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第三部 第三章「ベルゲングリューンの光と闇」(3)
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3
「お、おい、ヤバいぞ……!!」
ノームの工房で身体を休めていると、偵察に向かっていたルッ君が駆け足で戻ってきた。
防衛戦が終わってから、二日が経っている。
アルフォンス宰相閣下、つまりはヴァイリス王国からの直々の依頼ということもあり、僕たちは堂々と、交代で学校を休んで警備をしていたけれど、向こうの被害が甚大だったせいか、動きはまったくなかった。
「ルッ君って、偵察から戻ってくると、だいたい最初の一言はそれだよね」
僕はユキイ爺さんに淹れてもらったお茶をずずっと飲みながら、ルッ君に答える。
ちなみに、このお茶はなにかの木の根っことかを煎じたりしたものを36種類ぐらいブレンドしたものらしいんだけど、珈琲ぐらい真っ黒なそのお茶は、死ぬほどまずくて苦い。
あまりにまずくて、ユキイ爺さんと僕しか飲んでない。
きっとこれがノームの文化なんだろうから、飲まないのは失礼だと思って我慢して飲んだんだけど、仲間どころか、他のノームもまずくて飲んでなかった。
いや、僕だって死ぬほどまずいと思っているんだけど、しばらくすると、どんなまずさだったか確認したくなって、ついまた飲んでしまう、不思議な魅力があった。
「親分、若いのに苦茶を嗜むとは、さすがにようわかっとるな」
「いや、くそまずいと思ってるよ」
「お、おいっ! のんびりしてる場合じゃないんだって!!」
「ルッ君もいいから、まずはコレでも飲んで落ち着きなよ」
僕は誰も飲まないから余りまくっている苦茶をルッ君に手渡した。
「おっ、珈琲か。気が利くじゃん」
「……」
「……」
「……」
メル、ユキ、アリサが、笑いをこらえて一斉にうつむいた。
「いやーオレもさ、オトナになったっつーかさ、ようやく珈琲をブラックで飲めるように……ぶふぁ――っ!!!!!」
「どわーっはっはっはっは!!!!」
苦茶を冷めたコーヒーだと思ってぐいっと飲んだルッ君が、その場で苦茶を盛大に噴き出して、仲間たちとノームたちが大爆笑した。
「み、水……、水!!!」
「あ、ごめんごめん」
僕は花京院が一口飲んで残した苦茶の入ったコップをルッ君に手渡した。
「ごくっ、ごくっ……ぶぼっ!!!!」
「ひぃっ、ひぃっ、た、たのむ、たのむから、もう笑かさんといてくれ……、心臓が止まってまう……」
ルッ君の最高のリアクションに、ユキイ爺さんが僕の肩にしがみつくようにして、涙を流して笑っている。
「ひ、ひでぇ……、命がけで偵察して帰ってきたのに……、こんな、うんこみたいな汁飲ませるなんて……」
「……兄ちゃん、苦茶はな、古くからノームに伝わる飲み物で、昔の亜人たちは『神の酒』って言うて、それはもう大変にありがたがられたモンなんやで? うんこ汁とか言うたらバチがあたるで」
「ええっ……。こんな死ぬほどまずいのに?!」
口の中の苦味が取れず、入れ歯がはずれたおじいさんみたいに口元をふがふがさせながら、ルッ君がユキイ爺さんを見上げた。
「せや。良薬は口に苦しって言うやろ? 滋養強壮に整腸作用、美容にも良くてお肌つるっつるになるんやで」
「じいさん飲んでるのにしわくちゃじゃん」
「……親分、こいつどついてもええか?」
花京院の無邪気なツッコミに、ユキイ爺さんが憤慨して僕を見た。
「あれじゃない? 苦いのを我慢して飲んで、『まずぅ』って顔をしかめているうちに、こんなしわくちゃに……」
「親分まで言うんかい!!」
「……やっぱり、貴方たちはネジが一つぶっ飛んでいますわね……」
それまでおとなしくしていたちびアーデルハイドがつぶやいた。
「それは私も常々同感ではあるが……、どうしてそう思うんだ?」
隣のオールバック君が尋ねる。
「だって、そうでしょう? 偵察係が明らかに緊急事態を知らせに戻ってきたというのに、ここまでその内容を一切聞かずに、皆さんで笑っているんですのよ?」
「フッ。貴様もそのうち慣れるだろうさ。ベルと旅をしているとな」
ヒルダ先輩が肩をすくめながら言った。
そんなことを言うヒルダ先輩もたいがいだと思うんだけど。
「んで、ルッ君、どったの?」
僕は苦茶を飲みながら、ルッ君に尋ねた。
……うーん、やっぱり、何度飲んでもくそまずい。
「お、お前、よくそんなまずいの飲めるな……」
ルッ君がドン引きした顔で言った。
「……いや、僕もくそまずいと思ってるんだよ。でもアウローラが飲んでおけっていうから」
「え……じゃあ、私も飲む」
「私も」
アウローラが勧めたと言った途端、アリサとメルが関心を持ち始めた。
『フフ、やはり意識の高い女子は、私のように洗練された女性に憧れを持つのだな』
アウローラが何か言ってる。
「一応聞くけど、ユキイ爺さん、この茶葉は股間にしまって熟成発酵させたりしてないよね?」
途端にアリサとメルがお茶をブバッ!!と噴き出した。
「あ、当たり前やろ!! 茶葉は冷暗所に保管せなあかんねや!! そないなもんワシかて飲みたないわ!!」
ユキイ爺さんが顔を真っ赤にして否定した。
ガラガラガラガラ!!!
