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第二部 第三章「女王陛下と大怪盗」(4)
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4
……それを見つけたのは、ミヤザワくんだった。
僕たちは女王陛下の元御用邸、現エスパダ領ベルゲングリューン邸をひとしきり探検した後、豪華なリビングでくつろいでいた。
「すっげぇな……、屋敷の外じゃなくて、中に中庭があるぞ!」
「中にあるから中庭って言うんだろ……」
花京院の言葉にキムがツッコんだ。
まさにその通りなんだけど、花京院の言いたいこともちょっとわかる。
ヴァイリスにあるベルゲングリューン城の中庭は外に対して大きく開かれていて、どちらかというと広場って感じがするけれど、こちらの中庭は屋敷の中からしか入ることはできない。
屋内からは日当たりの良い、花や草木で色彩豊かな中庭の美しい景色をどこからでも一望できるようになっているのだけれど、外からはその様子を覗き見ることすらできない。
女王陛下がご利用にならなくなってからも、庭師さんがこまめに手入れをしていたらしい中庭は、まさに「秘密の花園」っていう言葉がぴったりくるような美しい庭園だった。
「お紅茶をお持ちしました」
「えっ」
老紳士……というには、あまりにも風格がありすぎる男性が、ティーポットを片手に、リビングにいるみんなの分のティーセットをテーブルに置いて、僕に言った。
執事が着るような燕尾服を身に纏っているけど、肩まで伸ばした総白髪に口ひげ、服の上からでもわかる筋骨隆々とした体つきは、軍人か、どこぞの大貴族の当主のような風格がある。
「レオさん、家の管理しかやらないって話だったんじゃ……」
「私が飲むために淹れたのですが、余ったので、よろしければ皆さんでどうぞ」
「そう、ありがとう」
僕がうなずくと、レオさんは軽く頭を下げて、奥の部屋に戻っていった。
みんなのために紅茶を注ぐようなことはしない。
「なんか、おっかねぇ人だな……威圧感がはんぱねぇ」
「そう? いい人だと思うけど」
「ありえねぇ……絶対オレたちのこと嫌ってるだろ……」
ルッ君がひそひそ声で言った。
「ヒルダ先輩は、ああいう渋いおじさま、タイプでしょ」
「そうだな、私の性癖から言えば、ド直球と言えるだろうな」
「先輩、こんな大勢の前で性癖とか言わないでください」
ミスティ先輩がツッコんだ。
「貴様も、あと50年もすればあんな感じになるのだろうな。期待しているぞ」
その頃はヒルダ先輩の年齢も……と言いそうになって、僕は慌てて言葉を飲んだ。
僕はルッ君とは違うのである。
「いや、ヒルダ殿には申し訳ないが、殿には父上のようになっていただかなくては……」
「なれるわけないでしょ!!」
僕は全力でゾフィアにツッコんだ。
これからどれだけハードな人生を送れば、「生まれるのが遅すぎた龍王」「歩く爆心地」「移動要塞」「静かなる活火山」「しゃべらぬ死神」「うごく魔法金属」「現ジェルディク帝国の軍事力の99%」「最強無言やくざ」とか呼ばれる男になれるというんだ。
「ハニーが年を取るなんて……、悪夢だ!! おお、そんなことが許されていいのか……。キミが永遠に年を取らない方法を僕は探すことにするよ」
「探さなくていいから!! っていうか、バルは年下の男が好きなんでしょ? 僕なんかよりヴェンツェルの方がかわいいじゃん」
僕はそう言って、猫舌で未だに紅茶が飲めず、僕の隣で一生懸命ふーふーしているヴェンツェルの両肩を掴んでバルトロメウに言った。
「お、おい、ベル……」
「ヴェンツェルくんはダメだ。僕のハニーにはなれない」
バルトロメウがきっぱりと言った。
「な、なんで! めっちゃかわいいのに!」
ヴェンツェルより僕がバルトロメウに抗議する。
