士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

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第二部 第三章「女王陛下と大怪盗」(9)

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「……君たち、いつまでそうしてるわけ?」

 僕は少し呆れたように、怪盗キッズたちに声をかけた。
 
 逃走するのをあきらめた怪盗キッズたちは、僕が危害を加える気がないのだと知ると、粘液プールが楽しくなってきたらしく、きゃっきゃきゃっきゃと遊び始めたのだった。

 子供好きなメルやアリサ、ゾフィアが女の子たちとおしゃべりしていて、キムはなんと、プールの中に入って、たくさんの少年たち相手に相撲をしている。

 キムは子供に優しいんだよね。
 奥様方にモテるわけである。

「そろそろ、自己紹介してもらっていい? そこのかわいい女の子は知ってるけど」
「おい、聞いたか三世! かわいいだってよ!」
「嫁にしてもらえよ!! げりべん伯爵はきっと金持ちだぞ!!」

 少年たちがからかって、少女たちがキャーキャー騒いで、三世が恥ずかしそうに顔を俯かせた。
 昨日はあんなにやかましかったのに、みんなといる時は恥ずかしいらしい。

「おれは大怪盗マテラッツィ・マッツォーネ四世だ!」
「わたしは五世!」
「ぼくは六世だ!!」
「わ、わたしが七世……です……」
「きいておどろけ!! おれさまが!!」
「あー、わかったわかった、八世九世十世と続いていくんだね」

 僕はレオさんの方を振り向いた。

「あなたの後継者の数、すごいことになってるんですけど……。……どうするんです、これ?」
「さて……、私はすでに足を洗い、執事としてベルゲングリューン家にお仕えする身ですので」
「あー!! ずっる!!! ずっるー!!!!」

 すっとぼけるレオさんを指差して、僕は思わず叫んだ。

「げりべん伯爵! おれたちをどーすんだ? タイホすんのか?!」
「次げりべん伯爵って言った奴はそうしようかな」

 僕がそう言うと、少年たちが慌てたように顔を見合わせた。

「え、えっと、べりげんぶりゅ……なんだっけ」
「ばかだなー、べんげりぶりゅーん伯爵だよ!」
「もういいわ、べりげん伯爵で……」

 僕はげんなりして怪盗キッズたちに言った。

 彼らは元々、エスパダの辺境にあるカピストラ地方の孤児だったらしい。
 
 レオさんはそこの出身で、地元の英雄だった。
 当時のカピストラ辺境伯は、民主化前の、地方貴族たちが暴利をむさぼっていたエスパダでもとびっきりの暴君だったらしく、ひどい圧政と重税で民は苦しんでいた。

 そんな中にあって、善良で民にこっそり施しを与えていたカピストラの貴族がいたのだが、その貴族をかねてから疎ましく思い、その貴族の美しい娘をどうしても手に入れたかった辺境伯の策謀によって、貴族とその妻は無実の罪で縛り首にされ、娘は望まぬ結婚を強いられることになる。

 殺された貴族の執事は大怪盗マテラッツィ・マッツォーネを名乗り、婚礼の当日に予告状を送り付けてカピストラ辺境伯の城に忍び込んで、決闘の末にカピストラ辺境伯を見事討ち取り、花嫁を連れて、カピストラ辺境伯が貯め込んでいた金銀財宝をありったけ詰め込んだ馬車で逃げた。

 馬で追いかける辺境伯の兵士たちに、マテラッツィ・マッツォーネは馬車から金貨をばらまくと、暴君への忠誠心などなかった兵士たちは慌てて金貨を拾い集め、追いかけてくることはなかった。

 マテラッツィ・マッツォーネはカピストラ辺境伯が巻き上げた以上の金貨をカピストラの家々に配って回ると、カピストラから遠く離れた静かな土地にあるお屋敷で、美しい娘に執事として仕えた。

 美しい娘は一夜の冒険で笑顔を見せたものの、心優しかった両親のことを思い、また沈み込んだ。

 執事はそんな娘を喜ばせるため、再びマテラッツィ・マッツォーネとして、圧政を強いる貴族たちに予告状を送っては名画や財宝の数々を次々に盗み、金貨を領民たちに配って周り、その冒険譚を娘に聞かせた。