「おわっ!」
「きゃっ」
そんなくだらないことを話していると、突然トンネル全体がグラグラと揺れ始め、僕はひっくり返りそうになった湯呑みを慌てて押さえた。
……よく考えてみたら、こんなくそまずいお茶がひっくり返ってもどうってことないんだけど。
「なんや、またか……。最近多いのう」
ユキイ爺さんがぼやいた。
「またかって……、結構あるの?」
「ゴブリン共が湧いて出た頃から、しょっちゅうや。地上はなんともないんか?」
「あ、そういえば、王宮の方で地震がひどいって、アルフォンス宰相閣下が言ってたかな」
「……あんたらがアホみたいにトンネルを掘りまくったせいじゃないでしょうね……?」
「ね、姐さん、なんちゅーこと言うんや!! ワシらの工法は構造安全性を常に……」
「ワタシ嫌よぉ、こんなところで落盤して生き埋めになったりしちゃったら……」
「いやいや、兄さん、ん? 姐さんか? ようわからんけど、ぶっそうなこと言わんといてくれるか!! ワシらが作るトンネルは科学や!! この何千年、一度も落盤なんか起こしたことないんやで!」
ユキイ爺さんがユキに、ボンゴルさんがジョセフィーヌにツッコんだ。
緊急事態の報告に来たはずなのにまったく内容を聞かれずにいたルッ君は、ぼーっと突っ立ったまま、ただ口の中に残った苦さに顔を歪めていた。
「あ、ごめん、ルッ君、なんだっけ」
「もういいや……、なんか話す気が失せた」
「わ、悪かったって。ほら、オレンジを食べたらスッキリするんじゃない?」
げんなりした顔のルッ君に、僕はノームたちのお土産にいくつか持ってきていたエスパダのオレンジを手渡した。
普段土中で生活しているノームたちにとってはビックリするほど美味しかったらしく、大好評だった。
オレンジとノームたちの魔法金属とで貿易をしたら……、アルフォンス宰相閣下から死ぬまで恨まれそうだ。
「ううっ、あんなに美味しかったオレンジが、ものすごく酸っぱく感じる……」
顔をユキイ爺さんのようにしわくちゃにしながら、ルッ君が言った。
「最初は、もっと浅いところまで偵察するつもりだったんだけど、こないだの防衛戦でゴブリンたちの警備が手薄になっていたから、かなり奥の方まで行ってきたんだ」
少し落ち着いてから、ルッ君がテーブルに広げた地図を指しながら、みんなの前で説明をしてくれた。
「え、すごい。この辺まで行ったの? ほとんどノーム王国内じゃん」
「うん。さすがに中までは入れなかったけどな」
鼻をこすりながら、ルッ君が言った。
なんだかんだで、一緒に旅を続けてきたルッ君の隠密能力は、レオさんが感心するほどにメキメキと向上してきている。
「で、王国の手前にゴブリン兵の詰め所みたいな場所があって、そこでゴブリンの指揮官みたいなやつがいたんだけどさ……」
まるで怪談話でもするように、ルッ君が声を潜めた。
「かけてるんだよ」
「かけてる?」
「グラサンを」
「ぐらさん?」
「サングラスだよ。ほら、ヴァイリスの露店にもあるだろ? モテる奴がかけてるようなやつだよ」
「い、いや、別にあれをかけてもモテないと思うけど……」
「むしろ、モテると思ってかける人は絶対モテないでしょうね……」
ミスティ先輩がそう言うと、ルッ君が目をそらした。
……何個か買っとるな……。
「と、とにかく、ゴブリン兵達が全員グラサンかけてるんだよ! この間お前がやった、盾でパシャって目くらましをする作戦は、もう使えないんだよ」
「ゴブリンは物作りはできひんけど、頭はええからな。おおかた、王国内のワシらの工房から、溶接用のゴーグルをぎょうさん引っ張り出してきたんやろ」
「なるほどねー」
ボンゴルさんの言葉に、僕はうなずいた。
「せやけどまぁ……」「だけど、まぁ……」
僕とボンゴルさんは、顔を見合わせて、にやにやと笑った。
「そんなん関係あらへんねんなぁ」「それじゃダメなんだよねぇー」
「な、何? 二人して気色悪いわね……」
僕とボンゴルさんのやり取りを、ユキが怪訝そうな顔で見る。
「よっこいしょっと」
僕はくそまずい苦茶の湯呑みを置いて、足元に置いていた木箱をテーブルの上に置いた。
中には、ボンゴルさんが先ほど、工期を大幅に短縮させて完成させたばかりの試作品が置いてある。
「はい、これ」
「えっと、なに、これ……」
ユキが手渡された新型ゴーグルを見て、僕に尋ねた。
ゴーグルと言っても、ボンゴルさんに特注して作ってもらったソレの形は、メガネとは似ても似つかない。
「ボンゴルさんに作ってもらった秘密兵器だよ。かけてみて」
「……ちょっと嫌なんだけど」
ユキがぼそっと言った。
その気持ちはわかる。
メガネに双眼鏡を取り付けたような形のゴーグルは、付けてみると昆虫の化け物みたいな、ちょっと異様な外観になった。
「うおおっ、真っ白で何も見えねぇ!!!」
言われる前にさっさと装着した花京院が叫んだ。
「……花京院はノームのゴーグル、なんでも似合うなぁ」
モヒカンマッチョが双眼鏡みたいなメガネを装着して叫んでいる近未来感がすごい。
「ボンゴルさん、これ、どう使うんだっけ」
「まずは灯りを消すんや。すべてはそれからや」
ボンゴルさんが言うと、弟子が工房の壁面にある、鋼鉄製のプレートから突き出たレバーのようなものを一気に下ろした。
「うわっ、真っ暗になった!」
「トンネルに魔法灯を付けたんは、最近のことや。魔法灯の動力はここの工房で管理しとる」
真っ暗闇になった工房に、ボンゴルさんの声が響き渡った。
土中の生活で暗闇に慣れているのか、工房が真っ暗になっても、他のノームたちは騒ぐ気配がない。
「でもよ……、このゴーグルを付けても、なにも見えねぇぞ? 真っ白だったのが真っ黒になっただけじゃね?」
花京院が言った。
「せや。ワシの技術では、まだそのゴーグル単体でどうこうっちゅうのはできひん。基本原理まではできとると思うんやけど、トンネルの中ではわずかな星明かりも拾えんからな……。そこで、コレの登場や」
ボンゴルさんは暗闇の中で、僕に小さな筒のような何かを手渡した。
「その握りのところを回してみ」
「……えっと、こうかな?」
僕が筒の握りの部分を回すと、カチッという音と共に握りが半回転した。
でも、音がするだけで、特に変化はない。
そう思ったら……。
「す、す、すげぇぇぇぇぇぇ!!! 見える!! 見えるぞ!!!」
一人だけ双眼鏡のようなゴーグルを付けた花京院が大声をあげた。
「え、ほんとに?」
花京院の反応に、僕とユキもゴーグルを付ける。
「おおおお……これはすごい……」
ゴーグルを付けなければ真っ暗闇だった空間が、僕が握った筒の先から放射状に広がった部分が、緑色の光でクッキリと見えている。
「虹を見たことがあるやろ? 光っちゅうのにはな、温度があるんや。赤い光が一番高くて、紫色が一番低いんや」
ボンゴルさんが言った。
「ところがな、その赤い光より高い温度の光もな、ワシらの目では見えへんだけで、しっかり存在しとるんや。その光を魔法石とレンズを組み合わせて出すのが、親分が握っとるその筒、名付けて照射装置や!!」
「おおお!」
「そんで、そのゴーグルはな、レンズから取り込んだ映像を一回、魔法石の中に取り込んで、光属性の魔法石で増幅させた後で映像魔法で映し出すことで、目に見えへん光を映し出すようにするっちゅう仕掛けになっとるんや!」
「おおお、よくわからんけど、すごい!!」
「がはは!!せやろ!!」
僕の言葉に満足気に笑ってから、急に真顔になってボンゴルさんがツッコんだ。
「って、なんでやねん! そもそもがあんたのアイディアやないけ!」
「えっ、そうなのまっちゃん!?」
「天才じゃね……?」
ゴーグルごしに、双眼鏡みたいなゴーグルをつけたユキと花京院がこっちを振り向いた。
「い、いや、僕はただ、『まぶしいのを暗くできるんだったら、暗いのを明るくしたりできないの?』って聞いただけなんだけど……」
「それや! その逆転の発想こそが科学や!! 自動遮光ゴーグルを作って満足して、似たようなもんを何個も作っとった自分が恥ずかしいわ」
「……なるほど……。これでトンネル内では勝ったも同然ではないか……」
「ヒルダ先輩……めちゃくちゃ似合いますね……」
いつのまにか暗視ゴーグルを装着したヒルダ先輩を見て、同じくいつのまにか装着していたミスティ先輩が言った。
ミスティ先輩もめちゃくちゃ似合ってると思う。
……美人が付けると、なんともいえないエロさがあるぞ、このゴーグル。
メルも早く付けてみてくれないかな。
そんなわけで、僕たちの次の作戦は奇襲に決まった。
僕とルッ君、ゾフィア、ユキの四人だけで先行部隊として潜入して、この後、授業が終わって合流するキムやジルベール、ギルサナス、ミヤザワくん、トーマス、エタンと、ここにいる他のみんなが後続として進軍するという作戦だ。
前回の作戦が光なら、今度の作戦は闇。
計画通りにいけば、今度もきっと、うまくいくだろう。
ガラガラガラガラ!!!
トンネル内を断続的に揺らす地鳴りが、そんな僕の思惑を根底から崩壊させるような予感がして、僕は思わずぶるぶると首を振った。
「お、おい、ヤバいぞ……!!」
ノームの工房で身体を休めていると、偵察に向かっていたルッ君が駆け足で戻ってきた。
防衛戦が終わってから、二日が経っている。
アルフォンス宰相閣下、つまりはヴァイリス王国からの直々の依頼ということもあり、僕たちは堂々と、交代で学校を休んで警備をしていたけれど、向こうの被害が甚大だったせいか、動きはまったくなかった。
「ルッ君って、偵察から戻ってくると、だいたい最初の一言はそれだよね」
僕はユキイ爺さんに淹れてもらったお茶をずずっと飲みながら、ルッ君に答える。
ちなみに、このお茶はなにかの木の根っことかを煎じたりしたものを36種類ぐらいブレンドしたものらしいんだけど、珈琲ぐらい真っ黒なそのお茶は、死ぬほどまずくて苦い。
あまりにまずくて、ユキイ爺さんと僕しか飲んでない。
きっとこれがノームの文化なんだろうから、飲まないのは失礼だと思って我慢して飲んだんだけど、仲間どころか、他のノームもまずくて飲んでなかった。
いや、僕だって死ぬほどまずいと思っているんだけど、しばらくすると、どんなまずさだったか確認したくなって、ついまた飲んでしまう、不思議な魅力があった。
「親分、若いのに苦茶を嗜むとは、さすがにようわかっとるな」
「いや、くそまずいと思ってるよ」
「お、おいっ! のんびりしてる場合じゃないんだって!!」
「ルッ君もいいから、まずはコレでも飲んで落ち着きなよ」
僕は誰も飲まないから余りまくっている苦茶をルッ君に手渡した。
「おっ、珈琲か。気が利くじゃん」
「……」
「……」
「……」
メル、ユキ、アリサが、笑いをこらえて一斉にうつむいた。
「いやーオレもさ、オトナになったっつーかさ、ようやく珈琲をブラックで飲めるように……ぶふぁ――っ!!!!!」
「どわーっはっはっはっは!!!!」
苦茶を冷めたコーヒーだと思ってぐいっと飲んだルッ君が、その場で苦茶を盛大に噴き出して、仲間たちとノームたちが大爆笑した。
「み、水……、水!!!」
「あ、ごめんごめん」
僕は花京院が一口飲んで残した苦茶の入ったコップをルッ君に手渡した。
「ごくっ、ごくっ……ぶぼっ!!!!」
「ひぃっ、ひぃっ、た、たのむ、たのむから、もう笑かさんといてくれ……、心臓が止まってまう……」
ルッ君の最高のリアクションに、ユキイ爺さんが僕の肩にしがみつくようにして、涙を流して笑っている。
「ひ、ひでぇ……、命がけで偵察して帰ってきたのに……、こんな、うんこみたいな汁飲ませるなんて……」
「……兄ちゃん、苦茶はな、古くからノームに伝わる飲み物で、昔の亜人たちは『神の酒』って言うて、それはもう大変にありがたがられたモンなんやで? うんこ汁とか言うたらバチがあたるで」
「ええっ……。こんな死ぬほどまずいのに?!」
口の中の苦味が取れず、入れ歯がはずれたおじいさんみたいに口元をふがふがさせながら、ルッ君がユキイ爺さんを見上げた。
「せや。良薬は口に苦しって言うやろ? 滋養強壮に整腸作用、美容にも良くてお肌つるっつるになるんやで」
「じいさん飲んでるのにしわくちゃじゃん」
「……親分、こいつどついてもええか?」
花京院の無邪気なツッコミに、ユキイ爺さんが憤慨して僕を見た。
「あれじゃない? 苦いのを我慢して飲んで、『まずぅ』って顔をしかめているうちに、こんなしわくちゃに……」
「親分まで言うんかい!!」
「……やっぱり、貴方たちはネジが一つぶっ飛んでいますわね……」
それまでおとなしくしていたちびアーデルハイドがつぶやいた。
「それは私も常々同感ではあるが……、どうしてそう思うんだ?」
隣のオールバック君が尋ねる。
「だって、そうでしょう? 偵察係が明らかに緊急事態を知らせに戻ってきたというのに、ここまでその内容を一切聞かずに、皆さんで笑っているんですのよ?」
「フッ。貴様もそのうち慣れるだろうさ。ベルと旅をしているとな」
ヒルダ先輩が肩をすくめながら言った。
そんなことを言うヒルダ先輩もたいがいだと思うんだけど。
「んで、ルッ君、どったの?」
僕は苦茶を飲みながら、ルッ君に尋ねた。
……うーん、やっぱり、何度飲んでもくそまずい。
「お、お前、よくそんなまずいの飲めるな……」
ルッ君がドン引きした顔で言った。
「……いや、僕もくそまずいと思ってるんだよ。でもアウローラが飲んでおけっていうから」
「え……じゃあ、私も飲む」
「私も」
アウローラが勧めたと言った途端、アリサとメルが関心を持ち始めた。
『フフ、やはり意識の高い女子は、私のように洗練された女性に憧れを持つのだな』
アウローラが何か言ってる。
「一応聞くけど、ユキイ爺さん、この茶葉は股間にしまって熟成発酵させたりしてないよね?」
途端にアリサとメルがお茶をブバッ!!と噴き出した。
「あ、当たり前やろ!! 茶葉は冷暗所に保管せなあかんねや!! そないなもんワシかて飲みたないわ!!」
ユキイ爺さんが顔を真っ赤にして否定した。
ガラガラガラガラ!!!