こんなに、男子にしておくのがもったいなすぎるぐらいかわいいヴェンツェルがダメだとか、なんという贅沢なことを言うんだ。
「彼は、僕の中では美少女枠だ。男ではないんだ」
「いや、私は男なのだが……まぁいいか」
「いいんかい!」
ヴェンツェルはほっとしたように紅茶を飲もうとして、まだ熱かったらしく、再び紅茶をふーふーしはじめた。
「でも、私、あの人、どこかで見たことがあるかも……」
メルがつぶやいた。
「あの人って、レオさんのこと?」
「うん……。お屋敷の管理をされてたっていうから、それでなのかな……」
それはそうと、レオさんの素性は、女王陛下から、執事としてこのお屋敷の管理を任命されている人だという以外、よく知らない。
屋敷で僕たちを迎え入れたレオさんは、開口一番で僕に向かって次のようなことを言った。
・自分は王女殿下からこの屋敷を管理するように命じられている。
・逆に言えば、それ以外のことは命じられていない。
・よって、使用人のようにあなた(つまり僕)に従うようなことはない。
・ただ、あなたから不要と言われた時は、解任してもよいと言われている。
・解任されて困ることはないので、そうしてもらっても構わない。
「素晴らしい。女王陛下は僕のことをよくご理解なさっておいでのようだ」
僕がそう返答すると、レオさんはわずかに驚いた顔を見せた。
「僕は今後も使用人を雇うつもりはありません。ですが、管理をしてくださるというのでしたら、ご自由になさってください」
「かしこまりました。ベルゲングリューン卿」
言葉遣いはとても丁寧だけど、かすれた低音ボイスは、それまでの人生の重みを感じさせるというか、ハッキリ言うとものすごい悪の親玉みたいな重々しさがある。
うまく言えないけど、とても普通の人生を送ってきた人には思えない。
とにかく、そんなことがあったので、ルッ君なんかはビビリまくっているのである。
その一方で、女性陣はレオさんの渋いオジサマの魅力にすっかりやられてしまっているようだ。
「やっぱ男は寡黙じゃなきゃダメよね。あんたたち、ちょっとしゃべりすぎなのよ」
おしゃべり筆頭のユキがそんな傍若無人なことを言ってきた。
「うちの中で寡黙で渋いって言うと……、閣下かな」
「たしかにジルベールは寡黙だけど、ちょいちょい、いらんことを言ってくるのよね」
ユキがそう言うのを無視して、ジルベールは紅茶を飲みながら読書をしている。
さっき、屋敷の本棚にあった本から何冊かを見繕っていた。
ちなみに、紅茶はテレサが最年少なのを気遣ってか、みんなの分を注いでくれた。
そんなことしなくていいのに。
「美味しいものを食べてる時のミヤザワくんもおとなしいよね」
「ミヤザワくんって、何かに集中するとしゃべらなくなるんじゃないかしら。ほら、整理整頓の時だって……」
「ああ……、なるほど」
メルの言葉に、僕はうなずいた。
「って、ミヤザワくんは?」
「へ? さっきまでそこにいたけど……、あれ?」
ルッ君がミヤザワくんを探して、リビングを見渡したところで、ミヤザワくんが戻ってきた。
「まつおさん……」
ミヤザワくんは少し動揺した様子で、僕の方にやってきた。
手に、封筒を持っていた。
「さっきから、奥でカタカタ鳴ってるのが気になって、様子を見に行ったら、書斎の窓が開いていて、これが……」
「親愛なるベルゲングリューン伯へ……、なんだろ。エスパダの貴婦人方からのラブレターかな」
「なんだとー!!」
冗談に決まってるのに、ルッ君が反応した。
「封蝋印とは大げさな……」
上質の封筒に、赤い蝋で封がされている。
王族や貴族、役人、あるいは商人が、第三者が開封して中身を見たり改ざんしたりしていないことを確認するためのものだ。
「差出人は……、MM……えむえむ……なんだろ……。むちむちミスティ」
「それだとMMMでしょ! それにむちむちはユキちゃんでしょ!」
