士官学校の爆笑王 ~ヴァイリス英雄譚~

まつおさん

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第三部 第一章「ヤクザとトンネル」(1)

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「今日はあんまり釣れないね。エスペランサ侯爵」
「……そうですね。アルフォンス宰相閣下」
「このオレンジ、美味しいね。エスペランサ侯爵」
「……そうですね。アルフォンス宰相閣下」

 ヴァイリスに戻ってきてみると、エスパダ外交で僕の後手に回ったアルフォンス宰相閣下が完全にスネていて、朝からの「エスペランサ侯爵」いじりは想像以上にしつこかった。

「お前よう……。なんなんだこれ」
「何がだよ、おっさん」

 隣で釣りをしている小太りのおっさんが、呆れたように声を掛ける。
 ほとんど国外逃亡気味に僕らに同行してきた、伝説のマフィアの帝王、ドン・トスカーニにして、国家元首のペロンチョだ。

「ウチのババアと会談している時にお見かけしたことがあるんだが……、あそこでガキ共を追いかけ回してるの、あれ、ヴァイリスの至宝って言われてるヴァイリスの王女殿下じゃねぇか……?」
「ペロンチョ氏……。非公式の場とはいえ、一国の国家元首が自国の女王陛下をババア呼ばわりするのはいかがなものかと思うが……」
「アルフォンスのダンナ。あいにくと、オレはもう国家元首じゃねぇんだよ。そこにいるエスペランサ侯爵のおかげでな」

 釣り糸をのんびりと湖に垂らしながら、ペロンチョが言った。

「人のせいにしちゃダメだよ、おっさん。僕みたいな若造に正体がバレちゃう自分を恥じなきゃ、それ以上の成長はないよ」
「はぁ……。そうだよなぁ……」
「ちょ、ちょっと……、納得しないでよ。おっさん、ヴァイリスに来てめっちゃ老け込んだんじゃない?」
「なんかよう、こう、プツッと切れちまったんだよなぁ。緊張の糸っちゅうの?」
「そのお気持ち、よ~くわかりますぞ、ペロンチョ氏」

 アルフォンス宰相閣下がうんうんとうなずいた。
 この二人は以前から国交を通じて面識があるらしい。
 ……もっとも、彼の正体がドン・トスカーニだということまでは知らなかったようだけど。
 
「いい社会勉強になるかと思って、この若造をちょっとエスパダの大使に引き合わせたら、あれよあれよと言う間に独占的な通商権を獲得して、ヴァイリスはもう、この若造を通さなければエスパダと交渉すらできなくなってしまった。おまけに自国より高い地位を賜るだけでなく、エスパダの議会まで掌握してしまうとは……」
「しょ、掌握なんてしてませんよ……」
「何言ってやがる。正体がバレちまったせいでオレの派閥は完全に瓦解がかい。一気に勢力をつけたデメトリオの派閥は完全にお前の言いなりじゃねぇか」
「オレンジどころか、エスパダの様々な特産品をタダ同然で仕入れているとイシドラ大使が言っていたぞ」
「や、やだなぁ……、そんなわけないでしょう?」

 恨みがましい目でこちらを見る二人の大政治家の言葉に、僕は思わず苦笑する。

「ウチにはギュンターさんとバルトロメウっていう優秀な商人がいて、彼らが上手く流通コストを削減してくれているだけですよ」
「お前んとこの商人がいくら優秀でも、エスパダのオレンジをヴァイリスで買う方が安いってのはおかしいだろうが!」
「し、知りませんよ。エスパダの企業努力が足りないだけでしょ」
「あー、言ったな! おめぇ今、言っちゃならんことを言ったぞ!」
「ペロンチョ殿!! 竿さお!!竿!! 引いてますぞ!」
「うおっ!?」
「何が、『うおっ!?』なんだよ。言っちゃならんことを言われたと思うなら、こんなところで魚なんか釣ってないで、さっさとエスパダに帰って、出馬し直してエスパダをより良い国にすればいいじゃない」
「バカヤロウ、今さらどのツラ下げて本国に帰れるかってんだよ! 当分はおめぇんとこで世話になるつもりだからな。覚悟しとけよ。お、おい、それよりこれ、どうすんだ?!」
「まだリール巻かないで! 一度竿を引いて、魚が逃げようとしたら竿を倒して、ゆっくりリールを巻くんだ」
「こ、こうか?」
「泣く子も黙る伝説のマフィアの親分が、釣りもやったことなかったのか……」
「うるせぇなぁ……。オレは食う専門なんだよ! お、やった!! おい、釣れたぞ!! どうだ!!」