 マテラッツィ・マッツォーネのおかげで気力を取り戻し、当主としての自覚を与えられた美しい娘はやがて、殺された貴族の後継者として爵位を認められ、王家に嫁ぎ。

 そして、そんな美しい娘にそっくりの娘が生まれた。
 ……それが今のエスパダの女王陛下だというのが、カピストラのおとぎ話なのだそうだ。

「まぁ、その辺はうそくせーとおれは思ってるけどな! 女王陛下ってばーさんだし」
「あんたバカなの!? あれは呪いにかけられたんだって知らないの?!」
「そうだぞ! 女王陛下は変身魔法のたつじんなんだぞ!」

 (……い、いや、それよりも……)

 僕は額から変な汗がにじみ出るのを感じた。
 ……それってもしかしてもしかしたら、レオさんは女王陛下の父親って可能性もあるんじゃ……。

 そして、この屋敷……。
 カピストラから遠く離れた静かな土地にあるお屋敷。

 屋敷の管理を、レオさんに任せた女王陛下……。

「……ね、ねぇ、レオさん」

 僕は怪盗キッズたちから離れて、レオさんに尋ねた。

「はい、主様」
「レオさんって、変身魔法を使えたりする?」
「さぁ、どうでしょう」

 レオさんは静かに笑った。
 肯定とも、否定とも取れる表情。

 ……。
 やっぱり、深く聞くのはやめておこう。

「あーあー、怪盗キッズの諸君!」

 僕は手をぱんぱんと叩いて、プールではしゃいでいるキッズたちに声を掛けた。

「マテラッツィー・マッツォーネとして、今まで悪いやつから盗んできたの?」
「も、もちろんだぜ!!」
「だめだよウソついちゃ……。げりべん伯爵はなんでもお見通しなんだって、さっきメガネのおねえちゃんが言ってたよ……」
「私たちはずっとマテラッツィー・マッツォーネになる修行をしてきたけど、実際に盗みに入ったのはこのお屋敷が初めてよ。ベルゲングリューン伯」

 みんなを代表して、三世が言った。

「普段は私とか、年長組が日雇いのお仕事をして、生計を立てているの。最初は孤児院にいたんだけど、院長が意地悪で……」
「君がみんなの代表なの? 二世はいないの?」
「そうよ。……もしかしたら、二世はどこかにいるかもしれないと思って、三世からにしたの」
「そ、そう」

 僕はあいまいに答えた。

「エル・ブランコの街があなたの話題で持ち切りになって、マテラッツィ・マッツォーネの正体はベルゲングリューン伯なんじゃないかとか、海賊団から『アフロディーテの邂逅かいこう』を奪ったのがその証拠だとか、いろんな噂が流れてたの」

 誰がその噂を流したのかは、言うまでもない。
 きっと、ものすごくきったない婆さんだったことだろう。

「そんなあなたから絵画を盗んだら、私たちがマテラッツィ・マッツォーネを名乗れるって話になったの。そうしたら、あんなことに……」

 なるほどね。

「怪盗団のみんな。僕はマテラッツィ・マッツォーネじゃない。でも、彼とはとっても仲のいい友達なんだ」
「えええええー!!! うっそだー!!!」
「すげぇぇぇ!!! まじかよー!!!」
「君たちがいい子にしていたら、そのうち会わせてあげる」

 僕はちらっとレオさんの方を見てから、怪盗キッズたちににっこりと笑った。

「いい子って言われてもねー」
「げりべん、おれたち怪盗だぜ?」
「おい、百歩……いや、一万歩譲ってげりべん伯爵は許すけど、げりべん呼ばわりはやめろ」

 マテラッツィ・マッツォーネの何世だかに僕はツッコんだ。

「いいかい? マテラッツィ・マッツォーネが活躍していた時代は、女王陛下が即位して、今みたいなエスパダになる前の、悪い貴族たちがいっぱいいる世の中だったんだ」

 僕は子どもたちに言った。

「でも今は違う。この国は、みんなで国を良くしようとしていて、また、そうすることが許された国なんだ。街の人々は昔のひどい暮らしを知っているから、悪いやつらには容赦しない。昨日のエル・ブランコの騒動もそうだっただろ?」
「知ってるー!! げりべん伯爵がうんこ投げたんだろ?」
「僕は投げてない!」

 僕は必死に抗弁した。

「だから、マテラッツィ・マッツォーネは怪盗のお仕事を引退したんだ。もう自分が活躍する時代じゃない。今はもう、みんながマテラッツィ・マッツォーネなんだってね」
「おおお……、げりべん伯爵いいこというじゃん」
「そっか……わたしたちはやっぱり、マテラッツィ・マッツォーネなんだね」