「ちょっ、先輩?!」
「ふむ、それもそうか……」
「納得してんじゃないわよ! だいたい、MだったらメルだってMから始まるでしょ?」
「魅力的なメル……たしかにMMだ」
「なにこのえこひいき感……」
ミスティ先輩がぼそっとつぶやくのをよそに、僕はとりあえず、封筒を開封する。
かすかに香る、桃のような香り。
封筒の中には手紙などは入っておらず、名刺を少し大きくしたようなカードが入っていた。
カードには、おしゃれな猫がウィンクしている絵と、手書きの文字が書かれていた。
「えーと、『あなたがお持ちの『アフロディーテの邂逅』を今宵、いただきに参上いたします。 マテラッツィ・マッツォーネ』……なんだこれ」
僕がそう言うと、カタン、と音が聞こえた。
振り返ると、レオさんが花瓶の花の入れ替えをする手を止めて、こちらを見ている。
「失礼しました。聞き覚えがある名前でしたので」
「そういえば僕は今朝、警察に『マテラッツィ・マッツォーネ』っていう人に間違えられて大変な目に遭ったんだけど……」
「ふっ、それは災難でしたな」
レオさんがわずかに苦笑した。
「伝説の大怪盗なんでしょ? マテラッツィ・マッツォーネって」
「えっ!? そうなの!?」
「そういえば、騒ぎの時にそんなことを耳にしましたわ……」
僕がレオさんに尋ねると、ルッ君とアーデルハイドが反応した。
「巷ではそう言われているようです。少なくとも、有名な泥棒であることは間違いありません」
レオさんが言った。
「マテラッツィ・マッツォーネはヴァイリスでも指名手配されているぞ」
「え、そうなの?」
ヒルダ先輩の言葉に、僕は思わずタメ口で反応してしまった。
というか、仲良くなりすぎたせいか、ヒルダと呼び捨てにしないと返事をしてくれないせいか、僕はたまに先輩にタメ口になってしまう。
「盗んだ絵画や宝飾品は数知れず。必ず予告状を出し、厳重な警戒体制を敷く王族や貴族をあざ笑うかのように、雲のように現れ、霧のように去っていく……。今までに盗みに失敗したことは一度もなく、その正体を見た者もいない。まさに大怪盗の名にふさわしい大泥棒だ」
「ちょ、ちょっとちょっと、あんた、また変なのに目を付けられちゃったわけ?!」
ヒルダ先輩の解説に、ユキが呆れたように僕を見る。
何も目を付けられた覚えはない。
勝手に本人と間違えられただけだ。
「今、絵はどこにあるの?」
「どこって、その辺に立て掛けてあると思うけど。ほら、あれ」
僕はリビングの本棚と隣の壁を指した。
布で額縁ごとくるんだ絵画「アフロディーテの邂逅」が、無造作に置かれている。
「あ、あんたねぇ……、それ、エスパダ王家にお返しする、すっごい高価な絵なんでしょう? そんな、旅行に行った親戚の趣味の悪いお土産品みたいに扱ってんじゃないわよ!」
「いやだって……そこに置いたのユキじゃん」
「これがその絵だってわかってたら、こんなとこに置かないわよ!」
ユキのツバがいっぱい僕の顔にかかって、メルがハンカチを貸してくれた。
「返しましょう! 大怪盗に盗まれちゃう前に絵画を王宮に届けるのよ!」
「えー、めんどくさい……」
「アレハンドロ宮殿の城門は夕方には封鎖される。今からでは間に合わないだろうな」
ヴェンツェルが助け舟を出してくれた。
「じゃあどうすんのよ!!!」
「どうするったって……ねぇ?」
僕がみんなを見渡した。
「そろそろ晩御飯の支度もしなきゃいけないし……」
「ねぇ、ベル、さっき食材を厨房に運んでいるのを見たんだけど……、今日の晩ごはんって
もしかして……」
アリサがしずしずとした様子で、僕の方をちらっと見上げた。
「ふっふっふ、正解。人数も多いし、今日はジェルディク風咖喱にするよ。メルとアリサ、ゾフィアとテレサには手伝ってもらおうかな」
「きゃーっ!! もう、大好き!!」