 レインボートラウトを引き上げて、ペロンチョが子供のように笑った。
 向き合うだけで足が震えるような、あの凄まじい威圧感はどこにいったんだ。

「おーい、げりべん伯爵!!」
「バカ、げりげん伯爵じゃないだろ!」
「おお、わかってきたじゃないか。怪盗キッズくん」
「今は侯爵だから、げりべん侯爵だよ!」

 僕は釣り竿を取り落しかけた。
 怪盗キッズたちが、このベルゲングリューン城が廃屋敷だったころから遊びに来ているユータ、ヨマ、ニーナの三人組とそのお友達たちと一緒にわーわー騒ぎながらこっちにやってきた。

「ニーナ、しばらく見ないうちに背が伸びたね」
「え、ほんとー?」
「うん。すっかりレディらしくなっちゃって」
「こら、こどもまでくどいてんじゃねーよ! どすけべはくしゃく!」
「ユータ、このひとはこうしゃくになったんだから、どすけべこうしゃくだよ」
「ヨマとユータは相変わらずだな……」

 領内とベルゲングリューン市の整備担当であるリップマン子爵が驚異的なペースで環境整備をしてくれたおかげで、子どもたちが安全に遊べるエリアは大きく広がっていた。

 森や湖の周辺は子どもたちと保護者に無料で開放しているので、最近ではお昼になると、領内は子どもたちの笑い声がよく聞こえるようになった。

 口は悪いけど面倒見の良さは女神級のアサヒがそんな子どもたちにクッキーを焼いてあげたり、ソリマチ隊長んところの木こり衆たちが木彫りのおもちゃや遊具を作ってあげたりしているので、ベルゲングリューン領は子持ちの親御さんたちの評判とてもがよく、ベルゲングリューン市に移住を希望するご家族も増えてきた。

 キムをはじめ僕の仲間たちがみんな子供好きなのも大きい。
 「子供は苦手です!」と公言してはばからないメアリーも、なんだかんだで面倒見がいいし。

 ……ただ、ヒルダ先輩だけは要注意だ。

 「赤ちゃんはどこからくるのー?」

 という小さい男の子の無邪気な質問に、

 「……ふむ、君にセックスの話をしても理解できないかもしれないが……」

 とか真顔で言い始めて、にこやかな顔をしていたご両親の顔が凍り付き、アルフォンス宰相閣下が血相を変えて駆けつけてきた時のことは、きっと一生忘れないと思う。


「もりのおくから、ごおおおおって、すごいじなりがするんだ」

 ヨマが言った。
 じなり……、地鳴りかな。

「あれ、ぜってぇまおうだよ! ちていのおくそこから、まおうぐんがやってくるんだ!」
「ええ、こわいこといわないでよぉ」

 ユータとニーナ。

「ニーナちゃん、心配いらねぇぞ! げりべん伯爵はめっちゃつえーから!! 魔王軍なんて一瞬でスライムまみれになっちまうぜ!!」

 怪盗キッズの何世だかが怖がるニーナに言った。

 それにしても、魔王軍はともかく、地鳴りとは。
 こっちは揺れてないから、地震じゃなさそうだし。

「三世はどう思ったの?」

 僕はぎゃーぎゃー騒ぐ怪盗キッズたちを収拾しようとしている少女に声を掛けた。

「ちぇっ、また三世だけ特別扱いだよー」
「しかたないよ、どすけべ伯爵だから」
「だからユータ、どすけべ侯爵だってなんどもいってるだろ」
「ぜってぇ、げりべん伯爵は大きくなったら三世を嫁にするつもりなんだぞ」
「えーずるいー! わたしもげりべん伯爵のお嫁さんになるー!」

 子どもたちの野次に顔を真っ赤にしながら、三世が答えた。

「えっと、地震とか、自然現象ではないと思うの」
「どうしてそう思ったの?」
「えっとね、地鳴りの揺れと音が規則的だったの。ごおお、ごおお、ごおお、って感じで、何かの機械を動かしているような音」
「ごおお、ごおお、ごおお、か……。ん、もしかして、今聞こえているこの音?」

