士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

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第二部 第三章「女王陛下と大怪盗」(5)

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「今日の咖喱カリー、いつもと全然違う!!」

 アリサが一口食べるなり、ガタン、と立ち上がった。
 抗議ではなく、驚愕の表情だった。

「あばあちゃんのパエリアとかぶっちゃったんだけどね。ちょっとスパイスを強めにして、エル・ブランコの市場で買い込んだエビやイカとほうれん草を入れてみました。名付けて、『エスパダ風シーフード咖喱カリー
「シーフード咖喱カリー……。ベルがエビとかイカを炒めているところは見たけど……。まさか、こんなに咖喱カリーに合うなんて……」

 メルがそう言って、小さい口でもぐもぐ食べている。

咖喱カリーの可能性は無限なのね……、まるで宇宙のようだわ……」
「アリサって咖喱カリーのことになると、オレぐらいの知能になるんだな」

 花京院がおそろしく失礼なことを言ったけど、アリサはまったく気にせず、目の前の咖喱カリーに夢中になっている。

「魚介を使うとまた違う味わいなのだな……、実に興味深い」
「ヴェンツェル、そうなのか? 私は元の咖喱カリーというものを食べたことがないのだが……」
「オールバック君、人生300年分は損をしているわよ」

 ヴェンツェルとオールバックくんのやりとりに、アリサがむちゃくちゃなことを言った。

わたくしはありますけど……、そんな大げさなものかしら」
「アーデルハイド、ベルの作る咖喱カリーを食べてごらんなさい。離れられなくなるわよ……、あ、だめ、やっぱり食べちゃダメ」
「アリサ、酔っ払ってんの?」

 超ハイテンションのアリサに、僕は思わずツッコんでしまった。

「いや、聖女殿が言う通り、これは絶品だ。卿よ、私は咖喱カリーよりこちらのほうが好みかも知れん」
「なに言ってんの! ベルのジェルディク風咖喱カリーも絶品でしょ!」
「い、いや、もちろんそちらの咖喱カリーも絶品なのだが、より好みという意味でだな……」

 同調したはずのアリサから思いっきりツッコまれて、ジルベールが珍しく狼狽ろうばいしている。
 
「はぁ……、ハニーの手料理を食べることができるなんて、僕はなんて幸せ者なんだ……」

 バルトロメウがなんか気色悪いことを言ってるけど、おいしそうに食べているから良しとしよう。

「エビの香りが鼻いっぱいに広がるのに、ちっとも生臭くないのは、どうして?」

 魚介類が大好きなミヤザワくんが、口の端に咖喱カリーソースを付けながら尋ねた。

「エスパダの市場に売ってた、甘海老の魚醤ぎょしょうを使ってみたんだ」
「ぎょしょう?」
「なんかよくわかんないんだけど、塩漬けにした汁を熟成させて作るみたいだよ。そう聞いたらちょっと気持ち悪かったんだけど、ためしに味見をしてみたらめちゃくちゃ美味しかったので、使ってみよっかなって」
「……祖父殿に感謝せねばなるまいな。いずれ、貴様の作るこのような料理を妻として毎日味わえるのだから」
「「「「「ぶっ、ぶほっ……」」」」」

 ヒルダ先輩の発言にメルとユキとミスティ先輩とテレサとアーデルハイドが同時にむせた。
 ちなみにゾフィアは夢中で咖喱カリーを食べている。

 そんな中、一人だけおとなしい人がいた。

「……レオさん、お口に合いませんか?」

 口に合うどころか、テーブルに同席したものの、スプーンすら握っていないレオさんに、僕は言った。

「心配しなくても、眠り薬なんかは入れていませんよ」

 僕がそう言うと、レオさんはくす、と笑ってスプーンを手に取った。
 笑う時に目尻にシワが入るのがほんまシブかっこええ。

「ああ、皆さんが感激するのがわかる。……これは、とても美味しい」
「でしょ?」

 レオさんはちゃんと食べる気になったのか、ナプキンを二つ折りにして太腿の上に乗せて、本格的に食事を再開した。

「ねぇ、まつおちゃん、どういうことなのン? この素敵なオジサマがどうかしたのぉ?」
「なんでもない。さぁ、食べよ」
「んもう!」
「それ、食わねぇの? だったらオレが……」
「食べるわよ! ブッ殺すわよ?! だいたい、おかわりすればいいデショ!」

