ハーフエルフ・コンプレックス

種田遠雷

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2、旅立ちの前夜

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 珊瑚の瞳が振り返り、見つめてくる。何も言わず、何も問わず。ただ深い憂いを孕んで。
 半エルフにも様々なエルフの影響の出方があり、レビがとてもエルフに近いのだと実感する。
 エルフ達はみな一様いちように青年の姿をしていて、その長い寿命とはまるで無関係のように、誰も彼も若々しい。けれど、エルフの老若ろうにゃくは、瞳に現れるのだ。
 時を止めたように数百年、稀には数千年にも及ぶ長い時がもたらず憂いが、エルフ達の瞳に宿る。次第に深く。
 カップを脇に置いて、椅子から腰を上げる。
 銀の髪を懐に隠すように抱き締めると、細い肩が震えた。レビのカップも受け取り、ただ黙って形の良い頭と薄い背を抱いた。
「……ま、も」
 震えた声がして身を離そうとすると、グッと背を抱いて引き寄せられ。うん、と、その華奢な身体を抱き締めたままで小さく声を返した。
「……い、今でも、まだ、……たまに、さ、寂しくて……。……三百年も、経ってんのに……ッ」
 グッと、握り締められたように胸が苦しく、痛みが絞られたように震えて濡れる。
 胸から絞り出された雫が目の縁を湿らせ、胸の方を落ち着かせるために大きく息を吸って吐いた。
 繰り返し、繰り返し銀の髪を撫でてやる。
「……私もだ」
 溜息のようになってしまった声に、パッと上がったレビの目の縁が真っ赤で、濡れた眦を指で拭った。
 落ちずとも引かない涙でキラキラ光る珊瑚の瞳に、眉を下げながら改めて頷いた。
「どうにもいられないような心地の時、王都の森から少し離れて、散歩しながら星空を見上げる。いくつも、さまざまなことが思い出されて、その中にはずいぶん、もう取り戻せないことがあるのだと噛み締める」
 意識して頬笑みを浮かべ、ギュッと寄せられる銀の眉を宥めるように撫でた。
「自分だけ取り残されたことがあまりにも寂しくて、命も、世界に返してしまおうかと思うこともある」
 今度は引き結ばれた唇に、肩を竦めてみせ。
「だが……。その度に、惜しいと思うのだ」
 隠すように小さく息を吸って、吐く。
 全てはここにあり、今はもうない。
「国境警備の地としてこの砦を発展させたアギレオの記録は、あちこちに残っている。……だが、あれがどんな人物であったのか、少なくとも私の前ではどんな男だったのか、知っているのは私だけだ。私がこの世界を離れれば、その記憶は世界から失われるのだと思えば、それは、ひどく惜しいと思ってしまう」
 押し殺したような吐息の震えを隠すよう、またレビが胸に顔を埋め、それをしっかりと抱き締めた。
 やがて震える吐息は嗚咽に、堰を切ったような泣き声へと変わって。またレビの背を撫でる。
 自分が不甲斐ないばかりに、レビには長い間ここに一人で過ごさせてしまった。
 かつて二軒だけの隣人としてここに住み、四人の住人が二人になった時。自分は離れて王都に戻ることを選び、レビは残ることを選んだ。
 別のことを考える別人同士ではあるが、そっくりな喪失を二人で共有するよう抱えていることは、常に感じていた。