 三世が説明しているちょうどそのタイミングで、僕の耳にも森の方からごおお、ごおお、ごおお、という音が聞こえてきていた。

 その音がどんどん森側から屋敷の方へと近づいてきている。

「おーい、キムー!!」

 僕は、納屋付近の中庭にいるキムに声を掛けた。
 が、キムは僕の声に気づかない様子だった。

「ちょっとキム、あんた何やってんの……」
「へへへ……。やっぱステーキってのは厚切りだよな」
「厚切りって……、厚切りすぎるでしょそれ……」

 食いしん坊のキムが、それこそどすけべみたいな顔をして、じゅうじゅう焼ける肉を眺めている。

「へへっ、そんなこと言っても分けてやんねぇかんな? これはオレが自分でトーマスんちから買った肉なんだからよ」
「いらないけど……、それ、全部一人で食べる気なの?」

 あきれかえった顔でユキが言う。
 キムに次いで食いしん坊のユキがここまでドン引きするぐらい、もうそれは肉というか、もはや肉塊というか、岩のようだ。

「おっと、エスパダの岩塩をくれたベルには一口食わしてやんねぇとな」

 キムが思い出したように、肉塊の側面を薄く包丁で削った。

「えっ、そんだけ……? まっちゃんにあげるお肉ってそれだけなの?」
「ちょっと薄く切りすぎたか……。じゃ、もうちょっとだけ……」
「けちくさ……。あんた、食べ物のことになると本当にポンコツよね……」

「おーい、キムー!!」
「おおー、何か用か? もう少しで肉が焼けるから、少し待ってくれ。っていうかお前もこっちこいよ」
「いや、そんなことより、地鳴りがそっちに広がってるから……」
「ジビエ?! ジビエ料理がくるのか!? くぅっ、そうなりゃベルにもう少し肉を……」
「ジビエじゃなくて地鳴りだよ地鳴り!!」

 じゅううううううううう!!!!

 僕の言葉は、キムが上からバーベキューソースをかける音でかき消された。

「なんだって?! よく聞こえない……」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!
 大地を揺らす轟音がどんどん近づいていく。

「キム!! いいからすぐにそこから離れて!!!」

 ドゴォォォォォォォォォン!!!!!

「う、うわっ!!! な、なんだ!?」

 キムが巨大な肉を焼いていた場所の土が突然隆起したかと思うと、ぽっかりと、巨大な縦穴が出現した。

「えっ……、えっ……? え?」

 事態が飲み込めていないキムが、説明を求めるようにユキと僕の顔を交互に見るけど、当然ながら僕たちも何が起こったのかわからない。
 ただ、キムが肉を焼いていた場所にぽっかりと穴があいたのだ。
 つまり、肉はもうそこにはない。

「ウオオオオオオッ!!! 肉が!!!! 俺の肉がああああああ!!!!!!」
「ばかじゃないの!? それどころじゃないでしょ!?」

 ユキの全力のツッコミも耳に入らない様子で、キムが縦穴を覗き込んだ。
 中庭にいたユリーシャ王女殿下を始めとする仲間たちや、アルフォンス宰相閣下、ペロンチョも駆け寄ってきた。

「よっしゃー!!! 開通やー!!! ってうわっ!!」
「な、なんやこれ!!! 肉か?! なんで肉がってきたんや!!」
「めっちゃええ匂いやんこれ」
「うまっ……この肉うんまっ!!」
「あほかお前、何勝手に食うとんねん!!」
「いやいやキミしかしやね、正味しょうみの話、ここにこんな肉置いとったらワシらのトンネル通られへんやないかい。食わんでどないせぇっちゅうねん! おこるでしかし!!」
「そんなこと言うたかて、こんな巨大な肉、ワシらだけじゃとても食い切られへんぞ」
「げぷっ、あかん、もう腹いっぱいで動けんわ」
「なんでお前まで食うとんねん! っていうかどんだけ早食いやねん!」

 縦穴の下は、いくつもの灯りらしきものによって煌々こうこうと照らされていて、内部の様子が地上からでもよく見える。

「……な、なんじゃ、こいつら……」

 縦穴の下にうじゃうじゃといる連中を見て、ユリーシャ王女殿下がつぶやいた。
 身長は90センチぐらいだろうか。
 三角帽子に派手な色の服を着た、人間の三歳児ぐらいの大きさの男たちが、キムが焼いていた肉に次々にかじりついている。
 その傍らには、彼らの身体よりはるかに大きな、巨大なドリルのような工具が置かれていた。

「ノ、ノームだ……」

 いつのまにか隣にいたヴェンツェルがうめいた。

「なに!! ノームだと?!」

 アルフォンス宰相閣下がヴェンツェルの言葉に敏感に反応する。

「ノームって、土の妖精の?」

 僕が尋ねると、ヴェンツェルは首を振った。

「厳密には彼らは妖精ではない。土の妖精というのは俗称だ。エルフやドワーフといった、亜人の一種だよ。普段は土中で暮らしていて、我々がその姿を見ることは滅多にない」
「おいこら!! ノームだかなんだか知らねぇが、俺の肉を勝手に食ってんじゃねぇ!!!」