 ジョセフィーヌが花京院にツッコんだ。

「今日はお料理手伝うのも楽しかったなぁ。またやりたい」
「メル殿は野菜を切るのも上手なのだな。私は不器用で、恥ずかしい限りだ……」
「ゾフィアは焼くのが上手だと思うわ。私はぼーっとしてすぐ焦がしちゃうもの」
帝国猟兵イェーガーとして野営する時に、狩猟した肉を焼いていたからな……」

 メルの言葉に、ゾフィアが恥ずかしそうに言った。
 やっぱり、ゾフィアの手作りクッキーで、無敗を誇る帝国元帥が腹を下したトラウマが根強いけど、本人は上手くなりたいらしい。

「ゾフィアはね、ちゃんと火を止めて、予熱で火を通すから焼き加減が絶妙なんだ。きっと耳がいいから、肉が焼ける音をちゃんと聞いて判断しているんだろうね。肉料理とか卵料理に向いていると思う」
「と、殿……っ!」

 ゾフィアがうるうるして顔を上げた。
 そういえば、ゾフィアはベルゲングリューンランドの露店で買ってあげた、銀細工に白い花飾りのついた髪飾りを付けている。
 やっぱり、僕の目に狂いはなかった。
 アイスブルーの髪に似合って、めちゃくちゃかわいい。

「その点、アリサとテレサはソツがないっていうか、なんでもできちゃうよね」
「私は子供の頃から、信徒の孤児たちにスープとかを作ってたから」
「アリサ様、先にそんな立派なことを言われると、イケメン貴族を落とすために花嫁修業してましたって言いづらくなるんですが……」

 テレサの言葉に、みんなが笑った。
 しっかり者だなぁ。

 ちなみに、ユキもなかなかの料理上手だ。
 った料理は作らないらしいけど、前に学校に持ってきたお弁当を分けてもらったら、卵焼きとじゃがいものコロッケがめちゃくちゃ美味かった。 

「いいなぁ、みんな、お料理ができて。ねぇ、ヒルダ先輩」
「な、なんだミスティ。私が料理下手だと決めつけるな。私はただ、やらないだけだ」
「またまた、そんなこと言ってぇ」

 ミスティ先輩がくすくす笑った。
 僕も十中八九、ヒルダ先輩は料理下手だと思う。

「貴様……、今、慈愛のまなざしで私を見たな? 生徒会長である私に向かって……」
「生徒会長は関係ないでしょう……」
「ふむ……いいだろう。いつか貴様が驚くような至高の料理を食べさせてやろう」
「おおっ……、いつですか?」
「い、いつかだ!」

 ヒルダ先輩はそう言って、咖喱カリーをがつがつ食べ始めた。

「以前、はるか東にあるラーマ王国という国の咖喱カリーを食べたことがあるんだが、君が作ったこのシーフード咖喱カリーは、それにちょっと似ているね」

 咖喱カリーを一口一口、味わうように食べながら、ギルサナスが言った。
 ラーマ王国……。
 聞いたことがない国名だ。
 
「『タレーパッポンカリー』という向こうの高級料理で、魚介と野菜を炒め、ウコンや牡蠣かきのソースなどで味付けしたものを卵でとじた咖喱カリーなのだが……」
「卵でとじるの?! なにそれ、めっちゃ美味そう!!」
「ベル!! ラーマ王国に行きましょう!」

