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第三部 第四章「砂塵の刃」(3)
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3
「ねぇ、ユキ」
「なによ。今忙しいんだけど……」
アルフォンス宰相閣下と話し込んだ翌日。
僕のベッドのそばで椅子に腰掛けているユキに声をかけた。
マンガを読んでいる。
どうやら、爆笑伯爵ベルゲンくんの最新刊らしい。
(他人ん家でマンガ読んでて今忙しいって、すごいな……)
僕は少し心が折れそうになりながら、言葉を続けた。
「……そのさ、今から言うことは、すごく真面目なことだから、僕のことをぶっ飛ばす前に最後まで聞いてほしいんだけどさ」
僕がそう言うと、ユキはマンガを持ったまま顔を上げた。
「……めずらしいわね」
「うん?」
「あんたがそんな回りくどい言い方するの、めずらしいなって」
「いや、ちょっと言い方を間違えるとぶっ飛ばされちゃいかねない話題だなぁと思って」
「言ってみて」
「……ぶっ飛ばさない?」
僕が言うと、ユキがにっこり笑った。
「ぶっ飛ばすかどうかは、話を聞いてから決める」
火竜のアゴを打ち抜いた拳をボキボキいわせながら、ユキが話の続きを促した。
「え、ええとね、その、女の人の生理の話なんだけど」
「……」
「……」
「何?」
「う、うん」
僕は変な汗が額に吹き出るのを感じながら、言葉を続けた。
「生理の時ってさ、すごくキツいんでしょ? 人によって個人差があるって聞くけど……」
「そうね」
ユキが簡潔に、無表情で答えた。
僕がおどおどしているのを見て笑いをこらえているようにも見えるし、真面目に答えているようにも見える。
「バカな質問だと思うんだけど、そういうのって、回復魔法とかでどうにかできないの?」
僕がたずねると、ユキはマンガを持ったまま答える。
「出血は抑えられるわよ。……女性の冒険者で回復役が多いのは、そういう理由もあるの」
「へぇー!」
そう言われれば、たしかに男性より女性の方が、回復役や初級回復魔法《ヒール》の心得がある人が圧倒的に多い気がする。
……ウチのメンバーはそうでもないけど。
「でも、抑えられるのは出血だけ。頭痛、腹痛、腰痛、吐き気、倦怠感、気分の落ち込み、貧血、発熱……、そういった諸症状は回復魔法でも治せない」
「ああ、なるほどなぁ……」
僕がベッドの上で腕を組むと、ユキが尋ねる。
「……それが、どうしたの?」
「前回、ひどい目に遭ったじゃん。小型化してゴブリンの大群と戦ったり、火竜と戦ったり……」
「……あんたといると、ひどい目にばっかり遭うけど、前回は本当にひどかったわね……」
僕はうなずいた。
もうあんな目に遭うのは二度とゴメンだ。
「でね、あの時は自分のことで必死だったから、気付けなかったんだけどさ」
「うん」
「今にして思い返すと、メルがいつもの感じじゃなかった」
「……」
僕がそう言うと、ユキが読みかけのマンガを膝の上に置いた。
「顔色もよくなかったし、動きにキレもなかったし、おとなしかったし……。いや、いつもみんなの中ではおとなしい方なんだけど、何かを我慢してる感じっていうか……」
「へぇ……」
ユキがにっこり笑った。
「そこに気付くなんて、やるじゃん」
「あ……、やっぱりそうだったんだ?」
僕が尋ねると、ユキはあいまいにうなずいた。
「うーん、本当はもっと早くに配慮すべきだったよね……」
「そうね」
今度はユキがはっきり答えた。
「今まではほら、そんなに遠出の冒険ってなかったでしょ? エスパダも短期滞在だったしさ」
「そうね、そうかも」
ユキが同意する。
「でもさ、これからは、長旅とかをすることも多くなると思うんだ。そうなると、女性陣が生理になった時に、どうするかっていうことも考えなきゃいけないんじゃないかって」
「……どうすればいいと思う?」
「そう、そこをユキに相談したいと思ったんだ」
僕は言った。
「別に生理とかじゃなくても、男でも女でも冒険をしていたらケガもするし、病気にもなるでしょ」
「そうね」
「だから、長旅の時は毎回フルメンバーで行くんじゃなくて、常に入れ替えできるようにして、二、三名は待機人員にしようかなって」
「何かあった時に対応できるように、常に人員を少なく見積もっておくってこと?」
「そうそう。二、三名ずつ休養をローテーションできるから、全員のコンディションも保ちやすいし」
僕はこれまで長旅の冒険をしたことがないから、想像でしかないんだけど。