 もうすぐかぶりつけるはずだった肉を奪われて激怒したキムが、穴に顔を突っ込んでノームを威嚇する。

「うわっ、なんや!! 人間やんけ!!」
「俺の肉を返しやがれ!!」
「なに人聞きの悪いこと言うとんねん!! 肉の方からワシらのトンネルに入ってきたんやんけ!」
「せやせや!! ワシらのトンネルに入ってきたもんはワシらのもんじゃ!!」
「てめぇらが勝手に掘ったんだろうが!!!」
「汚いやっちゃな!! 肉にツバがかかるやろ!!」
「もうええわ、おまえら、コイツいてもうたれ!!」

 ノームたちはそう言うと、穴に突っ込んだキムの顔に、一斉に泥を投げつけはじめた。

「わぶっ、や、やめっ、お、おい、やめろっ!!」
「がはははは!! 人間がなんぼのもんじゃーい!!」

 ノームたちの泥による集中砲火を浴びて、キムがたまらず穴から身体を離す。
 そんなキムに代わって、なんとアルフォンス宰相閣下が勢いよく穴に顔を突っ込んだ。

「ちょっといいか。私はヴァイリス王国の宰相をしているアルフォンスという者だが、諸君の代表にお目通りをお願いしたい!!」
「……宰相閣下?」
「うわっ、今度はジジイがよった!!」
「ジジイ、顔近いんじゃ!! ビビってまうやろ!!」
「このジジイもいてもうたれ!!!」
「ちょ、ちょっ、待……、は、話を!! ぶっ、や、やめ、やめたまえ!! うわっ!!」

 今度はアルフォンス宰相閣下が泥の集中砲火を浴びた。

「アルフォンスよ……」
「祖父殿……何をやっているのだ……」

 ヴァイリス大貴族の代表たる宰相閣下が顔面泥まみれになってこちらを向いたのを見て、僕たちは必死に笑いをこらえ、ユリーシャ王女殿下とヒルダ先輩だけがドン引きしたようにアルフォンス宰相閣下を見た。

「王女殿下、アヴァロニア全土で流通している魔法金属の9割は、ノームたちが採掘したものなのです……。土中で暮らす彼らは、あらゆる鉱脈の場所を知り尽くしておりますが、そんな彼らは地上にはほとんど現れることがありません。つまり、もし彼らと交易できたなら、我が国がそこから得られる恩恵は計り知れないのです……」

 げらげら笑うアサヒから受け取ったタオルで顔を拭きながら、アルフォンス宰相閣下が弁明するようにユリーシャ王女殿下に言った。

 なるほど、彼らがトンネルの掘削に使っていたらしいあのドリルも、たしかにものすごい硬度の魔法金属でできているように見える。

「おい、ジジイがなんか言うとるぞ」
「交易? そないなこと無理に決まってるやろ」
「なんで無理なの?」
「お、今度は若い奴や」

 僕が穴から少し離れて顔を見せると、ノームたちがひそひそと話し合っていた。

「今度の奴はちゃんと穴から顔を離しとる」
「パーソナルスペースっちゅうもんをわかっとるやんけ」
「せやな。泥を投げるのは勘弁したるわ」
「ありがとう。僕は君たちが穴を掘った地上側の土地の人間で、ベルゲングリューンっていうんだ。ベルでいいよ」
「なんやこいつ、自己紹介しよったで」
「アホみたいな顔しとるな」
「まぁでも、『地上側の』って言うたんは偉いわ。地下はワシらのもんっていうことやろ」
「あ、ウチの領土、地下室もちょっと作っちゃってるんだけど、そこはできれば壊さないでね」