アリサが僕に抱きつくスピードが早すぎて、いちゃつき警察のテレサが止めるのが間に合わなかった。
「くっくっく……、はっはっは!」
意外な人の笑い声が聞こえて、僕は振り返った。
「いや、失礼。噂の大泥棒から予告状を受け取られたというのに、あなたも、お仲間の方たちも、本気で心配をされていないご様子でしたので、つい……」
レオさんが笑いながら言った。
寡黙な猛禽類のような雰囲気は変わらないけど、今日見た中で、一番柔和な表情だ。
目尻にきゅっとシワができて、笑った顔も激シブである。
「いや、だって、なぁ……?」
キムが苦笑しながら、花京院を見る。
「そうそう、どうせまつおさんなら何とかしちゃうんだろうし、心配するだけ損ってもんだぜ」
「伝説の大怪盗がどんなだか知らないけど、まつおちゃんの悪巧みに勝てるはずがないって、わかっちゃってるのよねぇ」
花京院とジョセフィーヌが言った。
「いやー、みんなには悪いんだけど……、僕は今のところ、何も考えてないよ」
「それって、どういうこと? 盗ませちゃうってこと?」
尋ねるミスティ先輩に、僕は言った。
「いや、さっきパエリアをたくさん食べたんだけど、もうおなかがすいちゃって……。とりあえず咖喱を作って、それから考えましょ。それから……、レオさん」
「はい、ベルゲングリューン卿」
「あなたの分も作るので、今日はおなかを空かせておいてくださいね」
「いえ、そのようなお心遣いは不要……」
固辞しようとするレオさんに、僕はにっこりと笑って言った。
「使用人として何かをやらせるつもりは今後も一切ないですが、僕の作った咖喱を食べるのは義務です。食べなきゃクビです」
僕がそう言うと、レオさんは困ったような表情で苦笑しながら、
「御意」
とだけ答えた。
……それを見つけたのは、ミヤザワくんだった。
僕たちは女王陛下の元御用邸、現エスパダ領ベルゲングリューン邸をひとしきり探検した後、豪華なリビングでくつろいでいた。
「すっげぇな……、屋敷の外じゃなくて、中に中庭があるぞ!」
「中にあるから中庭って言うんだろ……」
花京院の言葉にキムがツッコんだ。
まさにその通りなんだけど、花京院の言いたいこともちょっとわかる。
ヴァイリスにあるベルゲングリューン城の中庭は外に対して大きく開かれていて、どちらかというと広場って感じがするけれど、こちらの中庭は屋敷の中からしか入ることはできない。
屋内からは日当たりの良い、花や草木で色彩豊かな中庭の美しい景色をどこからでも一望できるようになっているのだけれど、外からはその様子を覗き見ることすらできない。
女王陛下がご利用にならなくなってからも、庭師さんがこまめに手入れをしていたらしい中庭は、まさに「秘密の花園」っていう言葉がぴったりくるような美しい庭園だった。
「お紅茶をお持ちしました」
「えっ」
老紳士……というには、あまりにも風格がありすぎる男性が、ティーポットを片手に、リビングにいるみんなの分のティーセットをテーブルに置いて、僕に言った。
執事が着るような燕尾服を身に纏っているけど、肩まで伸ばした総白髪に口ひげ、服の上からでもわかる筋骨隆々とした体つきは、軍人か、どこぞの大貴族の当主のような風格がある。
「レオさん、家の管理しかやらないって話だったんじゃ……」
「私が飲むために淹れたのですが、余ったので、よろしければ皆さんでどうぞ」
「そう、ありがとう」
僕がうなずくと、レオさんは軽く頭を下げて、奥の部屋に戻っていった。
みんなのために紅茶を注ぐようなことはしない。
「なんか、おっかねぇ人だな……威圧感がはんぱねぇ」
「そう? いい人だと思うけど」
「ありえねぇ……絶対オレたちのこと嫌ってるだろ……」
ルッ君がひそひそ声で言った。
「ヒルダ先輩は、ああいう渋いおじさま、タイプでしょ」
「そうだな、私の性癖から言えば、ド直球と言えるだろうな」