 ギルサナスの言葉に、僕とアリサがガタン、と席を立った。

「ラーマ王国の料理は酸味と辛味が強い料理が多く、最初は驚くのだが、食べていると不思議とクセになってくるんだ。その一方で、その咖喱カリーのようにマイルドなものまであって、実に奥深い」
「くぅ……、ギルサナスはグルメ王であったか……。これは、旅に行く時には必ず連れて行かないと」

 ギルサナスの思わぬ個性を見つけてしまった。

「エスパダの市場は多国籍な食材が溢れていたから、キミなら似たようなものが作れるかもしれないね」
「よし。ヴァイリスに戻る前に、ギルサナスが言った食材を全部買っておくから、帰ったらアドバイスをお願い」
「ふふ、喜んで」

 僕とギルサナスがそんなやり取りをしていると、ジョセフィーヌがナプキンで目尻を押さえはじめた。

「なんだか、この二人が仲良くしているのを見るとワタシ、うるっときちゃう」
「私も……」

 ジョセフィーヌの言葉に、メルが応じた。
  
「はぁ、はぁ、はぁっ……伯、伯……、水、水を……」

 突然屋敷の扉が開いて、駆け寄る音が聞こえたかと思うと、黒ずくめのフードと仮面を付けた人物がダイニングにやってきた。
 鉄仮面卿こと、メアリーだ。

 気を利かせたテレサが素早くコップに水を入れて手渡すと、鉄仮面卿はそれを仮面の上からぐびぐびと飲もうとして、びちゃびちゃと床にこぼした。

「あーあ、何やってんの」
「くぅっ、この仮面!! いちいちこんなものを付けなきゃならないなんて!!」
「い、いや、勝手にその格好にして鉄仮面卿を名乗ったのはメアリー自身なんだけど……」

 憎々しげに仮面とフードを脱ぎ捨てたハーフエルフの新聞記者に、僕はツッコんだ。

「ごくごくごく、ぷはぁ……。はぁ、生き返る。いや、まだ死んでるけど、ちょっとだけ生きました。ありがとう、テレーゼさん」
「もう皆さんテレサって呼んでいるので、テレサでいいですよ。メアリー様」

 コップを受け取って、テレサがにっこりと笑った。
 
「伯、なんで知ってるですか」
「言葉遣いがおかしい上に何を言ってるのかよくわからないよ」

 息も絶え絶えになりながら言うメアリーに、僕は返事をした。

「私が潜伏している場所から、伯がいらっしゃる場所まで、どうして全速力で走ったらギリギリ間に合う時間を毎回指定してくるですか!」
「いや、たまたまだよ」
「たまたまぁ!?」

 メアリーが目を剥いて僕に言った。

「たまたまで、伯は『鉄仮面卿。45分でデュエリ橋を渡り、時計台の近くにある大きな屋敷まで出頭せよ。44分59、58、57、56……』とかカウント始めるですか!!」
「ひ、ひどすぎる……ぷっ……」

 ひどいと言いながら、ユキが思わず笑っている。

「鬼……、悪魔……」
「い、いや、別に間に合わなくても何も言わないつもりだったんだけど……」
「設定時間が絶妙すぎて、言うこと聞いちゃうんですよ!!」

 メアリーはそこまで言ってから、超絶イケメンであるバルトロメウの顔を見て「うっ」とうめき声を上げ、そのあと激シブおじさんであるレオさんの顔を見て「うえっ」とうめき声を上げて、僕の顔を見て「ふぅ……」と息を吐いた。

