ハーフエルフ・コンプレックス

種田遠雷

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1、王都への誘い

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「信じらんねえ! 二十年も顔も見せねえなんて!」
 笑いながら声を上げるレビの華奢な身体を、ハルカレンディアは強く抱きしめた。
 ええ? と、こちらでも声を上げ、腕を緩める。けれど抱き返してくれる細腕から離れるのが惜しくて、胸だけを少し離した。
「二十年? そんなになるだろうか」
 もう一度ぎゅっと抱きしめられ、それで気持ちを区切ったように、レビの方が腕を解いて身体を離す。
「なるよ。これだからエルフは」
 癖のある長い黒髪を、戦士らしく耳のそばで細く編んだハルカレンディアの耳は、木の葉のように長く先が尖っている。
 だが、レビもまた、見事な長い銀髪からその先細の耳を覗かせていた。
 それでもレビがからかうように言うのは、理由があった。
 エルフ達以外にはみだりな出入りも許されない王都で、近衛兵として勤めるハルカレンディアに対して、派遣のエルフだけでなく、多くの人間や獣人までもが交わる堺の森の砦にレビが身を置いているせいもあるが。
 ハルカレンディアは生粋のエルフであり、レビは人間の父を持つ半エルフだ。
 そんなものか、とハルカレンディアは少し顎をひねるばかりだった。長い時を生きるエルフらしく、ものにあまり動揺しない。
 生活はどうだ、王都は、と時を置いた親しさを埋めるように声を交わし。そうだ、と言葉を区切る。
「ケレブシア、王都に来る気はないか」
 長く続いた砦の慣習のように皆にレビと呼ばれているが、彼の正式の名はケレブシアだ。愛称の習慣を持たないエルフであるハルカレンディアだけが、ここではケレブシアと呼んでいた。
 思いがけない、とでも言うように、レビが瞬いた。
「王都に?」
「ああ。研究院に欠員が出て、その補充候補としてケレブシアの名が挙がっているのだ。推薦者もあり、王陛下はケレブシアが承知すれば是非にとおっしゃっている」
「へ!?」
 丁寧に説明するハルカレンディアの柳緑色の瞳を見つめ返し、レビの珊瑚色の瞳はこれ以上ないほど見開かれた。
「ほんとに!? 研究院に半エルフの俺!?」
 目も口も丸くするレビに、極めて真面目に頷いて返す。
「史上初ではあるようだな。だが、有能な者が集まり魔術を研鑽するのが研究院であり、本来そこにエルフであるか半エルフであるかという区別は無用だろう」
「理屈ではそうだけど……」
 呆気に取られた顔のレビに、思わず小さく苦味を混ぜて笑った。
 エルフ達は皆、エルフという種族が肉体的にも知的にも、魔術においても優れていることをよく自覚しており、時にそれは、傲慢さとして現れることもある。
 元は王都で生まれ育った半エルフのレビは、自身がエルフであるハルカレンディアより、よほどよく知っているはずだ。
「あれ。ってか、誰かが俺のこと推してくれたのか」
 信じきれない、とでも言うよう今度は眉を寄せるレビの表情の鮮やかさに、眦が和らぐ。
「ああ。メリリエルだ。自分たち引きこもりのエルフと違って国境で研鑽するケレブシアの魔術を、ぜひ王都の魔術師たちは目にし、教わるべきだと、素晴らしい演説をしたそうだ」
 生憎ハルカレンディア自身は直接耳にしていない。だが、魔術師隊の会議でのその演説は、王の元養い子である優秀な女性魔術師が王都にも住まない半エルフを強く推薦したとして、国中でもちきりの話題にもなったのだ。
 丸く開いたままのレビの口から、短い間は声もなく、ヒュッと小さく息を飲んだ音だけがした。間を置いて、次には突然のよう、ガッと両手を持ち上げ空を握りしめる。
「ッッッ! 姐さん!! 一生ついてくぜ畜生、かっこいい!!」
 元は自分と同じ王都に生まれ育ったとは思えない、板についた荒い歓声に、ふは、と思わず噴き出した。
「そんな……」
 互いのものではない声に、ハルカレンディアもレビも、はたと声の方を振り返る。
 尖った耳を持たない若い青年、人間であり砦に勤めるヘルマンだ。
「案内をありがとう、ヘルマン。お陰で早く友人に会えたようだ」
 久し振りに訪れた砦の、レビの住処である泉のそばへと最短の道を辿ってくれたヘルマンに、ハルカレンディアは柔和な目礼を捧げた。
「もういいよ。連れてきてくれてありがとな」
 歯に衣着せぬ、といった様子でこちらは愛想も見せないレビに、ヘルマンが唇をわななかせる。
「そんな……レビ様、王都に行っちゃうんですか……?」
「うん」
 間髪入れぬ即答に、ハルカレンディアは苦笑する。道すがらの話しぶりからすれば、ヘルマンはこの美しい友人にいくらかの想いを寄せているらしい。
 解らぬでもない、とレビの顔を見つめる。
 黒い髪に緑の瞳をした、エルフとしては十人並みの自分より、彼はよほどエルフのように美しい。
 光を透かしそうな白に近い銀髪、冷たい容貌を和らげるような珊瑚色の瞳。本人曰く鍛える暇もないほど忙しいという、エルフとしては小柄だがスラリと手足の長い肢体。
 手を伸ばして、その美しい髪をあえて撫でてみせた。
「残念だろうが、本人が承諾した以上は連れて行く」
 今にも青ざめそうな悲しい顔に、湧く同情は見せず頬笑みで突き放す。
「彼は我がクリッペンヴァルト王都のものだ」
 少し驚いたように目を開いて見上げてくるレビにも、頬笑んで頷く。
 意図を察したのか、猫のような仕草で掌に擦り付けられる仕草に、思わず少し抱き寄せたのは、既にヘルマンのためではなかったかもしれない。

「それはそれとして、」
 招かれたレビの家に足を踏み入れ、見回すまでもなく変わりない様子に少し腹が落ち着く。
「一時的にでも、研究院に所属するなら長い間ここを空けることになるだろう。支度には王都からも手を寄越すが、すぐにという訳にはいかないだろうな」
 休みのない魔術の研究で散らかった本や書き付けを整理しながら、忙しくなく薬草茶を支度して、うーんとレビが唸った。
 配られるカップを受け取って空いている椅子に腰を下ろす。
 少し考えるように自分のカップを見つめてから、顔を上げるレビは、いや、と首を横に振った。
「もうここは引き払って王都に部屋でも見つけるよ」
 物思いな様子に、そうか、と、相槌だけで答える。
「時間は……少し欲しい。処分するものと持っとくものを決めたいし。けど、ひとまずハルカレンディアと一緒に行くよ。その話を陛下と研究院にご説明したいし、メリリエル姐さんにもすぐ礼が言いたい……!」
「それはいい。メリリエルは本当にケレブシアのことを買っているからな。喜ぶだろう」
 うん、と、力強く返される頷きが、和む目の前でゆっくりと溶けて。珊瑚の瞳が、色を暗くしていく窓を見つめる。
「いい機会だ、片付けるよ。ここにいても時間は戻らねえし」
 思わず開いた口から、自分が何か言おうとしていたのかどうかも、よく判らない。
 ただ、いつまでも若者のような気がしていた彼も三百歳をすぎたと、不意に教えるようなその深い声に驚いただけかもしれない。
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