169 / 199
第二部 第三章「女王陛下と大怪盗」(8)
しおりを挟む
8
「買ってきましたよ……、伯……」
恨みがましい目で僕を見ながら、メアリーが僕に紙袋を手渡した。
紙袋の中には、とある粉末がぎっしりとつまっている。
ぬるぬるぶよぶよの軟体生物であるスライムの体液を乾燥させて粉末にしたものだ。
「ごくろうさま。助かったよ」
「『亭主に買いに行かされたのかい?』って、おばさんにニヤニヤされたじゃないですか!」
「僕はまだ学生だから、ちょっと何言ってるかわかんないや」
僕は事前に用意していた、水を張った大きなタライに、紙袋に入ったスライムの粉末を少し投入して、溶き卵を作る要領で、手でちゃっちゃっちゃっとかきまぜた。
「何言ってるかわかんないわりに、妙に手慣れていませんか……、伯……」
「本当にさっきから何言ってるの」
スライム粉末の効果はテキメンだった。
タライに少量入れただけで、タライに入っていた水があっという間にねばねばでドロドロした液体へと変化する。
「よし、このぐらいだったら大丈夫だな」
「……まっちゃん、さっきから何やってんの?」
タライの水のねっとり具合を見てニヤニヤしている僕に、ユキが怪訝な表情で声を掛けてきた。
「実験だよ実験。言ったろ? 放流してるだけだって」
「あれって、まんまと逃げられたアンタの負け惜しみじゃなかったの?」
「やれやれ、いつも僕のそばにいるのに、なんでわからないかなぁ……」
僕は肩をすくめて苦笑すると、そのまま紙袋を持って屋敷の庭に向かった。
秘密の花園のような中庭も素敵だけど、屋敷の庭がこれまた最高だ。
中庭が自然美を生かした楽園なら、こっちは人が作り上げた楽園。
キレイな石畳に、南国エスパダならではのヤシの木やたくさんの観葉植物。
エル・ブランコの街並みのような白いパラソルにビーチチェアとテーブル。
そして、なんといっても特筆すべきなのが、広いプールだ。
プールの向かい側の柵は可動式になっていて、柵を外すとなんと、広大なアドリアナ海が広がっているのだ。
庭から見るとまるで、プールがアドリアナ海と繋がっているように見える、すばらしい光景だ。
湖と森が美しいベルゲングリューン城とはまた違ったリゾート気分が味わえるこの庭を、僕たちは早くも気に入っていて、すでに庭にはみんなが集まってくつろいでいた。
「次に来る時は、絶対水着を持ってきます」
「それ、私も思った」
「ベルの前なら裸で泳いでも良いのだが、他の目もある故な」
「な、何を仰っているんですの?!」
テレサとミスティ先輩に相槌を打ったヒルダ先輩の発言にアーデルハイドがツッコんだ。
みんなはビーチチェアでくつろぎながら、僕が作ったオリーブピンチョスとレオさんが作ったカクテルに舌鼓を打っていた。
オリーブは穴の中に二種類のフィリングを詰めていて、片方はアンチョビを刻んだのを入れたクリームチーズ、もう一つはオリーブオイルで刻んだにんにくと玉ねぎを炒めたものをトマトで煮詰めたものを入れて、お好みでスモークサーモンを巻いたり、食いしん坊のキムのためにガーリックトーストと一緒に食べられるようにしている。
「ヒルダ、とっても残念だけど、今日はプール、使えないと思います」
「ん?」
僕は紙袋いっぱいのスライム粉をプールにどばどばと投下した。
広いプールの水にうまく混ざるか心配だったけど、粉を投入した途端、水のゆらぎがぴたりと止まり、プール全体がどろっどろのねっちょねちょになった。
「む……、もしやこれは……。貴様、そういうのが好きなのか?」
「……メアリーみたいなことを言わないでください」
「遠慮なく言うのだぞ。私は他の者とは違って、貴様の特殊な性癖の一つや二つは受け入れるだけの覚悟が……」
「ヒルデガルド様、飛ばしすぎです……」