常に待機人員を確保できるなら、生理痛がひどい時の女性陣も気兼ねなく休めるんじゃないだろうか。
「それでね、誰かが生理痛の時は、他の女性陣とセットで休養を取ってもらえばフォローもしやすいだろうし、気兼ねなく休んでもらえるかなって……。でもさ、僕が直接そういうことを管理するのはデリカシーがないでしょ。だから、面倒見のいいユキに、女性陣みんなの体調というか、コンディションの管理をしてもらえたらなって……」
「……」
「……ユキ?」
ユキは僕の顔を5秒間ぐらいじっと見てから、急にガバっと立ち上がって、思いっきり肩を叩いた。
「えらい!!!」
「いでえええええええっ!!!!!」
「男子のくせに、よく自力でそこまで考えたわね!! まっちゃんのこと、人生で初めて感心したわ!!」
「ぶっ飛ばされるのとあんまり変わらなかった……」
僕はひりひりする肩に涙ぐみながらつぶやいた。
「で、何? 遠征の予定でもあるの?」
「うん、そうなんだ。実はもう、ヴァイリス王国経由で、士官学校での僕たちの単位付き長期休暇は認められているんだ」
僕はユキに答える。
「へ?」
きょとん、とするユキ。
「週末から、砂漠王国ダミシアンに向かう」
「へ?」
さらにきょとん、とするユキ。
「……僕さ、ダミシアン大使に任命されちゃった」
「へ?」
コンコン。
アホみたいに口を開けたユキが何かを言おうとしたところで、廊下から何か言い争うような騒ぎ声と共に部屋がノックされ、僕が何か言う前にドアが開いた。
「わっ、コラ、だからダメだって兄貴!! ボスはユキの姉御と二人っきりなんだよ!! もし何かおっぱじまってたりしたら……」
「かまやしねぇだろ、邪魔するぜ……」
「リョ、リョーマ?!」
突然のリョーマの来訪に驚くユキ。
リョーマはそんなユキにニィ、と口元を歪めて笑うと、ずかずかとベッドのそばまでやってきて、僕の前にひざまずいたもんだから、ユキはさらにあんぐりと口を開けた。
「過分な配慮、感謝するぜ。……父上」
「ち、ちち……うえ……?」
僕はそんなユキの様子を見て、必死に笑いをこらえながら起き上がって、リョーマの肩に腕を回しながら言った。
「ユキ、紹介するよ。僕の養子のリョーマだ。リョーマ・フォン・ベルゲングリューン」
「…………あ、も、もうダメ……」
ユキは目をぐるぐると回すと、びたーん、と音を立てて、椅子ごと後ろに倒れ込んだ。
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「ねぇ、ユキ」
「なによ。今忙しいんだけど……」
アルフォンス宰相閣下と話し込んだ翌日。
僕のベッドのそばで椅子に腰掛けているユキに声をかけた。
マンガを読んでいる。
どうやら、爆笑伯爵ベルゲンくんの最新刊らしい。
(他人ん家でマンガ読んでて今忙しいって、すごいな……)
僕は少し心が折れそうになりながら、言葉を続けた。
「……そのさ、今から言うことは、すごく真面目なことだから、僕のことをぶっ飛ばす前に最後まで聞いてほしいんだけどさ」
僕がそう言うと、ユキはマンガを持ったまま顔を上げた。
「……めずらしいわね」
「うん?」
「あんたがそんな回りくどい言い方するの、めずらしいなって」
「いや、ちょっと言い方を間違えるとぶっ飛ばされちゃいかねない話題だなぁと思って」
「言ってみて」
「……ぶっ飛ばさない?」
僕が言うと、ユキがにっこり笑った。
「ぶっ飛ばすかどうかは、話を聞いてから決める」
火竜のアゴを打ち抜いた拳をボキボキいわせながら、ユキが話の続きを促した。
「え、ええとね、その、女の人の生理の話なんだけど」
「……」
「……」
「何?」
「う、うん」
僕は変な汗が額に吹き出るのを感じながら、言葉を続けた。
「生理の時ってさ、すごくキツいんでしょ? 人によって個人差があるって聞くけど……」
「そうね」
ユキが簡潔に、無表情で答えた。
僕がおどおどしているのを見て笑いをこらえているようにも見えるし、真面目に答えているようにも見える。
「バカな質問だと思うんだけど、そういうのって、回復魔法とかでどうにかできないの?」
僕がたずねると、ユキはマンガを持ったまま答える。
「出血は抑えられるわよ。……女性の冒険者で回復役が多いのは、そういう理由もあるの」
「へぇー!」
そう言われれば、たしかに男性より女性の方が、回復役や初級回復魔法《ヒール》の心得がある人が圧倒的に多い気がする。
……ウチのメンバーはそうでもないけど。
「でも、抑えられるのは出血だけ。頭痛、腹痛、腰痛、吐き気、倦怠感、気分の落ち込み、貧血、発熱……、そういった諸症状は回復魔法でも治せない」
「ああ、なるほどなぁ……」
僕がベッドの上で腕を組むと、ユキが尋ねる。
「……それが、どうしたの?」
「前回、ひどい目に遭ったじゃん。小型化してゴブリンの大群と戦ったり、火竜と戦ったり……」
「……あんたといると、ひどい目にばっかり遭うけど、前回は本当にひどかったわね……」
僕はうなずいた。
もうあんな目に遭うのは二度とゴメンだ。
「でね、あの時は自分のことで必死だったから、気付けなかったんだけどさ」
「うん」
「今にして思い返すと、メルがいつもの感じじゃなかった」
「……」
僕がそう言うと、ユキが読みかけのマンガを膝の上に置いた。
「顔色もよくなかったし、動きにキレもなかったし、おとなしかったし……。いや、いつもみんなの中ではおとなしい方なんだけど、何かを我慢してる感じっていうか……」
「へぇ……」
ユキがにっこり笑った。
「そこに気付くなんて、やるじゃん」
「あ……、やっぱりそうだったんだ?」
僕が尋ねると、ユキはあいまいにうなずいた。
「うーん、本当はもっと早くに配慮すべきだったよね……」
「そうね」
今度はユキがはっきり答えた。
「今まではほら、そんなに遠出の冒険ってなかったでしょ? エスパダも短期滞在だったしさ」
「そうね、そうかも」
ユキが同意する。
「でもさ、これからは、長旅とかをすることも多くなると思うんだ。そうなると、女性陣が生理になった時に、どうするかっていうことも考えなきゃいけないんじゃないかって」
「……どうすればいいと思う?」
「そう、そこをユキに相談したいと思ったんだ」
僕は言った。
「別に生理とかじゃなくても、男でも女でも冒険をしていたらケガもするし、病気にもなるでしょ」
「そうね」
「だから、長旅の時は毎回フルメンバーで行くんじゃなくて、常に入れ替えできるようにして、二、三名は待機人員にしようかなって」
「何かあった時に対応できるように、常に人員を少なく見積もっておくってこと?」
「そうそう。二、三名ずつ休養をローテーションできるから、全員のコンディションも保ちやすいし」
僕はこれまで長旅の冒険をしたことがないから、想像でしかないんだけど。
常に待機人員を確保できるなら、生理痛がひどい時の女性陣も気兼ねなく休めるんじゃないだろうか。
「それでね、誰かが生理痛の時は、他の女性陣とセットで休養を取ってもらえばフォローもしやすいだろうし、気兼ねなく休んでもらえるかなって……。でもさ、僕が直接そういうことを管理するのはデリカシーがないでしょ。だから、面倒見のいいユキに、女性陣みんなの体調というか、コンディションの管理をしてもらえたらなって……」
「……」
「……ユキ?」
ユキは僕の顔を5秒間ぐらいじっと見てから、急にガバっと立ち上がって、思いっきり肩を叩いた。
「えらい!!!」
「いでえええええええっ!!!!!」
「男子のくせに、よく自力でそこまで考えたわね!! まっちゃんのこと、人生で初めて感心したわ!!」
「ぶっ飛ばされるのとあんまり変わらなかった……」
僕はひりひりする肩に涙ぐみながらつぶやいた。
「で、何? 遠征の予定でもあるの?」
「うん、そうなんだ。実はもう、ヴァイリス王国経由で、士官学校での僕たちの単位付き長期休暇は認められているんだ」
僕はユキに答える。
「へ?」
きょとん、とするユキ。
「週末から、砂漠王国ダミシアンに向かう」
「へ?」
さらにきょとん、とするユキ。
「……僕さ、ダミシアン大使に任命されちゃった」
「へ?」
コンコン。
アホみたいに口を開けたユキが何かを言おうとしたところで、廊下から何か言い争うような騒ぎ声と共に部屋がノックされ、僕が何か言う前にドアが開いた。
「わっ、コラ、だからダメだって兄貴!! ボスはユキの姉御と二人っきりなんだよ!! もし何かおっぱじまってたりしたら……」
「かまやしねぇだろ、邪魔するぜ……」
「リョ、リョーマ?!」
突然のリョーマの来訪に驚くユキ。
リョーマはそんなユキにニィ、と口元を歪めて笑うと、ずかずかとベッドのそばまでやってきて、僕の前にひざまずいたもんだから、ユキはさらにあんぐりと口を開けた。
「過分な配慮、感謝するぜ。……父上」
「ち、ちち……うえ……?」
僕はそんなユキの様子を見て、必死に笑いをこらえながら起き上がって、リョーマの肩に腕を回しながら言った。
「ユキ、紹介するよ。僕の養子のリョーマだ。リョーマ・フォン・ベルゲングリューン」
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