「おわっ!」
「きゃっ」
そんなくだらないことを話していると、突然トンネル全体がグラグラと揺れ始め、僕はひっくり返りそうになった湯呑みを慌てて押さえた。
……よく考えてみたら、こんなくそまずいお茶がひっくり返ってもどうってことないんだけど。
「なんや、またか……。最近多いのう」
ユキイ爺さんがぼやいた。
「またかって……、結構あるの?」
「ゴブリン共が湧いて出た頃から、しょっちゅうや。地上はなんともないんか?」
「あ、そういえば、王宮の方で地震がひどいって、アルフォンス宰相閣下が言ってたかな」
「……あんたらがアホみたいにトンネルを掘りまくったせいじゃないでしょうね……?」
「ね、姐さん、なんちゅーこと言うんや!! ワシらの工法は構造安全性を常に……」
「ワタシ嫌よぉ、こんなところで落盤して生き埋めになったりしちゃったら……」
「いやいや、兄さん、ん? 姐さんか? ようわからんけど、ぶっそうなこと言わんといてくれるか!! ワシらが作るトンネルは科学や!! この何千年、一度も落盤なんか起こしたことないんやで!」
ユキイ爺さんがユキに、ボンゴルさんがジョセフィーヌにツッコんだ。
緊急事態の報告に来たはずなのにまったく内容を聞かれずにいたルッ君は、ぼーっと突っ立ったまま、ただ口の中に残った苦さに顔を歪めていた。
「あ、ごめん、ルッ君、なんだっけ」
「もういいや……、なんか話す気が失せた」
「わ、悪かったって。ほら、オレンジを食べたらスッキリするんじゃない?」
げんなりした顔のルッ君に、僕はノームたちのお土産にいくつか持ってきていたエスパダのオレンジを手渡した。
普段土中で生活しているノームたちにとってはビックリするほど美味しかったらしく、大好評だった。
オレンジとノームたちの魔法金属とで貿易をしたら……、アルフォンス宰相閣下から死ぬまで恨まれそうだ。
「ううっ、あんなに美味しかったオレンジが、ものすごく酸っぱく感じる……」
顔をユキイ爺さんのようにしわくちゃにしながら、ルッ君が言った。
「最初は、もっと浅いところまで偵察するつもりだったんだけど、こないだの防衛戦でゴブリンたちの警備が手薄になっていたから、かなり奥の方まで行ってきたんだ」
少し落ち着いてから、ルッ君がテーブルに広げた地図を指しながら、みんなの前で説明をしてくれた。
「え、すごい。この辺まで行ったの? ほとんどノーム王国内じゃん」
「うん。さすがに中までは入れなかったけどな」
鼻をこすりながら、ルッ君が言った。
なんだかんだで、一緒に旅を続けてきたルッ君の隠密能力は、レオさんが感心するほどにメキメキと向上してきている。
「で、王国の手前にゴブリン兵の詰め所みたいな場所があって、そこでゴブリンの指揮官みたいなやつがいたんだけどさ……」
まるで怪談話でもするように、ルッ君が声を潜めた。
「かけてるんだよ」
「かけてる?」
「グラサンを」
「ぐらさん?」
「サングラスだよ。ほら、ヴァイリスの露店にもあるだろ? モテる奴がかけてるようなやつだよ」
「い、いや、別にあれをかけてもモテないと思うけど……」
「むしろ、モテると思ってかける人は絶対モテないでしょうね……」
ミスティ先輩がそう言うと、ルッ君が目をそらした。
……何個か買っとるな……。
「と、とにかく、ゴブリン兵達が全員グラサンかけてるんだよ! この間お前がやった、盾でパシャって目くらましをする作戦は、もう使えないんだよ」
「ゴブリンは物作りはできひんけど、頭はええからな。おおかた、王国内のワシらの工房から、溶接用のゴーグルをぎょうさん引っ張り出してきたんやろ」
「なるほどねー」
ボンゴルさんの言葉に、僕はうなずいた。
「せやけどまぁ……」「だけど、まぁ……」
僕とボンゴルさんは、顔を見合わせて、にやにやと笑った。
「そんなん関係あらへんねんなぁ」「それじゃダメなんだよねぇー」
「な、何? 二人して気色悪いわね……」
僕とボンゴルさんのやり取りを、ユキが怪訝そうな顔で見る。
「よっこいしょっと」
僕はくそまずい苦茶の湯呑みを置いて、足元に置いていた木箱をテーブルの上に置いた。
中には、ボンゴルさんが先ほど、工期を大幅に短縮させて完成させたばかりの試作品が置いてある。
「はい、これ」
「えっと、なに、これ……」
ユキが手渡された新型ゴーグルを見て、僕に尋ねた。
ゴーグルと言っても、ボンゴルさんに特注して作ってもらったソレの形は、メガネとは似ても似つかない。
「ボンゴルさんに作ってもらった秘密兵器だよ。かけてみて」
「……ちょっと嫌なんだけど」
ユキがぼそっと言った。