 子どもたちがうんうんとうなずいた。

「だから、悪いやつから盗むっていうのは、とりあえず今はナシ!」
「えええええー!!!」
「だって、悪いやついないでしょ? 僕、悪いやつ?」
「たしかに、悪いやつには見えないなー。……アホそうだけど」

 ぷっ、と笑ったユキを僕は軽くにらんだ。
 
「そんなわけで、君たちマテラッツィ・マッツォーネ怪盗団には、今日から別のお仕事をしてもらいます!」

 僕は子どもたちに高らかに宣言した。

「鉄仮面卿!」
「は、は、ははははい?! ちょ、ちょっと待ってください!!」

 鉄仮面卿と呼ばれたらあの格好をしなければいけないという自己ルールを決めているのか、メアリーが全速力で屋敷に戻って、鉄仮面卿の服装をして戻ってきた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……、な、なんでしょう……」

 鉄仮面に黒ローブの姿で息を切らせながら、メアリーがやってきた。
 僕はそんな彼女を、子どもたちに向かって指差した。

「何を隠そう! この鉄仮面卿は我がベルゲングリューン直属の秘密諜報機関、「水晶の目」の局長なのだ!!」
「ちょーほーきかんってなんだ?」
「スパイのことよ」

 三世が年少の怪盗に教えてあげた。

「おおお、秘密のスパイ!! かっけぇぇぇ!!」

 怪盗団の少年たちが、鉄仮面卿の姿と「スパイ」という言葉にどよめいた。

「意地悪な院長さんがいる孤児院に戻りたくないのなら、怪盗としての君たちの手腕を買って、ぜひうちの秘密スパイ組織にスカウトしようと思っているんだけど、どうかな?」
「ちょ、ちょっと! ちょっと! 伯!! 何を言ってるですか!? こないだのヒューレット・バッカーノといい、ややこしい人を全部私に押し付けようとしてません?!」

 慌てて抗議する鉄仮面卿をガン無視して、僕は子どもたちに提案する。

「もちろん報酬は払うぞ! おいしい食事に、ちゃんとしたお家。お小遣いもあげる。それに、これはとっても大事なことだけど、マテラッツィ・マッツォーネがガッカリするようなことは、君たちには絶対にやらせない!」

 僕がそう言うと、怪盗キッズたちがおおおお、と大きくどよめいた。

「ふふ、あの子どもたちの表情。彼は人たらしなだけでなく、子供たらしでもあるんだな」
「一番なのは女たらしだと思いますけれど……」

 オールバックくんの言葉に、アーデルハイドが答えるのが聞こえる。

「そんなわけなので、鉄仮面卿、そこんとこ、ヨロシク」
「……まずは名刺を作らなくちゃ……。服は……服はどうしましょう、あの格好のままではさすがに……」

 メアリーはすでに検討モードに入っていて、僕の言葉が聞こえないようだった。

「お前、いいこと思いつくなー」

 プールから上がったキムが身体についた粘液をお湯で洗い流しながら、僕に言った。
 
「お前がやってきたことの中で、今回のは二番目に好きだわ」
「一番目は?」
「子供の遊び場だった廃屋敷を守ったことだな」
「そっか」

 僕はキムの言葉に思わず微笑んだ。
 話を聞いていたメルやアリサ、ゾフィア、テレサ、アーデルハイド、ミスティ先輩、ヒルダ先輩、ヴェンツェルにオールバックくんもこちらを見て、にっこりとうなずいてくれていた。

「ラララ~、大怪盗の名と志を継ぎし子たち~、英雄ベルゲングリューンと出会い~、新たな人生を歩む~♪」

 鉄仮面卿がよろめくのも気にせずに、バルトロメウが美しい旋律でリュートを弾き始めた。

 ミヤザワくんはブッチャーを出して、花京院やジョセフィーヌ、ルッ君と一緒に子どもたちと遊んでいる。
 ジルベールとギルサナスは女の子たち数人に話しかけられて困っている。
 
 そして、そんな光景を、グラスを拭きながらレオさんがまぶしそうに見つめていた。


 こうして、マテラッツィ・マッツォーネ二世をのぞく、すべての大怪盗マテラッツィ・マッツォーネは、我がベルゲングリューン家の一員となったのであった。
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