「先輩、こんな大勢の前で性癖とか言わないでください」
ミスティ先輩がツッコんだ。
「貴様も、あと50年もすればあんな感じになるのだろうな。期待しているぞ」
その頃はヒルダ先輩の年齢も……と言いそうになって、僕は慌てて言葉を飲んだ。
僕はルッ君とは違うのである。
「いや、ヒルダ殿には申し訳ないが、殿には父上のようになっていただかなくては……」
「なれるわけないでしょ!!」
僕は全力でゾフィアにツッコんだ。
これからどれだけハードな人生を送れば、「生まれるのが遅すぎた龍王」「歩く爆心地」「移動要塞」「静かなる活火山」「しゃべらぬ死神」「うごく魔法金属」「現ジェルディク帝国の軍事力の99%」「最強無言やくざ」とか呼ばれる男になれるというんだ。
「ハニーが年を取るなんて……、悪夢だ!! おお、そんなことが許されていいのか……。キミが永遠に年を取らない方法を僕は探すことにするよ」
「探さなくていいから!! っていうか、バルは年下の男が好きなんでしょ? 僕なんかよりヴェンツェルの方がかわいいじゃん」
僕はそう言って、猫舌で未だに紅茶が飲めず、僕の隣で一生懸命ふーふーしているヴェンツェルの両肩を掴んでバルトロメウに言った。
「お、おい、ベル……」
「ヴェンツェルくんはダメだ。僕のハニーにはなれない」
バルトロメウがきっぱりと言った。
「な、なんで! めっちゃかわいいのに!」
ヴェンツェルより僕がバルトロメウに抗議する。
こんなに、男子にしておくのがもったいなすぎるぐらいかわいいヴェンツェルがダメだとか、なんという贅沢なことを言うんだ。
「彼は、僕の中では美少女枠だ。男ではないんだ」
「いや、私は男なのだが……まぁいいか」
「いいんかい!」
ヴェンツェルはほっとしたように紅茶を飲もうとして、まだ熱かったらしく、再び紅茶をふーふーしはじめた。
「でも、私、あの人、どこかで見たことがあるかも……」
メルがつぶやいた。
「あの人って、レオさんのこと?」
「うん……。お屋敷の管理をされてたっていうから、それでなのかな……」
それはそうと、レオさんの素性は、女王陛下から、執事としてこのお屋敷の管理を任命されている人だという以外、よく知らない。
屋敷で僕たちを迎え入れたレオさんは、開口一番で僕に向かって次のようなことを言った。
・自分は王女殿下からこの屋敷を管理するように命じられている。
・逆に言えば、それ以外のことは命じられていない。
・よって、使用人のようにあなた(つまり僕)に従うようなことはない。
・ただ、あなたから不要と言われた時は、解任してもよいと言われている。
・解任されて困ることはないので、そうしてもらっても構わない。
「素晴らしい。女王陛下は僕のことをよくご理解なさっておいでのようだ」
僕がそう返答すると、レオさんはわずかに驚いた顔を見せた。
「僕は今後も使用人を雇うつもりはありません。ですが、管理をしてくださるというのでしたら、ご自由になさってください」
「かしこまりました。ベルゲングリューン卿」
言葉遣いはとても丁寧だけど、かすれた低音ボイスは、それまでの人生の重みを感じさせるというか、ハッキリ言うとものすごい悪の親玉みたいな重々しさがある。
うまく言えないけど、とても普通の人生を送ってきた人には思えない。
とにかく、そんなことがあったので、ルッ君なんかはビビリまくっているのである。
その一方で、女性陣はレオさんの渋いオジサマの魅力にすっかりやられてしまっているようだ。
「やっぱ男は寡黙じゃなきゃダメよね。あんたたち、ちょっとしゃべりすぎなのよ」
おしゃべり筆頭のユキがそんな傍若無人なことを言ってきた。
「うちの中で寡黙で渋いって言うと……、閣下かな」
「たしかにジルベールは寡黙だけど、ちょいちょい、いらんことを言ってくるのよね」
ユキがそう言うのを無視して、ジルベールは紅茶を飲みながら読書をしている。