その気持ちはわかる。
メガネに双眼鏡を取り付けたような形のゴーグルは、付けてみると昆虫の化け物みたいな、ちょっと異様な外観になった。
「うおおっ、真っ白で何も見えねぇ!!!」
言われる前にさっさと装着した花京院が叫んだ。
「……花京院はノームのゴーグル、なんでも似合うなぁ」
モヒカンマッチョが双眼鏡みたいなメガネを装着して叫んでいる近未来感がすごい。
「ボンゴルさん、これ、どう使うんだっけ」
「まずは灯りを消すんや。すべてはそれからや」
ボンゴルさんが言うと、弟子が工房の壁面にある、鋼鉄製のプレートから突き出たレバーのようなものを一気に下ろした。
「うわっ、真っ暗になった!」
「トンネルに魔法灯を付けたんは、最近のことや。魔法灯の動力はここの工房で管理しとる」
真っ暗闇になった工房に、ボンゴルさんの声が響き渡った。
土中の生活で暗闇に慣れているのか、工房が真っ暗になっても、他のノームたちは騒ぐ気配がない。
「でもよ……、このゴーグルを付けても、なにも見えねぇぞ? 真っ白だったのが真っ黒になっただけじゃね?」
花京院が言った。
「せや。ワシの技術では、まだそのゴーグル単体でどうこうっちゅうのはできひん。基本原理まではできとると思うんやけど、トンネルの中ではわずかな星明かりも拾えんからな……。そこで、コレの登場や」
ボンゴルさんは暗闇の中で、僕に小さな筒のような何かを手渡した。
「その握りのところを回してみ」
「……えっと、こうかな?」
僕が筒の握りの部分を回すと、カチッという音と共に握りが半回転した。
でも、音がするだけで、特に変化はない。
そう思ったら……。
「す、す、すげぇぇぇぇぇぇ!!! 見える!! 見えるぞ!!!」
一人だけ双眼鏡のようなゴーグルを付けた花京院が大声をあげた。
「え、ほんとに?」
花京院の反応に、僕とユキもゴーグルを付ける。
「おおおお……これはすごい……」
ゴーグルを付けなければ真っ暗闇だった空間が、僕が握った筒の先から放射状に広がった部分が、緑色の光でクッキリと見えている。
「虹を見たことがあるやろ? 光っちゅうのにはな、温度があるんや。赤い光が一番高くて、紫色が一番低いんや」
ボンゴルさんが言った。
「ところがな、その赤い光より高い温度の光もな、ワシらの目では見えへんだけで、しっかり存在しとるんや。その光を魔法石とレンズを組み合わせて出すのが、親分が握っとるその筒、名付けて照射装置や!!」
「おおお!」
「そんで、そのゴーグルはな、レンズから取り込んだ映像を一回、魔法石の中に取り込んで、光属性の魔法石で増幅させた後で映像魔法で映し出すことで、目に見えへん光を映し出すようにするっちゅう仕掛けになっとるんや!」
「おおお、よくわからんけど、すごい!!」
「がはは!!せやろ!!」
僕の言葉に満足気に笑ってから、急に真顔になってボンゴルさんがツッコんだ。
「って、なんでやねん! そもそもがあんたのアイディアやないけ!」
「えっ、そうなのまっちゃん!?」
「天才じゃね……?」
ゴーグルごしに、双眼鏡みたいなゴーグルをつけたユキと花京院がこっちを振り向いた。
「い、いや、僕はただ、『まぶしいのを暗くできるんだったら、暗いのを明るくしたりできないの?』って聞いただけなんだけど……」
「それや! その逆転の発想こそが科学や!! 自動遮光ゴーグルを作って満足して、似たようなもんを何個も作っとった自分が恥ずかしいわ」
「……なるほど……。これでトンネル内では勝ったも同然ではないか……」
「ヒルダ先輩……めちゃくちゃ似合いますね……」
いつのまにか暗視ゴーグルを装着したヒルダ先輩を見て、同じくいつのまにか装着していたミスティ先輩が言った。
ミスティ先輩もめちゃくちゃ似合ってると思う。
……美人が付けると、なんともいえないエロさがあるぞ、このゴーグル。
メルも早く付けてみてくれないかな。
そんなわけで、僕たちの次の作戦は奇襲に決まった。
僕とルッ君、ゾフィア、ユキの四人だけで先行部隊として潜入して、この後、授業が終わって合流するキムやジルベール、ギルサナス、ミヤザワくん、トーマス、エタンと、ここにいる他のみんなが後続として進軍するという作戦だ。
前回の作戦が光なら、今度の作戦は闇。
計画通りにいけば、今度もきっと、うまくいくだろう。
ガラガラガラガラ!!!
トンネル内を断続的に揺らす地鳴りが、そんな僕の思惑を根底から崩壊させるような予感がして、僕は思わずぶるぶると首を振った。
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