処理能力を超えるヒルダ先輩の暴走に、テレサが力なくツッコんだ。
「うわーなんだこれー!! チョー楽しそうじゃん!! なぁなぁ、ちょっと入ってみてもいいか?!」
「今はダメ」
「ちぇーっ」
「今度またやってあげるから」
めっちゃテンションが上がっている花京院をなんとかなだめすかしていると、ユキとメアリーも庭にやってきた。
「うっわ……、あれ全部プールに使ったの?!」
「ま、まさか、は、伯……」
「メアリー、もうそれはいいから……」
僕は苦笑しながら、レオさんの方を向いた。
レオさんはバーテンダーとして、みんなのオーダーでカクテルを作ってくれている。
「レオさん、大怪盗だろうと大魔王だろうと、はぐれてしまった金属製のスライムだろうと、僕からは絶対に逃れられないということを、今から証明してみせましょう」
「楽しみです。主様」
グラスを磨きながら、レオさんがにっこり笑った。
「またまた、あんたそんなこと言っちゃって、大丈夫なの?」
レオさんにハッキリ言い切った僕に、ユキがからかい半分に声を掛ける。
「ふっふっふ。この稀代の天才伯爵、ベルゲングリューンを甘く見てもらっては困る」
「たしかに、まっちゃんはすごいと思うけど……、自信満々な時って、だいたいロクなことにならないのよね……」
ユキの言葉に、空気を入れるのに失敗して昆布の化物みたいになった水牛の皮のボートのことが頭をよぎる。
い、いや、しかし、今回はそんな失敗はないはずだ。
……というかそもそも、なぜみんなこのアイディアに気が付かないんだろう。
これを使えば、絶対に僕から逃げることなんて無理だってわかりそうなものなのに。
僕は頭の中でイメージをする。
仮面舞踏会で着用するような黒い蝶仮面。
水色のかわいらしいリボンの付いたシルクハット。
タキシードに黒いマントの大怪盗。
頭の中であの時の映像をしっかりとイメージして、僕はゆっくり小鳥遊を抜いてプールサイドの芝生に突き立てると、二本の指先で六芒星を描いた。
「あっ!!」
どうやら、最初に気付いたのはミスティ先輩らしい。
いや、その横でフッ、と笑っているジルベールとギルサナスだろうか。
ヴェンツェルは……、ビスケットをもくもくと食べている。
あいつ軍師のくせに、ちょっと最近、頭を使うのを放棄してないか。
「ずっる!! ずっるいわそれは……」
ユキがぼやいている。
何がずるいんだ。
そう、召喚魔法。
僕の召喚魔法は厳密には召喚魔法と呼べるような代物ではないらしく、別の世界から幻獣を呼び出すような芸当はできない。
でも。
逆に僕は、普通の召喚魔法師ができないようなことができるのだ。
「出よ! 大怪盗を名乗る不届き者よ!!」
僕が指で描いた六芒星の形が青白い炎のように浮かび上がり、その指先をプールに向けると、水面に巨大な六芒星の光が発生する。
「ふははははは!!! すっかり逃げおおせたと思ったら、僕の手のひらの上だった絶望を存分に味わうがいい!! このベルゲングリューン伯からは誰も逃れられんのじゃー!!」
僕がそう叫ぶのと同時に、六芒星の魔法陣の光がまばゆく庭全体に広がっていき……。
「「「「「「「「「え……」」」」」」」」」
「う、うわあああああっ!!!! うぶっ、な、なにっ、なにこれっ!?」
魔法術式は完全に成功した。
昨日同様、シルクハットに蝶仮面、タキシード姿の少女が、スライム粉でドロドロになったプールで必死にもがいている。
……だが、周囲のみんなだけでなく、僕自身も、呆然としていたのは、それが理由ではなかった。
「な、なんだこれっ!!! お、おい、どこだよココ!? おれたちのアジトじゃねぇぞ!!」
「お、おい、メ、メシが!! おれのメシどこいったんだよ!!」