さっき、屋敷の本棚にあった本から何冊かを見繕っていた。
ちなみに、紅茶はテレサが最年少なのを気遣ってか、みんなの分を注いでくれた。
そんなことしなくていいのに。
「美味しいものを食べてる時のミヤザワくんもおとなしいよね」
「ミヤザワくんって、何かに集中するとしゃべらなくなるんじゃないかしら。ほら、整理整頓の時だって……」
「ああ……、なるほど」
メルの言葉に、僕はうなずいた。
「って、ミヤザワくんは?」
「へ? さっきまでそこにいたけど……、あれ?」
ルッ君がミヤザワくんを探して、リビングを見渡したところで、ミヤザワくんが戻ってきた。
「まつおさん……」
ミヤザワくんは少し動揺した様子で、僕の方にやってきた。
手に、封筒を持っていた。
「さっきから、奥でカタカタ鳴ってるのが気になって、様子を見に行ったら、書斎の窓が開いていて、これが……」
「親愛なるベルゲングリューン伯へ……、なんだろ。エスパダの貴婦人方からのラブレターかな」
「なんだとー!!」
冗談に決まってるのに、ルッ君が反応した。
「封蝋印とは大げさな……」
上質の封筒に、赤い蝋で封がされている。
王族や貴族、役人、あるいは商人が、第三者が開封して中身を見たり改ざんしたりしていないことを確認するためのものだ。
「差出人は……、MM……えむえむ……なんだろ……。むちむちミスティ」
「それだとMMMでしょ! それにむちむちはユキちゃんでしょ!」
「ちょっ、先輩?!」
「ふむ、それもそうか……」
「納得してんじゃないわよ! だいたい、MだったらメルだってMから始まるでしょ?」
「魅力的なメル……たしかにMMだ」
「なにこのえこひいき感……」
ミスティ先輩がぼそっとつぶやくのをよそに、僕はとりあえず、封筒を開封する。
かすかに香る、桃のような香り。
封筒の中には手紙などは入っておらず、名刺を少し大きくしたようなカードが入っていた。
カードには、おしゃれな猫がウィンクしている絵と、手書きの文字が書かれていた。
「えーと、『あなたがお持ちの『アフロディーテの邂逅』を今宵、いただきに参上いたします。 マテラッツィ・マッツォーネ』……なんだこれ」
僕がそう言うと、カタン、と音が聞こえた。
振り返ると、レオさんが花瓶の花の入れ替えをする手を止めて、こちらを見ている。
「失礼しました。聞き覚えがある名前でしたので」
「そういえば僕は今朝、警察に『マテラッツィ・マッツォーネ』っていう人に間違えられて大変な目に遭ったんだけど……」
「ふっ、それは災難でしたな」
レオさんがわずかに苦笑した。
「伝説の大怪盗なんでしょ? マテラッツィ・マッツォーネって」
「えっ!? そうなの!?」
「そういえば、騒ぎの時にそんなことを耳にしましたわ……」
僕がレオさんに尋ねると、ルッ君とアーデルハイドが反応した。
「巷ではそう言われているようです。少なくとも、有名な泥棒であることは間違いありません」
レオさんが言った。
「マテラッツィ・マッツォーネはヴァイリスでも指名手配されているぞ」
「え、そうなの?」
ヒルダ先輩の言葉に、僕は思わずタメ口で反応してしまった。
というか、仲良くなりすぎたせいか、ヒルダと呼び捨てにしないと返事をしてくれないせいか、僕はたまに先輩にタメ口になってしまう。
「盗んだ絵画や宝飾品は数知れず。必ず予告状を出し、厳重な警戒体制を敷く王族や貴族をあざ笑うかのように、雲のように現れ、霧のように去っていく……。今までに盗みに失敗したことは一度もなく、その正体を見た者もいない。まさに大怪盗の名にふさわしい大泥棒だ」
「ちょ、ちょっとちょっと、あんた、また変なのに目を付けられちゃったわけ?!」
ヒルダ先輩の解説に、ユキが呆れたように僕を見る。
何も目を付けられた覚えはない。
勝手に本人と間違えられただけだ。