 僕がそう言うと、ノームたちは顔を見合わせた。

「せやな、この肉をもっと持ってきたら考えたってもええわ」
「おお、自分めっちゃがめついこと思いつくやん」
「その肉は俺の肉なんだよ!!」

 キムが顔を拭きながら野次を飛ばした。

「いや、悪いんだけどさ、それについて君たちと交渉するつもりはないよ。ここに穴を掘ったのは事情次第で許すけど、これ以上穴だらけにされるのは困る」

 僕の言葉に、ノームたちが再び顔を見合わせる。

「ほぉ……、このガキ、言うやんけ」
「いっそ、このあたり全部穴だらけにしたろか」
「まぁまぁ、お前ら、落ち着いたらんかい。相手は素人さんや」

 ノームたちの中で一番貫禄のありそうなヒゲもじゃのノームが、物騒なことを言っている若いノームたちを制止してから、にっこり笑って僕に言った。

「すまんなぁ兄さん。コイツら、根はええ子なんやけど、ちぃと血の気が多いところがあってなぁ」
「出たで、ユキイ爺さんのいつものやつや……」

 若いノームが、にやにやと笑いながらはやし立てる。

「でもな、兄さん。仮にや。仮にやで? ワシらがホンマにこの辺を穴だらけにしたる言うたら、どうするっちゅうんや?」

 僕はユキイ爺さんと呼ばれたヒゲもじゃの老ノームに向かって、にっこり微笑みながら答える。

「そこからじゃわかんないかもしれないけど、この穴のすぐ近くに湖があるんだよね」
「その辺はきっちりわかっとるで。ワシらは採掘のプロやからな」
「あ、そう。じゃ、話は早い。君らがこれ以上この辺を穴だらけにしたら、湖の水を全部この穴に流し込むよ」
「あっはっは!! このガキ笑わしよるわ!!」

 僕がそう言うと、ユキイ爺さんが大笑いして、それに呼応するように他のノームたちもげらげらと笑った。

「兄ちゃん、ハッタリかますんやったら、もうちっと上手いことやらなあかんで。土中の水分だけで生きていけるワシらと違うて人間にとって水は命や。そないなことしたら、あんたらは生きていけんのと違うか」

 ユキイ爺さんの言葉に、今度は僕がにやにやと笑った。

「それが、そうでもないんだなぁ」
「なんやて?」
「我がベルゲングリューン市はね、古代迷宮から無尽蔵に水を汲み上げているんだ。君たちがせっせとトンネルを掘ったこの場所は、アヴァロニア全土で最も水に困らない土地なんだよね」
「……」
「……」

 僕がそう言うと、あれだけ騒がしかったノームたちが急におとなしくなった。

「じょ、冗談やがな……。ちょっと言うてみただけや」

 ユキイ爺さんがぼそっと言った。

「それは何よりだ。で、どうするの?」
「どうするって、何がや?」

 ユキイ爺さんが怪訝けげんそうにこちらを見たので、僕はユキイ爺さんの口ぶりを真似て言ってみた。

 今度は僕がカードを切る番だ。

「爺さん、仮にや。仮にやで? 君らがこれ以上穴を掘ろうが掘るまいが、湖の水を全部ここに流し込んだろかって言ったら、いったい君たちは何をしてくれるんや?」

 僕がそう言った途端、ノームたちは一斉に顔面が蒼白になった。

「爺さん、こいつヤクザや……」
「おっとろしい奴がおるとこ掘ってもうた……」
「お、おい、もう肉食うのやめとけ……。さっきのデカいのに返すんや」
「もうそんな泥まみれで食いかけの肉なんていらねーよ!!」

 キムが半泣きでツッコんだ。

「祖父殿、もう交渉力でベルに敵わないのではないか?」
「これは交渉というより、ただの脅迫ではないかね……」
「あいかわらず、えげつないわね……」
「やっぱマフィアに向いてるぜ、おめぇ」

 ヒルダ先輩の言葉に、アルフォンス宰相閣下とユキ、ペロンチョが反応する。

「私、あのノームが伯を脅した時から、この状況が目に浮かびましたよ……」
「私も……」
わたくしもだ」
「くくっ、私もです」

 今のはメアリーとメル、ユリーシャ王女殿下、それからヴァイリスでも執事をしてくれているレオさんだ。
   
「え、えっと……何をして差し上げればよろしいでっか?」
「うーん、そうだなぁ。さっき君たちが泥まみれにしたおじいさんがさ、君たちと交易をしたいって言ってるんだけど……」
「おお、ナイスだ! ベルゲングリューン卿!」

 アルフォンス宰相閣下が声を上げた。

「交易ちゅうと、あれでっか、国と国が結ぶ……」
「そうそう、それそれ」

 僕が言うと、ノームたちが一斉にうつむいた。

「ん、どうしたの?」
「兄さん、それ、無理ですわ……」
「さっきも言ってたよね。どうして?」

 がっくりと肩を落としたユキイ爺さんが、ぽつりと答えた。

「ワシらの国、もうないんですわ。それでここまで掘り進んできた次第でして……」
「ない?」
「そう。ないんですわ」

 ユキイ爺さんが答える。

「ノーム王国は、滅亡したんですわ」
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