「あんたバカなの!? メシの心配している場合じゃないでしょ!!」
「う、うわっ、あ、あいつ!! あいつ!! おい、あいつを見ろ!!!」
「うわああああっ!!! げりべん伯爵だ!!!!!」
「お、おい、やべぇぞ!! おれたちげりべん伯爵に捕まえられたんだ!!!」
「く、くそ、動けねぇっ!!! なぁ、三世、これ、どうにかならねぇのか?!」
「無理よ!! 七世の魔法でどうにかならないの!?」
「わ、わたし、杖がないと魔法使えないの……」
「こ、殺される……、げりべん伯爵に殺される……!!」
「誰がげりべん伯爵じゃ!!!!!」
状況がよく飲み込めないまま、僕は思わずツッコんだ。
スライム地獄と化したプールの中でもがいているのは、シルクハットに蝶仮面、タキシードに黒いマントを羽織った少女、大怪盗マテラッツィ・マッツォーネ三世だけではなかった。
同じシルクハットに蝶仮面、タキシードに黒マントの少年少女が……。
10人以上いて、プールで必死にもがいている。
「なんじゃこれ……」
「なんじゃこれって……、あんたが呼び出したんでしょうが……」
「い、いや、そうなんだけど」
(あっはっはっはっは!!! ふぅ、ふぅ……死ぬ……笑い死ぬ……)
何千年も生きているアウローラが死にそうになっていた。
「フッ、くくっ、くくく……ははははははっ!!!」
「レオさんも笑ってる場合じゃないでしょ……」
レオさんが口を押さえるのが間に合わずに、お腹を押さえて笑い始めた。
すっごいクールなレオさんも、こんな風に笑ったりするんだな。
「いや、失礼しました……。ふふ、しかし、本当にお見事です。主様のおっしゃる通り、こんなことをされてしまっては、さすがの私も逃れることはできますまい……」
レオさんは笑いすぎて目に涙を浮かべながら、そう言った。
「殿……、なんなのだ、あの可愛すぎる生き物たちは……」
実は可愛いものが大好きなゾフィアが、プールでもがいている怪盗キッズたちを眺めながら言った。
怪盗団の少年たちが知恵を絞って、一人の少年がもう一人の少年を肩車して、もう一人がさらに肩車をしようとして……、ぬるっと滑って三人ともプールにぼちゃん、と沈んだ。
「うわはははは!!! おもしれー!」
「おいそこのチビ! 笑ってんじゃねーぞ!!」
「なっ……なっ……」
チビっ子たちにチビと言われて、ルッ君が言葉を失った。
そんな様子を見て、近くにいたメルとアリサが顔をそむけて笑いを必死にこらえている。
「ベルゲングリューン伯、粘液プールに少年少女を放り込んで悦に入る、と……」
メアリーが書き始めたメモを即取り上げて破り捨てた。
「ああああ、ひどい!!!」
「ひどいのはどっちだ」
……まったく。
この粘液プールで召喚しないで、もし少年少女たちが皆、昨日の少女ぐらいの手練れだったら、今頃どうなっていたと思うんだ。
少女一人にここまで、と思いながらも念のために安全策を取って正解だったと、ほっと胸をなでおろしていた僕のことなんて、この偏向報道記者はこれっぽっちもわかっていないのである。
(いや、ほんとに……どうすんの、これ……)
プールでもがいている10数人の大怪盗を見ながら、僕は頭がくらくらしてくるのを感じていた。
「買ってきましたよ……、伯……」
恨みがましい目で僕を見ながら、メアリーが僕に紙袋を手渡した。
紙袋の中には、とある粉末がぎっしりとつまっている。
ぬるぬるぶよぶよの軟体生物であるスライムの体液を乾燥させて粉末にしたものだ。
「ごくろうさま。助かったよ」
「『亭主に買いに行かされたのかい?』って、おばさんにニヤニヤされたじゃないですか!」
「僕はまだ学生だから、ちょっと何言ってるかわかんないや」
