汲み出した水を貯めるための人造湖を建設する。そちらの開発と、迷宮内の工事に着手する労働者たちも皆が、ベルゲングリューン市の『客』というわけだよ」
「あ、あの……、一応言っておきますけど、最初からそれが目的で提案したわけじゃないですからね?」
冗談だとはわかっているけど、アルフォンス宰相閣下が非難がましい顔を向けたので、僕は一応釈明する。
冒険者が集まるなら設備がないと不便だし、ウチは領民もいないし税収がないので、せっかくなので、運用コストを抑えるために手を打っておこうかなぁと思っただけなのだ。
「それに、ヴァイリス国は今回の作戦が成功したら、水不足の解消による平和維持を大義名分に、古代迷宮からの水源供給のノウハウや装置の販売、施工をアヴァロニアの各国に売りつけられるんですから、そっちの方が美味しいとこ取りじゃないですか」
「ふん。リップマン子爵に入れ知恵して、直前に汲み取り技術や動力確保関連の特許を根こそぎ取得させておいて、どの口がそう言うのかね」
アルフォンス宰相閣下が僕のほっぺを引っ張った。
「いでででっ、そ、それは子爵の正当な権利ですから! リップマン子爵みたいな天才に限ってそういうところに無頓着だったりするから、周りの人がちゃんと言ってあげないと……」
「ほう? 全ての特許料の受取人が君の名前になっていてもかね?」
「えっ?! ええっ?!!」
「やはり伯は冒険者にしておくのはもったいない。ここは商人としての人生を……」
「いやいやギュンター君、彼には政治家としての道筋をだね……」
僕が本当に驚いているのも気にせず、大商人と大貴族がやりあってる中、ふと顔を上げると、アルフォンス宰相閣下の後ろの方で、「ベルゲン焼き」を美味そうに頬張っているリップマン子爵が見えた。
「リップマンさん! ちょっと!!」
「おおー! 伯! このイカ焼き、名前はちょっと食欲なくすけど、めっちゃうめぇよ!」
「食欲なくして悪かったよ……、それより、特許料!! なんで自分の受け取りにしなかったの?! あんだけ説明したのに!!」
「いやぁ、だってよ、受け取りの手続きとかもめんどくさそうだし……、あんたにちゃちゃと処理してもらって、そこから小遣いでも貰ったほうが便利だっぺよ」
「そんなことをしたら贈与税がムダにかかるでしょー!」
もしゃもしゃとベルゲン焼きをかじりながら、リップマン子爵が僕のツッコミにへらへらと笑った。
っていうか、よく見たらマヨネーズが、「爆笑伯爵ベルゲンくん」の2ページに1つは必ず出てくる「まきまきうんこ」のマークになっている。
リップマン子爵が食べ散らかして半分ぐちゃぐちゃになったうんこだ。
……最悪な食べ物だな。
こんなものを喜んで買う人の気持ちがわからない。
ベルゲングリューン市をこんな下品な食べ物を食べ歩く市民が増えたらと思うと、僕の開拓意欲は急速に萎んでいくのであった。
「コホン、国家に収める税を『ムダ』というのは、伯爵家の当主の発言としていかがなものかな」
「うっ、宰相閣下……」
アルフォンス宰相閣下にたしなめられている僕を見て、隣でギュンターさんがハンカチで口元を押さえて笑いをこらえていた。
「しかしまぁ、それならば、リップマンのホフマイスター子爵家をベルゲングリューン伯爵家の子貴族家にすれば良いのではないか?」
「こきぞくけ?」
きょとん、とする僕に、アルフォンス宰相閣下はやれやれ、と肩をすくめながら説明した。
「子爵というのはそもそも、伯爵を補佐するために作られた爵位だ。かつては副伯と呼ばれ、伯爵領の都市や城を管理する役目を負っていた。今の彼にピッタリだとは思わないかね?」
「おおっ、それだ!! それだっぺよ宰相閣下!!」
「宰相閣下と話す時ぐらい、そのイカ焼き食べるのやめなよ……」
僕に言われて、リップマン子爵はベルゲン焼きを引っ込めて、その時に手に付いたソースをズボンでゴシゴシと拭いた。