 顔を洗いたいから付き合えと、急につっけんどんに言うのは、弱さを見せた照れ隠しなのだろうか。
 もちろんと応じて、月と星が照らす外へと場所を移した。
 明るく円い月から隠れるよう、建物の影になる場所に衣服を脱いで、手頃な岩に預けておく。
 絹糸の刺繍のような繊細な美しさを本人は知らぬかのよう、ザブザブと頓着しない足取りで水に入るレビの背を追った。
「砦での仕事はどうだ?」
 次第に深くなる泉の中央に向かいながら、うん? と、レビが振り返る。
「片付けや引き継ぎもあるだろう。一日くらいであれば、私も遅れても構わない」
 ああ、と合点の相槌を打ち、ちょうど中央に沈む大きな岩に腰掛けるレビへ、傍に立って水を掛け身体を流してやる。
「平気。実際のとこ、今はもう薬師も魔術師も結構育っててさ。半ば引退してるようなもんだよ」
 じゃれて手足を擦り付けたり絡めたりしてくるのに、その度に捕まえては水を掛け合い戯れて返し。
「ケレブシアの代わりがいるとは思えないが。ヘルマンでなくとも、連れて行っては不自由させてしまうな」
 少し肩を竦めてから、レビが笑う。
「多少長くても短くても永遠はないんだ。あるもんでやってくしかないだろ、誰でも」
「もっともだ」
 手を伸ばして、今度は腕や足ではなく、日に焼けない白い頬を手で包んだ。
 水を掬って肩に掛けてやると、お返しとでも言うよう、魔術師の細い手が脇や胸を流してくれた。
 邪な思いがないでもない。けれど、それを腹に押さえて友情や親愛を楽しむのは心地がいい。
「ハルカレンディア」
 くすぐったいって、と、眦を崩して笑っていた珊瑚色の瞳が、チラと横に滑って目配せした。
「うん?」
 ひそめるような仕草を察して目はやらず、ザッと気配のようなものを探った。
「出歯亀がいるぜ」
 覗かれている方がこんな悪い顔で笑うことがあるだろうか。
 レビの声と同時には気配を掴んでいたハルカレンディアは、むしろそちらに笑う息を揺らしてしまった。
「そのようだな。ケレブシアが不快なら叱ってこよう」
 どのくらい? と、意外そうに瞬く銀の睫毛に、二度と繰り返すまいと思うくらいには、と肩を竦めた。冗句だと理解して、またケラケラと笑っている。
「見てはみてえけど、いいかな。前にもこんなことあったなって、思い出しただけ」
 ああ、とハルカレンディアは合点の相槌を打った。

――三百年前。

 朝一番の馬たちの世話を終え、皆と弓の訓練をする前にと、ハルカレンディアは砦の奥の森へと足を踏み入れた。
 間引かれて日差しを注がせる木々の間を抜け、少し歩くと大きな泉がある。
 つい数年前、砦を置くために森を開いた時には、この泉はなかった。ハルカレンディアの養い親でもあり君主である、国王陛下がここを励ましに訪れた翌日、突然ここに現れたのだ。
 当然、周囲には木があり岩や石があったはずだが、まやかしの魔術でも使ったように、周囲で小規模の生活すら営めそうな泉が突然“あった”。
 以来、この泉は当然のように「王の泉」と呼ばれている。
 絶えず湧き出る水は汲んでも尽きず常に清浄で、資源としては相当に有力だが、砦ではあまり利用されていない。
 少し距離があるのもあるが、砦自体が豊かなのだ。
 およそ百人程度を想定した集落である砦の敷地には、北西から流れ込む十分な水量の川があり、さらに集落の半ばで二つの支流に分かれる。
 橋が厄介だったが、最近は改善され、砦の頭領であるアギレオが熱心にいくつも井戸を備えたのもあって、砦から出ずとも生活の水が足りている。
 また別の事情で、恐るべきことに砦には公衆浴場すらあった。
 だが、と、衣服を脱いでまとめておき、ハルカレンディアは冷涼な泉に足を入れた。
 エルフであるハルカレンディアは温度の上下に強いのもあり、また自然と親しむ習慣もあって、温浴より水浴びがしたい時も多い。
 名だけでも王を冠する泉に身など浸すのは不敬だろうか、と、いつものように少し頭によぎって。だが、もはや親子として親しむことは二度とない君主の、かつては養い子だった遠い慕情のようなものが満たされるのも感じる。
 椀のようになって進むほど深い泉に身を浸し、胸の下までが浸かる中央辺りで足を止めた。
 アギレオなどは冷たすぎると嫌がるが、総身が引き締まるようで心地よい。
「――! う、わ!」
 視界によぎった違和感。気づくのは遅くはなかったはずだが、襲撃の方が一歩早かった。
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