僕は事前に用意していた、水を張った大きなタライに、紙袋に入ったスライムの粉末を少し投入して、溶き卵を作る要領で、手でちゃっちゃっちゃっとかきまぜた。
「何言ってるかわかんないわりに、妙に手慣れていませんか……、伯……」
「本当にさっきから何言ってるの」
スライム粉末の効果はテキメンだった。
タライに少量入れただけで、タライに入っていた水があっという間にねばねばでドロドロした液体へと変化する。
「よし、このぐらいだったら大丈夫だな」
「……まっちゃん、さっきから何やってんの?」
タライの水のねっとり具合を見てニヤニヤしている僕に、ユキが怪訝な表情で声を掛けてきた。
「実験だよ実験。言ったろ? 放流してるだけだって」
「あれって、まんまと逃げられたアンタの負け惜しみじゃなかったの?」
「やれやれ、いつも僕のそばにいるのに、なんでわからないかなぁ……」
僕は肩をすくめて苦笑すると、そのまま紙袋を持って屋敷の庭に向かった。
秘密の花園のような中庭も素敵だけど、屋敷の庭がこれまた最高だ。
中庭が自然美を生かした楽園なら、こっちは人が作り上げた楽園。
キレイな石畳に、南国エスパダならではのヤシの木やたくさんの観葉植物。
エル・ブランコの街並みのような白いパラソルにビーチチェアとテーブル。
そして、なんといっても特筆すべきなのが、広いプールだ。
プールの向かい側の柵は可動式になっていて、柵を外すとなんと、広大なアドリアナ海が広がっているのだ。
庭から見るとまるで、プールがアドリアナ海と繋がっているように見える、すばらしい光景だ。
湖と森が美しいベルゲングリューン城とはまた違ったリゾート気分が味わえるこの庭を、僕たちは早くも気に入っていて、すでに庭にはみんなが集まってくつろいでいた。
「次に来る時は、絶対水着を持ってきます」
「それ、私も思った」
「ベルの前なら裸で泳いでも良いのだが、他の目もある故な」
「な、何を仰っているんですの?!」
テレサとミスティ先輩に相槌を打ったヒルダ先輩の発言にアーデルハイドがツッコんだ。
みんなはビーチチェアでくつろぎながら、僕が作ったオリーブピンチョスとレオさんが作ったカクテルに舌鼓を打っていた。
オリーブは穴の中に二種類のフィリングを詰めていて、片方はアンチョビを刻んだのを入れたクリームチーズ、もう一つはオリーブオイルで刻んだにんにくと玉ねぎを炒めたものをトマトで煮詰めたものを入れて、お好みでスモークサーモンを巻いたり、食いしん坊のキムのためにガーリックトーストと一緒に食べられるようにしている。
「ヒルダ、とっても残念だけど、今日はプール、使えないと思います」
「ん?」
僕は紙袋いっぱいのスライム粉をプールにどばどばと投下した。
広いプールの水にうまく混ざるか心配だったけど、粉を投入した途端、水のゆらぎがぴたりと止まり、プール全体がどろっどろのねっちょねちょになった。
「む……、もしやこれは……。貴様、そういうのが好きなのか?」
「……メアリーみたいなことを言わないでください」
「遠慮なく言うのだぞ。私は他の者とは違って、貴様の特殊な性癖の一つや二つは受け入れるだけの覚悟が……」
「ヒルデガルド様、飛ばしすぎです……」
処理能力を超えるヒルダ先輩の暴走に、テレサが力なくツッコんだ。
「うわーなんだこれー!! チョー楽しそうじゃん!! なぁなぁ、ちょっと入ってみてもいいか?!」
「今はダメ」
「ちぇーっ」
「今度またやってあげるから」
めっちゃテンションが上がっている花京院をなんとかなだめすかしていると、ユキとメアリーも庭にやってきた。
「うっわ……、あれ全部プールに使ったの?!」
「ま、まさか、は、伯……」
「メアリー、もうそれはいいから……」
僕は苦笑しながら、レオさんの方を向いた。
レオさんはバーテンダーとして、みんなのオーダーでカクテルを作ってくれている。