 ……二人に失礼なようで、実は僕に対してものすごい失礼なリアクションである。
 イケメンが苦手なメアリーは、僕の顔を見て安心しやがったのだ。

「……なんか、どちゃくそ美味そうなものを食べてますね。私が必死こいて走っている間に」
「ちゃんとメアリーの分も用意してあるから」
「わー!! 伯、大好きー!!」

 抱きつこうとしてきたメアリーを僕は座っている椅子ごと回避した。

「ひ、ひどい……、アリサ様との扱いの格差がひどい……」

 テレサがつぶやいた。
 日頃メアリーから僕が被っている被害の数々に比べれば、厚遇している方だと思う。

「……それで、ここで報告してもかまわないのですか?」
「うん、いいよ」

 レオさんの方をちらっと見てから尋ねるメアリーに、僕は答えた。

「それではご報告します。結論から言えば、伯が討伐した海賊団から、失われた絵画『アフロディーテの邂逅かいこう』を回収したことと、このお屋敷を女王陛下に賜り、逗留中であるということは、すでに多くのエル・ブランコ市民に知れ渡っております」
「……やっぱりね。メアリーが流したわけじゃないんでしょう?」

 僕がそう言うと、メアリーは悔しそうに、「ハイ……」と答えた。
 いや、流されても困るんだけど。

「私はさっきまで『ベルゲングリューンの馬糞祭り』に参加しておりましたので……」 
「は?」

 今コイツは何を言ったんだ?

「伯がエル・ブランコの市街で大暴れした後、どうなったか御存知ないんですか?」
「まったく知らない。メルのおばあちゃん家でパエリアごちそうになって、みんなでくつろいで、それからここに直行」
「……いいですね、皆さん楽しそうで。あの後、デモ隊にふんして伯に正体を暴かれた反抗組織レジスタンスの連中は、市民たちに追いかけ回されて、愚かにもアジトに逃げ込んだんですよ!」
「あらら……」
「エスパダの警察隊が同行していましたから、アジトはあえなく制圧されて、破壊工作活動の計画書から武器から大量の火炎瓶から、すべて押収されて、メンバーはすべて御用になったんです」
「御用?」
「殿、逮捕されるということだ。暴れん坊大公爵《グランドデューク》の物語でよく使われる言葉だ」
「おっ、もしかしてゾフィアさんは暴れん坊大公爵《グランドデューク》のファンなんですか?! あれ、ウチの会社が出版してるんですよぉ!」

 メアリーが嬉しそうに言った。

「それで、逮捕劇に同行したエル・ブランコの市民たちは大盛り上がりでして。商工会の人たちが、毎年この時期に『ベルゲングリューンの馬糞祭り』をやろうという話になりまして!」
「あの……、私たち、まだ食事中なんだけど……」
 
 ミスティ先輩がぼそっと言った。

「いや、そこはさすがに馬糞を投げるのはどうかということになりまして、馬糞の代わりにチョコレートで作ったお団子を……」
「そういう問題じゃないわよ!」

 ミスティ先輩がツッコんだ。

「……メアリー、これ、何の話なの?」
「いや、そうして盛り上がっている時に、汚い身なりのお婆さんがいましてね。その方が妙に伯の事情に詳しくて、海賊団討伐の話から絵画の話、お屋敷の話まで、私でさえ知らないような情報をみんなの前でぺらぺらと……」
「はぁ……やっぱり」

 僕は思わず、深くため息をついた。

「メアリー、ありがとう。女王陛下が僕にさせたいことが、だいたいわかってきたよ」
  
 僕はそう言うと、ポケットに入れていたカードをテーブルの上に置いた。

「ふんふん、なんですかこれ……、『あなたがお持ちの『アフロディーテの邂逅かいこう』を今宵、いただきに参上いたします。 マテラッツィ・マッツォーネ』……えええええええええええええええ!!! あの大怪盗の?! ちょ、ちょっとちょっと、私がちょっと馬糞祭りに参加している間に、どうしてこんな面白いことになってるんですかぁ!! っていうか女王陛下ってなに?! えっ、えっ、もしかして、あのお婆さんが女王陛下?! えっ、あ、メモ、メモはどこ、私のメモぉぉぉぉ!!!」

 大騒ぎしはじめたメアリーをよそに、僕はそのカードを裏返して、花京院に手渡した。

「花京院、ちょっとお願いがあるんだけど……」

 僕はそう言って、花京院にペンを手渡した。
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