「よく考えてみれば、君はローゼンミュラー子爵家とベアール子爵家も子貴族家にしているではないか。 であれば、リップマン子爵家もそのようにすれば、子貴族家の資産を管理するのに税などはかからん」
「……ちょっと待ってください、宰相閣下、ローゼンミュラー子爵家とベアール子爵家ってヴェンツェルとエタンのとこですよね? ……子貴族家?」
きょとん、とした僕を見て、宰相閣下もきょとん、とこちらを見た。
「今さらどうしたのだね? だいぶ前にローゼンミュラー家とベアール家から申請が出て、とっくに王国から受理されているぞ。若獅子祭の後ぐらいだったと思うが」
(ああ、そういえば二人に言われて、なんかの書類にサインした気がする……)
それで若獅子祭の頃のヴェンツェルは、ローゼンミュラー家の命運が僕にかかってるとかなんとか言ってたのか……。
なにを大げさなって思ってたけど……、そういうことだったのか。
「まぁ、各家も子爵家とはいえ、家格はしっかりしているし、親貴族の庇護がなければ立ち行かないようなこともあるまい。ましてや領民もいない今の君は、親貴族として特にできることは何もないだろうから、形式的なものだろう。特に気にすることはないだろうがね、だが……」
そこまで言ってから、アルフォンス宰相閣下がいたずらっぽく笑った。
「将来的に、君が貴族家として、政治家として力を付けたならば、その家格に合った庇護を与えてやるべきだろうな」
「おおっ、そんじゃ、ウチもさっさと申請して、めんどくせぇことは全部伯にぶん投げちまおう」
頭に思っていることを全部ぶちまけながら、リップマン子爵が残りのベルゲン焼きを全部頬張った。
「あ、ソフィアさんだ。ソフィアさーん!」
「ベル君? ど、どこ?」
ベルゲン焼きの行列に巻き込まれてキョロキョロしているソフィアさんに声をかけたけど、周りの喧騒がすごくて、声の方向がわからないようだった。
……っていうか、ベルゲン焼きの屋台にキムと花京院が並んでいた。
『今、向いている方向を真っ直ぐ行ったところです。手を上げています』
『あ、見つけた! 今向かうわね』
魔法伝達で返事をして、人だかりを避けながら、ソフィアさんがこちらに駆けてきた。
「まだプレオープンだっていうのに、すごい冒険者の数ね……」
「今、どのぐらい集まっています?」
「どうかしら……、私が把握している冒険者だけでも、ヴァイリスの銅星、青銅星クラスの冒険者はほとんど来ているんじゃないかしら」
「それはすごいですね……」
ギュンターさんがうめいた。
「いや……、足りない。まだ全然足りない」
「「えっ?」」
首を振る僕に、ソフィアさんとギュンターさんが顔を上げた。
「相当広いんですよ。ここの古代迷宮。しかも、今回はただ探索するんじゃなくて、安全に建設作業ができるように、各階層を一掃しなきゃならない」
「そ、それはそうだけど……」
「今の人数では時間もかかりすぎるし、犠牲者も少なからず出るでしょう」
僕は腕を組んで、しばらく考えた。
「見たところ、銀星クラスもけっこういるわね。金星の人たちは遠征が多いから、もう少し時間がかかるかもしれないわね」
ソフィアさんの説明を聞いて、僕は宰相閣下の方を向いた。
「宰相閣下、ヴァイリス国民じゃない冒険者に仕事をさせるのって、問題ありますか?」
「いや、国家間で取引をしているわけではないし、冒険者というのはアヴァロニア全土で公認された役職だからな、特に支障はないよ」
「よし……、決めた!」
僕はギュンターさんの方を向いた。
「ギュンターさん、踊り子さんとか、サーカス団とか大道芸人とかって集められます?」
「知り合いの興行師を使えば可能ですが……、どうするんです?」
「観光客を呼びましょう」
「へ?」
「これだけの露店や施設があったら、観光客を呼べばちょっとしたお祭りになるでしょう?
冒険者は基本、お祭り好きですから、人がたくさんいるところには必ず集まってきます」
「そ、それはそうでしょうが……」
ちょっと話についていけないという風に、ギュンターさんが片眼鏡を外して、ハンカチで額の汗を拭いた。
「観光客も人造湖の建設とか、名だたる冒険者たちが古代迷宮に入っていく姿なんて、普段なかなか見ることはできないだろうし。そうして知名度が上がれば、他の国にも売り込みやすくなります」
「な、なるほど……」
まだ半信半疑のギュンターさんをよそに、僕は三人に向き直った。
……ん、三人?
あ、そういえばリップマン子爵がいない。
きっと、善は急げと、子貴族家になる申請書を作りに行ったんだと思う。
気を取り直して、僕は宣言した。
「古代迷宮を制覇して施工がすべて終わるまでの間、ベルゲングリューン城と、リヒタルゼンにあるクラン城の転送ゲートを一般開放します! ジェルディク帝国からの観光客や冒険者も集めましょう!!」
「ええええええええっ?!」
ソフィアさんが大きな声を上げた。
「い、一般市民に本拠地とクラン城の通行をさせるんですか!? それも他国の……」
「そんな話は聞いたことがないぞ……」
「大事なお客様ですから」
驚く三人に、僕はにっこりと笑った。
「たくさんの冒険者たちが入れ替わり立ち替わり、常に古代迷宮を出入りするような、夜も眠らない街にするんです。古代迷宮に巣食う魔物が休んでいる間もないぐらいにね」
「魔物たちがかわいそうに思えてきたわ……」
そう言いながらも、ソフィアさんが笑っている。
眠るヒマもなく、古代迷宮に続々とやってくる冒険者たちの相手をさせられる魔物たちの姿を想像したのだろう。
「でね? 古代迷宮で一掃した魔物が再び出現する周期って決まっているでしょう?」
「ええ、そうだけど……」
「それで、将来的に、すべての施工が終わったら、その周期以外の時期を一般開放するんです」
「ちょ、ちょっと、ちょっと!!」
「普段、冒険者だって、古代迷宮の最下層までたどり着ける人は少ないんですから、そこを安全に探検できるツアーって、観光名所の魅力として最高じゃありません?」
「ちょっと待って!! ちょっと待ってください!! し、思考が……思考が追いつかない……」
脂汗をかいて、軽くよろめきながらギュンターさんが言った。
「つ、つまり、伯は、ここをただの水源ではなく、まるごと観光名所にしてしまおうとお考えなんですか?」
「魔物が定期的に湧く以上、迷宮の管理をしなくてはならないでしょう? でも、管理にはコストもかかるし、別に魔物がいても水の供給や水質に問題なかったりすると、管理もずさんになっていく可能性があります」
でもそのうち、こないだの古代迷宮みたいに魔物がうじゃうじゃ湧いてくる。
そうなってから水源のメンテナンスをしようと思ったら、また今回みたいな大掛かりなことをしなくてはならなくなる。
「でも、ここが観光名所ということになれば、定期的に設備のメンテナンスもできるし、そのためのスタッフになる冒険者を雇うこともできます。つまり、管理をすればするほど市の財政が潤うというわけです!」
「も、もはやそんなのは、古代迷宮でも市でもないですよ……」
ギュンターさんがうめいた。
「そんな古代迷宮はもう、アトラクション……。ベルゲングリューン市とかじゃない、『ベルゲングリューンランド』ですよ……」
ベルゲングリューンランド。
ちょっといい響きかもしれない。
ベルゲングリューン市郊外。
……郊外といっても、そもそも市街すらできあがっていないのだから、「郊外予定地」と言ったほうが正しいのだけれど。
「そこの兄ちゃん!! 迷宮に行くならウチの店で道具揃えていったほうがいいぜ!」
「あんたバカかい?! この方は伯だよ! ベルゲングリューン伯!!」
「ひぇっ、し、失礼いたしやしたぁ!!」
露店の前を通りがかった僕に声をかけた店主らしきおじさんの頭を、奥さんらしきおばさんがスパーンとはたいた。
「儲かってます?」
「へへぇ! おかげさんで!!」
揉み手をしてヘコヘコする店主の耳元で、僕はささやいた。
「ガッポリ稼いでくださいね。今がかき入れ時ですよ」
ぽかんとした顔で僕の顔を見る店主に手を振って、僕は店を後にする。
「……ずいぶん話のわかる領主さまだなぁ?」
「バカっ、聞こえるよ!」
「いやだってよ……、普通、貴族様っつったら、ショバ代だとか高い税とか、なんのかんの理由をつけて徴収するだろ?」
(そうそう。そうやって騒いで広めてくれたら、売上からマージンをもらうだけの方がトータルで儲かっちゃうんだよね)
「煮ても焼いても食えない男、ベルゲングリューンのベルゲン焼きはいかがっすかぁ!!」
(……こっちのお店の商品名だけは後でなんとかしてもらおう)
頼むからベルゲン焼きと言ってイカを焼くのはやめてくれ。
それでベルゲン焼きとか言われたら、まるで僕がイカ臭いみたいだろ。
しかも「焼いても食えない」とか言いながら思いっきり焼いとるじゃないか。
腹が立つことに、やたら美味そうで、ソースとマヨネーズのいい匂いが漂ってきて、ちょっとした行列ができている。
「なかなかの盛況ぶりですね、ベルゲングリューン伯」
「ギュンターさんが集めてきた露店の質がいいんですよ」
件の古代迷宮の前に広がる露店群には、ヴァイリス中の冒険者が集まって買い物をしている。
町並みはまったく出来上がっていないけど、古代迷宮周辺の宿泊施設や飲食店、冒険者に必要な武器、防具、道具のお店、浴場やジョセフィーヌ推薦のエステサロン、賭博場などの遊戯施設、それからリザーディアン部隊が常駐する騎士団詰め所はそこそこしっかりしたものを急ピッチで用意した。
「今までも伯には驚かされっぱなしでしたが、今回ばかりは、商人として心から敬服しますよ」
興奮した様子のギュンターさんが、僕に言った。
「冒険者に働いてもらって報酬を支払う。でも、その冒険者が寝泊まりしたり、必要な道具を揃える施設を用意しているので、冒険者はその報酬を使ってお金を落とし、さらなる報酬を得るために冒険をする。……実に理想的な収益モデルです。伯はその若さで地権者の強みというものをよく理解されていらっしゃいますね」
「しかも冒険者に報酬を支払っているのは我がヴァイリス王国だからな。それが形を変えてベルゲングリューン領の財源に流れる形だ。まったく、さっきの露店ではないが、食えない男だな、君は」
アルフォンス宰相閣下が呆れ気味に言った。
「しかも、冒険者だけではない」
隣に立つアルフォンス宰相閣下が、古代迷宮のさらに奥にある平野を指差した。
かつての「アルミノ荒野」という地名を表すかのような荒れ果てた大地が広がる区画に、様々な業種の労働者の人たちが集まっている。
「あの辺りには、古代迷宮から汲み出した水を貯めるための人造湖を建設する。そちらの開発と、迷宮内の工事に着手する労働者たちも皆が、ベルゲングリューン市の『客』というわけだよ」
「あ、あの……、一応言っておきますけど、最初からそれが目的で提案したわけじゃないですからね?」
冗談だとはわかっているけど、アルフォンス宰相閣下が非難がましい顔を向けたので、僕は一応釈明する。
冒険者が集まるなら設備がないと不便だし、ウチは領民もいないし税収がないので、せっかくなので、運用コストを抑えるために手を打っておこうかなぁと思っただけなのだ。
「それに、ヴァイリス国は今回の作戦が成功したら、水不足の解消による平和維持を大義名分に、古代迷宮からの水源供給のノウハウや装置の販売、施工をアヴァロニアの各国に売りつけられるんですから、そっちの方が美味しいとこ取りじゃないですか」
「ふん。リップマン子爵に入れ知恵して、直前に汲み取り技術や動力確保関連の特許を根こそぎ取得させておいて、どの口がそう言うのかね」
アルフォンス宰相閣下が僕のほっぺを引っ張った。
「いでででっ、そ、それは子爵の正当な権利ですから! リップマン子爵みたいな天才に限ってそういうところに無頓着だったりするから、周りの人がちゃんと言ってあげないと……」
「ほう? 全ての特許料の受取人が君の名前になっていてもかね?」
「えっ?! ええっ?!!」
「やはり伯は冒険者にしておくのはもったいない。ここは商人としての人生を……」
「いやいやギュンター君、彼には政治家としての道筋をだね……」
僕が本当に驚いているのも気にせず、大商人と大貴族がやりあってる中、ふと顔を上げると、アルフォンス宰相閣下の後ろの方で、「ベルゲン焼き」を美味そうに頬張っているリップマン子爵が見えた。
「リップマンさん! ちょっと!!」
「おおー! 伯! このイカ焼き、名前はちょっと食欲なくすけど、めっちゃうめぇよ!」
「食欲なくして悪かったよ……、それより、特許料!! なんで自分の受け取りにしなかったの?! あんだけ説明したのに!!」
「いやぁ、だってよ、受け取りの手続きとかもめんどくさそうだし……、あんたにちゃちゃと処理してもらって、そこから小遣いでも貰ったほうが便利だっぺよ」
「そんなことをしたら贈与税がムダにかかるでしょー!」
もしゃもしゃとベルゲン焼きをかじりながら、リップマン子爵が僕のツッコミにへらへらと笑った。
っていうか、よく見たらマヨネーズが、「爆笑伯爵ベルゲンくん」の2ページに1つは必ず出てくる「まきまきうんこ」のマークになっている。
リップマン子爵が食べ散らかして半分ぐちゃぐちゃになったうんこだ。
……最悪な食べ物だな。
こんなものを喜んで買う人の気持ちがわからない。
ベルゲングリューン市をこんな下品な食べ物を食べ歩く市民が増えたらと思うと、僕の開拓意欲は急速に萎んでいくのであった。
「コホン、国家に収める税を『ムダ』というのは、伯爵家の当主の発言としていかがなものかな」
「うっ、宰相閣下……」
アルフォンス宰相閣下にたしなめられている僕を見て、隣でギュンターさんがハンカチで口元を押さえて笑いをこらえていた。
「しかしまぁ、それならば、リップマンのホフマイスター子爵家をベルゲングリューン伯爵家の子貴族家にすれば良いのではないか?」
「こきぞくけ?」
きょとん、とする僕に、アルフォンス宰相閣下はやれやれ、と肩をすくめながら説明した。
「子爵というのはそもそも、伯爵を補佐するために作られた爵位だ。かつては副伯と呼ばれ、伯爵領の都市や城を管理する役目を負っていた。今の彼にピッタリだとは思わないかね?」
「おおっ、それだ!! それだっぺよ宰相閣下!!」
「宰相閣下と話す時ぐらい、そのイカ焼き食べるのやめなよ……」
僕に言われて、リップマン子爵はベルゲン焼きを引っ込めて、その時に手に付いたソースをズボンでゴシゴシと拭いた。
「よく考えてみれば、君はローゼンミュラー子爵家とベアール子爵家も子貴族家にしているではないか。 であれば、リップマン子爵家もそのようにすれば、子貴族家の資産を管理するのに税などはかからん」
「……ちょっと待ってください、宰相閣下、ローゼンミュラー子爵家とベアール子爵家ってヴェンツェルとエタンのとこですよね? ……子貴族家?」
きょとん、とした僕を見て、宰相閣下もきょとん、とこちらを見た。
「今さらどうしたのだね? だいぶ前にローゼンミュラー家とベアール家から申請が出て、とっくに王国から受理されているぞ。若獅子祭の後ぐらいだったと思うが」
(ああ、そういえば二人に言われて、なんかの書類にサインした気がする……)
それで若獅子祭の頃のヴェンツェルは、ローゼンミュラー家の命運が僕にかかってるとかなんとか言ってたのか……。
なにを大げさなって思ってたけど……、そういうことだったのか。
「まぁ、各家も子爵家とはいえ、家格はしっかりしているし、親貴族の庇護がなければ立ち行かないようなこともあるまい。ましてや領民もいない今の君は、親貴族として特にできることは何もないだろうから、形式的なものだろう。特に気にすることはないだろうがね、だが……」
そこまで言ってから、アルフォンス宰相閣下がいたずらっぽく笑った。
「将来的に、君が貴族家として、政治家として力を付けたならば、その家格に合った庇護を与えてやるべきだろうな」
「おおっ、そんじゃ、ウチもさっさと申請して、めんどくせぇことは全部伯にぶん投げちまおう」
頭に思っていることを全部ぶちまけながら、リップマン子爵が残りのベルゲン焼きを全部頬張った。
「あ、ソフィアさんだ。ソフィアさーん!」
「ベル君? ど、どこ?」
ベルゲン焼きの行列に巻き込まれてキョロキョロしているソフィアさんに声をかけたけど、周りの喧騒がすごくて、声の方向がわからないようだった。
……っていうか、ベルゲン焼きの屋台にキムと花京院が並んでいた。
『今、向いている方向を真っ直ぐ行ったところです。手を上げています』
『あ、見つけた! 今向かうわね』
魔法伝達で返事をして、人だかりを避けながら、ソフィアさんがこちらに駆けてきた。
「まだプレオープンだっていうのに、すごい冒険者の数ね……」
「今、どのぐらい集まっています?」
「どうかしら……、私が把握している冒険者だけでも、ヴァイリスの銅星、青銅星クラスの冒険者はほとんど来ているんじゃないかしら」
「それはすごいですね……」
ギュンターさんがうめいた。
「いや……、足りない。まだ全然足りない」
「「えっ?」」
首を振る僕に、ソフィアさんとギュンターさんが顔を上げた。
「相当広いんですよ。ここの古代迷宮。しかも、今回はただ探索するんじゃなくて、安全に建設作業ができるように、各階層を一掃しなきゃならない」
「そ、それはそうだけど……」
「今の人数では時間もかかりすぎるし、犠牲者も少なからず出るでしょう」
僕は腕を組んで、しばらく考えた。
「見たところ、銀星クラスもけっこういるわね。金星の人たちは遠征が多いから、もう少し時間がかかるかもしれないわね」
ソフィアさんの説明を聞いて、僕は宰相閣下の方を向いた。
「宰相閣下、ヴァイリス国民じゃない冒険者に仕事をさせるのって、問題ありますか?」
「いや、国家間で取引をしているわけではないし、冒険者というのはアヴァロニア全土で公認された役職だからな、特に支障はないよ」
「よし……、決めた!」
僕はギュンターさんの方を向いた。
「ギュンターさん、踊り子さんとか、サーカス団とか大道芸人とかって集められます?」
「知り合いの興行師を使えば可能ですが……、どうするんです?」
「観光客を呼びましょう」
「へ?」
「これだけの露店や施設があったら、観光客を呼べばちょっとしたお祭りになるでしょう?
冒険者は基本、お祭り好きですから、人がたくさんいるところには必ず集まってきます」
「そ、それはそうでしょうが……」
ちょっと話についていけないという風に、ギュンターさんが片眼鏡を外して、ハンカチで額の汗を拭いた。
「観光客も人造湖の建設とか、名だたる冒険者たちが古代迷宮に入っていく姿なんて、普段なかなか見ることはできないだろうし。そうして知名度が上がれば、他の国にも売り込みやすくなります」
「な、なるほど……」
まだ半信半疑のギュンターさんをよそに、僕は三人に向き直った。
……ん、三人?
あ、そういえばリップマン子爵がいない。
きっと、善は急げと、子貴族家になる申請書を作りに行ったんだと思う。
気を取り直して、僕は宣言した。
「古代迷宮を制覇して施工がすべて終わるまでの間、ベルゲングリューン城と、リヒタルゼンにあるクラン城の転送ゲートを一般開放します! ジェルディク帝国からの観光客や冒険者も集めましょう!!」
「ええええええええっ?!」
ソフィアさんが大きな声を上げた。
「い、一般市民に本拠地とクラン城の通行をさせるんですか!? それも他国の……」
「そんな話は聞いたことがないぞ……」
「大事なお客様ですから」
驚く三人に、僕はにっこりと笑った。
「たくさんの冒険者たちが入れ替わり立ち替わり、常に古代迷宮を出入りするような、夜も眠らない街にするんです。古代迷宮に巣食う魔物が休んでいる間もないぐらいにね」
「魔物たちがかわいそうに思えてきたわ……」
そう言いながらも、ソフィアさんが笑っている。
眠るヒマもなく、古代迷宮に続々とやってくる冒険者たちの相手をさせられる魔物たちの姿を想像したのだろう。
「でね? 古代迷宮で一掃した魔物が再び出現する周期って決まっているでしょう?」
「ええ、そうだけど……」
「それで、将来的に、すべての施工が終わったら、その周期以外の時期を一般開放するんです」
「ちょ、ちょっと、ちょっと!!」
「普段、冒険者だって、古代迷宮の最下層までたどり着ける人は少ないんですから、そこを安全に探検できるツアーって、観光名所の魅力として最高じゃありません?」
「ちょっと待って!! ちょっと待ってください!! し、思考が……思考が追いつかない……」
脂汗をかいて、軽くよろめきながらギュンターさんが言った。
「つ、つまり、伯は、ここをただの水源ではなく、まるごと観光名所にしてしまおうとお考えなんですか?」
「魔物が定期的に湧く以上、迷宮の管理をしなくてはならないでしょう? でも、管理にはコストもかかるし、別に魔物がいても水の供給や水質に問題なかったりすると、管理もずさんになっていく可能性があります」
でもそのうち、こないだの古代迷宮みたいに魔物がうじゃうじゃ湧いてくる。
そうなってから水源のメンテナンスをしようと思ったら、また今回みたいな大掛かりなことをしなくてはならなくなる。
「でも、ここが観光名所ということになれば、定期的に設備のメンテナンスもできるし、そのためのスタッフになる冒険者を雇うこともできます。つまり、管理をすればするほど市の財政が潤うというわけです!」
「も、もはやそんなのは、古代迷宮でも市でもないですよ……」
ギュンターさんがうめいた。
「そんな古代迷宮はもう、アトラクション……。ベルゲングリューン市とかじゃない、『ベルゲングリューンランド』ですよ……」
ベルゲングリューンランド。
ちょっといい響きかもしれない。
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クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
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皆さん勘違いしてません?
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本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
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二年前に母を亡くしたミレーネは、後妻と妹が家にやって来てからすっかり使用人以下の扱いをされている。王宮で舞踏会が開催されるが、用意されたのは妹のドレスだけ。そんなミレーネに手を差し伸べる人が……。
【完結】憧れのスローライフを異世界で?
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アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
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断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
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