「レオさん、大怪盗だろうと大魔王だろうと、はぐれてしまった金属製のスライムだろうと、僕からは絶対に逃れられないということを、今から証明してみせましょう」
「楽しみです。主様」
グラスを磨きながら、レオさんがにっこり笑った。
「またまた、あんたそんなこと言っちゃって、大丈夫なの?」
レオさんにハッキリ言い切った僕に、ユキがからかい半分に声を掛ける。
「ふっふっふ。この稀代の天才伯爵、ベルゲングリューンを甘く見てもらっては困る」
「たしかに、まっちゃんはすごいと思うけど……、自信満々な時って、だいたいロクなことにならないのよね……」
ユキの言葉に、空気を入れるのに失敗して昆布の化物みたいになった水牛の皮のボートのことが頭をよぎる。
い、いや、しかし、今回はそんな失敗はないはずだ。
……というかそもそも、なぜみんなこのアイディアに気が付かないんだろう。
これを使えば、絶対に僕から逃げることなんて無理だってわかりそうなものなのに。
僕は頭の中でイメージをする。
仮面舞踏会で着用するような黒い蝶仮面。
水色のかわいらしいリボンの付いたシルクハット。
タキシードに黒いマントの大怪盗。
頭の中であの時の映像をしっかりとイメージして、僕はゆっくり小鳥遊を抜いてプールサイドの芝生に突き立てると、二本の指先で六芒星を描いた。
「あっ!!」
どうやら、最初に気付いたのはミスティ先輩らしい。
いや、その横でフッ、と笑っているジルベールとギルサナスだろうか。
ヴェンツェルは……、ビスケットをもくもくと食べている。
あいつ軍師のくせに、ちょっと最近、頭を使うのを放棄してないか。
「ずっる!! ずっるいわそれは……」
ユキがぼやいている。
何がずるいんだ。
そう、召喚魔法。
僕の召喚魔法は厳密には召喚魔法と呼べるような代物ではないらしく、別の世界から幻獣を呼び出すような芸当はできない。
でも。
逆に僕は、普通の召喚魔法師ができないようなことができるのだ。
「出よ! 大怪盗を名乗る不届き者よ!!」
僕が指で描いた六芒星の形が青白い炎のように浮かび上がり、その指先をプールに向けると、水面に巨大な六芒星の光が発生する。
「ふははははは!!! すっかり逃げおおせたと思ったら、僕の手のひらの上だった絶望を存分に味わうがいい!! このベルゲングリューン伯からは誰も逃れられんのじゃー!!」
僕がそう叫ぶのと同時に、六芒星の魔法陣の光がまばゆく庭全体に広がっていき……。
「「「「「「「「「え……」」」」」」」」」
「う、うわあああああっ!!!! うぶっ、な、なにっ、なにこれっ!?」
魔法術式は完全に成功した。
昨日同様、シルクハットに蝶仮面、タキシード姿の少女が、スライム粉でドロドロになったプールで必死にもがいている。
……だが、周囲のみんなだけでなく、僕自身も、呆然としていたのは、それが理由ではなかった。
「な、なんだこれっ!!! お、おい、どこだよココ!? おれたちのアジトじゃねぇぞ!!」
「お、おい、メ、メシが!! おれのメシどこいったんだよ!!」
「あんたバカなの!? メシの心配している場合じゃないでしょ!!」
「う、うわっ、あ、あいつ!! あいつ!! おい、あいつを見ろ!!!」
「うわああああっ!!! げりべん伯爵だ!!!!!」
「お、おい、やべぇぞ!! おれたちげりべん伯爵に捕まえられたんだ!!!」
「く、くそ、動けねぇっ!!! なぁ、三世、これ、どうにかならねぇのか?!」
「無理よ!! 七世の魔法でどうにかならないの!?」
「わ、わたし、杖がないと魔法使えないの……」
「こ、殺される……、げりべん伯爵に殺される……!!」
「誰がげりべん伯爵じゃ!!!!!」
状況がよく飲み込めないまま、僕は思わずツッコんだ。