「今、絵はどこにあるの?」
「どこって、その辺に立て掛けてあると思うけど。ほら、あれ」
僕はリビングの本棚と隣の壁を指した。
布で額縁ごとくるんだ絵画「アフロディーテの邂逅」が、無造作に置かれている。
「あ、あんたねぇ……、それ、エスパダ王家にお返しする、すっごい高価な絵なんでしょう? そんな、旅行に行った親戚の趣味の悪いお土産品みたいに扱ってんじゃないわよ!」
「いやだって……そこに置いたのユキじゃん」
「これがその絵だってわかってたら、こんなとこに置かないわよ!」
ユキのツバがいっぱい僕の顔にかかって、メルがハンカチを貸してくれた。
「返しましょう! 大怪盗に盗まれちゃう前に絵画を王宮に届けるのよ!」
「えー、めんどくさい……」
「アレハンドロ宮殿の城門は夕方には封鎖される。今からでは間に合わないだろうな」
ヴェンツェルが助け舟を出してくれた。
「じゃあどうすんのよ!!!」
「どうするったって……ねぇ?」
僕がみんなを見渡した。
「そろそろ晩御飯の支度もしなきゃいけないし……」
「ねぇ、ベル、さっき食材を厨房に運んでいるのを見たんだけど……、今日の晩ごはんって
もしかして……」
アリサがしずしずとした様子で、僕の方をちらっと見上げた。
「ふっふっふ、正解。人数も多いし、今日はジェルディク風咖喱にするよ。メルとアリサ、ゾフィアとテレサには手伝ってもらおうかな」
「きゃーっ!! もう、大好き!!」
アリサが僕に抱きつくスピードが早すぎて、いちゃつき警察のテレサが止めるのが間に合わなかった。
「くっくっく……、はっはっは!」
意外な人の笑い声が聞こえて、僕は振り返った。
「いや、失礼。噂の大泥棒から予告状を受け取られたというのに、あなたも、お仲間の方たちも、本気で心配をされていないご様子でしたので、つい……」
レオさんが笑いながら言った。
寡黙な猛禽類のような雰囲気は変わらないけど、今日見た中で、一番柔和な表情だ。
目尻にきゅっとシワができて、笑った顔も激シブである。
「いや、だって、なぁ……?」
キムが苦笑しながら、花京院を見る。
「そうそう、どうせまつおさんなら何とかしちゃうんだろうし、心配するだけ損ってもんだぜ」
「伝説の大怪盗がどんなだか知らないけど、まつおちゃんの悪巧みに勝てるはずがないって、わかっちゃってるのよねぇ」
花京院とジョセフィーヌが言った。
「いやー、みんなには悪いんだけど……、僕は今のところ、何も考えてないよ」
「それって、どういうこと? 盗ませちゃうってこと?」
尋ねるミスティ先輩に、僕は言った。
「いや、さっきパエリアをたくさん食べたんだけど、もうおなかがすいちゃって……。とりあえず咖喱を作って、それから考えましょ。それから……、レオさん」
「はい、ベルゲングリューン卿」
「あなたの分も作るので、今日はおなかを空かせておいてくださいね」
「いえ、そのようなお心遣いは不要……」
固辞しようとするレオさんに、僕はにっこりと笑って言った。
「使用人として何かをやらせるつもりは今後も一切ないですが、僕の作った咖喱を食べるのは義務です。食べなきゃクビです」
僕がそう言うと、レオさんは困ったような表情で苦笑しながら、
「御意」
とだけ答えた。
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国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
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“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
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