スライム地獄と化したプールの中でもがいているのは、シルクハットに蝶仮面、タキシードに黒いマントを羽織った少女、大怪盗マテラッツィ・マッツォーネ三世だけではなかった。
同じシルクハットに蝶仮面、タキシードに黒マントの少年少女が……。
10人以上いて、プールで必死にもがいている。
「なんじゃこれ……」
「なんじゃこれって……、あんたが呼び出したんでしょうが……」
「い、いや、そうなんだけど」
(あっはっはっはっは!!! ふぅ、ふぅ……死ぬ……笑い死ぬ……)
何千年も生きているアウローラが死にそうになっていた。
「フッ、くくっ、くくく……ははははははっ!!!」
「レオさんも笑ってる場合じゃないでしょ……」
レオさんが口を押さえるのが間に合わずに、お腹を押さえて笑い始めた。
すっごいクールなレオさんも、こんな風に笑ったりするんだな。
「いや、失礼しました……。ふふ、しかし、本当にお見事です。主様のおっしゃる通り、こんなことをされてしまっては、さすがの私も逃れることはできますまい……」
レオさんは笑いすぎて目に涙を浮かべながら、そう言った。
「殿……、なんなのだ、あの可愛すぎる生き物たちは……」
実は可愛いものが大好きなゾフィアが、プールでもがいている怪盗キッズたちを眺めながら言った。
怪盗団の少年たちが知恵を絞って、一人の少年がもう一人の少年を肩車して、もう一人がさらに肩車をしようとして……、ぬるっと滑って三人ともプールにぼちゃん、と沈んだ。
「うわはははは!!! おもしれー!」
「おいそこのチビ! 笑ってんじゃねーぞ!!」
「なっ……なっ……」
チビっ子たちにチビと言われて、ルッ君が言葉を失った。
そんな様子を見て、近くにいたメルとアリサが顔をそむけて笑いを必死にこらえている。
「ベルゲングリューン伯、粘液プールに少年少女を放り込んで悦に入る、と……」
メアリーが書き始めたメモを即取り上げて破り捨てた。
「ああああ、ひどい!!!」
「ひどいのはどっちだ」
……まったく。
この粘液プールで召喚しないで、もし少年少女たちが皆、昨日の少女ぐらいの手練れだったら、今頃どうなっていたと思うんだ。
少女一人にここまで、と思いながらも念のために安全策を取って正解だったと、ほっと胸をなでおろしていた僕のことなんて、この偏向報道記者はこれっぽっちもわかっていないのである。
(いや、ほんとに……どうすんの、これ……)
プールでもがいている10数人の大怪盗を見ながら、僕は頭がくらくらしてくるのを感じていた。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
勝手にサインしろと仰いましたので、廃嫡書類に国璽を押して差し上げました
鷹 綾
恋愛
「確認? 面倒だ。適当にサインして国璽を押しておけ」
そう言ったのは、王太子アレス。
そう言われたのは、公爵令嬢レイナ・アルヴェルト。
外交も財政も軍備も――
すべてを裏で処理してきたのは彼女だった。
けれど功績はすべて王太子のもの。
感謝も敬意も、ただの一度もない。
そして迎えた舞踏会の夜。
「便利だったが、飾りには向かん」
公開婚約破棄。
それならば、とレイナは微笑む。
「では業務も終了でよろしいですね?」
王太子が望んだ通り、
彼女は“確認”をやめた。
保証を外し、責任を返し、
そして最後に――
「ご確認を」と差し出した書類に、
彼は何も読まずに署名した。
国は契約で成り立っている。
確認しない者に、王の資格はない。
働きたくない公爵令嬢と、
責任を理解しなかった王太子。
静かな契約ざまぁ劇、開幕。
---
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる